ふきょーわおん
深く深く、微睡みの中に沈んでいく。
目覚めるのも億劫に感じる自分に、そこまで堕ちたかと嫌気がさす。
声が出ない。
口は開くのに、水の中みたいに音が出ない。
何か伝えたい事があったのに、それすらも思い出せずに、ただ現実逃避に洒落込む事しか出来ない。
私の人生は失敗の一途を辿っていると言っていいだろう。
やる事なす事なにもかも、ぜーんぶ失敗している気がしてならない。
……もう、何もかも諦めて彼女に身を委ねるだけの存在にでもなってみるか。
きっと、救いなんてないのだから。
転生してから、とにかく酷だった。
何もかも破壊された廃墟群の中が、私のスタート地点。肉体の成長は訪れなかった。だって、最初からこの少女体で、既に肉体は完成していたから。
お腹がすいた。血を求めて廃墟群を抜けた。
自分は吸血鬼だけど、元人間としての意地か、すれ違った人を無闇に襲う行為は出来なかった。
……けど、それが限界だった。
身なりひとつの私を、山賊達が襲ってきた。
襲って来た山賊は、珍しく女性が頭目として率いていたのは驚いた。大柄で、おっぱいが無かったら男だと思ってたぐらい。
まぁ、戦績は私の圧勝。
生まれ故郷……といえる場所の廃城から手に入れた黒い剣《魔神剣》で、私は彼らを斬殺した。
死体の山の中に、虫の息で、右腕のない瀕死の食料を残して。
最初の吸血が女性だったのは幸運だったのだろう。
目の前に流れる血を見ただけで、勝手に喉が鳴った。私の目は一点に、首元に釘付けになった。
そして私は、私を害してきた哀れで無知だった彼女に、我慢ならずに容赦なく牙を突き立てた。
牙が血管を貫いて、喉奥に赤い命を垂れ流す。
美味しかった。女は苦痛の声を上げ、私は干からびるまで飲み続けた。
吸血鬼が生きる為には、血は必要不可欠。
でも私は、残った理性で躊躇い続け、やっと妥協しても死なない程度にしか吸わなかった。
それは今も同じ。
吸血で殺したのは、山賊の女が最初で最後。
そんな保身に走った生き方をしていた私。
何日も、何ヶ月も、何年も。
この新天地で生きて、やがて私は一つの終わりを垣間見た。
奴隷堕ちした。
ちょっと人助け程度に働いたら、ぜーんぶぜんぶ罠だったらしく、私は信頼という言葉を疑った。
直ぐに、私の特異性は見抜かれた。
血を飲まねば生きていけない、人間の劣化、なり損ないとまで蔑まれ続けた。
それでも、かなりの高値で売られていた私。
そんな奴隷を買ったのは、とある研究施設。かなりヤバめで、人体実験こそ至高的なやべー組織。
そこで色んな仕打ちを受けた。
珍しい、というか世界初の種族だったが為に色々な事を人間にされてきた。
皮、肉、爪、牙、骨、眼、耳、鼻、至る所を痛めつけられた。
死にそうになる度に、吸血鬼の不死性は私の命を救い、再生能力は死にたい私を生かし続ける。
その傷痕が残る事は無かった為に、全てに興味が湧いた研究者達は、より徹底的に私を痛めつけた。
泣き叫ぶ声も、嗚咽も、助けも、届かない生活。
限界だった。
だから私は、奪う側の存在になった。
機会を見ていた私は、隠し持っていた魔神剣で研究所を破壊した。
そして、牢屋番でありながら私を逃がす手助けをしてくれた青年と、実験の材料にされながら成功作として生きていた少女を連れて、私は逃げた。
遠く、遠く、追手が来れないくらいに遠くへ。
それが、私の人生が狂い始めた最初の一歩。
……己の人生の歪みを思い返すのも、なんだか面倒臭くなってきた。
頭がこう、ボーッとしてきた。思考にノイズが挟まれて来て、もう考えるなと訴えかけてくる。
【───……】
わかった、わかったから……寝るよ。寝る寝る。
より深く、深い深い微睡みに沈む。
今起きているであろう惨状から、自分が起こした過去の出来事から、あらゆる全てから目を背けて。
自己嫌悪も他者依存もぜーんぶ喉の底に飲み込んで、得意技の見て見ぬふりを決め込んだ。
でも心のどこかで、何も知らずに優しくしてくれた彼らだけは無事でいてくれと願いながら。
私はいつも通り、意識を手放した。
────おやすみ、また明日。
最愛の人の声が、幻聴となって聞こえた気がした。




