第11章
帰りの距離、三キロくらいあるかな。おんぶして歩くとなると、さすがにきついか。わたしはそんなことを考えつつ歩いた。
わたしの背中にはユーリの柔らかい体、温度。汗が首筋にまとわりつく。耳元で呼吸が聞こえる。女の子って、いい匂い。男の匂いはほんと無理だけど。
「あの……五十五キロくらいです」
「そっか。思ったよりあるなー」
「お、重いですよね?」
「いや、見た目より重いってことは、中身にいいものが詰まってるってことだし。そのほうがいいよ」
「あ、いや、違……」
「ん?」
「おんぶしていただいてるので、重いんじゃないかと」
「あー。まあ、トレーニングになるね」
「あ、あ、あの」
「なになに」
「でも、もうちょっとだけ、おんぶしててくれませんか」
「そのつもりだけど?」
「すいませ、あ、ありがとうございます。えへへ、なんか、お母さんの背中みたい……」
まだ意識が混濁してるのかな?ユーリが酒に酔ったような喋り方で甘えてくる。肉体的な極限は人間の本性をあらわにする、ってお父さんがよく言ってるよな。
「私、親がいなくて、お母さんのことも、ほとんど覚えてないんですけど」
「そっか」
「あっ、聞きたくないですよね、こんな話」
「ユーリが言いたいなら、聞くけど」
「……レナさんって、私と一つしか違わないのに、すごく大人だし、冷静だし、優しいし……私、やっぱり、レナさんみたいになりたいです」
「そんなの、過大評価だよ」
「そ、そうですか?」
「本当のわたしを知らないだけ。人間なんてね、誰だって、中身はそんな夢見るようなものじゃないよ」
「でも……」
何か言いかけたまま、ユーリは黙ってしまった。わたしに被さったユーリの腕に、少しだけ力が入ったのを感じた。
「レナさん、いい匂い」
「それ、わたしじゃなくてシャンプーまたは香水その他諸々の匂いだから」
「……んー」
「何よ」
「んふふっ、私、もう大丈夫です。走れます」
「そう」
わたしが降ろすと、ユーリは立って大丈夫だという表情をみせ、少しだけ首を縦に振った。
「ありがとうございました。ご迷惑おかけしました。あの、レナさん、私、まだ全然ですけど、ちゃんと頑張ります。走らせてください」
「嫌だ」
「えっ」
「練習はね、たくさんやればやるほど良いってわけじゃないの。だから帰りはクールダウン、歩く」
「は、はい」
「もうちょっと二人でお話もしたいし、さ」
きょとん、とした顔で数秒固まった後、ユーリは笑った。ごく自然な笑顔。きれいな花が開いたように。
わたしも一緒に笑ったけど、にやり。という感じで、どうも人間性の違いが出たような気がした。