乙女の渇望
あらすじを変更しました(2020年8月14日)
◆ルーシィ=ノーレッジ
夜。
右手の指に嵌められた金細工の指輪を見る。
それは今日、学園をサボった時に買ってもらった……アレクくんがくれたプレゼント。
多分、私が装飾店でこれを見つめてたのを見られてたんだと思う。実際気になってたし……高額商品すぎて手を出すのを諦めていたもの。
これといった魔術的特徴はないけど、紅い輝きを放つ宝石が立て爪に飾られている。
それを撫でながら、私は溜息を吐いて一日を振り返る。
「ふぅ……にしても、今日は一段と大変だった……」
買い物を終えて帰ろうかと話をした矢先に、遥か上空で膨れ上がる魔力と神気の反応。
逸早く気付いたアレクくんが上空に結界を展開していなければその余波で建物が倒壊してたかも。
『ふざけんなよ駄獣どもが……!!』
『ど、どうするの?』
『結末を見てから説教タイムだ!行くぞ!』
『え、あっ………わぎゃぁぁぁぁあ!?』
問答無用で捕まって、上空を舞いました。
そして、空から海に落ちてく女の人と、陸に落ちてく男の人を見て、めっちゃアレクくんが嘲笑ってたけど……私はそれどころでは無かった。
なんかニーファちゃんへの説明で私も嘲笑ってたみたいに言ってたけど、そんな余裕なかったから!
心の準備が出来てから飛ばしてほしかった!二度としないで欲しい!切に!
……にしても。
「んぐ………お腹減った」
一応、しっかり三食しっかり摂っている。
でも……私は吸血鬼だ。細胞の限界という寿命がないから不死に近いけど、死ぬ時は死ぬ。
吸血もしなけりゃ死ぬ。
私は【真祖】だからある程度抑制できるし、配下達も神徒化してるからある程度は我慢できる。
まぁ、ユステルとヌイ以外は私にバレない程度に人を狩って血を吸ってるみたいだけど。
あの二人は根が善人だから吸血行為に躊躇いがある。やむを得ず、催眠をかけた人からほんの少しだけ血を拝借しているみたいだけどね。
かくいう私も、実は地上に降りてから一回しか血は摂取していない。
……あれだ。アレクくんが空腹の私に自ら血を濯いでくれたあれが最後。それ以降は0mlだ。
封印が解かれた後、最初に飲んだのがアレクくんの血なんだけど……
すっごい美味しい味だった。
神気と魔力が程よく混じっていて、栄養豊富な濃厚な血。一度味わったら忘れられない……そんな感じの美味しい味だった。
……吸血していいなら、彼の血をもう一度飲んでみたいよね。
「ま、無理な妄想しても無駄だし……割とマジめに食用問題考えないと………」
…………あ、そうだ!
そうだ、アレクくんから血を吸える口実があった!!
思い至った私は部屋を出てはアレクが居るであろう場所に歩いて向かう。
走ったら迷惑だから、空腹感が凄いのでなるべく足速に進んでいく。
寝室には居ない……ニーファちゃんが枕を涙で濡らしていた。寝息は聞こえたので多分寝てる。
となると……研究室かな?
あれ、工房って名前だったっけ?よく分かんないけど取り敢えず行ってみよう。
通路の角を曲がって、ひたすらに歩いて多くの扉や壁に掘られた穴に置いてある調度品を無視して目的地に到達する。
黒曜石の重厚な扉。その隣に貼り付けられたインターホンを押して、室内とコンタクトを取る。
『……はーい』
「ルーシィです。今時間空いてる?」
『別にいいよ。どぞ』
自動で開く黒扉。
無言でその中に進んでいく。
張り巡らされた配線、何かの液体や気体が流れる鉄管。温度や湿度を示す高精度メーター、色の異なる液体の入ったフラスコ群、魔法陣や魔術式の設計図が散らばり、機械群が列を成している。
なんか取り敢えず研究室感出しとけって印象を受けるが口には出さないでおこう。
その奥に、黒革の肘掛付きの高そうなオフィスチェア……って言うんだっけ?それに座ってるアレクくんが机の上にあった実験器具を片付けていた。
「夜分にごめんね?」
「いいよいいよー。大して使える術式じゃなかったからね」
「そうなの?」
覗き込んで見てみれば、机に置かれた紙には禍々しい模様の魔法陣が。
その横には吸血鬼の事が書かれた本が幾つか置いてある。
「《操血》の術式の改悪なんだが……これまた粗悪品で、俺には扱えそうにもないから、倉庫行かな」
《操血》って言うのは、文字通り血を操る力で、吸血鬼が持つ能力の一つ。
まぁ、殆どの吸血鬼が持ってる一般的な技。
「で、何か用事?」
あちらから話を持ち出してくれた。
……許してくれるかな?
「あのさ?前に欲しい物をくれるって話があったじゃん?」
「………あぁ、人生ゲーム(?)のか。決まったの?良いよ。叶えてしんぜよう」
よし!即答とは恐れ入った!そーゆーの好き!
「血を吸わせてください!」
「………あぁ、吸血鬼」
「私の種族忘れてたの!?」
そう言いながらも、少しだけ躊躇った後に首筋を見せつけてくる。
誘ってるの?誘ってるのか!?
「良いぞ、吸うか?」
「あ、ありがとう……そんな気軽く請け負って良いの?」
「まぁ減るもんじゃないし」
「いや減るけど?」
アレクくんの減る減らないの上限がよくわかんないんだけど!?
大丈夫?身を呈して犠牲になりすぎてるんじゃない?
「……あー、吸血鬼って毎日吸わなきゃダメな系なの?」
「いや、一週間程度なら耐えられるよ。現に今」
「ふーん。まぁ他の人に吸わせるわけにもいかないし……致し方ない。これから吸いたくなったら吸っていいよ」
「いいの!?」
でじま!?
「まぁ、吸血程度どうってことないし……毎日じゃないなら良いかなって」
「ありがとう……」
「ほれ」
わ、わーい……なにか裏があるか疑っちゃうんだけど、吸えるとなると空腹感に抗えない………
もう無理!我慢無理!いただきます!!
アレクくんの白い首筋に、鋭い牙を優しく突き刺して、あまり痛みを感じさせないように吸血する。
「かぷ」
「んくぅ!?」
……………?
何の声?あ、美味しい。久々の血って格別ね。
甘くて蕩けるような美味い濃厚な味。
確信する。今まで吸ってきた中で、アレクくんの血は一番美味しいものであると。
「……………」
「ん……くぅ……?」
ちゅーちゅー。美味しい、美味しいんだけど……美味しいんだけどさ……ちゅーちゅー。
「ん……」
なんでそんな蕩けた甘い声が出てくるの!?
え、これ大丈夫?え?え?へっ?え?あ、でも美味しい……やめられない止まらない………
これが魔性の味……!?
でも吸いすぎると貧血になっちゃうので。
「……ぷはっ。……美味しかったです」
「そ、そうか……それは良かっ、た……」
首筋から少し垂れる血を舐めとって、ちょっと不思議な気分になる吸血を終える。
「………」
顔を赤らめて口元を抑え、視線を横にズラすアレクくん……
私自身も背徳感を抱いている。
「……吸血されると、こんな風になるの?」
「いや初めて見た……どゆこと?」
「そっかぁ…………俺の人体って不思議だなぁ」
「だ、だねぇ」
吸血されて、快感……だよね?それを感じる人は初めて見たというか、なんというか……ニーファちゃんに途轍もなく申し訳ない気持ちが。
沈黙、静寂。
「……えっと、継続はやめる?」
「…………いや、初っ端に言い出した事を覆すのはちょっとダメかなって……うん」
「あ、うん」
なんで意地張っちゃうの……?無理なら無理って言っても良いのに。いやでも血を飲めるなら意地張って貰ってる方が私にとっては得かな。
まぁ有難いことに、空腹感は満ちました。
ご馳走様でした!!美味しかったです!!
◆アレク=ルノワール
……………。
ルーシィが部屋から出ていくのを見送った後。
貧血にならない程度に吸われた俺は頭を抱えて悶絶する。
「………はえ?」
なんでなんでなんで?
吸血って言うから痛いの覚悟してたのにさぁ…………はぁ?
快楽って何だよ。
リスクはあったが試してみた結果がこれだよ。
俺の身体は確かに敏感肌だよ?
でもさ?
そこまでくるか?普通。
「あー……あふぅー……」
口約束しちゃったし……なんとか声に出さない様に訓練して、無理だったら大人しく吸血されよう。
自分でやるって言っちゃったしなぁ。
まぁ、悪い気分だったかって聞かれると否定しずらいんだけど……
言って後悔、言わずに後悔。
今回は……いや、毎回言って後悔してない?
口は災いの元とはよく言うもんだ。
あっ、待って。まだ吸血の余韻が残って……
「おいアレク」
「んあっ!?……に、ニーファか。どした?」
目元を涙で濡らしたニーファが、俺の工房に侵入してきた。
……手元には枕が握られているが、罰として一週間は一緒に寝ないって話だったよな……?
「なんか頂けない雰囲気がした」
「き、気の所為だろ!」
どんな察知能力だお前は!!




