第10章
ロードワークは、ボクシングで強くなるための走り方をする。だからペースを乱しながら走る。河川敷を二人で走っていたけど、さすがにユーリはついて来るので精一杯という感じだ。その度にわたしは極端にペースを落とし、ユーリの様子を見ながら後ろ向きに走った。
「はあっ、はあっ、ぐふうっ」
「ほらほら、またペース落ちてるよ。もうついて来れないの?」
「ううっ、ふううっ」
「じゃあ、あのベンチまで競争ね。ヨーイドン」わたしはいきなり加速した後、すぐに緩めた。油断、と言えばそうだ。
三秒後、ユーリはわたしに並んできた。
本当、この子は根性あるよね。何やるにしても心の強さは大事だ。特にリング上みたいな異常な状況では、身体能力も技術も心次第で全く役に立たなくなる。
「おー、まだ走れるじゃん」
「ぐはっ、ふっ、はっ、はっ」
「でもまあ、まだまだ」わたしはユーリの苦しそうな表情を横目で確認してから、さらに加速した。ラスト二十メートルで抜き去り、ベンチに到達。
「ふう、はーい残念でした。ユーリ、急に止まっちゃダメだよ。心臓に負担がかかるからね」
「ぐはあっ、げほっ、げほおっ」
ユーリは何歩か足を動かした後うずくまり、汗を流しながら真っ青な表情になっている。完全に酸欠。
「ほら、酸欠の時はしっかり息を吐いて、大きく呼吸して」
「げぶ」ユーリは四つん這いの状態でゲロを吐き始めた。とは言っても、さっきあげたスポーツドリンクと胃液が混じったものが戻ってきてるだけだし、詰まらせる心配はなさそう。
「ぐぶっ、ぼえ」
体を何度もひくつかせ、紫色の唇から涎を垂らす他に何もできないユーリが愛しい。その頬を伝ってるのは汗?涙?
「そろそろ立てるよね?帰りも走るよ」
そう冷たく言われてようやく心が折れたのか、四つん這いだったユーリの左肘が揺れたかと思うと、がくっと体が崩れた。ゲロの上に転げないように、わたしが支えた。
「あーあ、もう。仕方ないな」
わたしは草の上、倒れ込んだユーリをしばらく膝枕してから、呼吸が落ち着いたのを見て、背負い上げた。
「とりあえず、ジムまで帰るよ」
「……すいません、すぐ歩きます」
「無理なことは口にしない。あと謝るの禁止」
「は、はい」
「ユーリ、体重何キロくらい?身長は百六十五くらいあるよね?」
「ぐ、くふ」
「あー、いいよ。もうちょっと落ち着いてからで」