真夜中の戦慄
汚濁した花が咲き乱れた円形ホール。
敵対者である機械神徒と手を組み、一時的な共闘を結んだ彼らは黒い化け物を相手に戦っていた。
触れれば汚染されて身体を乗っ取られ、花の匂いは精神を汚していく嫌な合わせ技。
火で燃やそうにも、花は消えた分だけ生えてきて侵攻を続けるし、そも化け物や犠牲者達は不死身の領域にいるので埒が明かない。
こういう時、連携とか生存戦略とか、皆が手を取り合って頑張るべきなのだろう。
……まぁ、我らが世界同盟の英雄達と共闘者はソフィアが張った破邪の聖域の中で、フォーメーションなど気にせず、好き勝手に暴れているのだが。
「ソルトさん!そこ!だからそこです!」
「どこよ!?っ、くそ!《術式起動:マスタースラッシュ》!!」
正樹の言葉に荒れるソルトが、元仲間の侵食済み機械兵を斬り裂いて動けなくする。
しかし、彼等は不死なので這ってでも刃向かってくる。切断面から黒い靄が出てきて接合するのだ。
「ま、マサキ様に……近付く女が、また一人……!?」
「ほーら、落ち着きなさい?ソフィア〜?その護身用ナイフを置きなさい?ほーら、ステイステーイ」
「最近、ソフィア姉が怖いです」
「末期ね」
パーティの良心が、焦りでわなわな震え始めたのはハーレムという構図上仕方ないのかもしれない。
神剣に宿った魂に、半分機械の女。たまに貴族や王族が密会を求めてくるもんだからたまったもんじゃないのだろう。聖女は混乱している。
始まりそうな凶行を何とか止めるクレハと、それを遠目に聖域の維持を手伝うミュニクとシリシカ。
「あ"あ"ぁ〜……これ楽しー」
「魔王様!お気を確かに!?」
「……心が折れているな」
「何とかしてよ混沌さぁん」
魔王ユメはいくら殺しても立ち上がってくるゾンビ連中を前にしたのと、また別の理由で心が折れて、体育座りで微風を起こして遊んでいる。
扇風機でよくやる遊びだ。
ミカエラは肩を揺すって声を上げ、呼び出されたハワードは結論を述べ、ヒルデは泣きついた。
……ユメの心が折れたもう一つの理由、それは。
「究 極☆芸 術 ドンドンドンドンウェー!パフー!ブォン!
消える事なきボクの美を!神格化されるべきボクの術を!君達の腐った眼に焼き付けるがいい!そう、ボクを邪険にする腐った思想家や、ボクを適当に使ってポイした青少年のように……お前らも全員ぜーいん!綺麗で素敵な赤い絵の具に変えてあげるぅ!にゃはははははは!!!
さぁ皆さんもご一緒に、せーのっ!うー!」
「吹っ飛びなさぁ〜い!《タワークラッシュ》ぅぅ!!!」
「だから、存在ごと消しちまえばいいだろ」
Sランク冒険者。
《夢幻創師》ウィズリム。《塔の魔術師》ラトゥール。そして、《鉄剣》リョーマ。
この三人が巻き起こす言動が世界を狂わせていた。
絵画から這い出てきた茶色のスライムが化け物達を飲み込んで沈めたり、土魔法で巨大な塔を造ってから根元を折って振り回す作業を続けたり。
極めつけに、鉄剣を縦に振っただけで直線上の全てを存在ごと消滅させる技を見せつける。
やっぱりSランク冒険者はおかしい(n回目)。
「逃亡要請……ッ、受諾拒否……!?」
「ナニ アレ」
修理が得意なソルトの手によって直った半身の機械銃を化け物達に向けて放ちながら、ゲルヴェーアは恐慌していた。三人にボコられたから。
歯車で抉り殺すツァラートはSランクが引き起こす惨劇以上に酷い戦闘法に言葉が出なかった。
「直接触れたらダメなんだよな?」
「そうですよ……おや?」
拳と足が武器のフェメロナは触れたら侵食されて黒い化け物の仲間入りしてしまう為、体育座り。
ミラノはその声を聴きながら、太陽の力を宿した神剣で切り裂いた感触に、違和感を抱く。
紅陽剣シェメッシュで切られた化け物や犠牲者達は、再び再起して動く様子が見えない。
「……ふむ」
一つの仮定を検証する。
神剣を床に突き刺し、右手から炎魔法、左手から太陽のエネルギーを放出させてみる。
火魔法ではまだ動いたが、太陽では二度と動く事はなかった。
その簡易的な検証結果を見て、ミラノはヘルアークの王族らしい柔らかな笑みを見せた。
「みなさーん。ちょっとやらかすので宜しくおねがいしまーす」
「「「やらかす前提!?」」」
至って真面目な顔で声を届けながら、ミラノは空に右手を伸ばし、左手で剣を掴む。
「初めての挑戦だけど……やり方は、そう、剣が教えてくれる」
聖なる魔力が、神剣から放出されミラノの右手へと流れていく。引き出された魔力は、外界に溢れ、掌に小さな光球が生まれる。
しかし剣が持つ魔力だけでは足りない。神気も放出し、更にミラノの魔力すらも糧にし始める。
暖かな聖なる光は空に登り、肥大化し、高熱を帯びて、夜の世界を明るく染め上げていく。
やがてそれは天井付近、花で覆われた大穴の下に迫って、絶頂期に至る。
「《具現》《小さな太陽》」
太陽が顕現した。
優しき浄化の日照は全てを抱き締め、抱擁するようにその場の全員を明るく照らし出す。
「わぁ……!」
「まぶしく、ない?」
「綺麗なのです!」
視認しても目が焼かれない不思議な太陽。
降り注ぐ斜光は味方の肉体を癒し、精神を安定させる慈愛の力が込められている。
しかし。
禁帝神の魔法によって生まれた化け物達には、酷い結末が待ち受けていた。
それは別の意味での慈悲。化け物や犠牲者達に美しき斜光が突き刺さる。呻き声と叫び声が聞こえたかと思うと、彼らの身体が解けて霧散していく。
化け物たちは黒い靄ごと消滅し、犠牲者たちは悪変した肉体はそのままに黒い色だけ抜け落ちた。
「ふぅ……今の私だと、これが限界かな」
顕現した太陽はそのまま明かりを灯して、円形ホール内の全ての化け物を浄化した。
更に、厄介な花の侵攻も止まっていた。
そして。
「後は、任せたよ……きゅう」
「「「倒れた……」」」
魔力欠乏症により、ミラノ=ヘルアーク、気絶。
「あれ多分ソレイユ様の神体の擬似再現のようなものでしょうし……魔力欠乏症で済んで良かった」
落ち着きを取り戻した太陽教の聖女ソフィアは、ミラノに回復魔法と魔力回復の魔法を施しながらフェメロナに背負わせる。
「王族に頼むのは些か不敬ではありますが……」
「……今、私は戦力にならんみたいだしな。ミラノを運ぶぐらいならやるぞ。互いに王族だからな」
王族同士だからって他国の王子を背負う姫など、世界中の国を探してもコイツしかいないだろう。
ミラノのおかげで円形ホールは真昼のような温かさと光を手に入れ、夜を象徴するような化け物たちは視界には一匹たりとも居ない。
「……よし、誘い込み作戦と行きましょうか」
Sランクの現実逃避から帰還したユメが、作戦を立案する。
「化け物達を此処に呼び寄せて、消えてもらいましょう。何故か知りませんが太陽が苦手らしいですし」
「でも、そう簡単に食いついて来ますかね?」
正樹の疑問は最もで、それにユメは確かにと顎に手を当てて考え、真顔で答えた。
「じゃあ、誘い込み作戦は撤回。全ての壁や天井を魔法で破壊して、化け物達に太陽を拝ませます」
黒くなった彼らは、建物そのものを破壊しても立ち上がってくる。それを利用して、全域に太陽光を浴びさせようというのだ。
労力的にこちらの方が大変だが……
「私の暗黒魔法、ミカエラの炎魔法、ヒルデの空間魔法、クレハさんの家伝魔法、シリシカさんの精霊魔法、ラトゥールさんの多彩な魔法、ウィズリムさんの絵画具現化、そして、リョーマさんの鉄剣」
火力の高い魔法が使える者と、よく分からない一撃を振るう魔法が使えない最強を並べるユメ。
簡単に壊せる人材が多すぎる。
「そちらの御三方もやってくれます?」
「壊すのも直すのも得意よ」
「狙撃→城壁破壊、簡単。巻込謝罪、無」
「マキゾエ クラッテ モ モンク イウナー!」
機械神徒三人も、やる気十分な様子。
当たり前だがゲルヴェーアもツァラートも巻き込み攻撃しても謝るつもりは無いようだ。
特に責める内容でもないので、ユメは相手する事無く結論を述べる。
「これだけの火力持ちが居れば容易です。ミラノさんの太陽がいつまで持つかわかりませんが、手早くすませちゃいましょう!面倒ですし!!」
そうユメが結論づけ、皆が最後の言葉に納得して気合を入れようとした瞬間。
太陽が少し小さくなった。
「!? ソフィア!太陽の意地とかできる!?」
「はい!やってみますねマサキ様!!波長は合うと思いますので!!」
こうして、波乱を抱えながらも、ついに組織復興させないけど不可能レベルにまで拠点が破壊される作戦が即決決行されることとなったのだった。
「あ、そういえば。壊すにしても別の場所にいる味方が巻き込まれたら大変だな……気をつけなきゃ」
「あー……今この場に居ないのは、転生者組とメリアさん、ルーシィちゃんにお兄様……あれ?」
二人足りない。
「神獣二匹どこ行きました!?」
ユメは決心した。
「もういいです!敵も味方も関係なく壁ごとぶち壊してください!!私、考えるのやーめたっ!」
「さっきからお気を確かに!!」
魔王国の未来は明るい。




