第14章
「な、何か今日、空気が違いますね」
「ユーリ、おどおどしなくていい」
「すいません」
「何?わたしがあんなのに負けるとか思ってんの?」
「えっ、あ、いや」
バンデージを巻きながら、わたしが向こうの陣営に聞こえる声で言ったので、ユーリは焦っている。きょろきょろしてる不安げな表情が可愛い。
「おい、聞こえてんだけど」
丸戸も遠くから言い返してきた。凄みを利かせて言ったつもりなんだろうけど、声がバカっぽさ満点だったので笑顔で手だけ振り返しておいた。勝手に盛り上がってろ。
「レナ、向こうさんと最終確認してきた。グローブは試合用八オンス、三分五ラウンド。それとな……」
「何?もったいぶって」
「ヘッドギア無し」
「ほー。カメラまで回ってるのに、無様なとこ晒していいのかね?未来の日本チャンプが」
うちのリングは少し小さいけど、ほぼ公式試合と変わらない条件だ。あっちに何の得もない気がする。よほどわたしが低く見られてるのか?まあ日本ランカーと、寂れたジムの看板娘の対決だし当然か。
「お父さん、また昔みたいに、板頭のおっちゃんに吹っかけたんでしょ」
「ああ、おまえが勝てば十万入る。しかし負けたら俺のほうが払うって条件だ」
「ふふっ、倒したらわたしに三万ね。ストップも含めてよ。判定までいったらタダでいいから」
「わかったわかった」
「よっしゃ」わたしはリングシューズの紐を締めて立ち上がり、その場で軽く跳ねた。
「一応、採点は月刊ボクシングの大泉がやってくれる」
「大泉さん来てたんだ。懐かしいな、なんか」
「佐藤、レナちゃん、そろそろ始めようか。こっちは準備できてるよ」板頭会長がこちらに歩いてきた。
丸戸がロープをくぐり、一足早くリングに上がる。
現実では、女子ボクシングの国内ルールは1ラウンド2分制です。
ですが、読んでくださる方のほとんどはテレビ中継などで男子の1ラウンド3分に馴染みがあると思いましたので、物語の世界でも公式1ラウンド3分に設定しています。




