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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第八章 吸血鬼とお兄様

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アレクとニーファの絶望二日間・炉


 それは珍しく平和な一日を過ごした日の翌日。


 犯罪組織とか神獣とかクロエラとか妹魔王とか堕神とかが、悪さをしない長閑で平和な一日。


 アレクは本を読み、ニーファは寝転び、メリアは買い物を楽しみ、ルーシィはアレクに吸血して喘がせたり、カグヤはいつも通り飛び回って。

 プニエル、デミエル、ウェパル、エノムル、タマノの幼児組も元気いっぱい遊び回って……


 そんな何も困る事がない平和な時間が、本人たちが気付かぬ間に崩れ去った。


 それは絶望の二日間。当人達でさえ予想できない波乱が今、幕を開ける───────







 朝……と言っても昼に近い時間帯の朝だが。


 未だにリビングに来ない夫婦二人を起こす為に、メリアは流石に起こしに行く。


「いつまで寝てるんですかお二人共……」


 寝室の扉を開き、何時までも夢の世界に旅立っている二人を起こしに来たメリアだったが……


 驚きのあまり声がでない。


「あーう?」

「のじゃ?」


 アレクとニーファが普段寝ている筈のベッドの上に……彼等と同じような見た目の幼児が居た。


 姿をそのまま小さくした、プニエルより一回り小さなサイズにまで小さくなった銀髪紅瞳の幼児達。

 しかもご丁寧に幼児用の締め付けない優しい質感の衣服を着せられ、前掛けすらある始末。

 流石におしゃぶりはつけてなかった。


 ニーファなんて角も尻尾もミニサイズになって可愛らしいのレベルが高くなっている。

 アレクは元から男かどうか怪しい風貌なので割愛。


「かわいいっ……!?」


 こて?と首を傾げてメリアを見つめる二人。

 ベッドのシーツを力強く掴んで、もう片方の手の指を口に入れてボーッとしている。


「失礼します!」

「うー?」


 メリアは二人をサッと抱き上げて、寝室を飛び出てリビングに駆ける。

 凄まじい速さであるが故に、シーツは二人の手からズレ落ち、顔面に凄い風圧を受ける。


「へぶっ!?」

「ぬぅー?」


 頬を撫でる風圧に幼児二人が悶える中、ついにリビングに到着。浮き彫りになった問題が皆に晒される。


「あ、二人ともおは、よっ!?えぇ!?」

「ピィ?(何をそんな驚い、て……………は?)」


 ルーシィ、カグヤが首を揃えて目を見張り、驚きのあまり声を失う。

 そりゃあ吸血させてくれる男の子と、根本的に嫌いな同種の龍が小さくなってたらビックリする。


「あうあ〜」

「だうー」


 知能も見た目相応に低下しているのか、小鳥の姿であるカグヤに興味津々で……カグヤが面白半分で両翼を広げたり畳んだりしていると、それに合わせて頭を傾けてリズムに乗り始める。


「ピィ(こっちの姿の方が平和じゃないかしら)」


 そんなこと思ってはいけない。


「アレクちゃーん、ルーシィだよ、わかる〜?」

「かぷ」

「おぉ……やわらかいぃ……(尊死)」

「戻ってきてください!?」


 吸血されてらいる仕返しか、ルーシィの指を掴んで熱心に吸い付くアレク。隣でニーファが羨ましそうにルーシィを見ているのは何故だろうか。


 メリアは子供達を呼んで現状を共有する。


「マシタとニファねぇ、かわいー!」

「あるじぃ〜?」

「ご主人様……?」

「〜〜〜!?(ちっちゃーい!?)」

「なぜに?……もちもち」


 カーペットの上に降ろされ、自分よりも大きい子供達に囲まれる幼児二人。

 不思議そうな顔で皆にもみくちゃにされている。


「むにー?」

「のじゃっ」


 頬をもみくちゃにされるアレクとニーファは、抗議の声を上げるが子供達に無視され、無抵抗のまま揉まれてしまう。


 泣かれても困るので、メリアが子供達を掻き分けて幼児を救い上げる。


「驚かせちゃダメですよ。主様と奥様は今、幼くなってるんですから……」

「「「はーい!」」」

「〜〜〜♪(はーい♪)」

「わかった」


 返事を返す子供達に目を奪われながらも、幼くなった二人は好奇心旺盛で、メリアの腕から這い上がって身体を移動し始める。


「ちょっと、お二人共………、っ!?」


 頭によじ登られ、兎耳の側面をカプっと甘噛みされて硬直するメリア。

 どの生物も耳は弱いのであり……悶絶したいところだが、二人を振り落としかねないので動けず涙目になるメリアがいる。


 それを見かねたルーシィが、二人をメリアの耳から引き剥がす。


「はーい、気になったら吸いつくのやめよーね〜」

「「あむ」」

「言ったそばからやるのやめよーね〜」


 指を咥えられたルーシィは、お構い無しに指を引き抜いて、吸啜反応から逃れる。

 吸啜反応とは幼児が近くにある物に吸い付く自然的な動作の事を言う。


「あうあー」

「んじゃー」


 てしてしとルーシィの両頬を叩く幼児二人。


「んー、どうするの?てか痛い、地味に痛い」

「ユメ様達に伝えるべき……いや、合わせるべきでしょう。行きますよ」

「早速だね!にしても、この2人を幼児化できる人なんて居るんだね……ね、そろ叩くのやめよ?」

「候補は絞られてます」

「そなの?おーい、痛いよー?おーい?」


 クロエラとかアンテラとか孤高の魔工学師とか夜天神とか頭のおかしい問題児とか駄女神とか。


 いやはや、両者共にやらかしてそうである。


「全員で行きますか?」

「ピィ(そうね、事が終わるまでコイツの間抜け面を拝み続けようかしら)」

「……アナタも他人のこと言えないと思うけど」

「ピィ(黙りなさい間抜け)」


 決まったら即行動ということで、平均年齢が一気にぐっと下がった一団が魔王城に異空間の門を繋げて転移する。

 メリアは異空間の《門の開閉》や《防衛》などの権利を与えられているので可能な芸当である。


 無駄な騒ぎを減らすために、城内にあるアレクの私室に侵入して、そこから魔王達が居る場所に向かう。


 ……はずだったのだが。


「へ?」

「「「「…………」」」」


 タンスの前で服の匂いを嗅いでるユメが居た。


 アレクの服である。


「か、嗅いでませんよ!?無味無臭です!!」

「前後の文があってないので矛盾してますよ………………ん?」

「ゆ、ユメちゃん…………え、んん?」


「「無味?」」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 変態の慟哭が魔王城に響き渡るのだった。


 ……あまりのうるささに、至近距離にいたアレクとニーファが泣きかけたのは内緒である。





 場所を移して魔王執務室。

 ユメは瀕死の重傷を負って執務椅子に撓垂れ掛かって口から魂みたいのがでている。

 真っ白だ、燃え尽きている。


「で、これが二人なのか……」

「あらあら〜」


 勿論、親であるシルヴァトスとエリザベートも此処に居る。

 祖父母であるジークフリードとルミニスは所用で王城に居なかったが為に欠席だ。


「ままー」

「あらあら」


 生みの親だということは分かるのか、アレクは母親に抱きかかえられて満足気である。

 ニーファはシルヴァトスが抱えていて、無抵抗のまま静かに髪をとかされている。


「昔を思い出すな」

「そうね〜」

「のじゃ〜」

「ん、ここが痒いか」


 アレクは母親の豊かな双山を風船を空に上げるように叩いて感触を楽しんでたりする。

 彼女自身満更でもないようだが、誰か普段の彼の尊厳の為に止めてやって欲しい。


「……原因はまだわかってないのよね?」

「はい。気付いた時にはもう」

「そうなのね〜。じゃあ、今がチャンスね」

「? 何をするつもりだ?エリザ」


 エリザベートは何も答えず、アレクを抱えたまま、執務室を出て何処かに駆けていく。

 数分後。


「お待たせ〜♪」

「んまー」


 宮廷メイド長のムジカを連れて帰ってきた。

 無表情な彼女の手には、キャスター付きの大きな箱があって……中には衣装が沢山入っていた。


「これでよろしいでしょうか」

「えぇ、ありがとうね〜、ご褒美になでなでしてあげる〜」

「……ありがとうございます」


 そして、始まったのは……


 お察しの通り、チルドレン・ファッションショーである……


「見たいです!!」


 ユメが再起した。ご丁寧に、都合よくカメラを構えている。


 というわけで始まったアレクと、丁度いいので一緒に巻き込まれたニーファの着せ替えタイムが始まる。


「まずはアレクちゃんが昔着てたお洋服〜。ニーファちゃんにはユメのお古よ〜」

「ぱおーん」

「くーるっくるー」


 アレクは水色を基調とした、ゾウさんのフードがついたパジャマ。

 ニーファは桃色で、フリフリとリボンのついた可愛らしいパジャマ。


「次は水着!そして魔法使い!それからそれから〜……!!」


 怒涛の責めで行われるファッションショー。

 幼児用の水着を着せられたり、魔法少女っぽい服装になったり、お姫様にされたり……


 普段の体力が無い二人に酷な事を平然とやってのける母親。

 段々と幼児二人も目を回し初めて……


「あ"あ"ぁ…………(尊死)」

「尊さが私達を、特にユメちゃんを殺しに来てる……!」

「こんな娘で申し訳ない」

「ピィ(今更よ)」

「お二人が正気に戻った時が怖いですね」


 各々が感想を述べている中、ついに着せ替え人形状態だった二人が根を上げる。


「まんまっ」

「んむぅ!」


 二人とも床に腰を下ろして、もうそこから動き出そうとしなくなった。

 抗議の視線を皆に向けているが、どことなく溢れ出る可愛さオーラでほっこりするだけである。


「あら〜、お腹減っちゃったのね〜」


 流石母親。暴走する時はとことん暴走するが、しっかりと子の事を理解しているようである。

 ……してる、はずだ。ちょっと心配になってきた。


「あっ。あまりの展開で朝ご飯を食べさせるのを忘れてました……すいません」

「仕方ないわよ〜。それにもうお昼だし、丁度良いわ〜」


 二人を優しく抱きかかえて、エリザを筆頭に食堂に向かう一同。

 ご飯が食べれる事を察して満足しているのか、既に幸せそうな笑みで抱かれている二人。


「ムジカ、追加分を伝えてきてもらえるか?」

「はっ。早急に」


 先代魔王の命令に答えて影に溶け込み消えていくメイド長。

 料理人達に追加分を頼みに行ったのだ。


「まんま〜?」

「えぇ、ご飯よ〜。小さくなってるから消化に良い物……そうね、お粥とかかしら〜?」

「で、あろうな」


 全員が揃って……従者であるメリアと、自称村娘であるルーシィは一緒に食べるのを躊躇ったが、そういうのを気にしない家族なので、全員揃って食べることになった。


 騒がしいのが一人増える。


「おぉ!?ホントに小さくなっておられる……これは誠に驚きですなぁ!?」

「アンデュラー、音量を下げよ」

「はっ、失礼」


 総料理長がいつも通り煩い口を開きながら、部下にお昼ご飯を運ばせて並ばされる。


 勿論、可愛らしい椅子に乗せられたアレクとニーファの目の前には、消化に良いお粥が。


「本日のメニューは高級牛を使ったハンバーグと、城の中庭で採れた野菜を付け合わせております……お二人にはお粥をご用意させて頂きましたっ!」

「うむ、ご苦労」


 彼が説明している間に、待ちきれなかったアレクとニーファはお粥に手を突っ込もうとしている。

 エリザベートがすかさず牽制して、スプーンを二人に持たせる。


 ぎこちないが、一応使えた。持ち方グーだけど。

 口元を米で汚しながら、二人は美味しそうに口の中にお粥を放り込んでいく。


「んまんまー」

「んむっ…くちゅくちゅ」


 満足気である。



 数分後。



「……あむ」

「……ん、……んむ」


 口にスプーンを咥えながら、お粥を食べながら眠たげな表情で首が揺れ始める二人。

 目はトロンとしていて、もう限界に近いようだ。


「あら〜、お眠ね〜。じゃ、ごちそー様しましょうね〜。ほら、よしよし」

「んぅ〜」


 口元の汚れを拭かれながらも、二人は無抵抗で……時間が経つに連れて徐々に夢の世界に旅立ち始める。


「すぅ、すぅ……すぅ……」

「んぐぅ……んぅ……」


 布団の上に寝かせられ、互いに手を繋ぎながら眠るその姿は微笑ましく幸せな気分になる。


「さて、渦中の二人は寝たことだし、原因を追求するとするか……と言っても」

「クロエラ様にお聞きしましたが、彼は関与してないようで逆に興味を持たれたので暫く面会禁止にさせて頂く予定です」

「え、私あの人のせいかと思ってたのに」


 とても見て調べ尽くしたそうな目をしていたのでお引き取り願った。


「アンテラ様が関与してるのでしょうか……?」

「連絡手段ないの?」

「主様便りです。元巫女とはいえ、そんな手段私は持ってないですし……無理ですね」

「そっかぁ」

「まぁお兄様は暫くこのままでも私は構いませんが?」


 真顔で真理を説くユメは置いといて。


「私も別に構いやしな、い……けど………」


 ルーシィは想像する。

 幼い姿のアレクに吸血する自分の姿を。


 事案である。


「ダメ!絶対に元に戻ってもらわないと!」


 そう決意したのはいいものの、彼等二人を元に戻す手段など見つからなくて……


「にっふぁ」

「あれくー?」


 この一日目は、幼い二人を生み出したまま終わりを告げてしまうのであった。



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