優しき神獣
◆アレク=ルノワール
それはある日の昼前。
ビストニア大陸の気温が異常に上がったり、ヒューマンド大陸の近海が荒れたり、イビラディル大陸の積乱雲が消えて暴風が吹き荒れたりと言った異常気象が起きている今日この頃。
俺が通っている、ユグドラシル中央学園の門扉を叩いた者が現れた。
授業を平然とサボっていた時に、その気配を察知したニーファが、壁をぶち破る勢いで飛び出て行った。
……え、何?なんでそんなに慌ててんの?
それから数分後。
仙人のような出で立ちの老人を連れたニーファが不貞腐れた顔で帰ってきた。
……見た事ある人、いや亀じゃないですか。
「会いに行くのが遅れてすまんかったのぉ。……久しぶりじゃな。アレクよ」
「どーもお久しぶり、グラン・タラスクス。……いや、《仙老亀》コクヨウさん?」
かつてイビラディル大陸のセイレーン海に浮かぶ巨大な無人島……正確には神亀の甲羅が陸地化した場所で、初対面した神獣。
世間ではグラン・タラスクスと呼ばれているが、実際の名はコクヨウというニーファと同格の獣。
万物を知り、陸地を背負う神亀だ。
結構久しぶりに、というかやっと再会できたな。
来るとは聞いてたが、随分と遅っ……いやまぁあちらにも都合というものがあるんだ。
そもそもこの人(亀?)がいなかったらニーファと会うことも無かったんだし、感謝すべき対象なんだよなぁ。
ニーファを除く神獣の中で唯一な。
カグヤ?他二匹?知らんそんなヤツら。
「おぉ……しっかりと我が真名を知っておるとは。感心じゃなぁ」
「最近の人達がグラ(省略)って呼ぶの、アンタが数百年単位で島になってたからだぞ??」
「む、そうじゃったのか」
ピクニックに行ったらいきなり地震する島なんてもう行きたく無いです。
そう会話していたら、隣に移動してきたニーファがツンツンと指で俺の脇腹をつついた。
「何、くすぐったいんだけど」
「いや何故あやつには丁寧な対応なんじゃ?」
「目上の人を敬うのは当然だろ?」
「???」
混乱してるのは自分も目上だからだろうか。
そういやニーファとカグヤとコクヨウって年齢同じ?じゃあこの見た目の差はなんなの?
…お前を敬うなんて嫌だし。というか嫁とは対等な関係でいたいんですよ。ダメですか?
納得してくれた。チョロい。
「むぅー……ところでコクヨウ、土産は?」
「お前直球すぎん?」
「ふぉっふぉっふぉ。うむ、今渡そう」
神獣を同族嫌悪してるニーファがド直球で手土産を要求し、コクヨウは優しく応えて俺の手によく分からない物を置いた。
なんだこれ。
植物を彷彿とさせる濃緑色の金属土台で支えらている、土色の枠を持つ置き鏡を手渡された。
……内包魔力はゼロ、ただの鏡かな?
「これは儂が大地の魔力で造った鏡での。儂以外の魔力で性質が変化する神鏡じゃ。不思議じゃろ?」
「神獣ってすげーんだな……」
チラッとニーファの方を見ながら。
お前、ぶっちゃけ戦闘能力が高いだけじゃね?
……おい、少しは否定しろよ。なあ。まぁ仕方ないよねって顔してんじゃねぇよ。
「あ、プニエル呼んでくるわ」
「あのエンジェルスライムか、懐かしいの……」
「今は天使の羽はえてる人間だぞ」
「……成程、種族進化を迎えとったのか」
話が早くて助かる。
感心するコクヨウを他所に、俺は異空間の穴を突っ込んで顔を突っ込み、子供部屋を除く。
ちょうどそこにプニエル、デミエル、タマノちゃんが居たので、プニエルだけを呼んだ、のだが。
「おじー!」
「……だれ?」
「仙老亀!?」
デミエルとタマノちゃん両方ついてきて、片や人見知りを発動。彼に驚いたタマノちゃんは俺の足の後ろに隠れてしまった。
「久しいの、プニエルや」
「おじーげんきー?」
「元気じゃぞ〜」
飛びついて顔を近付けて会話する天使と老亀の会話を横耳に、俺はデミエルとタマノちゃんと話す。
「デミエル、アレはコクヨウっていう亀さんだ」
「かめさん」
「タマノちゃん、アイツ怖い?」
「母様と地図を変えあってた」
「気軽にやんな」
温厚に見えたがやはり根は神獣らしい。
どいつもこいつも地図を簡単に塗り替えられるから弱者にとっては一溜りもない。
俺に力が無ければ、本当に静かにしてて欲しいレベルである。力がある今では、いいぞもっとやれ俺も介入させろって思いでいっぱいです。
僕も怪獣戦線やりたい。
「なあなあ二人とも。今度神獣同士の殴り合いがあったら俺呼んで?混ざりって無差別に殴りたい」
「それ、我もか?」
「好戦的じゃのぉ」
勿論、神と獣って書く奴等にはしっかり愛の鉄拳とウザってぇ死ねって意味の魔拳を食らわすぞ!
実は勝てない相手だったとしても、神獣たちと戦って生き残れる戦術を取れる自信しか無いぜ!
俺、これでも神達の天敵扱いなんだぞ?
我、天敵ぞ?
「アレクよ……天父神たちから殊更に危険視されているとは言え、慢心するでないぞ?」
「ダイジョーブ、ボク、マンシン、シナイ!」
「「不安……」」
神獣二匹揃って不安がるな。
俺が軽く二人と睨み合ってると、プニエルとデミエル、タマノちゃんが俺の制服の裾を引いた。
「どした?」
「おじーとあそんでいいー?」
「で、デミもー」
「わた、私は部屋に戻りたい……」
デミエルが勇気をだしてプニエルと一緒にコクヨウと遊ぼうとする辺り、人見知りの改善も案外早くくるかもしれな……ないな。この子多分プニエルいなかったらずーっと他人には人見知りだわ。
タマノちゃんはトラウマでも植え付けられたのかな??
取り敢えずタマノちゃんは要望通り異空間の部屋に戻してあげる。
ちょっと震えてたよ。可哀想。後でフォローしとくか……そういや時空神の娘だったな。丁重に扱わないとダメな系だったりする?
まぁ取り敢えず……コクヨウ、お前なにしたんだよ。
「あれは……成程、狐のとこの娘か。実は昔、彼女の前で吼えてしまっての。悪気は無かったんじゃよ」
「亀って吼えるの?」
「我らを同じ動物の括りにするでない」
「ニーファはトカゲの進化系だと今でも思ってる」 「殴り殺したろか???」
取り敢えずタマノちゃんがコクヨウを苦手にしてる理由がわかった。多分だけどあの巨体の状態で吼えたってことでしょ?怖すぎでしょ……
ニーファと初対面の印象は銀色のデカい蜥蜴だったから……いやぁ、感動の対面でしたねアレは。
嫁からの暴行を無心で耐えている横で、コクヨウの肩に乗ったり足に引っ付いたりと楽しく動き回るスライム二人。
好々爺みたいな優しげな顔で相手してる辺り、完全に孫と爺なんだよな……
そう考えると家の爺ちゃん婆ちゃんってそういうの無いよな。……はっ!俺もユメも子供っぽく甘える歳じゃ無いからか!!これは仕方ないね!!
後でオネダリしてくるか。隠居してた元魔王でも何かしてくれるはず!孫の頼みを聞けない祖父母なんていないはずだよね!!
あ、前世の俺、祖父母は疎遠だったし片方は他界してたので孝行も甘えも何もありませんでした。
……あれ、甘え方おかしい?
「あ、そうそう。実はニーファがな……」
「それを言うなら此方にも言い分があるが???」
「ほうほう……うむ、そうかそうか……!」
コクヨウと出会って、それからの話を誇張無しで楽しく喋っていれば、時間とは早く過ぎるもの。
昼なんて簡単に回って、夕焼けが近付いてきた。
「いやぁ、今日は楽しかった。来てありがとねコクヨウ」
「ふぉっふぉっふぉ。儂も楽しかったぞ」
「……コクヨウは戦争の立ち位置では中立なんだつけ?」
切り出す。
ニーファやカグヤから聞いた話だと、五神獣は三つの派閥に別れた。
天父神に与する未知の勢力である神虎と神蛇。
世界同盟に味方する神竜と負けて寝返った神鳥。
中立の立場を突き通す神亀。
「儂は喧嘩を売られなければ基本的には何もしないスタンスじゃ。まぁ平和主義を自称しておる」
「素の姿じゃと動くだけで自然災害起きるがの」
「そこの神竜うるさい」
「……三千年前も、此度の争いも、全ては神のわがままから始まったものじゃ。私利私欲の為に創造した世界を破壊するとために、の」
「破壊……?」
「理由は簡単だが、それは本神に聞けばよい。とにかく、その結末を理解してしまったが為に儂は中立に立つことを選んだ。それだけじゃよ」
「…ふーん」
コクヨウは売られた喧嘩は買うが、自ら争うようなタイプでは無いのはわかってた。
にしても、世界の破壊か。
何考えてんだろな。天父神サマとやらは。
そんな方に、話が纏まりかけていた、その時。
ゴォォォォオ……!!!!
「っ!?」
「む?」
「神獣……では無いことは確かじゃな」
「ひぇー」
「ぴえっ」
学園の特別生寮の窓から見えた、一本の光の柱。
……同盟の本部か!
「俺ちょっと見てくる!」
「我は……む?」
「……留守は儂に任せよ。子守りもの」
「「よろしく!」」
「マシタいってらっしゃーい」
「あるじぃ〜ばいばーい」
……すっかりコクヨウに懐いたな。
子供二人を任せて、俺は窓を豪快に開け放って空を飛ぶ。ニーファは別のものを感知したのか、別方向に飛んで行った。
黒い翼が音を立てて襲撃されたと思われる世界同盟本部へと急ぐ。
「次から次へと厄介事もってきやがって……!」
そんなことよりシュークリーム食べたい。




