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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第九章 掌の上のお兄様

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最果ての地の転生者

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします


 ───朝方、ビストニア大陸の禁足地。


 獣王国の王族により立ち入りを禁止されている危険な溶岩地帯。足の踏み場は無く、息を吸う場すら無い程の熱気に包まれた世界。

 その深奥にある大火山にて異変が起きた。


 通称《炎の咆哮》と呼ばれる、三千年前から今日に至るまで、止むことの無い噴火を続ける大火山。

 その火口から噴水のように立ち昇る大炎柱。


『La〜La〜♪LaLa───!!!』


 声が、聞こえる。

 その声と共に、大火山が更なる活発化を迎えて周辺地帯の温度を上昇させる。誰にも届かない声が、誰にも届けるつもりのない声が、高熱を帯びて大地を揺るがす。


『La〜♪LaLaLa〜La〜♪』


 その歌が意味するのは、喜びなのか───……




 ───同刻、ヒューマンド大陸の近海。


 大小様々な渦潮が集まる渡航不可能な危険海域、その名も《青の墓場》にて。

 その中央にある最も大きな渦潮が、何時もよりも早く渦巻き、深海が見える程深い大穴が空く。


 そして、深海の……本来なら陽の光を浴びぬはずの海の地面が、ついに日の目を見た。

 その海底には、沈没した商船や海賊船、巨大海水魚の骨などがあり。その一角に、青黒い丸水晶で囲まれた巨大魔法陣があった。

 そして、その中央から青い何かが這い上がる。


『──ここは瑕疵、穢された海の終着点』


 深い海のように冷たい気配の持ち主が、目覚めと共に両手を広げ、己を封じる呪縛を破壊した。

 水晶が割れ、魔法陣が決壊し、女は自由を得る。


『あぁ……今、参ります。この私が………!』


 妄信する海の厄災が、解き放たれた───……




 ───同刻、イビラディル大陸の上空。


 永遠に消える事の無いとされる巨大な積乱雲。

 《空の皇帝》と呼ばれる雲の中は、あらゆる異常な天候が渦巻いていた。何人たりとも立ち入れない空の地獄には、その中枢を担う紫色の雲がある。


 つい先程まで、その紫雲の周囲だけは嵐が無く、静寂な空間が作り上げられていた。

 しかし、今その空間は破られる。


『目覚めのぉ………朝だァ!!!!!』


 叫びと共に吹き荒れた暴風によって、紫雲が吹き飛ぶ。それだけに留まらず、破壊の風は積乱雲を構築していた全ての雲を壊し、霧散させてしまう。


『俺様の、復活だァァァァァァ!!!!!』


 本日の魔王国は、雲ひとつない快晴。

 しかし、《空の皇帝》の消滅と共に巻き起こった強風による注意報が発令されたのだった。


 天を荒らす男は、叫ぶのをやめない───……




 ───神の瞳は万物を見通す。


 地平線の彼方まで広がる無貌の荒野、そこに君臨するたった一本の巨大な枯れ樹から、彼は見る。


「我が愛する最初の子らは起きた。

 後は来るべき時を待つのみ。(やつがれ)が創造したこの世界を取り戻すのは、ピースが全て揃った時」


 背が高く、ゆったりとした白服と浮遊感を持つ腰布を巻き付けた人間よりも高次元の存在。金色の髪を腰まで伸ばしている美丈夫の…───神。


 名を、天父神フォルスガイア。


「神の意思は絶対だ。……そうだろう?」


 この世界を創造した天なる父であり、真なる命題を掲げて三千年前の戦争に混沌を招いた堕神。

 古神である《始原の十柱》の筆頭にして、今は亡き創造神より力の全てを受け継いだ男神。


 高貴なる神は、自身の背後で片膝立ちをして言葉を待っていた金髪の勇者(・・)に声をかける。


「はっ。偉大なる父たる貴方様の全ては、絶対でございます」

久我(くが)昂輝(こうき)、君は物分りが良くていいね」

「勿体なきお言葉」


 己が召喚した日本人の中でも、最も礼儀正しく、唯一と言って良いほど忠義に厚い青年。

 久我昂輝という名の彼の姿は、歴戦の勇者が最終決戦で着ていく様な装備を身に纏っている。


「さて……久我昂輝。ここに、下でボードゲームを始めてすぐ飽きた三人を呼んで来てくれたまえ」

「……わかりました」


 何それ俺もやりたかった、等とは口には出さず、昂輝は大樹の洞の中に足を踏み入れる。


 ───ここは異世界フォルタジアの不毛の荒野。

 見渡す限り、枯れた茶色の大地には動植物はいない。そんな死の大地の所在を知っている者は、今となっては一握り。誰からも忘れられ、誰もが忘れようと記憶に蓋をした世界の瑕疵。


 その大地の中央にある一本の枯れ樹。


 天に枝が伸びそうな程に高く、その幹は太く大きく、亀裂の入った痛々しいその大樹。

 これは《世界樹》の成れの果て。


 所在が世間一般的に知られているのは七本。

 中央大陸の象徴である恒久平和を唄う世界樹。ヒューマンド大陸の宗教国家の世界樹。ビストニア大陸の大雨林の水源である世界樹。イビラディル大陸の地下迷宮の石化世界樹。サンチェアリ大陸のエルフ自治領の世界樹。同大陸にある不可侵領域《精霊界》の世界樹と、魔大陸側の海岸にある世界樹。


 そして、地上の人々が認知していない残り三本の世界樹。

 天界、神の国カテドラルの水晶の世界樹。

 深海に存在する珊瑚で構成された世界樹。

 この不毛の荒野に存在する枯れた世界樹。


 未確認とされる一本が、ここにあり、天父神はこの世界樹を拠点に定めていた。何故なら、天界の神々はまずここを訪れようとしないから。


 この世界樹の洞の中には───本来ならそこには住めないはずの人間が暮らしていた。

 生きるには難易度が高すぎるこの地で、だ。

 それもこれも、天父神の恩恵による物。それを糧に生きる五人の日本人のうち、四人が此処に居る。


「───暇ッ!!!」


 ドンっと勢いよく叩きつけられた拳が、洞の中にある円卓を揺らす。それをやったのは、サングラスを額にかけてカッコつけている茶髪の青年。


ぼかぁ(・・・)いつになったら異世界のおんにゃの子と遊べるんだ!!早くイチャこらしたい!!」


 欲望願望丸出しの茶髪に対して、彼の向かい側に座って、両足を円卓に載せていた別の青年が言う。


「お前、痴情のもつれで背中刺されたのに……ホントに学習してねぇな。馬鹿だろ」

「ぼかぁ馬鹿じゃありましぇーん!べー!!」

「子供かよ……」


 最早諦めの境地に立っているのは、白いフードローブで全身を隠した正体不明の青年。

 腰に差した青い刀からは、絶えず冷気が迸っているような幻覚が見える。


「ちじょう……? それって、楽しい、の?」

「「…………」」


 その場にいたもう一人の日本人。

 ツギハギの仮面と濃い緑のフードで顔を隠した少女。その服の隙間からは、地毛っぽいピンクの髪が伸びて見えている。

 何処か知識が足りなさそうな発言をする少女に対して、思春期を終えている青年二人は返答に困る。


「まぁ……なんや。君にはまだ早い」

「そう、なんだ」

「お前が言うと説得力違うな……」

「嫌味か???喧嘩なら買うぞ??」

「……勝てんのか?」

「貴方様の不戦勝でございます」

「ダメじゃん」


 勢いで頭を下げる茶髪に溜息を漏らしながら、真剣に言葉を鵜呑みにする少女を見る白い男。

 義務教育、受けてないんだろうなぁと思考していると、扉が開いて……昂輝が入ってきた。


「おい馬鹿ども、騒がしいぞ!」


 昂輝の罵声に、白フードは面白い玩具が来たと喜び、茶髪はその言葉を否定し、少女は困った。


「お、自称主人公が来たな。どうもどうも」

「ぼかぁ馬鹿じゃないです。チッスチッス」

「……私、馬鹿、なの……?」


 前者二人の小馬鹿にする言い方に苛立ちを覚えながら、少女の困り声に慌てて弁明する昂輝。

 それから数分後、男共と軽く殴りあった様子の昂輝は仕切り直して要件を伝える。


「……天父神がお呼びだ。行くぞ」


 その言葉に、三者三様の反応を示す日本人。


「うへぇ……」


 一人は心底嫌そうに。


「やっとか」


 一人は取り繕った笑みで。


「すぐ、行く」


 一人は真剣な雰囲気で。


 三人は昂輝の後ろをついて歩く。自分たちに二度目の人生を与えてくれた天父神の元へ。

 世界樹の洞の上にある、荒野が見渡せる高台で天なる父との謁見が始まる。


 感情を灯さぬ瞳で四人の人間を見る天父神が、彼らに伝える。

 五人目の日本人の現状を────…


「宮藤青久が捕まったらしい」


「あ、どうでもいい」

「以下同文」

「だれ……?」


「お前らには人の心が無いのか???」


 天父神から告げられた、同じ時に召喚された仲間の状況を聞いて、心底、本心からどうでも良さそうな声を上げる三人。昂輝は仲間三人の心を疑った。

 その視線に耐えきれなかった茶髪が声を上げる。


「うそうそ冗談やって!一緒に此処に来た仲や。助けるのは吝かでは無いで?まぁ無力なので皆に任せるけど」

「他力本願だな……俺は面倒いので応援してる」

「……あっ、思い出した。……私、忘れた、お詫びで、行く」

「仲間を助ける、これこそ主人公道では……?」


 後者二人が青久の救出に参加を表明する。

 前者二人は片や己の実力を省みて、片や気分的な問題で辞退する。

 それを受けて、天父神は神判を下す。


「では久我昂輝、最古(さいこ)ゆゆ。囚われの同胞である宮藤青久の救出を命じよう」

「はっ!」

「……了」


 二人が返事をした瞬間。

 昂輝の身体から巨大な光の柱が立ち上がり、そのまま天を貫く。

 光が晴れた時には、昂輝とゆゆの姿は消えた。


「派手やなぁ〜!さっすが主人公!」

「主人公補正とか羨ましいよな」


 手を額に当てて遠くを眺める構えをして煽る茶髪と、昂輝に対して軽めの嫉妬心を抱く白フード。

 最高神の前だと言うのに、臆せずふざける二人に対して、冷たさも暖かさも無い視線を向ける天父神。


 彼は、二人の様子を一先ず眺め終え、話を逸らすように己のやるべき事をする為に踵を返す。

 封印から解かれた三人の子を迎えに行く為に。


「では、(やつがれ)は子を迎えに行こう」


 天父神フォルスガイアの背中から、光輝く不定形の美しい羽根が構築される。

 神の羽根をはばたかせず、無音で天をゆく神。


 それを下から眺めながら、旧知の中である茶髪と白フードは静かに言葉を交わす。


「……主人公と盗賊は兎も角、ゆゆちゃんが心配や。心配すぎて夜しか眠れない気がする」

「それな。でも行かねぇ!って言った手前……って寝れてるじゃん。そこまで心配してないじゃん」


 ……天父神は時を待つ。

 全てのピースが揃ったその時、彼は愛を込めて作り上げた愛する世界の為に、愛する世界を脅かす。


「精々、最後まで足掻きたまえ。(やつがれ)たちが全てを手にするその日まで」


 崇めるべき最上の自分を堕神と嘯く下々に向けて放たれる、愛憎の篭った神威の言葉。

 それを最後に、彼の姿は光と共に消える。


 ────天なる父が定める運命の瞬間は、刻一刻と彼らに迫ってきている。

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