カイオウ号
潮の匂いが香る海辺の朝。時間は過ぎて午前十時。俺達は同じく船に乗る人々と共に一隻の巨船の前にいた。
「うおー。人間は凄い物を造るのー」
『おっきいねー』
「人間と魔族の合作だってさ」
人間を中心とし、獣人や魔族、エルフにドワーフなどが得意分野を補って技術向上に貢献した事により、同盟後の世界は未来へと進んでいる。
まぁ、地球と違って科学力よりも魔術による発達なので、違いなどが多い。それに、地球の方が進んでいる。銃や携帯、自動車なんて存在せんからな。
「皆さま、おはようございやす。当船カイオウ号に乗船していただく皆さまの航海の安全と運航を行う、船長のザニックと申します。これから三日間、よろしくお願いしやす」
この巨船、カイオウ号の船長ザニック。
その体躯は言葉に似合わず筋肉の塊を無理矢理詰め込んだように服を着て、浅黒い肌と黒い眼帯を右目にしている。種族は人間だろうか?
「………ま、固いこと言わずにやってくんで、そこんとこ宜しくだぜ」
あ、こっちが素か。野蛮人のような印象を受けるが、接しやすい感じもある。
「それでは皆さま。どうぞお上がりかだせぇ。そろそろ出航しやすぜ」
ザニックの言葉と共に乗客は次々乗船していく。
あ、黒馬車は既にカイオウ号に積み込んである。
カイオウ号に乗船する者は殆どが平民で、国外交流していた貴族が極一部乗っている。
……俺は今回、王族であることを隠して行動している。上級階級扱いされると気分的に嫌だし、極力、自分のあるか分からない権力を使いたく無い。故に冒険者志望の平民として乗船している。
ニーファは立ち振る舞いが上流階級と錯覚する程なのだが、俺と同じく平民扱いだ。
プニエルは俺の使い魔としての従魔登録をしてあるので、捕獲や注意はされないが、下心を持つ糞共がしでかすかもしれないので対策はしてある。
「……乗客及び荷物確認、終わりました!異常なし!」
「よぉし!野朗共出航だ!」
「「「「「おぉぉ!!」」」」」
ザニックの勇ましい掛け声と共に船員の屈強な男達が忙しなく甲板を走り回る。
そして、カイオウ号はヒューマンド大陸に向けて二泊三日の船旅が始まった。
「うーむ。もう陸地が見えなくなった」
「意外と進むのが早いな……風操作の魔道具でも使ってんかな?」
「水流を操る魔道具の線もあるぞ」
「あー。どっちも海では必需品だな」
雑談をしながら甲板からの海を眺める。
どこまでも続く青く輝く海。時折見える何かの背鰭や、海鳥の群れを眺めながら俺たちは時間を潰す。
「大陸に着いたら何するんじゃ?」
「んー。まずは冒険者登録かな。ギルドカードは身分証になるからな。それに、冒険者になってないと面倒になることもある。」
「なるほどの。………我のも作るのだろう?」
「あぁ。個人情報を全て書く訳じゃ無いから大丈夫だ。検査も魔力指紋を測って本人しか使えないようにするのと、実力を測るものの二つらしいし」
魔力指紋。魔力の波長を図面に表した物で、個々によって皆、形が違うらしい。千差万別ってことだ。これがカードに付いていて、所有者じゃ無いと見ることが出来ない為、犯罪防止にも繋がる。まぁ、ギルドには必ず一つ、魔力指紋を確認する魔道具が設置されており、同一人物か犯罪者であるかを確かめるのに見られることがあるが。
「ふむ……。お主、偽名でも使うのか?」
「偽名なー。使ってみたいけど、辞めとく」
「何故じゃ?」
「いやさー?一々名前変えるのも面倒いし、家名を名乗らなければ問題ないかなーって」
「確かにの」
俺の家名である『ルノワール』は、魔族の王族の家名である。これは隠すことが第一前提だ。
ぶっちゃけ、俺が次期魔王のユメの兄であることを知ってる貴族や平民は少ない。
俺、社交界とかに滅多に参加しなかったし、途中で抜け出してたからな。
変装もしないで過ごせる。まぁ、ニーファと俺の銀髪が人の目を惹くだろうが。
雑談と思考を繰り返しながらも、カイオウ号は大海原を舞台に悠々と旅していくのだった。




