第3章
男は肝臓の痛みと平衡感覚の乱れから、よろよろと両膝をついた。既に戦意は感じられない。わたしの口の中は、弱者をいたぶる快感の味で満たされる。もう涎が零れそうだった。
「いたた、女の子に手を出すなんてひどーい。ほら、殴られた肩のとこ汚れちゃったー」
「がふっ、ぐ、ぐっ」
「……なっ、な何よあんた?何なの?なんであんたが勝っちゃうわけ?」
「知るか。わたしはもう、おまえらの話を聞く気はない。二人とも生徒手帳出しな」
「げふ、うう」
「き、キヨ……」
「出せ。ほら、さっさと生徒手帳出せこらあ」
たぶん端から見たら、わたしもこいつらと変わらないな。と悲しくなりながら、二人分の個人情報をケータイで撮影。
「どうする?二人とも、退学をお望み?」
「は?ふざけんなよっ。あんたが殴ったんじゃん」
「ふざけんな……だと?」
わたしは女のほうの首を掴み、背中を壁に叩きつけた。わたしが女なので、女を殴るなんてひどい云々は通用しない。ほんと便利だよね。
「おまえ、この男とここで死ぬか?土下座するか?選びな」
「かはっ、あっ、あ、ごごめんなさい」最初から不細工だったけど、睫毛が取れかかってさらに見苦しい顔になっている。
「そっか、じゃあ二人とも今から動画撮影するよー。自分の名前と、学校名と、五千円恐喝しようとした件をはっきり言って、そこからアスファルトに頭こすりつけて土下座して謝罪ね。はい、撮影開始」
通行人が多く、声が聞きとりづらかったので三テイクほど撮り直したが、なかなか完成度の高い謝罪動画が撮れたのでわたしは満足。
ヨーコに「これでどう?大丈夫だった?」と訊いてみると、「あ、ありがとうございます。すいませんでした」と泣きだしてしまった。がたがた震えている。怖かったんだね、とわたしも貰い泣きしかけたので、アホ二人にはあと一時間土下座を続けたら帰ってよい旨を伝え、ヨーコを家まで送ることにした。アホ共も泣いてた。
しかし、ヨーコは緊張の糸が切れてしまったせいか、ぐずぐず泣いてまともに歩くことができない。家の場所を訊こうにも、会話すら成り立たないのだった。困ったわたしはヨーコをお姫様抱っこ、もう百メートルほど先に見えている自分の家に連れて行くことにした。