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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第八章 吸血鬼とお兄様

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同族嫌悪の前哨戦

突然始まる獣の抗争



「我お主ら嫌い」


 雲の上。

 石造りの廃墟や青い水晶柱が立ち並ぶ中……

 視界を最も遮る物は、二つの女神像と、直立不動で君臨する《天空門》のみ。


 ここは『天窮の摩天楼(アンジェラス)』。

 天界と地上を結ぶ神の領域である。


 そこに集う、五つの人影。

 雲の上にそれぞれの座り方で話を始めていた。


「大事じゃからもう一度言うぞ。我お主ら嫌い」

「ピィ!(妾も嫌いよアンタら!)」

「拙僧も嫌いだ!死ね雌共!!!」

「ふむ。夫を得ていくらか変わったようじゃのぉ」

「相変わらず仲良くできないね」


 民族衣装を着た銀龍の娘、美麗で紅い小鳥、小柄な体躯の白い男、仙人のようなご老体、下半身が蛇の悲しむ女……どれもが人とは違う存在たち。


「仲良く?蛇、お主は脳ミソまで溺れとるのか?」


 神竜《嫁神竜》ニールファリス。


「ピィ!(仲良いなど、あるわけないでしょ!!)」


 神鳥《焔院凰》カグヤ。


「ガハハハハハ!!そうだとも!死ね!……てかなんでお前そんな小さいの?」


 神虎《覇豪獣》ビャクゴウ。


「相変わらず騒がしい奴らじゃ………はて、何故そんなめんこい姿なのじゃ?」


 神亀《仙老亀》コクヨウ。


「はぁ……話にならないね。で、カグヤの姿に対しての説明はないの?」


 神蛇《世界蛇》ミズガドル。


 世界最強種《五神獣》がこの場に集っていた。

 一匹だけ小鳥姿だがアレクが解かない限りそのままなので放置。


 殺害宣言に近い暴言を吐く、低身長の割に低い声の白虎の少年、《覇豪獣》ビャクゴウ。

 騒がしい場を諌めようとするが無駄だと断じる仙人風の御老体、《仙老亀》コクヨウ。

 蛇の下半身を持つ悲恋を偲ばせ、片目が青い美髪に隠れた美女、《世界蛇》ミズガドル。


 《嫁神竜》ニールファリスと《焔院凰》カグヤに次ぐ神獣たちである。

 ……ニーファの異名は暫定だが。


「そんな事はどうでもいい」

「ピィ!?(はぁ!?説明しなさいよ!アンタが!)」

「蛇。何故、我らを呼んだ?」


 主催者のミズガドルをキツく睨む。


 呼ばれ方は伝書鳩ならぬ伝書蛇で、学園の外廊下で出会して呼び出しを食らったらしい。

 参加する必要性はなかったのだが、厄介な事になる前に出向いた次第。


「そんなに怒ることかな?」

「お主が呼ばなければ今頃我はアレクと腕を組んで実りある時間を作れていたのだが?」

「……アナタ、本当に神竜?随分変わってるけど」

「人は変わるものじゃ」

「「「人じゃない(だろ)(じゃろ?)」」」

「………」

「ピィ(どんまい)」

「慰めるな」


 総叩きにされたニーファは顔を俯かせ、その肩をカグヤが嘴で叩く。慰めのつもりなのだろうか。

 その2人の様子すらも以前と違うことに驚愕を覚えながら、ミズガドルは回答する。


「簡単な話よ。我らが父が目覚めた。アナタ達はかの父に従うか逆らうか、静観するかを知りたい。ただそれだけよ」

「まぁ、そんなことだろうとは思っておったよ」

「ふん。答えは決まってるだろ」

「おい焼鳥、啄くな」

「ピィ!(焼けてないわよ!)」


 約二名、話を聞かない阿呆が居たのでミズガドルは呆れながら溜息を吐く。


 やや時間を置いて、回答タイム。


「あんな神に付き従うつもりは無いぞ。見敵必殺じゃ!!我アイツ嫌い!」

「ピィ(え、妾は元より天父……)」

「ほう?」

「ピィ!(餓鬼の陣営につくわ!!)」


 天父神への敵対を宣言する龍と、敗北した上に殺意を込めた威圧をされた鳥の敵対宣言。


「儂はどちらにもつかん、静観じゃ。……戦は嫌いじゃからの」


 戦を静観し、平和を好む亀。


「拙僧は天父につく。創造主に付き従うのは道理であるからな……やはり逆らう貴様らは死ね!」

「……話を持ち出してなんだけど、私もビャクゴウと同じく父につくわ」


 天父神に味方する常時殺害宣言猛虎と、同じく創造主に誓い人類への敵対を宣言する蛇。


 今此処に、敵対構図が出来上がる。


「ふむ、ここは先にお主ら二人を潰すべきかの」

「へぇ?やるか?」

「……アナタの勝率は低いわよ?」


 ビャクゴウとミズガドルが戦闘態勢に入り、ニーファは笑って頬杖をつく。

 神獣は喧嘩腰に会話するらしい。


「勝率?蛇の癖にそんな事を考えるのじゃな?」

「カグヤはその有様。アナタがいかに最強でも……人間と交わってる絆されたアナタが、神獣を二体同時に相手するのは至難でしょ?」

「そんなの関係なしに拙僧はお前を殺す!死ね!」


 険悪な雰囲気の中、カグヤは心配そうにニーファを見つめ……


 一転変わって、二人は獰猛に笑う。


「くくく……我を舐めるなよ?のぉ、焼鳥」

「ピィ!(一言余計よ!)」


 ニーファは天に左手を掲げ、その手の甲に刻まれる魂の契約魔法陣《契約魂陣》を発動させる。

 同時に反対の手でカグヤの身体を勢いよく掴んで─── 


「《接続──《術式掌握》──解除》」


 アレクと結んだ魂の契約を掌握し、カグヤを封じこんでいた力を解除、ほぼ全てを解放する。

 それを可能とするのは、夫との信頼と信愛から得られた許可承認であり……後で事情を話して理解してもらうという魂胆があるからこそ出来る技。


 そう、ニーファはアレクに《契約魂陣》の掌握の話をしていないで実行したのだ……


 《神転弱化》を、限定解除する────


 小鳥に満ち溢れる魔力の濁流。

 肉体が燃え、炎が逆立ち、神炎が立ち昇る。

 それは生命の循環。生と死を輪廻する権能を持つ神鳥が、再び天界入り口に顕現する。


「はぁーー!!やっぱりこっちの方が楽ね!!」

「煩いの」

「はいはい……さて、これで2対2ね?」


 真紅の花魁姿に、黒い美髪を纏める金の簪。背に展開した炎の金と赤の入り交じる羽を広げる。

 人の姿を得たカグヤが、敵対する二人、同じく人を真似る獣を睨みつける。


「これはまた……想定外だね」

「ガハハハハ!!面白い!面白くなってきたぞぉぉ………うむ!死ね!」


 悲しそうに目を閉じるミズガドルと、獰猛に笑って嗤って吠えるビャクゴウ。

 対して、余裕の表情を浮かべ獰猛に微笑むニーファと、高笑いを途切らせず調子に乗り続けるカグヤ。


 そして、その4人から離れるように移動するコクヨウは懐かしい物を見るように頬を緩ませる。


「うむ、うむ……1000年前と構図は違うが、懐かしいと思える光景じゃな」


 その違いは、神竜VS神鳥&神虎&神蛇であり……コクヨウは勝負の審判役を買って出ていた。

 その勝負の行方はもはや言うまでもないが。


「あ、コクヨウ。お主に伝えとく事があった」

「む?」


 ニーファが、睨み合いの中、コクヨウを振り返って口を開く。


「我とアレクを合わせてくれてありがとう」

「………!」


 あの神竜が、あの暴虐が、あの小娘が。

 初めて他者に感謝する姿を見たコクヨウは───カグヤを除いた他の二人も───驚愕に言葉を失ってしまった。


「……うむ、うむ。そちはまだ種族進化をしていない身。それを促す為に賭けたが……良き風向きに進んでおるようじゃな」

「お主の事は我らと同年代の癖に老成して悟っておるから嫌いじゃったが……この件で割かし好感度は上がったぞ?」

「それは良き知らせじゃの……ふぉっふぉっふぉっ」


 それを最後に、コクヨウは背を向けて立ち去る。


 勝負の行方など……もう見えたと言わんばかりに。


「後で手土産を持参し顔を見せよう……アレクとプニエルにそう伝えておいておくれ」

「楽しみに待とう……会いたがっておったぞ?」

「それは悪いことをしたのぉ」


 そして、影も形も、霞のように消えたコクヨウを背後に──……神竜は咆哮する。


「……さぁ!潰し会おうぞ駄獣ども!!!!」

「消し炭にしてあげるわ!!」

「望むところだァ!!死ねェェ!!!」

「はぁ……致し方なし、滅ぼすわ」


 四強が激突し『天窮の摩天楼(アンジェラス)』を激震させる。

 銀の閃光、紅の爆炎、白き轟喰、青の脈流が雲の天井世界を削っていく。

 水晶柱が砕け散り、廃墟群は風化していく。


「──《哀しき愛の濁流(サマッド・ラブ)》」

「《因果王虎砲》───イぃぃぃぃがぁぁぁああああ!!!!」

「焼き潰れなさい───《死舞盃》!!」

「■■■■──…《クラウ・アルベンド》!!」


 濁り濁って黒く染まった哀しき海の荒れが。

 過程を超えて結果を強制する滅びの咆哮が。

 万物を焼失させる超質量の神炎の逆円錐が。

 天に輝く太陽の神光を収束した自然支配が。


 激突する神獣たちの一撃が雲海を裂き、空を縦に割っていく。

 空気が震動し地上も余波で揺れ震える。


「………まぁ、終わらんか」

「しぶといわね神獣って」

「お主も大概……いや一番しぶといじゃろ」


 立ち昇る噴煙の中、ニーファとカグヤは空を滞空しながら眼前の敵を睨む。

 そして。


「いぃぃぃいやぁぁぁぁああああ!!!」


 煙の中を、周囲を垣間見ず猪突猛進して飛びかかってくるビャクゴウ。

 その金の爪で切り裂こうと振り下ろし────


「甘いわ」

「む!?お前剣とか使うのか!!」


 ニーファは《龍神命脈剣》で迎え撃ち、金の爪の進行を防ぐ。


 透明な管を流れる龍泉酒が激しく流動し、神竜の魔力と神気に共鳴して、人の姿でありながら膂力の真価を敵対者に示す。


「ふん!」

「がっ!?」


 神獣を人型のまま斬り殺す事をコンセプトに造られたものであるが故……


 金の爪は折れ、ビャクゴウの右腕を切断しかけ……皮一枚が唯一身体と繋がる状態にまで陥らせる。

 舞い上がる血が雲を汚し、想定外の一撃にビャクゴウは目を白黒させながら……獰猛に笑う。


「面白い!そうこなくては!!」


 片腕でニーファの剣撃を交わし、撫でり、ぶつかり合い続ける。

 折れていない金の爪に神気を通して強度を増させ、龍神命脈剣とギリギリ拮抗に持ち堪えさせてから……

 後方に飛び去る。


 後退するビャクゴウの代わりとばかりに、晴れ始めた爆煙の中を貫通してくる水のビーム。

 それは一本だけでなく、何十本と一直線に二人を狙ってきていた。


「あらあら無駄なこと《燼滅烟火》」

「うーむ、不思議な光景」


 カグヤの炎で蒸発する水ビーム。ことごとくの攻撃が消滅して水蒸気すらも消滅させる。

 それを見て属性による優位ってなんだっけかなぁと思いジト目を送るニーファ。


「……水蒸気まで消すとは。想定外にも程があるね」


 水蒸気になった状態でも何か策があったらしいが、消滅させられたので不可能になった事を理解したミズガドルは無駄撃ちだと思いながら水ビームを再び射撃する。


「あら、水の飛ばす奴しか出来ないのかしら?」

「……随分と安っちい挑発をしてくるじゃないか」


 その挑発に乗ってミズガドルは魔法を発動。


「《屑の恋望(ワースト・コール)》」


 ミズガドルの水分支配によって雲海の上に黒き大雲が構築され、激しく魔の雨が降り注ぐ。

 触れた者の肌を溶かす毒性の雨がその場にいる諸共を溶かしつくそうとする。


「おいこら!拙僧も巻き込む気か!?死ね!」

「避ければいいでしょう?」

「ちっ!くそアマがぁ!!!」


 重傷のビャクゴウにすらも降り注ぐ死の雨。彼は必死に転んだり飛んだりと雨粒を上手く避け続ける。


「お主は頑張って生き返るが良い」

「はいはい……うわ、痛っ」


 ニーファは覇気で自身の上空に大穴を開けて黒雲を蹴散らし、安全圏を確保。

 カグヤは不死もとい転生の権能で死んでは生き返るを繰り返して雨をやり過ごす。


「……やはり、同種たるアナタ達には効かないね」


 はぁ、と溜息を吐いて無駄に力を消費することを恐れて術式を解く蛇の神獣。

 それが悪手となり、同時に。


「んじゃの」

「えっ」


 ニーファが瞬きの隙も与えずに目の前に転移し、ミズガドルを雲の上から海へ突き落とす。

 容赦なく、顔はこれでもかと笑顔で清々しい。


「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ〜〜〜〜〜〜!?!?」


 神蛇ミズガドル、脱落。


「ちっ、術式解除が隙だらけだあの雌は───」

「あら、他所を見てる暇があるのかしら?」


 腕を再生させていたビャクゴウの頭を、カグヤが華麗に飛び近付いて、それこそ狩りに出て獲物を捉えた怪鳥の如く、彼を掴んで放り投げる。

 それも真下ではなく、遥か遠くの大地へと。


「!?……ちっ。今回ばかりは認めてやるよ……この前哨戦、拙僧らの負けだ!ガハハハハハハハハハハ──────……!!!!」

「潔いことで。そのまま朽ち果てれば良いのに」


 神虎ビャクゴウ、脱落。


「勝者、我一人」

「妾を忘れないでくださいまし!?」


 勝者、神竜ニールファリス&神鳥カグヤ。


「そもそも奴ら二人が束になっても、我に勝てるわけなかろうて……我一人で充分。雑魚が群がっても雑魚なだけじゃ。のぉ?股肉鳥」

「ふーん……は?」


 何を言ってるんだコイツはといった目で睨まれながらもニーファは自慢げに胸を張る。


 背後にいる存在に気付かずに。


「ま、所詮虎と蛇じゃが……敵対するのは目に見えとったが、アレクにどう説明するべきか……」

「うんうん。どう説明するの?」

「我的には奴らの出鼻を挫いたとことを褒めてもらっても良いかなーっと……」

「ふーん。じゃあ弁明タイムね?なに勝手に《契約魂陣》掌握してんだよゴラァ」

「そりゃもちろ……む?……………え?」


 そこに居るのは銀髪の堕天使……否。

 アレク=ルノワール、背に黒翼を展開した状態で、何故か脇にルーシィを担いで、空に顕現。

 その表情は怒りではなく笑いであった。


「あ、アレク……?なな、なぜここに?」

「え?お前が許可なく魔法陣発動させただろ?カグヤ復活しちゃうだろ?なんか神獣決戦始まっちゃうだろ?地上に余波が来ないように結界張るだろ?ゴミ共が落下する姿を二人で拝んで嘲笑うだろ?そして今此処に至る」

「私は無理矢理連れてこられました〜。いやー、短時間での戦闘でここまで被害。シャレにならないね……」

「まったく、手際が良い事……」

「あ、仕方ないから暫くその姿だけど、夜には小鳥に戻すからな」

「わかったわよ……」


 表情を青くしたニーファと、溜息を吐き天を仰ぐカグヤ、アレクの脇の中で苦笑いをするルーシィ。


「えっと、アレクくん、ニーファちゃん硬直してるけど……?」

「はっはっはっはっ!大丈夫!死ね!!!」

「死・確定!?」


 そして、アレクはニーファに向かって笑顔を向ける。


「さ、弁明タ〜イム!死ぬか生きるかは君次第!」

「いや、あの……ほら、奴ら倒すのに余裕ある戦力を、と……」

「でもお前、『我一人で充分』とか言ってなかった?言ってよねー?ねーねー?」

「ぐ、ぐぐぐ……」


 墓穴を自ら掘っていくスタイル。


「まぁ、情状酌量の余地はあるから……うん、そうだなぁ……暫く一緒に寝るの禁止ね♪」

「えっ……」

「この世の終わりみたいな顔してる……」

「あの神竜がこんな顔をするようになるとわね……」


 その後、みっともなく泣き縋るニーファの姿が見られたとか見られなかったとか。


 かくして、神獣たちの顔合わせと抗争は終わりを見せて……明確な敵対関係が生まれたのだった。



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