秘密を抱える者達
◆アレク=ルノワール
俺の私室にて。
今日は悪い意味で色々と濃い一日だった……心臓に悪い一日だったと言って良いかもしれない。
「で、さっき……否、毎度二人っきりになってする吸血とはなんなんじゃ?」
「いや〜、その〜。アレだよアレ。体質的な問題でちょっと見られたくないんだ」
「妻である我にもか?」
「う、うーん……」
「……あぁ、お主は敏感じゃったな」
「おいこら核心を突くな」
で、今はニーファの膝の上で、俺手製の耳かき棒を使わせて、耳掻きをしてもらってるんだが……あ、そこいい………痛い!?
「痛い!」
「む。……こうか?」
「んぅ」
うん、いい感じ……メリアの方が上手なのは言うまでもないが、口には出しません。
まぁ、この力加減でも十分満足だ。
「よし、終わったぞ」
「あり〜」
「で、どうなんじゃ?」
「ん?……あー」
吸血されたら気持ちよくなっちゃうぅだなんて言えないよね普通。
あとルーシィの記憶を見ちゃったなんて……いや、もう手っ取り早い方法使おう。言うより早ぇ。
説明めんどい、体感しろ!
「ほい──《記憶共有》」
「む?………む?」
ニーファに俺が見た彼女の歴史をそのまま脳に転送する。空間魔法に当たる魔法になる、かな?
線引きとか曖昧だから間違ってても知らね。
だって言霊魔法というオリジナルだから!……だから何って感じだけど。
「ほうほう……む?」
「そこに出てる黒髪糸目のイケメンは俺ね」
「ほーう………む?今なんと言った?」
さーて、どうするか……
魔統神……いや、初代魔王との戦いはユメと正樹に任せたが、今回ばかりは俺が出た方が良いな。
空気を読んでの理論である。
あぁ、だが……そうか、ふふ。
まさか再び会えるだなんて思ってもいなかった。最早二度と相見える事も無いはずだったのに。
運命とは残酷で、それでいて奇跡を孕むものであると実感する。
この言い換えられない喜びを、分かち合うなんて事はせずに胸の内にそっと閉まっておく。
………そういえば、ルーシィの記憶見た後に、彼女自身の様子も少しおかしかったんだよな。
俺もその時は動転していて気にかける所じゃ無かったんだが、改めて考えてみると不自然だったな。
吸血された時に俺何かしたっけ?うーん、わからん。
いや待て。ルーシィの記憶の中、吸血鬼の真祖から派生した術の中に血液を操作するのがあったな……
逆に俺がなんかされたりした?うーん?わからん。
「おい。アレク、これは……」
「ルーシィの過去だ。本人は見られた事を知らないから、内緒だぞ」
「……わかった」
ニーファを言いくるめて俺は、モノクロの部屋の壁の一方向にあるガラスを開けて、飾られている物をひたすらに取り出し始める。
「……今度は何をし始めるつもりじゃ?」
何も書かれてないスクロール、魔法薬、秘匿している禁書、とある公爵から貰った不滅のカード、修復した魔王の剣、呪いの御札、透明な立方体……
その他たくさん、使えそうな物をひたすらに出して床を埋めつくしていく。
「んー、いつ見ても高価というか非売品ばかりのオンパレード?とやらじゃな」
「よく知ってるな」
「辞書で引いた」
「な、なるほど」
ニーファもだんだん博識になってくれてて嬉しいよ。
さて、取り敢えず展示してない代物は全部出したから、後は選別してどれを使うか決めなきゃな。
……剣はまたガラスケースの中にしまっとこ。
スクロールはクロエラの為に使うけど、それは明日とかでいいや。
さ、それよりも組み立てを始めよう。
「んじゃ、魔法陣作って……」
魔法を使って簡単に、床に複雑な溝を切り込んで、紫色の魔法薬を手に取り、そこに垂らす。
液体が溝を緩やかに流れていく。
やがて、幾何学的な模様と目を象った、不気味ながら凄そうな魔法陣が簡単に、詠唱なく形成される。
「なんじゃこれ」
「……俺の生命線」
「む?」
円の外側に呪符を丁寧に貼り付けていく。
そして、魔法陣の中心に透明な立方体を置いて、更にその上にある物を被せる。
それは多くの人が見た事のある、俺が愛用している一着であった。
「……《常闇の黒衣》?」
「うん」
はい、完成。
俺が魔王国を出た後からよく着ている、アンテラから金貨一枚で買った魔導具……に分類されている黒衣。
高い状態異常耐性と闇魔法強化の力を持つ。
実は、その程度では収まらない枠組みに存在する黒衣だったりすんだが……まぁ、割愛。
呪符に囲まれた滅紫の魔法陣と、器によって四角く出っ張った愛用の黒衣。
いったいどんな儀式が待っているのでしょうか……特にそんなのないんですけどね。
設置したらもう終わりなんですけどね。
「よーし、ニーファ。寝よ」
「む、良いのか?」
「作業終わったから良いの」
「そうか」
魔法で使わなかった物を浮かせて棚に戻し、ガラスを閉じてから寝室に足を運ぶ。
いやー、準備って死ぬほど大事だよね。
使う出番が来るかわからないけどさ。
……こういうのをフラグって言うんだっけ?
「や、やだなぁ」
「いきなりどうした」
「にゃんでもないよ」
「……ん?求めとるのか?」
「充分ですご馳走様です」
◆ルーシィ=ノーレッジ
きっかけは血の味だった。
今まで飲んだことない、甘くて蕩けるような濃厚な魔性の血。血液中を流れる神秘を秘めた魔力がその味を更に引き立たせる。
吸血鬼にとって、美味しい血を提供してくれる人間らは非常に貴重だ。
ものによっては監禁という手を使う者も居る。
私はその手を使わないが。
……本能的には、自分の手元に置いて好きな時に好きなだけ飲む、吸血したいってのはある。
でも、僅かに残っている人間としての理性が、倫理観がそれはダメだと叫ぶ。
いや、吸血鬼の真祖なら真祖らしくやれよって言う意見もあるだろう。ごもっとも。
それでも私は、元の魂が人間なのだ。
今は純粋な吸血鬼として生まれたが、元はと言えば何処にでもいる普通の人間。
……それを言ったら、彼も同じか。
人生2度目はニューゲームとか言う人も居るが、そう上手くはいかないのだ。
私のように、全人類、神々の敵という立場に陥る者もいるのだよ。ははっ。
えぇ、テンプレの一つ?………まっさかぁ。
ひとつ断りを入れておくが、私は神ではない。
正真正銘、吸血鬼の真祖だ。
一応、神の部類に含まれてはいるが、種族は吸血鬼だ。理由はしっかりある。後で話すよ。
………話さなければいけぬタイミングが来ないことを祈るが。祈らせてください………!
「はぁ……」
好奇心は身を滅ぼすとは言うものだね。
私は文字通り、身を滅ぼした事がある。
異世界に来て、浮かれて、魔法というものに触れて、楽しくなって……禁忌に触れてしまった。
それが始まり、それが終わり。
私の吸血鬼としての生き方が、ガラリと悪い方向に傾いたのは言うまでもない。
そして、今日。
私はまた好奇心で身を滅ぼした。
「…………転生、か」
記憶閲覧に関しては、全面的に悪いのは私だ。提案したユステルは、何も知らない、ただ私の身を案じただけの忠臣。彼の厳しい口調の裏にある優しさには毎度お世話になっております……ダメな主でごめんなさい。
んー。もし他の神徒とかだったら……間違いなく処刑してるわ。うん、信頼と実績って大事。あとお気に入りってのもすっごく大事。よくわかるね。
ヌイとユステル以外は死ねばいいって思ってるよ。事実。
まぁ兎も角。今回の件を、責めるのは、責められるのは、私だけ。
……なんか、凄い自虐的というか、暗くなっちゃってるな。ダメダメ。
彼の記憶を見てから、調子に乗っていた自分がバカみたいに見える。
やらかし具合で言えば…………いや待て、よく思い出してみたら神に常時喧嘩売りに行ってるアレクくんの方がおかしいのでは?アイエー?
あれ、私ってばこの世界基準だと普通だったりする?そんなことない?ないか。
……なんだろう、参考にならないというか、型にハマらない人と並べられると判定に困る。
ごめんアレクくん、君はもう少し自重すべきだと後悔経験のある私は思うな……まぁ一つの個性として成り立ってるからいいかな。ボツ個性よりは良き。私?この世界最初の吸血鬼ですが何か?
「はぁ……!」
力の籠った溜息を漏らす。二度目のね。
記憶を見て、確信した。
そりゃそうだよ、好きに決まってんだよ。大好きだよアレクくんの血。
理由は簡単だったのだ。
「…………ゃん」
仄かに、とてつもなく小さい声で、彼の名を。
思い描く理想。叶うならまた……いや、それすらも既におこがましい。平和的に解決出来る段階ではないのだ。もう既に、三千年前の時点で。
叶うわけない、夢物語だ。
【───そう、アナタの夢は叶わない】
「っ!?」
自分だけしか居ないはずの部屋の中で聴こえる、質的にはうら若き少女の冷たい声。
一度だけ周囲を見渡して……その声が、自分の体から聴こえた事に気付く。
その元凶に心覚えのある私は、問う。
「……起きた、の?」
【───……】
無言の肯定。
私は無言を貫く居候に向かって、静かに愚痴を漏らす。怒りは……かなり含まれている。
だって嫌いだもん。
「おはよう、とかそういうの無いの?」
【───「おはよう」って何?】
「 (絶句)」
おいおい……天父神でも知ってる挨拶だよ……?
神話ジョークを交えながらも、私は【あること】以外に関しては全くもって興味を示さないコイツに懇切丁寧に「おはよう」とは何かを教えてあげる。
「……わかった?」
【───ワタシには必要のない知識だと判断した】
「ぶち転がすぞ!!」
心の底から思う、お前きらい!!!
さっさと私から出てけ!野垂れ死にしなさい!
【───それは不可能。アナタというワタシの力に耐えられる器が無ければ、社会的弱者のワタシは存在を保てない】
「社会的弱者……?」
よくそんな言葉知ってんなこのチビ。
【───アナタの記憶を見ただけ】
「気軽に見んな!」
【───ぶめーらん、ってやつ?】
「ブーメランだよこんちくしょう!!」
はいはいそうでした!私もアレクくんの記憶を盗み見てましたねごめんなさい!!
ただし我が内に住む神よ、てめぇはダメだ!
【───相変わらずアナタの思考……いや、異世界人の思考は理解に苦しむ】
「お前、ワタシ以外の異世界人と会話も筆談もしたこと無いだろ、なぁ?」
【───確かに。アナタだけがおかしいのか】
「やっぱ喧嘩売ってるよね?」
お前きらい!!!死ね!サムズダウン!ミドルフィンガー!!アイドントライク・ユー!!!
【───悪感情、おいしい】
あー、眠い。世話の必要性がないとはいえ、会話が面倒臭い……さっさと寝よ。忘れよ、コイツは。
最適解だね、これは。
「明日、しっかり顔を合わせて───うん、いつも通りに……」
私は布団にくるまって、静かになった寝起きの神のことを一旦忘れて、寝に入るのだった。
もちろん、明日彼と対面した時に怪しまれないように、軽くシュミレーションしてから、ね。
───こうして。
純粋なる闇を持つ神が、吸血鬼に巣食う幼神が、三千年の眠りから覚めるのだった……
◆再び・アレク=ルノワール
翌日。
「おはようルーシィ!!」
「おぉ、おはよう……アレクくん」
何事もなく朝の挨拶。少し声が大きいのはご愛嬌。嫌がらせや反応を楽しむ為ではない。
うん、昨晩は大変だったようだねぇ?
びっくりしたよ?ニーファが寝静まって直ぐに覚えのない神気を君の部屋から感じたもんだから。
ルーシィ単体には神気なんて宿してないのに、その内側に居る神の内包するエネルギーが凄い。
認めよう、敵は強大だ。
……む。どうした人の顔をまじまじ見て。
「ん?俺の顔になにか着いてる?」
「あの……白いの、ついてる」
「!?」
……………!?
「ニィィィィィファァァァァァァァァァァあぁああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!」
「のじゃ!?」
てめぇ、この野郎!
「俺が寝てる間にやりやがったなてめぇ!!」
「あの雰囲気はヤるじゃろ普通!」
「てめぇの脳回路どうなってんだ色ボケすんじゃねぇ神竜ぅぅぅぅ!!」
添い寝はしたぞ!でも致してないぞ!俺偉い!
「二人はホントに仲良いね」
「「嫉妬か?」」
「なぜにハモる!?」
やっぱ人を弄るの楽しい。……今のは反射的にやった事だけど、ニーファとノリがあったな。
流石夫婦。略してさすふう。……略したらわけわからんくなったか?
「よーし、ルーシィ教えてくれてありがとう」
「え、どういたしまして?」
「お礼に血を吸わせてやる」
「三日連続!?」
サービスサービス。血くらいなら吸わせてやるよ。記憶はもう見せないけどな。
お前自身の強化に自己犠牲という対価を払ってやろうじゃないか。
俺の思惑に気付かず、嬉しそうだが苦しそうになったり、悩む顔をしたり……百面相をするルーシィの顔が面白くて、ニーファと二人で笑う。
さ、揶揄うのはやめにしよう。楽しいけどさ。
ほら、行くぞ。
………まぁ、しっかり守ってやるよ。
「さぁ、行こうか。………朝飯だ」
お前が死んで、誰かが悲しむバッドエンドからな。




