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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第八章 吸血鬼とお兄様

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少女は目を覚まし


 薄暗く広がる曇天の空を、劈く誰かの悲鳴。

 紅く赤く染まっていく世界が、音を立てて崩れ去っていく。

 ビルが崩れ、鉄橋が落ち、電柱が沈む。

 赤信号が乱立し、どこもかしかも渋滞中、もしくは衝突事故によって大混乱。

 唸り声を上げる人工生命は己を含めた全ての命を蔑ろにする。


 その不穏なメロディを耳に目を覚ました私。何となく原因を理解して、布団の中でモゾモゾと動く。

 そして、掛け布団の中から頭を出し、怒鳴る。


「私の隣でバイオやるな!!」

「じゃあテス勉してください」


 隣でゲーム機をピコピコしているのは、私の兄。

 糸目とワックスで固めた黒髪が特徴の……バイト漬けのやべーやつが私のお兄ちゃん。

 お兄ちゃんはなんの嫌がらせか、ソファの上で不貞寝していた私の隣で有名ゲームの攻略中。

 最愛の兄から放たれた言葉を胸に受け、私は……


 布団に潜る。


「おやすみなさい。良い夢を」

「赤点とっても知らんぞ」

「ミ"ッッッ」


 そもそも何が悪いかって?

 テストを用意する教員側が悪い!

 なんで将来使うかも分からない事まで習わなきゃいけないわけ!?ぜぇーったい使わないよ!?

 もうヤダー!ぜーんぶムズい!


「我儘言うな、俺が隣でゲームしてやっから……」

「慰めにもなってないからやめて?」


 その糸目に爪楊枝を刺して開かせてやろうか?


 ………今は17時。私が不貞寝してから2時間か。

 観念した私は渋々布団をどかしてソファを下り、座布団に座ってペンを握る。


 今日の敵は数学だ。


「……は?舐めとんのかこの数字の羅列。ワケワカメ過ぎて頭に来るんだが?は?枯爺先生は死ね」

「担任を悪く言うな可哀想だろ」

「定年間近で独身を貫いたED教師なんて……はっ」

「やめてやれ、先生のライフはマイナスに振り切ってんぞ」


 あの枯れ老人、授業中私がスマホってる(動詞)からってこんな難しい問題を出すなんて……!!

 独身が誉れ?なーんて言ってる先生なんて嫌い!


 ……あれ、お兄ちゃんって《童帝》を目指してるとか言ってた気がする。

 でもお兄ちゃんって根本的にはクズの申し子だけど優しい面の方が大きいから好かれてそう。もし私と血が繋がってなかったらファンクラブ率いてる。

 ストーカーになってでも追いかけたい。


 まぁ、お兄ちゃんは自己保身を中心に周りの人の事も思って人との距離を離してたから、陰鬱そうなやべーやつっていう共通認識が出来てるらしいよ?

 そう考えると、お兄ちゃんにダル絡みする弥勒って割と凄いのでは?

 「しんみろ」来てる?いや「みろしん」?…どっちでもいいや。私腐ってないから興味無いし。

 お兄ちゃんには真っ当な恋愛をして欲しいし。


「いや、これ初歩……いやなんでもない」


 お兄ちゃんが何か呟いてた気がするけど、脳が錯乱しててよく聞こえなかった。聞けば良かった。

 まぁ取り敢えず答えを見よう……へぇ、こうやるんだ。きっと、授業ちゃんと受けてる人はわかるんだろうなぁ〜。うん、ワケワカメ!


 取り敢えずお兄ちゃんの顔を見て落ち着こう。

 うん、最高。


 現実逃避も程々に、私はペンを握り直した。


 ………、………? ………ふっ。


「……おやすみなさい!晩御飯はカレーで!」

「残念ながらシチューだ」


 現実から足を洗い、私はペンを捨て去った。


 ────……

 ───……

 ──……

 ─……






 ─────あれ…今のって……夢、だよね?






「【───時間切れ。解除】」


 沈んでいた意識が、曖昧な微睡みの海からゆっくりと上がってくる。

 思考は鮮明に、視界はクリアに。

 私の汚れた手が紅く濡れる幻覚に襲われるが、身体の支配権を返される度に見ているので慣れた。


【───終わった】


 ───ふーん、そう。何人殺したの?


【───知らない。数には興味無い】


 ───成程……胃痛案件か。 


 脳内会話強制終了。私は覚悟を決めた。

 目をカッと広げて世界を睥睨する。もう何が起きてても驚かない。こいつに身体を乗っ取られてる時は記憶を共有してないから厄介極まりな


「……吐血、行きます」


 まず紙袋を取り出して血を吐きます。

 血と一緒に胃液も吐き終えたらもう一度、眼下の惨劇をしっかりと理解しましょう。

 すると、ストレス過多で死にそうになります。

 ……はい。面倒事を引き起こした元私の配下の怪人共が汗水垂らして作ったと思われる人工浮島は、私が居る塔や周辺の建物を除いてほぼ更地に近い状態になっていますね。

 いや待て待て待て!!待って!


 落ち着こう。

 人が何人死んだかはぶっちゃけどうでもいい。

 嘆くのも悲しむのも疲れたし、他人に捧げる涙はとうの昔に枯れている。

 でもさ。やっぱり……落ち着けねぇよ!?


 ゼシアが使った古代呪法は《花園》でしょ!?

 あいつ《重殺》とか《修羅道》とか《女尊》とかなんて使ってないよね?え、どうなの!?

 あ、もしかして……地形破壊は私のせいじゃない……?


「えぇ誰の仕業ぁ……?」

「ユメその他大勢」

「ほほぅ、なるほどっ、ぉ!?」


 アレクくん……?

 いつから隣にいたの!?そんなニコニコ笑顔で「目をカッと開いた所から」とか言わないで!!気付かなかった自分が哀れで恥ずかしいから!!

 やばい、今の私はやばい!居候先の家主が現状一番ヤバイであろう私の傍にいる!!


「まぁそんなカッカするなって。な?落ち着こ?」

「う、うん……なんでいるの?」


 左手にシチュー、右手にスプーンを持ってヤンキー座りで呑気に食べているアレクくん。

 彼は私の疑問に対して、口の中の肉と野菜を咀嚼し、飲み込んでから答えた。


 あ、そのシチュー美味しそう……アレクくんが作ったやつかな?私にも三口ぐらいくれないかな。

 いや、頼める立場にいられるかな私!!言動をしっかりさせないと取り返しのつかないことになる!


「目を瞑って棒立ちしてたから気になってな」

「あーうん、心配かけさせてごめんな「なんで此処に居るの?」さッ、うぐっ……」


 早速答えづらい!!

 誤魔化さねば、私が死ぬ!


 確か《ディザス・ガーデン》は虹花と黒い妖獣を連鎖的に出現させる狂気伝播の古代呪法。

 虹花は混乱を招く状態異常、これで気を動転させてたとして、妖獣に追いかけられてたとして……!

 つまり!ここから今の私が導き出せれる相応しい答えは……!!(この間0.2秒)


「く、黒いのから逃げてたら、なんか頭がふわ〜っとして、気付いたら今!だよ!!」

「そっかぁ〜、大変だったな。よしよし」

「えへへ〜」


 よっしゃぁ誤魔化し成功☆このまま押し通すぞ☆

 そんなことより頭なでなで好き。


「即落ち二コマかな?」

「なんか卑猥そう」


 アレクくんは私が転生者である事を知らない、よってニュアンスで卑猥さを勘づいた鋭い女に私はなる!


 あぁ、頭を撫で続けてくれている君が好き。

 顔を上げれば、優しく微笑み返してくれる君が世界で一番大好き。

 このまま互いに何も知らずに……


「………」


 ……気の所為じゃ、ないんだろうな。もう手遅れだなんて。騙し続けるのも無理な気がするだなんて。

 違和感。アレクくんから感じる優しさが、この気遣いが、もう全てを物語っている気がするのは。

 彼のことだ。もしかしたら……もう、全て。

 あの日(・・・)から感じ始めていた感触。疑念は確信へ、夢の憧憬は確かな現実の物へと。


 私は意を決して口を開く。

 アレクくんの目を……かつてのものとは大きく違う、ぱっちりとした目を至近距離で見つめながら。


 私は呼ぶ。


「……ねぇ、お兄ちゃん(・・・・・)

「ん?……んん?どうしたいきなり」

「私の事……気付いてる(・・・・・)?」


 その瞳は、動揺と驚愕を示してから、質問の意図を瞬時を理解して……喜びに染まっていく。

 再会を喜ぶ彼の顔がそこにあった。




「もちろん。誰だか知ってるよ?」



 ……、………。

 すぅー


「あ"あ"あ"あ"あ"!!お"に"い"ち"ゃ"ん"!!」

「お兄ちゃんだよー」


 騙しててごめんなさい!!目の前で死んでごめんなさい!!守らせてしまってごめんなさい!!大好き!!!


 懺悔する。心に隠してた全てを押し流す。

 緊張で固まった身体が緩み、全身の力が抜ける。今まで溜めてきた思いが全部、水に流されるみたいに止まらない。涙と嗚咽となって流れていく。

 こんな泣き顔、もう見せたくないのに。


 『アレク=ルノワール』=『景山慎司』


 それを知った私は我慢し続けた。吸血で何とか誤魔化してきたけど我慢し続けた。

 こんなに可愛くなってショタ化した最愛の兄を目の前にして……!!

 私よりも可愛い神竜を嫁に、可愛い魔王を妹に持ってるのに嫉妬心を抱きながらずっと……!


 あ、吸血の際の喘ぎはご馳走様です。色々な意味で大変お世話になっております。


 はふぅ。やっと誤魔化さなくて良い……禁帝神云々はそこら辺に置いといて。

 取り敢えず抱き着きたい衝動に駆られる。でもダメだ、身バレして直ぐにそんな行動を起こs


「おいで?」

「ゔん!」


 求められたら行くしかないよねー♪


「やっと会えたな、凜音(りんね)

「う"ん"!!」


 かつての名を呼ばれて、なんか嬉しくて。

 涙と嗚咽を垂れ流しながら、私と同じぐらいの身長にまで縮んでしまった元高身長のお兄ちゃんの腕の中で、胸に抱きつく。

 匂いも吸う。すーはー、すーはー……


 ユメちゃんの気持ちがわかった気がする。


「お兄ちゃん……会いたかった」


 やっと絞り出した声は、か弱く小さくて。

 それでも、伝わった。


「あぁ……生きてて良かったよ」


 三千年前、生を諦めなくて良かった。

 三千年間、無窮の闇を彷徨ってて良かった。

 三千年後、あなたに会えて良かった。


 今までの苦悩も、塗り替えられた絶望も、この一度の奇跡だけで昇華されていく。

 ほんの少しの奇跡、異世界での兄との再会。

 これ以上にないぐらい、幸せなこと。


「でもな」


 …………でもな?

 幸福感に満ち溢れていた私の頭を撫でていた手を止めて、ガシッと力強く掴まれる。

 そしてお兄ちゃん──アレクくんは表情筋を引き攣らせて、心底嫌そうに訴えた。


「お前まで人の匂いを嗅いで恍惚とした笑みを浮かべる変態にならなくていいんだよ!!!!」

「あだまっ!?い"!?」


 シリアスよ、さらば。

 彼の目元に水が少し溜まっていたのを見て、とても嬉しい反面、少し申し訳なく思った。

 でも、もうこれからは。お兄ちゃんが私の為に泣く必要なんて無いようにしたい。

 出来損ないに、泣かれる資格は無いと思うから。

 一緒に幸せになろうなんて言わない。彼には彼の、私には私の定められた道があるから。

 それでも。


 拝啓、前世の母さんと……名前忘れたけどクソだったのはよく覚えている父っぽい何か。


 今、私は幸せです。









「ま、これからも宜しくな、禁帝神の操り人形ルーシィちゃん」

「うへぇ!?」


 ええ!?バレてたの!?


「だってお前と同じタイミングで記憶盗み見たし」

「うそぉ!?」


 私の秘密を簡単にバラしたお兄ちゃんの顔は、心底楽しそうに見えたのだった。

次は登場人物紹介と言ったな…


あれは嘘だ(いや別に騙してたわけじゃないですが)

(話の都合上)もちっと続くんじゃ。あと一話ぐらい

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