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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第九章 掌の上のお兄様

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季節SS:クリスマスin異世界

静かなクリスマス話です


 ジングルベルとは。

 ジン(黒ずくめの男)をグルグルする遊びで、ベル(なんちゃらさん:女性)が考案した愉快で素敵で気品の高いものである。

 嘘だ。

 殺しに来ないでください。


 そもそもジングルベルはとある牧師が作詞作曲した歌で、とある教会の感謝祭のお祝いで歌うために作られた『One Horse Open Sleigh』が前身の曲である。その後、かなりの好評価を得たこの曲はクリスマスでも歌われ、国中に広まっていく中でタイトルが『Jingle Bells』に変わったのである。

 はっきり言って、キリストとは関係ないのだ。


 クリスマスの発端とか真の意味は皆知ってそうなのでジングルベルを上げたんだが……


 ぶっちゃけるね?


 ジングルベルってフレーズで名探偵のネタが思い浮かんだだけなんだ。許して?


「なるほど、為にならない話だね」

「異世界だしね、ここ」


 ルーシィに呆れられながら、俺はホットココアを口に含む。

 だいたい今日か明日ら辺が日本で言うクリスマスだった気がしたから……異空間にいる身内限定のクリスマスプレゼントをしようと思う。

 今日はユメがお泊まりする日なので、ちょうどいいと思って企画したわけだ。


「てことでルーシィ、俺はプレゼント集めてくる」

「はーい、気をつけてね?」

「だーれに物を言ってんだ」


 というわけで、市場やら秘境やらを一日で荒らし回ってくるとしますか。




 now loading…

 王子市場探索中……

 now loading…

 王子秘境探索中……




 ────夜。

 昼行性の生物は皆寝静まる時間帯にて。異空間に浮かぶ部屋に忍び込む赤色の影。

 モコモコの赤い服に、白のポンポンがついているその服装。口元には白い付け髭が伸び、その風貌はまるでサンタのようであった。


 勿論、アレクである。


(そーっと、そーっと……)


 子供たちが寝ている大きなベッドに向かって抜き足差し足忍び足。物音一つ立てず、しかも魔法であらゆる物的証拠を残さぬ徹底ぶり。

 自宅でやることでは無い。


「すぴー……すぴー……」

「うにゅ……」

「……んっく、すぅ…」

「………(プルプル)」

「スヤァ……」


 部屋の奥にある巨大なベッドに眠る子供たち。

 プニエル、ウェパル、デミエル、エノムル、タマノは手を握ったり抱き合ったりしてベッドの幅よりも小さくなって寝ている。

 それを微笑ましくみながら、頭を撫でたり頬を啄いたりして感触を楽しみ、プレゼントを置く。


 それぞれが好きなアイテムを枕元に、名前付きの札を刺しておく。

 中身は順に、天使の羽根を梳かす櫛(神国製)と、新品のニューメイド服、ゴシックロリータドレス、スライム体でも着れる衣服、日輪の国の高級料亭で買ってきたお稲荷さん。


 きっと喜んでくれるだろうという笑みを浮かべながら、アレクは無音で部屋を出て……次の人の所へ足を運んだ。





 ────妹たち。

 片や魔大陸を統べる神に選ばれし魔王姫。

 片や大戦争を禍根の渦に落とした吸血姫。


 兄の繋がりでのみ成立する異色の姉妹は、今度はルーシィに与えられた部屋で寝ていた。彼女がアレクの妹だと家族間だけで公表されてから、部屋の中は色々と変化した。


 部屋の壁には前世と同じくガラスケースが置かれ、そこには今世でアレクから貰った品々や他の面々から貰った大切な物が飾ってある。

 壁紙も一新され、白い病室みたいなものからファンシーなピンクの壁紙に張り替えられた。

 他にも変化は色々あるが、殺風景な借り部屋から一瞬にして普段使いのプライベートルームとなったのだ。


 アレクは先程と同じように抜き足差し足忍び足で部屋を横断し、二人が寝ている天蓋付きベッドに無音で忍び寄る。


「にゅ……」

「すぅ……」


 ユメとルーシィの寝顔を見ながら、枕元にプレゼントボックスを設置。中身は妥協案で写真集である。誰のとは言わない、主人公の名誉の為に。

 致し方なしと首を縦に振りながら、アレクは立ち去ろうとすると……


「おにーさま……?」

「にぃに……」

「!?」


 寝ぼけ眼のユメがアレクのサンタ服の裾を握り、ルーシィは寝言でアレクを呼んだ。兄の気配を察知したのかは不明だが、サンタ本人は次女に捕まって動けない。


(………《誘眠香炉(ゆうみんこうろ)》)


 掴まれた側の手から眠りを誘発するガスを発生。ユメは手から力が抜けて枕に頭を落とした。

 アレク自身も寝そうになるのを堪えながら、妹たちの部屋を後にした。





 ────神鳥。

 日輪の国を縄張りに置いていた炎の不死鳥。怨敵である神竜との死闘に敗れ、その夫に始末されたかの暴虐は今、


 鳥籠の中にいた。


「ピィ……ピィ……」


 人と小鳥の姿の切り替えが出来るようになったカグヤだったが、寝る時は基本的に鳥型だ。

 ……人の姿だと基本的に全裸になってるのでニーファが目の毒とか言って叩いたとかなんとか。

 鳥の姿で寝る方が最近は多い。


 捕まる前までは、大鳥の姿だと炎がヤバくて、森やら山やらを簡単に焦土に変えるので人型で寝るのが基本だったらしい。


 小鳥の姿では不死性しかない暖かい鳥程度の熱量しか無いので、この姿で平原で寝ても焦土に変わらない。

 この事実はカグヤの睡眠事情に衝撃を与えたと言う。


 アレクは鳥籠の入り口を開けて、小鳥を手に掴んで取り出すと……


「……えいっ」

「ぴぎょ!?……ぴっ…ピィ……」


 握り潰した。カグヤは再生したけど起きる事はなかった。一度死んだ程度では目覚めないようだ。

 彼女の頑強さに感心しながら、アレクはカグヤを元の位置に戻す。


 ──一連の流れに意味があったかと言うと無い。


 カグ虐である。


 堪能したアレクは、焼肉のタレとねぎ塩を置いてカグヤの私室と化した部屋から退散したのだった。





 ────植物。

 最近、異空間の中に放り込まれた新しい珍獣……否、身体に植物が行き渡る人間っぽい少年。

 半刻もせずに木が生えて、蔦が伸び、花が咲いた彼の部屋に、家主のアレクは堂々と入室。


 中央にある大樹に寄りかかって寝るナチュレを発見する。

 ……よく見たら、下半身は木に埋まっていて、どこからどう見ても一体化している。あと普段より頭の花がキラキラしてる気がする。


 ナチュレの相変わらずの不思議さに首を捻りながら、アレクはドレッシングが入ったプレゼントボックスを根元に置いて退散したのだった。





 ────メイド。

 異空間で働くメイドの朝は早い。なのでアレクはメリアが起きる前に事を終わらせる必要があった。

 プレゼントボックスを配るのも、寝てる間にしなければ意味が無いのだ。


 扉をそっと開ける。起きてるかもしれないから。


(……寝てる、な?)


 視界の中央には、上下に膨れる布団が目に入る。

 ……うさ耳発見、メリアの睡眠を確認!アレクは高速の無音歩行で枕元に近寄り、マッサージ器具が入ったプレゼントボックスを配当。

 そして退さっ───!?


「!?」

「ぬしさま……」


 残念、メリアに捕まって布団の中に引きずり込まれてしまった!!

 どうやら寝惚けてやったらしい。


「すぅ……すぅ……」

(むぐぐ…動けない……)


 完全にメリアに抱き締めされており、完全に拘束されている。逃げるのは至難の技だ。


(んぐ……ぬくぬくしてきた……眠い……)


 人肌の温もりに包まれると弱いアレクは、身動きを許されず眠りに連れ込まれそうになる。

 更に、後頭部にかかるメリアの吐息と、押し付けられる胸の柔らかさに目眩を覚えながら、なんとか気力を持って……四肢の関節を全部外して抜け出す。


(あっぶねー……危うくだった)


 次が最後の関門。

 アレクはメリアの部屋から飛び出して、残り一つとなって萎んだサンタの袋を背負い直すのだった。





 ────嫁。

 最難関のサンタ作戦が始まった。

 作戦はニーファにバレずにプレゼントを渡せて、尚且つリビングに帰れたら成功となる。

 捕まったらアウトだ。布団に連れ込まれてなゆなゆされたら勿論アウトだ。


 自分の寝室でもある部屋に音もなく忍び入り、絨毯に足をつかぬ様に魔法で浮く。羽で浮いたら音でバレるから。

 ここで浮く理由は、寝室の絨毯はどんなに音を出さないような歩き方をしても鳴ってしまうという特注品だからである。


 なんなら自分から罠をひいた事になる。

 寝込みを襲われるのは嫌だから仕方ないが……罠は空中にもある。


 対ユメ用に空中に張り巡らされた魔力を帯びた糸。ピンっと張られたそれらは、接触した瞬間にベッドが振動する仕組みだ。


 これを華麗に避けてプレゼントを贈る……なんていうリスケを産む必要はない。

 アレクは袋から最後のプレゼントボックスを取り出して、それを浮かす。


(上手く行けよ……!)


 浮いたプレゼントボックスを手の近くで回したり上下させたりして、感触を確かめてから前進させる。

 糸と糸の隙間を、空いた空間を上手く縫う。

 危ない綱渡りをしながら、プレゼントボックスを操り、ニーファが寝る枕元に近付ける。


(よっし、これで────っ!?)


 目 が 合 っ た


「………」

「………」


 無言の圧力。寝起きのくせに凄まじい目力を持つ神竜。アレクは床に降り、汗が止まらない。

 そして、ニーファは腕を一振してベッド周りを守っていた糸を全て取り払った。


「来い」

「はい……」


 布団の中で迎え合わせになり……特になゆる事はなく、赤と白のモコモコサンタコスの触り心地を確認される。

 一通り堪能してから、何かを納得したニーファはアレクを見つめる。


「……今日のお主は抱き枕じゃな」

「いつもじゃん」


 発言通り、束縛されたまま一夜が過ぎたのだった。





 後日。


「マシタ!マシタ!やってやって!」

「ご主人様!ご主人様!」

「あるじぃ!デミ、かーいい?」

「〜〜〜♪(好きー!)」

「ん!ん!ん!」


 アレクに羽根を整えられる事を強要させるプニエルと、新しい服を見せつけるウェパルとデミエル、幸せそうなエノムルとタマノが腰に引っ付くなんて風景が見られたり。


「お兄様……やっと素直になってくれたんですね」

「なってないなってない」

「お兄ちゃん……それはともかく昨日部屋にいた?」

「いってないいってない」


 どこぞの夜兎のおっさんの様な受け答えをしながら写真集を開く妹二人から離れたり。


「何、妾を自分で調理しろってことかしら?」

「おー、サラダおいしー」


 怒りでわなわなと震えるカグヤが、炎と共に髪を逆上げさせたり、ナチュレが呑気に野菜ディップし始めたり。


「主様、ありがとうございます」


 メリアに純粋に感謝されたり。


「のぉ……アレク」

「な、なに?」


 朝起きた時に解放してくれたニーファがとてつもない満面の笑みで近付いてきて……


 プレゼントボックスを破った袋ごと見せてきた。


「ちょっ……」

「これは、そういうことかの???ん??」

「いや、そのっ」


 中に何が入っていたかは、読者のご想像にお任せする。

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