歯車領域
◆VS歯車の神徒ツァラート
「エリアコード:ワン キドウ」
空中に展開される無限の歯車。その全てが神徒ツァラートを中心に球体を作るかのように形成。広さは既に円形ホールの半分をしめていた。
その内側にユメとフェメロナ、そして王を援護しに来たミカエラとヒルデの四人を閉じ込める。
エリアコード:1《歯車斬裂領域》。
歯車の回る領域内は絶え間なく肉を切り裂く歯車が飛び交って、立ち止まっていれば立ち所に斬殺されてしまう。属性の魔法耐性が非常に高く設計されており、並大抵の魔法は全て意味をなさない。
そんな空間に放り込められた四人の女子達。
「《限定転身》《狩獣裂破》ぁッ!!」
「スゥー……《魔の炎・天の楔・紅の死》《インフェルノ》!」
「《開け》────《十字禍門》」
「《無縁柱》っ!」
フェメロナは四肢を獣化させ、爪を鋭くさせて勢いのまま切り裂いたり、膂力で押し込む。攻撃が歯車の突進と拮抗し、少し時間をかけては吹き飛ばす。
ミカエラの《紅焔の魔女》の名に恥じぬ威力、炎属性にに特化した大火炎で一帯の歯車の軍列の全てを燃やし、原型を無くすまで溶かす。
ヒルデの空間魔法により開かれた十字型の門から射出される黒い十字架が幾つか歯車に突き刺さり、一つ一つを腐食させて壊していく。
ユメの暗黒魔法が、四方にある歯車の群れを容赦なく、召喚した謎物質の悍ましい黒柱で押し潰し、意図も容易く無惨にゴミへと変える。
……属性魔法の耐性が非常に高いはずだが、それを貫いて歯車を焼き尽くすミカエラの炎とは如何に。
「っ!いってぇ……あ、そんなでもないか」
フェメロナは近接で対処した為か、いくつか被弾して切り傷が入ったようだが、浅すぎる傷で済んだようだ。
「───カイセキ カンリョウ テキオウカ」
ツァラートがそう呟いた瞬間、全ての歯車が明光する。妖しく光るそれは、数秒で止まったが……
先程と同じように飛来する歯車の群れ。
ユメ達は同じ魔法、打撃で沈めようとしたが……
「っ!効いてない!?」
「も、燃えませんの……!?」
「うわっ、ひえっ!?」
「ちっ!じれってぇ……!」
先程の攻撃が、効かなくなった。
闇で潰れず、炎で燃えず、十字架で腐食せず、打撃は全て避けて別方向から斬ってくる。
神徒ツァラートの前では、使用した攻撃は数字として解析され、自身の歯車を結果の元、適応化させることで既出の攻撃は全て無効化させる。
学習する機械兵、それがツァラートである。
物理だろうが魔法だろうが何だろうが、多彩な者でなければ、この神徒には敵わない。
「……厄介な能力ですね」
「ですわね。《インフェルノ》一つで炎熱の一括りにされていなくて助かりましたわ」
二撃三撃、同じように闇柱を打ち込んでも簡単に避けられたり拮抗されたりとする様子を観察したユメは、ツァラートの特性、能力を理解する。
ミカエラも同じように《インフェルノ》の魔法が効かないのを確認し、他の炎魔法ならばと使ってみれば、通用した……二回目はまた無効化されたが。
故にユメと同じ確信に至る。
まぁ。
「え、どゆこと!?」
「えぇい、鬱陶しい!!」
ヒルデとフェメロナは一連の流れで何も理解できなかったようだ。
残念。
「取り敢えず、同じ技はあのクルクルの前では使えないみたいです!わかりましたか!?」
「了解!」
「おう、わかった!」
「陛下、あれツァラートって名前ですわ」
「クルクルの方が可愛いです!」
「本音は?」
「言いづらい!」
「ありがとうございました」
説明と漫才と歯車の対処を同時にこなす魔王ユメ。魔王国の未来は安泰です。……安泰です(大事なので二回言いました)。
「行きますよ!《死を誘う闇》っ!」
「《魔炎の空・大地を濡らす・緋焔の雨》《フレアレイン》!!」
「《開け》────《無界迷宮》」
「すぅーー……《天武剛牙》ぁっ!!!」
十三の魔法陣から放たれ続ける闇色の球体。一発接触で即死の、魔王姫の凶弾が歯車を消し。
空に造られた赤い雲から降る炎の雨が、歯車を一つ一つ丁寧に焼いて沈黙させていく。
斬り殺す為に飛来した歯車が異空間に吸い込まれ、ゴールのない迷路へ送り込まれる。
ついに口周りも獣化させた王族の牙によって噛み潰される歯車。流石に飲み込みはしなかった。
順調に対処される歯車の領域。それから同じ技を一度も使わずに攻防している姿を見た神徒は、それが何を意味するのか悟った。
「ム… ミヌカレタ ハヤイ」
ツァラートは、ユメ達の動きが変わったことに気付いて彼らの観察眼と動きの変わり具合に驚嘆するが極めて冷静に対処する。
新たな術式を発動。
「バトルコード:スリー キドウ」
歯車の領域はそのままに、一つ一つの歯車が近くの歯車と引き合って組み合わさり始める。カチリカチリと噛み合わさり、回転して歯車としての役割を担うかのように、回っていく。
大小様々な歯車は、領域内に幾つもの朱色の巨大歯車を作り出して滞空する。その巨大浮遊物は、千を超える歯車の集合体であった。
バトルコード:3《大車輪朱暦砲》
朱い歯車砲門が、稼働する。
歯車が回転し、中央の大きな穴に鈍色の輝きが頭って、歯車の回転と共にその輝きは増す。砲門が複数ある為、破壊に出たユメ達は全てを潰す事が出来ずに何台かの歯車砲台を自由にさせてしまった。
「っ、ハワードさん!」
ユメが影に潜む従神に声をかけた、その瞬間。
「ホウゲキ カイシッ!!」
号令が響き、全ての歯車砲門から鈍色のビームが放たれる。一直線に、交差し、一点を狙う。
ユメ達四人は、呆気なく眩い光に包まれた。
「────《炎天の囀り・大地の脈動───……》」
………光の中から響き渡る、ミカエラの声。
「……? ナンダ? ナニガオコッテ────」
ツァラートが疑問符を浮かべた瞬間、彼の脇腹に位置していた歯車に黒色の槍が突き刺さっていた。
再生可能と言えど術式維持が困難になるレベルの一撃を与えられた事で、砲門は停止。ビームは残光を僅かに残して消えていく。
……晴れたその一点には、漆黒の球体が浮かんでいた。
ツァラートは素早く分析をかけるも、その球体が何なのかも、素材も、滞空している理由も、何もかもがわからないという結果を提示される。
「臣は混沌。我が身に在りしは深き暗黒の無なり」
黒い球体から、上半身を生やす黒色の人型。
背には紫の結晶が生えている、のっぺらぼうの高次元存在……槍を投げた混沌の従神ハワードが現れる。
あの球体は、ハワードの身体を構成する闇の一部であった。
彼はユメの声に応えて己を盾として四人を守った。並大抵の者なら存在ごと抹消されている筈の攻撃を無視するかの如く効いてないのは恐ろしい。
「オマエ ハ ナンダ!?」
「木偶の坊に答える義理はないな」
理解不能というERROR数値を叩き続け、身体の歯車がギチギチと鈍い音を立てる。
彼は不安と新たな脅威を前にしていた事で、今がっつり詠唱が行われてた事を失念、忘れていた。
「《人が爆ぜた・街が爆ぜた・国が爆ぜた》」
「ッ!? ソウダッタ───!!」
暗黒球体から奏でられる炎の呪文。ミカエラの最大火力の魔法が放たれようとしていた。
球体の一部が開かれ、魔力をミカエラに送るユメとヒルデの姿。そしてウォーミングとして拳をシュッシュと動かすフェメロナと、手を前に翳して魔法陣を形成しているミカエラが見えた。
「《焦土の大地は何も遺さず》」
紅い魔法陣は複雑に描かれ、何十枚と重なって巨大な、それはもう巨大な球体魔法陣が造られる。
それは暗黒球体よりも大きく、歯車が形成られる領域の限界高度すらも越える程の、巨大な魔法陣。
更に。
完成した魔法陣は突如、その姿を消して……再び砲門を使おうとしていたツァラートを球体魔法陣の中に閉じ込める形で視界に現れる。
「ナッ"───」
「《───森羅万象・この世の全てを嚥下する》!!」
最後の詠唱をもって、《紅焔の魔女》最大火力の大技が発動される。
「《爆ぜろ》!《エクスプロージョン》っ!!!」
球体魔法陣の内側、内部にある複数の魔法陣から極太の炎熱線がツァラートに放たれる。防御に回した歯車が蒸発し、領域形成に使われていた歯車も総動員して魔法陣を壊そうとするが、歯車自体の斬撃範囲に入った瞬間に同じく蒸発した。
それだけでは終わらない。
神徒を構成する歯車だけは蒸発せず、少し溶けかかり始めた、その刹那。
球体魔法陣が炎の輝きを増して、構築していた魔法陣全てが連鎖して大爆発を引き起こす。
破壊の奔流が魔法陣を突き破って外界に漏れ、朱色の歯車砲門も纏めて焼き尽くして燼滅。歯車の領域を壊しながら余波を広げていく。
それは海も震撼させ、軽く津波を引き起こしたりするのだが────その甲斐もあって。
神徒ツァラートの四肢を消し、頭頂部と心臓部を残して焼失させる事に成功する。
「ガッ アァアア"ア"ァ"!!」
機械兵の悲鳴、助からない。
発声機も故障したのか、いつも以上に言葉を出せる事が出来ない。何とか自己修復機能を起動して歯車の再構築をしようとするが、マトモな防御が間に合わなかったせいで本体も激しく損傷。
再臨コード:8を使おうとするが、術式を発動する為の歯車が噛み合わず上手くいかない。
神徒ツァラート、絶体絶命の危機であった。
「……(呆然)」
「ほ、ほぇ……」
そんな中、自分の出番が消えた事と威力の凄まじさにポカーンとしているフェメロナと、親友の最大火力が文字通りすぎてポカーンとしているヒルデ。
ハワードは自分の身体を元に戻しながら、煤すら着いていない全身をユメの影に潜ませ、消えた。
ミカエラは脂汗を流し、ユメがそれを王でありながらハンカチで拭いてあげていた。普通逆である。
拭かれてる本人は最初躊躇ったが、魔王本人が強く押し切るもので諦めた。慣れとも言う。
「ふぅ……流石に、疲れましたわ」
「ナイスですよ。お兄様が認めるだけあります!」
「褒められてる気がしないですわ……」
少し嫌味たらしく聞こえたのは気の所為だろう。




