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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第八章 吸血鬼とお兄様

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機軍戦争開幕


 三千年と五百年前。異世界フォルタジアとはまた違う、また別の異世界にて。

 その世界は、俗に言うデストピアというものだった。

 空は光化学スモッグによって晴れず、地上には人間の制御を外れ殺戮人形と化した機械達が跋扈し。

 海は環境保全の動きがあったにも関わらず黒く染まり、海水魚は軒並み全滅した。

 地上に生きる術は少なく、小さな虫すら機械による駆除対象にされ消滅。動物すらも殺処分された。

 空も地も海も、終わっていた。


 誰もが地下に居を構えた。

 小動物のように怯えながら、音も立てないように慎ましく。されど現状を変える為に動く者も居た。


 そんな時代、そんな世界に。


 誰よりも深くに住み、誰よりも激しく生きる男がいた。


 暗い暗い、鉄壁に囲まれた地下空間。

 複雑に張り巡らされたパイプ、コード、乱立する液体の入った機械、煙を吐く機械、紫電を撒き散らす機械、機械、機械───ほぼ機械に埋め尽くされた天井の高い部屋だった。


「はぁ……ボクはどうやら長くないみたいだね。まったく、寿命ってのは厄介なもんだよ」


 椅子に座って、理科室にあるような机に頬杖をつく若々しい老人が溜息をつく。

 彼の身体には、点滴の用途に使われる器具が刺し込まれ、輸液パックがその先に吊るされていた。

 それも、複数個。


「なら《教授(プロフェッサー)》も私と同じ機械になればいいんじゃないの?」


 彼の隣に近付いた、一人の少女。

 全身が機械に置き換わっているが、年相応の可憐さと若さを保持している───ソルトだ。

 彼女は心配そうに、名案を出す。


「ふふ。それはそれ、これはこれだ。ボクは人として生き、人として死ぬ。……これを言うと、君には悪いかな?」

「ううん。そんなことないわ。私が機械にならなければ、今こうして喋れてないもの」


 老人は拒否し、自分の死を肯定する。


「人生において永遠に付き纏う寿命という概念。それを否定するのは君で最後にしたからね。そう決めたから……うん、言い訳だな、これ」


 そう自嘲する。


「ボクという存在を、世間は許さないらしい。

 いくら科学と魔法が発達した社会だとしても、ボクの異端性は彼等の眼では理解できなかったか」


 老人は命を狙われ続けた。

 故に伴侶も待たず、弟子すら設けず、ひっそりと陰に潜んで趣味の機械兵団を造り続けた。

 文字通り、余生の暇を潰す為の、趣味として。


 造り出された機械兵は1362機。その全てが役割を与えられ、形状に違いを持たせた。

 そんな創造主は、苦悶の声を上げながら、ソルトの肩を借りて立ち上がる。


「《教授(プロフェッサー)》、何処に?」

「ボクが造った最高傑作の場所へ。

 ──────もう、この世界はダメだからね」


 呑気に眠りこけている巨大機械兵に触れて、背にある電子端末に記号と文字を打ち込む。

 震える手で、パネルに一つ一つ文字を打ち、変換し、意味を持つ言語へと変えていく。


 しかし。人の生とは残酷で。


「あっ………」

「っ!《教授(プロフェッサー)》!?《教授(プロフェッサー)》!!ねぇ!ねぇ!?」


 力を使い果たし、打ち込む途中で老人は倒れた。


 『人類そu───』


 そこで止まった文字列は、今後一生彼の手で打ち込まれることはなく。

 全ては闇に包まれたのだった。





 ◆???


 ──AS機関部損傷確認。異常箇所修復……不可能。ASエネルギー不足ヲ確認。多機能ユニット、問題ナシ。自家発電機関───故障確認。


 それは機械でありながら困惑していた。


 自身を構成する機関部諸々の故障が発覚し、己の動力源であるASエネルギー……彼ら機械兵達が活動する為の原料が枯渇していたのだ。

 正式名称は《自律(autonomous)システム(system)エネルギー》、それを略したのがASエネルギーである。ネーミングセンスが疑われるのは彼らの創造主のご愛嬌。


 ……話を戻そう。

 それは数ヶ月前。世界都市を沈めに向かう最中に寄り道をした時、その高次元存在は何故か居たとある銀髪の危険人物によって海底に沈められた。

 エネルギーを奪われ、沈んで深海に叩き落とされた後に、数時間かけて失っても支障のきたさないパーツを何個か犠牲にして浮き上がった。体内が海水に侵される事はなかったが、結果はこのザマだ。

 海面にて浮かび上がっていたソレの身体は、至る所が壊れ、早急な修理が求められていた。


 しかし。


 燃焼切れで何も出来なかったソレは回収された。

 何処からか現れた、黒髪のバンダナの青年。彼に触れられた瞬間、ソレは判別も解析も出来ない謎の空間に閉じ込められた。


「へぇーこの世界、SFもあるのかよ。すげぇな」


 それが数ヶ月前に最後に聴いた、本来掃討するべきである愚かな人間の声だった。


 それから数ヶ月後、ソレは再び意識を取り戻した。

 動けぬ身体はマトモな整備をしておらず、最早ただ大きな人形にしか見えなかった。


 しかし。


 ───エネルギー外部供給ヲ確認。同時並行シテ修理サレテイル事ヲ認識。『プログラム』ニ一任。


 気付けば、身体に侵入してプラグを接続されたり、故障部を修理されたりしていて。

 久方ぶりに芽生えた意識は、急速に冴えていく。


 自身よりも遥かに小さな機械兵器達が、続々とASエネルギー貯蓄ポッドやら修理器具を持って来る。


 それが自分と同じ場所で、同じ存在に造られた仲間、家族であると急速に認識する。


 体内に挿し込まれ、AS機関へと流れていくASエネルギー。更にASエネルギーを無限に作り出す機関部も修復。その他諸々、メインカメラも修復された事によって────ついに、覚醒する。


キュイイイイイイイイイイイィィィィィイィィンンンンンン………!!!


 耳を劈くエンジン音。溢れ出る神気が機体を揺らし、脚や背中の翼部分から放出される蒸気。

 黄色い装甲は光の反射によって輝いて、復活した紅い瞳が爛々と輝きを増す。


 周りに群がっていた機械兵達はソレから離れて、彼等のリーダーの復活を喜ぶ。

 ───機械故に、喜ぶ仕草を真似ただけだが。


 そして、ソレは。起動した。


「魔導溶解炉作動。理論純水ノ流動ヲ開始。プログラム再確認───認証『人類掃討project』起動。全機構稼働。全システムオールグリーン。発進」


「《機甲神マナ・ジスタ》起動」


 神は復活する。

 それは《最狂の魔工学師》の名を冠する男によって造り出された機械兵団のトップ。

 最後に与えられた命令『人類掃討』を掲げ、再び世界へと宣戦布告をする。


 ──────全人類VS機械兵。


 《機軍戦争》開幕。






「ははは!やっと起きたのねジスタぁ!寝坊よ!!」


 《兵装の神徒ソルト》


「製造番号0072《マナ・ジスタ》覚醒確認」


 《機銃の神徒ゲルヴェーア》


「ァ! サンゼンネン ブリ ダナ!」


 《歯車の神徒ツァラート》


 《教授(プロフェッサー)》とも呼ばれる彼等の創造主が造り上げた中でも、優れた頭脳と機動力を持つ、神徒となった三人の機械兵。

 その中心に立つ巨大機械神マナ・ジスタは三体の配下を従えて世界に顕現する。


 まず機甲神が行ったのは現状調査。

 今起きている事、視界を共有していないカメラで撮影されていた証拠映像を元に数字化、認識。

 他の機械兵達と頭脳部を共有(リンク)して欠けている情報を入手。完璧なまでに把握。

 自身の身に起こっていた全てと、今の現状を十秒もかけずに理解して……行動に移す。


 初手に隣にいる謎の機体への攻撃。破壊を実行。


「──敵対象ト認識。《第十二攻性魔導ジ・アザーラス》」


 それが戦争を開始する最初の一撃となった。


 それは大光線。初手に銃乱射、二手に三人衆が放った光線のとは段違いの一束の可視破壊光線。

 真隣に居た《銀嶺ユースティア》……そして、中にいるクロエラとマール、肩に乗っていたミラノに危機が迫る。


「っ!クロエラくん!」

「…回避!はやく!」

「ふっ……無理かな!!!」


 傍から見れば諦めたような、それでも何か裏を感じる力強い口調で、クロエラは機体を操作する。

 起動スイッチ。

 それを押した。


ドゴーーーーーーーー!!!

キィィィーーーーーン!!!


 何かにぶち当たる轟音と、甲高い耳を劈く音。


 見れば……


 銀嶺ユースティアを守るように、オレンジ色の半透明なハニカム型の結界が機体を、三人を守っていた。

 破壊光線によって揺らいでいて、ヒビが入り始めているが……彼らを完全に守っていた。


「ふぅー。間に合ったね」

「…《蜜色防護結界》破損率23%……っ、48%!どんどん上がってる…!」

「うん。流石は機械兵器の神だね……それにこの光線、さっきのやつの上位互換じゃない?」


 冷静に分析するクロエラ。

 脳をフル回転させながら、彼は操作する。まずは離脱。ついに光線が結界を破壊する前に飛び去り、飛翔して安全圏に回避。


「──《教授(プロフェッサー)》?」


 何かを呟いた機甲神、その声は誰にも届いていなかった。


「いいねいいね〜。本格的な検証実験……いや、実戦記録が取れるってこだね!!やったぁ!!」


 呑気に目をキラキラさせて喜び、機体を完璧に操作して華麗なアクロバティックを決め、群がる他の機械兵を蹴散らす。

 その際、肩にミラノが掴まっている状態だったので……


「クロエラくん、私は離脱するよ!?」

「あっ。うん、ありがとう!護衛ご苦労様!好きに動きたまえ!」

「あぁ、もちろん! よいしょっと!」


 目が回りかけたミラノは空中に身を打って客席になんとか着地。それでも綺麗に華麗に離脱した。

 そして、護衛を辞した彼は他の機械兵を掃討するために走り出した。


「《炎天脱車》っ!」


 紅炎の斬撃がこの場にいた機械兵の二割を切り裂き生命維持機関を破壊したのは言うまでもない。


「───気ノ所為カ」


 一瞬の気の迷いを振り払って、機甲神は追撃を開始する。

 最も脅威的なのは目の前の存在だと認識した。


「来たまえ!前時代の《機械の大兵長》!!」

「───何故、ソレヲ」

「え? 適当に言ってみただけなんだけど……?」


 機械と人間の戦い───その一幕が始まった。


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