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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第八章 吸血鬼とお兄様

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「■」の攻防戦───真実・開帳

 世界はどうしてこうも理不尽なのか。


 一人、見晴らしの良い建物の塀に腕を乗っけて、頬杖を付き心の中で愚痴るのは、ルーシィだ。

 場所は世界都市の小高い丘にある展望台のような物で……まぁ、景色は良いが不人気な名所だ。


「はぁ……吸血衝動がヤバい」


 究極的に極端な空腹という訳では無い。

 なんというか、小腹が空いた……しかも普通にご飯を食べれば忘れる程度の感覚が、ここんところずっと続いているようだ。


「よくよく考えてみれば……目覚めてからアレクくんの血しか摂取してないよね。はっ!まさか!」


 まさかの依存症……!?

 いやいやまさかと首を振る吸血鬼。


 爛々と美しく輝く太陽に照らされ、潮の匂いを運ぶ秋の風をその身に浴びながら……

 本人が自己紹介しなければ吸血鬼などと判明しょうがない少女は悩む。


(……それに)


 なんだか、彼の血しか受け付けない身体になっているのではと……謎めいた確信があった。

 やはり依存症では?


「検証、する……?」

「如何なさいましたか?お嬢様」

「ひゃっほぉう!?」


 後ろからいきなり、それも結構近い距離で話しかけられたルーシィは飛び上がる。

 彼女の背後に居たのは……密かに護衛として遠くから見守っている家臣、ユステルであった。


 優しげな雰囲気の青い短髪の騎士。

 彼は日光対策として闇魔法で傘を作って難を逃れていた。


「な、なんで此処に……いや、何故わざわざ現れたの?」

「私はお嬢様の騎士。姫が悩み事を抱えていらっしゃるのなら、助力するのは義務でございます」

「相変わらず堅いなぁ……ありがとう」


 どうやら独り言までは聞かれてなかったらしい。

 ホッと安心して息を吐いてから、更に近づいてる気配に目を向ける。


 歩く度に、その痕跡となる緋色の液体……敢えて言うならグレープの匂いの液体を垂らす女が居た。

 その液体は、地面に触れた瞬間に蒸発して、液体の乾いた跡すら残さずに消滅した。


 彼女自身の身体は、太陽に耐性の強い液体で守られている為、過度な日光対策はいらないらしい。


 それが頭から緋色の液体を被った神徒、ヌイだ。


「お嬢様が、そんな悩みを抱えてるなんて……」

「聞かれてた!?」


 なんたる失態。自決せねばと塀を乗り越えようとする……流石に途中で我に返って辞めるが。

 大丈夫だろうか、この吸血鬼。


「……? ヌイ、私には聞こえなかったのですが」

「アナタは知らなくて良いものよ」

「そうですか」


 ありがとう、ヌイ……女の家臣の中で最もマシな感性と理解度を持つのは君だけだよと心の中で血涙を流す女主人。誰かの上に立つ者は誰だろうと関係なく苦労性なのだろうか。


「で、解決するんですか?それ」

「無理じゃない?依存って麻薬もそうだけどちょっとやそこらで解決できるものじゃないの」

「そうなのですか……」


 うーんと腕を組んで悩んでくれる忠臣。

 それを見て頬を緩ませるルーシィだったが、やはりどうすれば良いかわからない。


「……一つ、提案が」


 話の流れを八割ほど理解していないユステルが進言する。


「お嬢様が惹かれているのは、血ですか?」

「うん」

「ならば、真祖の秘術であるアレを使えば、原因も全てわかるのでは?」

「………?…あ、あー!!それだ!!」


 思い至る節があったのか……ルーシィは声を荒らげる。


 それは血液を介しての記憶閲覧。

 真祖の吸血鬼しか出来ない、真祖であるからこそ許された唯一無二の操血の力。


 並の吸血鬼は出来ない芸当を、術式を込で吸血する事で閲覧を可能とする。

 現代では、というか過去現在未来含めてルーシィしか使うことは出来ない、深淵の秘術だ。


 それを試すと言うのか。


「ちょっと試してくるー!」


 そのまま、展望台から飛び降りて街へと消える。


「えっと……大丈夫、かな?」

「お嬢様は頑丈ですから大丈夫でしょう。それよりも解決の糸口が見えて良かったです」

「主への絶対普遍的信頼……」


 そのまま、ユステルとヌイの二人はいつも通り影へと消える。

 早く日の照らす場所から去りたかったのか、それはもういつもより早く消えるのであった。







 だが、何をするか分からずとも、何かをされるということを、彼が把握していない訳がなかった。


「あっ、ふーん。真祖なんだ、へー」


 誰にもバレない様に小声で呟かれる。


 隠蔽されてある監視の魔法でルーシィ達の密会を途中(・・)から見ていたアレク。


 真祖とは、最初の吸血鬼だ。

 血を吸って隷属の魔力を流した者を眷属化させて吸血鬼と変えてしまう力を、一番最初に持っていた始まりの吸血鬼。

 後に眷属化の能力は他の吸血鬼にも遺伝していくのだが、眷属化による種族進化に耐えれる者が少ない為にその数は少ないらしい。


 取り敢えず、「真祖」というのは一人しかいない、という話だったような気がするとアレクは思考を纏めていく。


 ここで余談だが、アレク自身は普通の吸血鬼とすら対面した事は無いので力量の違いとか差はわからないので、未知数な存在である。


 そんな風に考えていたアレクは今、商人バルレルに変装して、彼の名と姿を偽って活動しながら覗き見している。

 その姿は、普段の身長よりも遥かに大きいが、正体が割れない程の完璧なものであった。


 ちょっと一息ついて書類に押印を押す作業をやめたら、ルーシィが神徒を交えて三人で集まって話してたから「あ、やべっ」と思い至って盗み見盗み聞きを開始したようだ。

 流石に録音機能はないらしい。


「旦那様、どうかなさいましたか?」

「いや、オークションについて考え事をな」

「左様でございますか」


 バルレルの後継者……要するに商会のナンバー2の青年に無言で虚空を見てたことを心配されたが、アレクは素っ気なく返す。


 アレクにとって彼のことはとてもどうでもいい。しかも都合のいい事に本物のバルレルも後継なんて目にもくれていなかったようだ。

 現に、素っ気なく返すのは普段通りの扱いらしいので、別人に入れ替わっていてもわからない。


 だが、沈むかもしれない商会の為に一応、保険は取っておくようだ。


「今回のオークションに、お前の参加はない」

「っ!……何故でしょう、か?」

「ふん!お前のような木っ端を連れていくのは、俺の品格に関わるというものだ」


 我ながらどうかと思うが、まぁ本物のバルレルもそう思っていたらしい。

 ぶっちゃけると、アレク本人はバルレルより後継の方が有能じゃね?と心の底から思っている。


(バルレルはオークション会場で死ぬ筋書きだ。

 その代わりとなる彼は生かしておくべき……こいつの記憶を見た限り、彼は真面目すぎて話にならんっていう評価が下されてたみたいだし……元の商会よりは幾分かマシになるだろ。あと……あれ、こいつの名前なんだっけ?)


 いつか真っ白な商会でもできるのだろうか。


「さて、お前も今日は帰っていいぞ。ついでに他のアホ共にも、これより三時間ほど、どんな用事があろうともこの部屋に入らないように告げておけ……いいな!?」

「……かしこまりました」


 青年が黙って部屋から出て、その気配が遠くに行ったのを感知してからアレクは変装を解除。

 そして転移する、己の異空間に。


 場所は異空間の工房。いつもの研究室だ。

 アレクは椅子に座り、腕を組んで静かに扉を睨んで来場を待つ。


「何をするかは分からないが……潮時か。そろそろお前の事を知りたくなってきたんだ、ルーシィ」


 魔法陣の準備だけをして、巧妙に隠して待ち構えて……笑う。

 それはまるで、待ち合わせ場所で愛する恋人を待つ少女のように可憐な笑みであり────


 同時に、邪悪なものを忍ばせていた。


「……さぁ来い。お前の記憶を見てやるよ(・・・・・・・・・)


 血の流れぬ、記憶を巡る攻防戦が今始まる。







「失礼しま〜す……」

「ん、どうぞ」


 数分後、ルーシィがアレクの工房にやってきた。

 異空間への往来は、学園の特別寮にわざわざ待機させていたメリアに頼ませた。

 

 平静を装ったつもりなのか、椅子に座って回転させながら待っていたアレク。

 目が回らないのはどうしてなのか……いや、少しふらついている。


「何用?」

「えっと……お腹、空いちゃって。良い?」

「え、昨日飲んだじゃん」

「あぅ、えぅ……ご、ごめんね?なんか空腹感が凄くて……」

「飲み足りなかったかぁ」


 まったく仕方ないなぁとばかりに、慣れた様子でシャツの袖をズラして、アレクはその綺麗な首筋を見せつける。

 それに息を飲み、早く飲みたそうにウズウズしだすルーシィ……まるで特殊性癖の変態である。いや吸血鬼という種族状仕方ないのだが。


「……あのさぁ、血を吸われた時の感覚とかどうにかならんの?」

「それは……何度も言ってるけど、君の体質のせいだと思う、よ? 私に血を吸った人に快感を与える能力なんてないから……」

「だぁよねぇ……これ一生改善しないやつだぁ」

「あはは」


 流石に苦笑いしか出来ないルーシィと、演技でも何でもなく恥ずかしくなるアレク。

 魔法で何とかならないのだろうか。いや、ならないから困っているのか。


 吸血しやすいように位置を調整したアレクは、ドンと来いと言わんばかりに手を広げて待ち構える。


「はい、早く済ませてね☆」

「はーい……じゃ、失礼します」

「どぞー」


(固有能力、発動────操血術《血海の舟》。少し長くなるけど……耐えてね、アレクくん)

(さぁ来い、今日こそ耐えきって……お前の記憶を見てやろ───っ!?)


「かぷ」

「んくぅ!?」


 静かな攻防戦が始まった。


 首に刺さったルーシィの牙を伝って、アレクの濃厚な血が喉を通る。

 そして更に、その血を通して……ルーシィはアレクの記憶を無断で閲覧し始める。


(……!これ、は………、っ!?)


 何かに対して驚愕するルーシィは、吸血をやめずに脳裏に映し出された彼の記憶を見続ける。

 血の味を楽しむことすら出来ないほどに、ルーシィは記憶の閲覧に集中する。

 血眼になりかけるほどに……熱心に。


 そして、噛まれているアレクは。


「あっ、くぅ……」

(まずいまずい!!んくぅ♪ホントに慣れない!嫌じゃないけど!嫌じゃないんだけど!!……あれ、ある意味慣れてる?あっ…!)


 相も変わらず困惑を帯びて、快感に身を悶えさせていた、が。


(くっ、えぇいままよ……!神童アレク様をなめっ、ん!……ナメるなぁ!!)


 アレクは血を吸い続けるルーシィの頭を掴み、引き寄せる。力強く、それでいて優しく。

 無抵抗な彼女を余所に、アレクは事前に展開してストックしていた魔法陣で、例の禁術を発動する。


(─────《記憶は語る泡沫の星(メモリー・スフィア)》!!)


 青く薄く煌めく手が、ルーシィの後頭部に触れて…………アレクも彼女の記憶を閲覧し始める。

 脳裏に流れる彼女の記憶─────


(よし、成こ………は?)


 アレクも、驚きで声を失ってしまう。

 その時ばかりは、吸血による喘ぎも、呼吸の為の息も止まっしまって。


 その異変に、ルーシィも気が付かなかった。


 脳裏に映るコマ送りの記憶の断片。

 それは怒涛の勢いで、本人たちが悩む時間も隙も与えずに、容赦なく流れ込んでいく。

 それは、遥か昔の……全ての記憶さえも。


(どう、いう……こと?)

(なぜ……まさか……)


 互いに驚愕と疑問が入り交じって────



『ねぇ、■■■■■……私が■んだら、悲しい?』


『───まぁ、そうだな』



 やがて、終息する。


「ふ、ふぅ……あり、ありがとう。ご馳走様でした」

「……あぁ、どういたしまし、て」


 歯切れの悪い二人は、自分の事で精一杯で、相手の状態を……互いに記憶を見ている事などを理解できていなかった。

 動揺で目すら合わせずに。


 何故、どうして。


 ただそれだけが、脳裏を支配していた。


「あ、……私、部屋に戻るね…ありがと」

「あぁ、うん」


 流石に気を取り戻したのか、ルーシィはアレクから離れて工房から出る。アレクもそれに応じるが、何処か虚ろげな雰囲気だった。


 ルーシィは廊下を歩く。足早に、静かに……胸の内だけは心臓の鼓動を激しくして。

 何故、彼の血を求むのかが分かったというのに、その心が晴れやかになることはなかった。


「……む?」


 途中ですれ違ったニーファにも気づかず、ルーシィは廊下を進んでいく。

 脇目も振らずに、 ただ真っ直ぐに。


「……なにかあったのかの?」


 彼女の瞳から、水滴が見えたような気がしたが……

 勘違いと見てそれを片付けたニーファは、何か目的があったらしく、アレクの工房に入る。


「アレク、お主────、どうした?」


 椅子に座り、額に手を当てて天を仰ぐアレク。

 それを見て懐疑的な視線を向けるニーファは、何も言わずにそっとそれを見守る。



(そっか、そうだったんだ……)

(何故、気付かなかった……!)



 二人は目を強く、キツく歪ませて、虚空を睨む。


「「クソが……!!」」


 互いに同じ言葉を吐いて、可視化すれば人を呪い殺せそうな魔力と神気を微量に放ちながら……

 世界を、運命というものを恨む。




 狂い、歪み、外れ始めた運命の歯車。

 誰にも予想できない人生の通過点が、或いはその結末が、『誰かに』迫ってきているのだった。

アナタは■■なものを失う時、何を代償にしますか?

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