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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第八章 吸血鬼とお兄様

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終末の花園


「【───《古代呪法ディザス・ガーデン》】」


 吸血鬼の真祖の身体を乗っ取った古き幼き神の、自身の存在を世に知らしめる行いが。

 本人の思惑通り、鋼鉄の戦場を激震させた。


 この時、主を失った【蜘蛛の巣(ダレニェ・フロート)】全域に、恐怖心を煽る様に邪悪な魔力の胎動が確認された。

 地面、床、重力が下に働いているあらゆる面に七種の色とりどりの花が咲き乱れる。花々から発せられる花粉が、禍々しい魔力をもって空に漂う。

 花々の中から、獣の低い唸り声が聴こえてくる。大きな影が闇夜の中から這ってくる。

 空そのものが変質し、黒の夜が血のように紅く紅く染まっている。

 【這い寄る闇(ニャルラトーテ)】の本拠地がたった一つの意思で闇色の花園へと変貌した。


 その中心で、昔のように変貌した主を前に、顔を強ばらせていた神徒二人は、姫の命令で近付けず、仕方なく被害を受けない場所に移動した。

 それを無視して、少女は手を広げる。


「【───みーんなみんな、狂っちゃえ】」


 《禁帝神》の花園が開かれた。





 紅くなった空の下。螺旋階段を飛び出て建物の上で飛び回っていた二つの影。

 しかし、突然の世界の変化に足を止めていた。

 戦闘と逃亡の交戦を続けながら。


 アレクとアオヒサだ。


「なんだコレ!?お前の仕業か!?」

「ちゃう。多分……動き出したんだろな」


 混乱しながらも無限に投げられる短刀を簡単に避けながら、アレクは顎に手を当てて思考する。

 戦闘中だが、逃亡中であるアオヒサは好機と見たのか脱兎のごとく足を前に出し走り去る。

 まんまと逃げられた。


 しかし、アレクの眼中にアオヒサはいなかった。


 生まれた花の奥から、這い上がる靄状の黒い化け物は、顔のない頭を覗かせるが、決してアレクを襲うような行動には出なかった。


「……律儀というか、馬鹿というか」


 何かを決心した彼は、追跡をやめて歩く。状態異常:混乱を招く花粉の効果を無効化しながら、少し離れた目的の場所へと静かに足を運ぶのだった。


「来て欲しくないだろうけど……行くよ、今すぐ」





 そこは凄惨な地獄と化していた。

 地の底から現れた様な顔のない黒い靄の化け物たちが、人を、機械兵を、魔物を、あらゆる動く物に食らいついて……その存在を侵していた。

 突如咲き乱れた花の花粉で、精神力の低い者から混乱の状態異常に陥り、殺し合いを初め、化け物に捕まり食われていく。


 牙は機械兵の装甲すら貫き、靄が解けて傷口から被害者の体内に侵入。身体に入られた者は皆一様に苦しみ、もがき、そして沈黙する。


 沈黙した身体……否、死体は膨張する。細胞が操られ増殖し、肥大化。機械兵はたた無惨に破壊されて終わるだけかと思われたが、全身が黒く染まる。

 肉塊と化した人や魔物の身体も、同じく黒く染まって、瞳だった箇所は紅く充血し、口なのかも判別つかない穴から獣の汚い咆哮を上げる。


 二足歩行の黒い肉塊達と、操り人形の様に意思を潰された黒い機械兵。

 二つの造魔が、身体を乗っ取られた者達が次なる犠牲者を求めて歩き回る。


 もしこれが、地上で起きていれば、止める事も防ぐ事も出来なかっただろう。それ程までに花の侵食と化け物たちの侵攻は早く、悍ましかった。

 海の上だからこそ、絶海の孤島での狂乱で収まったと言えるだろう……その被害は、尋常ではないが。


 これが禁帝神の花園。全てのものを狂わせ、全てのものを呑み込んでいく純情な悪意の力。

 その闇が、激戦区となっていた円形ホールにも牙を剥いた。


「くっ、新手!?増援!?よくわからないけどあの黒いのには最大限の注意を!《黒紫雷帝》!!」

「《吠えよ炎獅子・望むは焦土・天を焦がせ》!燃えなさい、《ヘイド・バースト》!」

「使えるかな……?《開け》《次元追放》……わ、禁術いけたわ。私って天才では?」


 ユメは王として注意を呼びかけながら、暗黒魔法で侵食された被害者達を裁き、ミカエラは近寄り難い熱量の嵐を巻き起こす。

 ヒルデは一族の中でも禁術に指定されていた異次元に対象を追放する空間魔法で存在ごと排除する。

 具体的に言うと、虚空が隠し扉のように一回転して被害者や化け物たちを消していった。


「《破邪の聖域》……この中なら、花の侵食も化け物の侵入も拒めます!しばらくは安全圏として機能しますから、ここに避難を!」


 聖女ソフィアが広範囲に展開した聖域の中に、皆一斉に逃げ込んだ。


「ふぅ……助かりました」

「マサキ様、回復ポーションです」

「ありがとう」


 神徒ソルトと戦闘中だった正樹も、聖域内に飛び行ってギリギリ化け物の接触を断てた。

 他の勇者パーティも、魔王組も、ミラノも、フェメロナも、Sランク冒険者達も取り敢えずの避難を完了した。


 そして。


「な、なんで私達も中にいるのよ……」

「意味不明。理解不能」

「ナンノ マネ ダー!」


 機械神徒のソルト、ゲルヴェーア、ツィアラートの三人までも、聖域に取り込まれていた。本人たちはそれぞれ戦っていた相手に無理矢理連れてこまれた。

 ソルトは正樹が腕を引っ張って、ゲルヴェーアはボコボコにされた挙句、リョーマに投げられ。ツァラートは身体を形成する歯車ごと麻袋に入れられてフェメロナに連れ込まれた。


「いや、敵は敵でも個人的な恨みはないですし……異形化されたアナタ達と戦うと考えると、精神的に嫌ですからね、僕は」

「俺は別にどうでも良かったんだが……ま、気分って事にしといてくれ」

「私か?えーっと……無意識にやったな。多分」


 各々の理由の解答に、三人は余計にクエスチョンマークを浮かべた。


 彼等は一様にボロボロだった。

 ソルトは勇者たちの猛攻で部品が外れてたり、愛用の高振動ブレードが折れていたり。

 ゲルヴェーアは頭と胴体を残して、他の部位を悉く破壊され、自動修理もままならない様子。

 ツァラートは一見無事だが、内部損傷が激しく本体コアとなる歯車が少しガタついていた。


 あの場面で助けられないと余裕で侵食されていたレベルの損害を被っていた。


「ま、仲良くしようってわけじゃないです。目の前の問題を解決したら、戦闘再開すればいいじゃないですか。アナタ達が望むまで続けますよ?」


 そんな勇者の言葉に、ソルト達は顔を見合わせて、コソコソと話し合う。ついでに修理技能を持つソルトがゲルヴェーアの身体を直してあげながら。


「ど、どうしましょ?」

「難題。任務、目的達成済。一時協力?」

「うーん、うーん……確かに、今回はジスタの救出がメインで、後の戦闘はそんなに視野に入れてなかったから……うーん、ホントにどうしよ……」

「モウ カンガエルノ メンドクサイ」

「そうね、面倒くさいわ。……はぁ」


 意を決したのか、ゲルヴェーアの修理をしながらソルトは顔を上げ、勇者と顔を合わせる。


「……私達の当初の目的はジスタの救出。アナタ達との戦闘は言っちゃえばおまけなの。だから……目の前のアレをどうこうしたら、撤退するわ」


 本心で語るその目に、正樹は大きく頷いて了承した。


「わかった。……出来れば、君達には撤退したまま、戦争なんてして欲しくないんだけど」

「それは無理よ。私達が創造主から最後に与えられた命令を叶えるまでは」

「……命令?」


 敵である全員が一斉に首を傾げるものだから、神徒三人はコイツらの頭ユルくないかなと今更思った。


「……《人類掃討》よ」

「……成程、そうですか」


 やっぱり、相容れないんだな、と嘆き悲しむ正樹だったが、顔には出さずに仲間たちを見る。


「取り敢えず……自分たちの為にも、外にいる化け物とかをどうにかしましょう!」

「「「「おー!」」」」


 形だけの共同戦線が、始まる。


 ……この混乱の最中でも、空気を読まずにキャンパスを広げているウィズリムには誰も突っ込まなかった。


「……あ、じゃあ一ついい事教えてあげるわ」

「いい事、でしょうか?」

「えぇ魔王。うろ覚えだけど、あの花と化け物、三千年前に見たわ……《禁帝神》の禁術で、ね」

「「「「───っ!?」」」」


 新たなる神の出現に、一同は困惑と同時に、まだ見ぬ相手に気合いを入れるのだった。





 同時刻。廊下を走る一つの影と、それを追う獣の影があった。


「ふぅ……! ふぅ……! ふぅ……!」


 一人、単独行動をしていたメリアは化け物の群れに追われていた。

 単独行動の理由は単純で、アレクの命令。


『多分、こーなると思うから、この座標に向かってくれ。そして、そこで出会った奴と戦って。多分2対1になっちゃうと思うけど……ハッキリ言おう。時間稼ぎをしてくれ。相手は強い……死ぬなよ』


 主からの命令、期待。捨て駒という扱いではなく、必ず達成しろとのお達し。

 いったい何故知っていたのか、何故予想出来ていたのか、その全てが不明だが、やる事は変わらない。


 メリアは頬を上気させながら、花園の効果が及ばない(・・・・)場所に辿り着く。そこに着くと、化け物たちは歩みを止めて……メリアを認識出来なくなったのか、立ち去ってしまった。


「……不思議な光景ですね」


 それは、室内なのに太陽がある場所。

 緑が溢れ、ベンチなども備えられている……所謂、温室となっている、異質な場所。空に浮かぶ小さな太陽は、魔法で造られたものだった。


「……おや、先客が居たようですね」

「ホントだ。……彼女は、確か」


 別の通路から現れた、二人の男女。

 青い短髪の冷たそうな騎士と、紫の液体を被ったタレ目の痴女。どちらもルーシィを遠くで見守っていた神徒、ユステルとヌイだった。


「……あの花は太陽光の下では咲き乱れず、化け物は日の下だと蒸発してしまう。……違いますか?」

「正解です。貴女が居るのは、主の差金ですか?」

「どう思います?」

「どちらでも構わない、が私の答えね」


 三人は構える。


 メリアは《轟砕の爆戦棍》を。ユステルは悪魔のような剣、ヌイは緋色の粘液を両手で持ち上げる。


「申し遅れました《犠牲の神徒ユステル》です。以後お見知りおきを」

「《緋液の神徒ヌイ》よ。宜しくね、兎ちゃん」

「……主様の従者、元巫女のメリアです」


 名乗りを上げて、姿勢を低くし、疾走する。


 唸る爆戦棍が粉塵を巻き上げながらユステルの剣と拮抗し、意図的に爆発させヌイの横槍を避ける。

 彼女が投げた緋色の液体が温室の植物にかかり、その植物が音を立てて溶けていく。


「《影絵》!」

「っ!」


 メリアが影を操り、ユステルの影を縛って固定。その心臓に向かってメイスを突き刺し、起爆!

 上半身が軽く吹き飛ぶ爆発を受けて、刺殺されたユステルは……


 無傷で生きていた。


 晴れた煙の中から、悠然と歩いて姿を現す。その腕には、悪魔のような剣から伸びている黒い茨が巻きついていた。

 ……剣の鍔にはギョロギョロ動く目が開いている。


「っ……その、剣は……?」

「我が剣《犠牲剣サークリフ》……私の自己犠牲の精神を活かす為の狂気の神剣です」


 犠牲剣サークリフ:装備者に永遠の命を与え、不死とする神剣。装備者が受けた致命傷や死そのものを無かった事にし、奪った死のエネルギーを糧とした上で、装備者の精神を削る。ランク-S。


「私は吸血鬼であり、元より不老不死の様な物です。ですが、吸血鬼と言えども死ぬ時は死ぬ……この神剣を私が装備していれば、その時は来ない」


 ユステルの精神は、削れている様には見えなかった。しかし、メリアはわかった。


 彼の内を渦巻く、主への忠誠心と、哀憐、怒り、好意、保護欲……そんな様々な感情を。人に仕えている者として、わかってしまう。

 だから、ふと質問してしまう。


「……貴方の主は、どんな人ですか?」


 ほんの少し言うのを躊躇ったユステルだったが、チラリと後ろの方にいるヌイを見てから、溜息を小さく吐いて、主を語る。


「誰よりも自分を蔑ろにし、誰よりも生きたいと願い、誰かに利用されながら生きてきた、哀れで孤独な……私が唯一、真に忠誠を誓った守るべきお方」

「……そうですか」


 メリアが戦ってきた神徒たちは、皆、主に忠誠を誓っていた。

 銀水の神徒メノウは初代魔王に絶対的な忠誠を、彼の者の為に命すら投げ売る姿を見せた。

 そして、この神徒は────


「……長話は終わりよ。ユステル、下がって」

「! えぇ、分かりました」

「っ、すいません、貴女のこと忘れてました!」

「えっ……酷くない?」


 いつも以上に緋色の粘液を吹き出しているヌイは、メリアの何気ない発言に酷く傷ついた。

 全身を覆う緋色の液体は、既にビックスライムレベルにまで到達しており、小山程度にデカい。その山の中にて浮かぶ……沈んでいる?全裸のヌイ。

 恥ずかしくないのだろうか。


「ま、まぁいいわ……沈みなさい」


 緋色の液体が津波の如く襲いかかり、メリアの視界を一瞬にして覆い隠した。


「くっ……!」


 爆戦棍を振るい、緋色の液体を爆発させる。

 一瞬空白が出来上がるが、直ぐに液体が足されて波は止まらない。


「湧き出すぎでは?」


 術者のヌイがいる限り、延々と溢れ出る緋液。


 高台に避難したユステルは、何もせずに温室での戦場を睥睨。ヌイは自分の液体の中で腰に手をやり獲物を絶対に捕まえる意思を持ってタレ目に力を込めていた。

 対してメリアは、この温室の中で唯一動き回っており、走れば走るほど、足場が液体に飲み込まれ、進む方向が限られたり、そもそも消えていく。


「安心なさい、人体が私の緋液に触れてもダメージは無いわ……人体はね」

「信じると思います?」

「じゃあ私の身体、とっくの昔にどうにかなっちゃってるわよ」


 本当に殺すつもりは無いのか、ヌイから殺意を感じられない。それはユステルからも……というか、彼からは無関心のオーラが強く感じられる。


「さて、切り抜けますか……!」


 メリアの孤独な時間稼ぎは、もう暫くかかる。





 至る所で悲劇が起こる。


 地下も侵され、バラバラに行動していた転生者組達は何とか集まって、動力室に辿り着いたり。

 一人逃げ回る盗賊青年が、状態異常:混乱に陥りながらも何故か生き残り続けていたり。


 血で血を洗う凄惨な悲劇の中にも、奇跡的に助かる面々が多くいた。

 嘆き悲しみながら、化け物に飲み込まれる者も、混乱した仲間だった男に殺される者も。多種多様、数えきれない悲鳴と汚濁を噛み締める。


「【───美味なり】」


 漂ってくる悪感情を食らいながら、尖塔の頂点にて眼下の地獄を眺める少女。

 その紫の瞳には相変わらず光は差し込まず、虚無を抱いている……


バサバサ、バサ……


 音が聞こえる。マントが風に煽られる音が……彼女の下から聞こえてくる。

 視線を向ければ、尖塔を登る一つの影。


 黒い軍服で身を引き締め、マントを翻し、腰に獄紋刀、軍帽を目深に被った魔族の少年。

 アレクだ。


 ルーシィの身体を乗っ取っているソレは、少し降りてアレクと同じ高さの位置に立つ。


 対面。


「やっ。初めまして禁帝神ゼシア(・・・)

「【───初めまして《大天敵(アークエネミー)》】」


 禁術使い同士が、ついに顔を合わせる。


「【───何の用?】」

「その前に、ルーシィの意識はあるの?」

「【───ない。ワタシが身体を使う際は精神の奥で眠っている……記憶の引継ぎは可能】」

「ふーん……じゃあ、俺と会話してる時の記憶の引継ぎは辞めてもらえる?」


 アレクの提案に、禁帝神は訝しむ。


「【───何故?】」

「そりゃあ、お前と内密な話だし……知られてたらつまらないからな」

「【───そう……そんなに器が大事?】」


 アレクは一つ、確信していた。その確信は諸々の行動によって既に確定しており、問い質す必要が無いレベルにまでアレクは理解していた。


「まぁな。んで、一つ君に提案がある」

「【───何を?】」

「戦争の盤面図を好きなだけ掻き回す為の提案」

「【───……!】」


 初めて、ゼシアの顔が興味深げなものになった。


「【───詳しく】」

「一度しか言わないから、よーく聞け?」


 その日、世界は激震するだろう。


「     」


 その日、人々は混乱するだろう。


「【───……!? アナタ、正気……?】」

「至って正気、至って真面目。……だって、仕方ないだろう?」

「【───否定は、しない】」


 互いに、楽しそうに、面白そうに、にこやかに。


「どうする?」

「【───乗った】」

「よしっ」


 とある理由、とある目的、とある野望の元。


 二つの理不尽が……手を結んだ。

八章はキリのいい数字で終わらなそうです

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