彼のいない世界
「本当に……アレクは死んだのか」
「……はい」
「……そうか」
ユグドラシル中央学園。
世界同盟本部が半神と堕神の禁術勝負で木っ端微塵になった為、急遽仮本部をこの学園に移設。
その学園に、先代魔王シルヴァトス、王妃エリザベート、先々代のジークフリードとルミニスが足並みを揃えて訪問して。
ユメに真実を突きつけられた。
息子、孫が死んだことを。
「そん、な……アレクちゃん……!」
「……そうか」
「……なるほどねぇ」
母は泣き崩れ、祖父母は静かに目を瞑った。
シルヴァトスはエリザベートの背を優しく撫でてやり、息子の死を嘆く。
死という運命に慣れているシルヴァトスとジークフリード、ルミニスと違って、エリザベートは死に慣れてすらいない。
かつての学友、ネザゲルート公爵夫人の死すら、未だに克服していないのだから。
「……ユメ。アレクは何か言い残してたか?」
「確か……“常識で計るな”、と……“今世は楽しかった!来世もよろしく!!”……と」
「そうか……そうか……」
言葉を噛み締めるように頷いたシルヴァトスは、瞑っていた目を開いて顔を上げる。
何かを決心したように。
「……アレクの葬儀はしない」
「!? ど、どういうことですか父様!?」
「あなた、何を……?」
アレク=ルノワールの葬儀。王族の葬儀は国全体で大体的にやることだ。
だが、今このご時世。葬式をやる時間も、それに使う費用もバカにならない。たった一人の魔族の為に、国全体の力を割くわけにはいかない。
嘆き惜しむ時間はあれど……今、やるわけにはいかないとシルヴァトスは言い聞かせた。
「それに、だ。あやつがタダで死ぬとは思えん」
「「!!」」
「あのアレクだぞ?俺たちの子で、転生者で、一日に一回以上は奇行を起こすアレクだぞ?」
この評価である。
妙に説得感のある言葉の羅列に、エリザベートとユメは呆れながらもそう思えてきた。
死んだのに何かしでかしそう、と。
「現世に干渉してくるとかありそうですね」
「……そう考えると〜……うん、アレクちゃんなら大丈夫ね〜!しれっと戻ってきそうだし!」
一気に元気が出てきた母と娘。
単純で、半ば無理矢理で、強引な元気のとり方ではあったが。希望を見据えて、立ち上がった。
その様子を見て……シルヴァトスは安堵の溜息を吐いた、が。
ジークフリードとルミニスがシルヴァトスの肩を掴んで、とても小さな声で聞いてくる。
ユメとエリザベートが聞こえないぐらいの声量で。
「「あれで何も起こんかったらどうする」」
「………………………………………お、俺は息子を信じている」
「はぁ……まぁ、可能性はありそうじゃしのぉ」
「私らもお前さんを信じるかねぇ……」
シルヴァトスはただただ祈る。
化けてでもいいから顔を見せに来いと。死んだ子が夢の中で、親に顔を見せに来るという話もあるので、それでもいい。本当に来て欲しい。
そう願ったシルヴァトスであった。
◆世界同盟仮本部会議室
「我らは世界同盟を離反する」
神竜ニールファリスがそう口開く。
これからの世界同盟と、各国の方針を決める為の重大な会議が始まる前に。
我ら。
それを意味するのは、ニーファの後ろにいる彼らを指しているのだろう。
神鳥カグヤ、森の神徒ナチュレ、従者のメリア。
この四人が……アレクが居たから世界同盟に協力していた四人が、出ていこうとしていた。
「……どういうことか、聞いて良いですか?」
「アレクは死んだ。我はアレクがいたからお主らに味方していただけであって、アレクがいないのならばお主らに与する理由がない」
そもそも神獣たるニーファは世界同盟の敵だ。
いや、敵になっていたかもしれない存在だ。
ただ天父神が嫌いだから、アレクがいたから味方していたから、彼らの味方になっていたわけで。
もしアレクがいなかったら、ニーファは今もあの霊峰で静観していた筈だ。
それを天父神が許すかどうかはわからないが。
カグヤとナチュレも同様。
なんなら二人は始めっから天父神陣営であり、アレク……いや、ニーファに負けたから、アレクに惹かれたから仲間としてここにいてくれているのだ。
本来なら、もう主の元に帰ってもいいのに。
「まぁ安心せい。別に……お主らの敵になるつもりなど毛頭ないからの」
「はい……」
「……しばし姿を隠す。なんらかの事が起きれば、再びお主らに我らの手を貸そう」
そう言って。
ニーファ達は会議室を出る。最後に振り返って、ニーファはユメを見つめ……
「ルーシィは頼んだぞ」
「! はいっ……!」
「じゃあの。我らが居ぬ間に、お主らがどれだけ成長するのか……楽しみにさせてもらうぞ」
彼女らの道先は誰もわからない。
ただ、永遠の別れではなく、再会を匂わせて。いつか再びここに来ることを確信しているように。
ニーファ達は扉の先に消える。
終始無言でいたメリアは、最後に全員に向けて頭を下げて礼をして消える。
「「「……………」」」
世界同盟の面々は、去りゆく獣にお辞儀をして。
彼らの離反を拒むことなく、その意志を尊重して見送る。
頼りきりになる訳にはいかない。
自分達の力で、乗り越えねばならない。
アレクを失った損失は大きい。彼が思うよりも規模が大きく、世界同盟の戦力は一気に下がった。
だが、たった一人の死によって沈むほど、世界同盟という組織は脆くも、か弱くもない。
これから先、アレクが居ない中────…
彼らはどんな決断を下すのだろうか。
「ところで、お主は何でついてくるのじゃ?」
歩きながらニーファは問う。
隣を歩く、自分と同じ神獣であり、互いに嫌いあっている炎の不死鳥へ。
「お主は元はあちら側じゃ。アレクが死んだ今、こちら側に居座る理由は無くなるんじゃないのか?」
その問いに、カグヤは扇で口元を隠して、眼を細めてニーファを見た。
いつもの嫌悪の目線ではなく、純粋な疑問を浮かべている目を。
「……………こちら側の方が楽しいだけですわ」
「………そうかの」
神鳥カグヤはアレクとの契約を結んでいる。
あらゆる条項があるのだが、それらは主従関係を結ぶものでもあり、主であるアレクが死ねば、この契約は無効となり破棄される。
そう、アレクが死ねばカグヤは自由になる───
はずだった。
「妾と小僧を結ぶ契約が残っている」
「! ……ほう」
「どうせ、何か企んでいるのでしょう?」
「どうだかのぉ……」
含み笑いをするニーファは、毛嫌いしているカグヤが意外と考えられる頭を持ってる事に感心した。
その笑みの意味を理解したカグヤは青筋を立てるが、相手にすると学園が吹き飛ぶので無視。
「敵対して被害を被れば、どんな辱めよりも嫌な結末を迎える気がするのよ」
「アレクをなんじゃと思ってるのじゃ」
「外道」
「概ね正解」
「否定しないのね……?」
この夫婦ホントに大丈夫なのだろうか。
「ナチュレ、お主は?」
「君に味方するよー。だから、連れてってー?」
「えー、めんどい」
「なんでそんなこと言うのー?」
ナチュレは蔦をニーファの頬にツンツンと当てて抗議するが、ニーファはめんどいの一点張り。
それでも引き剥がそうとしない辺り、口だけなのかもしれない。
そして、ニーファはナチュレを無視して、後ろを黙ってついてくるメリアに問いかけた。
「メリア、お主も良いのか? これから歩むは修羅の道じゃぞ?」
「……確かに、思うところがないと言えば嘘になりますが」
アレクが死んだと知らされて、メリアは動揺を隠せはしなかったが……泣くことはなかった。
我慢して、我慢して、我慢し続けて。
一切の泣き言を漏らさずに、平静を保っていた。
メリアは主から授かった特注のメイド服の裾をシワができるぐらいに握って、静かに答える。
「私は主様の奴隷であり、そして奥様の奴隷でもありますから。それに……皆さんの世話するの、私なんですよ?私が居なかったらどうするんです?」
「「「世話……」」」
神性を持つ三人は心底、心外そうである。
だがメリアのジト目に負けて、そっと視線を逸らして逃げた。
家事掃除洗濯ほぼ全てを任せてたのか悪い。
「で、一体どこに向こうのですか?」
「それは妾も思ったわ」
「そうだよー、何処に行くんだいー?」
行き先を告げられていない三人は、ドンドンと奥へと突き進むニーファに問う。
向かう先を知るのはニーファのみ。
彼女は待ってまたしたと言わんばかりの笑みを浮かべて、後ろを振り向き答えを述べた。
誰も予想だにしなかった答えを。
「─────“地獄”……そして、“冥界”じゃ」
◆???
時は少し遡り。
……………アレクが死んでから三分後。
異空間、アレクの私室。
部屋の中央に黒い外套が覆いかぶさった紫の魔法陣が、怪しく輝いては消え、明滅を繰り返す。
魔法陣の周りを呪符が囲んでおり、魔法陣の明滅に連動するようにそれらも光っている。
この二つの明滅が始まったのは、アレクが死んでから三秒後の話であった。
キィィィィィィン……!!!!
魔法陣が回転する。刻まれていた文字が蠢き、別の文字となって魔法陣を再構築。
ドゥン………ドゥン………ドゥン………
空気が胎動するように鳴動して、重苦しい圧を部屋全体にかける。
まるで生き物の誕生のように、禍々しく蠢く。
紫の魔法陣の中央には、透明な立方体の何か。
鎮座しているそれは、アレクの私室が悲鳴を上げるように軋み出したその時。
淡い銀色の光を宿す。
グィィィィィィィィン……………
立方体に鳴動していた空気が吸い込まれる。
やがて無酸素空間が完成し、明滅していた異空間は鳴りを潜めて……
黒い外套の中に、蠢く何かがいた。
「──────ふ、ふふふ…………おえっ」
それは起き上がり、黒衣を纏って顕現した。
肉体の代わりに魔力で構築された身体のせいで、ほんの少し吐き気を催して、耐える。
ほんの数日だけ使う予定の、半透明な仮初の身体。
魔力で構築されてる為、特殊な黒衣を纏うことで肉体の霧散を防ぐ。
呪符が魂を呼び寄せ、魔法陣が魔力を吸収し、透明な箱は魂の入れ物となる。
「よし………なんとかなったな……」
半透明の彼は、銀髪を掻き毟ろうとして、手が頭を貫通して透過したので諦める。
実体が無い事を確認した少年は、微笑んだ。
「幽体離脱〜、的な?」
魂だけとなった彼は、指を鳴らして────…
「ちょっと神になってくるわ」
そう言い残して、異空間から姿を消した。
参考:265話「秘密を抱える者達」




