第12章
「おーいレナ、さっき電話で言ってきたんだけど、来週スパーの相手してやってくれないか。女子と」
ジムに着くなり、父が真面目な顔でわたしに頼んできた。既に何となく読めた。勝ち負けが意味を持つスパーだな。
「えー、めんどい。向こうがこっちに来るんでしょ?相手は?」
「今度、フェザーで日本タイトル挑戦する子だそうだ。おまえが受けるなら呼ぶ」
「お父さん知ってんの?その子。って言うか階級、上じゃん」
「まあ女子としては強いな。で、顔がちょっと可愛いとかでマスコミに持ち上げられて、えらく調子に乗ってる」
「ふーん」
「テレビも来るかも知れんな。いいぞ、やっちまって」父が邪悪な笑顔を見せた。
「ひょっとしてその子、板頭ジム?」
「よくわかったな」
「……お父さんの顔でわかった。倒したら三万の条件なら、やってもいいよ」
「おー、ふっかけてきたな」
「どう?」
「よし、ご招待してさしあげよう」
「あ、でも日曜はダメだからね」
帰り支度を済ませたユーリがわたしの横に来て、「どうかしたんですか?」と訊いた。二人の表情に、少し怯えているようだった。
「来週、スパーリングっていって、試合形式の練習の手伝いをすることになったの。わたしもリングに上がるから、見学してるといいよ」
「スパーリング……」
「簡単に言うと、お父さんの同業者が調子に乗った女を連れて来るから、叩き潰すって感じで」
「え」
「まあ、そういう世界だから。お小遣い貰ったら、ユーリにも何か買ってあげるよ」
ユーリに基礎を教える合間に、相手の試合を一度だけ観た。ネット上の動画だったけど、体格と打たれ強さに頼ったガチャ押しだけが売りという印象で、この程度が日本タイトルとか言ってるようでは女子ボクシングも途上だな、と思った。ユーリはわたしのことを心配しつつ怯えていた。こんな鈍い奴にね。