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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第七章 新婚旅行とお兄様

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存亡の危機


 稲荷子金神社の異空間から出て、階段を下り始めた俺達は、無言で空を見つめていた。


「のぉアレク。メリア」

「なんだ」

「なんでしょう」

「帰っていい?」

「だいたい察した」

「ダメです」


 アマツキミの大空に飛び散る火の粉。

 この国の将軍が住まう徳堂城から一直線に神社まで続く火の粉の大路。

 地に落ちること無く、ただそこに滞空し続ける。

 煌々と燃える炎が乱舞し、天空を熱するが為に地上にも熱波が届いて蒸し暑い。


「無視しますか?」

「どーする?」

「無視じゃ無視。ろくな事にならん」

「おけー。じゃあ────」


 踵を返して神社に戻り、タマモミヅキに匿ってもらおうと歩を進めると─────


「フフフ。させないわ」


 いきなり聞こえる女の声。

 声と共に俺達の周囲を炎が乱舞し、完全に外界と隔絶させ───逃亡不可能となってしまう。


「ちっ────《お前嫌い(ドラゴンブレス)》!!!」


 舌打ちするニーファが、後ろを向くと同時に、ドラゴンブレスを決めた。

 ……いつもより高火力だったんだけど?


「ふん」


 声の主はひらりと横に飛び避けて龍の怒りを軽々避けて火の粉を撒き散らす。

 一筋の龍光は天空を一貫し、空気を揺らがし街を揺らすだけで消滅してしまう。


「失せろ焼鳥」

「嫌ですわ」


 互いに神気(・・)を持つ人の姿を真似た()たちが睨み合う。


「久しいわね、神竜。狐の所に居るとはね……」

「そっちもの、神鳥。こんな辺境に居るとは」


 空を飛ぶのは紅い遊女。

 真紅の着物を身に纏い、先端が赤色で頭頂部は艶やかな黒髪に金色の簪を飾った和装美人。

 紫色のたなびく布帯を腕に通し、その姿はさながら天女にも見間違える。

 そして、種を象徴する背中に炎のように燃える金と赤の鳥の羽をはばたかせ、火の粉が舞っている。


「初めまして、《大天敵(アークエネミー)》とその従者さん達……

 (わらわ)の名は神鳥カグヤ。

 《焔院凰》の名を授かりし破滅と再生の神獣よ」


 礼儀正しく……それでいて艶めかしく名乗りを上げた神獣に軽く会釈し………

 ニーファに疑問を問う。


「アイツって名前詐欺か?」

「ん?……なんの事か知らんが。我が知ってるのは奴が激安の売れ残りとしか……」

「聞こえてるわよそこ」


 まったく……なんで神鳥で燃えてんのにその名前なんですか?

 ベンヌじゃないの?フェニックスは?

 竹取物語を返して。


「相変わらず派手な演出じゃの鶏もも肉」

「レパートリーが増えましたわね……人の生活に触れてやっと知恵が身についたのかしら?」

「殺すぞイキるな早うテンパれ鶏冠」

「…………やっぱり嫌いよアンタ」


 なんか幼稚な言い争いかな?かなり一方的な。


「安心しろアレク」

「何を?」

「彼奴の本質はテンパるお嬢様じゃ。アレはカッコつけてお主らからの第一人称を固めてるだけじゃ」

「お黙りなさい!!」


 ホントだ。


「ほらの」

「ホントだね」

「ぐぐぐっ……」


 早速化けの皮が剥がれたカグヤは、イラつきながら炎の結界を燃え盛らせる。

 それにビクついたプニエルとタマノちゃんが俺の着物の両袖を握り、シワを作る。


「ねぇー、聞いていい?」

「構いませんわよ」

「タレと塩どっちが好き?」

「…………なんの質問?」

「お前の調理方法」

「怖い!?不遜よ餓鬼!!」


 よーし、こっちも第一人称を植え付けたぞ!


「斬新な質問じゃな」

「なんでそんなにあの鳥女嫌いなの?」

「取り敢えず嫌い」

「なにそれ」


 アレか。根本的に馴れ合いできない感じか。

 特にこれといった理由はないけど嫌いってやつ。


 それじゃあ、こうしよう!

 俺はカグヤにサムズアップして……からの手首を回して親指を下に向ける。

 つまりサムズダウン。


「ニーファが嫌いな奴は俺も嫌い!」

「うむ、そうじゃな!!」

「………似たもの同士ですわね」


 呆れながらカグヤは、俺とニーファの意気投合を見ながら手に大炎を宿す。


「それの夫なら、心臓はいくつあっても足りんでしょうに……足りてますの?」

「生憎と心臓は一個しかないぞ」

「おい、一応聞くが、なんの用じゃ」

「フフフ、簡単な話ですわ」


 両手の大炎をわかりやすく高く昇らせて演出を深めるカグヤは言い放つ。

 てか演出大好きっ子か?すごい炎が眩しい。


「積年の恨みの晴らしあいと、お父様からアナタ達を殺せと命じられたのですわ」

「ちっ……余計な事を」

「まぁ、個人的な恨みの方が理由としては強いですけど」

「可哀想なパパだな」

「「別にどうでもいいし」」

「うわぁ……」


 これには天父神も涙目。

 完全に産む子を間違えたね。

 てかやっぱり他の神獣にもコンタクトを取ってたか……


「覚悟なさいな?」

「こちらのセリフじゃ」


 まぁ取り敢えず。


「メリア、取り敢えず子供達と待機してて」

「わかりました。ほら、行きますよ」

「はーい」

「……うん」


 同じく蚊帳の外にいたメリア達を異空間に送り届けて安全圏にいてもらう。

 よし。おけー。


「さぁ、存分に暴れ回れ二人とも!」

「お主は?」

「静観する。だって個人的な争いだろ?」

「あら……気が利くのね」

「そりゃあな」


 ここで好感度を一つ上げておく。

 後の為にもね。


「あ、タマノちゃん」


 異空間の穴を開けてメリア達がいるリビングと繋げる。

 んでタマノちゃんを呼ぶ。


「………?」

「タマモミヅキと念話できる?」

「うん」


 よし。

 タマノちゃんとタマモミヅキの念話チャンネルを盗聴して無理矢理、此方も接続する。


『ふむ。我を呼んでどうし───』

『あ、どうも』

『む!?……なんだ少年か。いきなり……というか何故割り込める!?』


 そういうの得意だから。


『そこは置いといて……神獣決戦始まりそうなんで鳥居前に異空間作ってもらえます?』

『むむ……少年でもできるのではないのか?』

『時空神の腕を買ったまでですよ。できますか?』


 ぶっちゃけタマモミヅキが言う通り自分で異空間設置した方が早いんだが、如何せん強度に不安が残る。神獣同士の戦闘など予想してないしな。

 だから、ここで手に入れた縁を利用する。


『ふん。そこまで言われたらやるしか選択肢は無かろう……いいぞ。すぐ張る。…………耐え切れるかは保証しないからな』

『ありがとうございます……タマノちゃんもありがとね』

『……うん』


 念話終了。

 さて─────……


 俺が念話してる間は、まだ膠着状態が続いていた。ニーファが上手く誘導してくれてた……oh。


「はっ!さっさと自分の炎に焼かれて晩飯に並んだ方が良いのではないのか!?」

「なんなの!?妾を一から十まで貶さないと死ぬ病にでも侵されてるの!?」

「その通りぃ!!!」

「死ねぇ蜥蜴ぇ!!!」


 あれ、膠着状態が終わったぞ?


 カグヤが激昂して紅く煌々と燃える炎が温度を増す。炎の隔絶する壁が狭まり、ニーファの行動範囲と、俺の逃亡経路を小さくするが……


「「っ!」」


 鳥居前の世界が異空間と入れ替わる。

 朱色の柵が世界を囲い、桜が舞い散る花見会場。


 時空神タマモミヅキの異空間だ。


『なんで花見会場!?』

『いやなんとなく』

『呑気か!?』


 再び念話を繋げて怒鳴って念話を切る。

 あぁ、こんな美しい空間も……


「ふん!狐の御業ね……ちょうどいいわ!!」

「偶には役に立つではないか時空!!」


 ニーファの時空神に対する評価すごいよね。

 ホントに昔何したのタマモミヅキは。


 ついに二人が激突する。

 桜吹雪が燃えて灰となり、炎が代替してしまう。

 美しき花見会場は一瞬にして炎熱地獄へと生まれ変わり、時空神が手がけた景色が塗り変わる。

 空に亀裂が入って黒い歪みが生じる。


 もはやそこに、生き残れる生命は限られて。


『ぬわーっ!!だから嫌いなんだよ神獣同士の争いは!!』


 何処からか悲痛な声が聞こえるが、共感同情するしかないので……俺もこれされたらヤダなぁ……


 いやてか、壊される前提で作ったんだよな?

 なら悲鳴あげんなし、こんな景色まで凝るんじゃないよ……


 白金九尾の泣き叫びを聞き流し、俺は耐熱結界を周囲に張って静観する。


 もはや地上ではなく、空中での戦闘へと至る。


「焼き死になさい!《極炎獄(きょくえんごく)》!!」

「塩を振ったるわ!《龍断脚(りゅうだんきゃく)》!!」


 手から放たれた摂氏を超えた温度の火炎放射の大渦と、神気を込めた人の素足で炎をかち割る神竜の普通の一撃。


 龍断脚で空間にヒビが入り、極炎獄で異空間が燃える。

 神気の混じった人型獣のタイマン勝負が今此処に幕を上げたのだった────




「《天の叫(ロア)》っ!!!」


 ニーファの号令の元、天に描かれた魔法陣。

 空から降り注ぐ、神竜の鱗性の白槍が雨の如くカグヤの命を狙う。


「甘いわっ……ほらほらほら!!」


 旋回旋回旋回。

 炎の残滓を残して天を思うがままに飛び回る一匹の神獣が龍を焼き殺さんと炎を滾らせる。


「ふっ────」


 炎を纏った羽根が矢のようにニーファを襲い、それを一つ一つ丁寧に対処する。

 叩き落とし、尻尾で撃ち落とし、空間を圧縮して破壊する。


「あら、避けないのかしら!?」

「変な追尾させる気じゃろう?」

「フフフ……抜け目ないこと!」


 そう言われるや否や、羽根が変な軌道を描いてニーファを四方八方から狙い撃つ。

 その一つ一つが肉を焼き溶かす温度を持つ。


「ふぅ…………はぁっ!!!」


 手で空気を掴み、それを押しどかして乱気流を起こしながら空間を破壊する。

 羽根は一つ残らず木端微塵。

 荒い風に体勢を崩しながら、龍の命を狙う鳥は高らかに笑う。


「フフフフフフ……そうこなくっちゃねぇ!!」


 炎の柱が何本も立ち上がり、世界を熱する。

 ニーファは天罪紫刀を取り出して片手で構え、カグヤを睨み付けながら唾を吐く。


「なぜじゃろうな……顔みただけで唾が吐ける」

「相も変わらず、酷いこと」


 炎を撒き散らしながら、遠距離火炎放射するカグヤを前に、ニーファは堂々と宙で仁王立ちして大剣を振るう。

 その一振で火炎を切り裂き霧散させる。


「フフフフフフ!!アナタが死ねば全て解決する!妾の煮え返る腸も収まるわ!!」

「まったく。まだ髪の毛を毟り取ったのを根に持っとるのか?」

「………それ、今思い出したわ。理由の一つにしましょう」

「なんじゃと!?」


 馬鹿なのかアイツは。

 なんで自ら墓穴を堀りに行くんだ……俺も似たような事やってるけど。


 火花が散り、空間が焼ける戦場。

 時空神が手がけた異空間が音を立てて揺れ、崩壊の足音がすぐ身に迫る。


「死ねぇ!!」

「ふん!!」


 カグヤが空間を埋め尽くす程の魔法陣を展開してニーファを全方位から攻める獄炎が放射される。

 俺なら転移して避けるが、ニーファはそれをせずに堂々と全てを受け───否、直進する。


「はぁ!?なんなのその耐火力は!!」

「これでもコクヨウより硬いのでなぁ!!」


 コクヨウってのは亀の神獣で、魔大陸に居たグラン・タラスクスの事だ。

 正式名称は《仙老亀》だったかな。

 今はどこ行ったんだろ?


 そのままの勢いで、ニーファは全弾被弾しながら特攻飛行すふ。肌が少し熱くなる程度で済むという強靭な肉体を披露しながら、カグヤと肉薄する。

 それは刹那の出来事で。


「っ!!」

「じゃあの」


 瞬間。

 ニーファは天罪紫刀を力を込めて振るい……


ザシュッ!!


 カグヤの首が吹っ飛んだ。


 黒と赤の長髪も切られて辺りに散り飛び、燃える風に流れて飛んでいく。

 だが。


 切られた首は宙に浮いたままそこにあった。


「……と言っても、結果は見ての通りじゃな」

「……………フフ、フフフフフフ……」


 笑う頭、狂気の滲むその笑顔。

 首を切られても、焔院凰カグヤは生きている。


「やはり、人の姿では敵いませんねぇ……」

「ふん。鳥でも変わらぬ結果じゃ」

「それはどうかしらね?」

「しれたことを」


 カグヤの頭と身体が燃え上がる。

 どの炎よりも熱く眩く煌々と空間を焼く炎が大きな陰影を作り始める。


「ふむ……相変わらず派手じゃな」

「おぉ……鳥だぁ」


 炎が晴れてその威容を晒す。


 顕現せしは、紅く煌めき轟音を奏でる炎を全身から放出する深紅の巨鳥。

 空気を焦がし異空間を溶かす計測不能の熱。

 神獣随一の火力を誇り、死を迎えては聖なる炎とともに蘇る不死の神鳥。


 焔院凰カグヤ、顕現。


『さぁ……始めましょう、滅ぼしましょう?

 今宵の月は紅く照らされ、大地は死の灰が立ち込める美しきも荒れた和の世界となるでしょう……

 妾とアナタ、どちらが先に音を上げるか。どちらが本当に強いのかここで決めましょう?』


 その姿を目に収めたニーファは、軽く鼻で笑ってから人の姿のまま天罪紫刀を手に飛ぶ。

 音を置いた速度を出してカグヤの燃える首に瞬間接近して大剣を大振りに振るう。


「ぬ!?」

『だから言ったでしょう?

 妾の炎は、最早アナタが知る炎ではないのよ』


 その言葉の通り。

 俺が丹精込めて作った天罪紫刀が……溶けて、修復不可能領域までに達してしまった。

 劣化して剥がれた神竜の鱗を混ぜこませた一品なんだぞ……!!

 製作者として奴を窯に焚べてその炎で武器でも何でも作ってやろうか!?


「……後でアレクに謝らんとの」

「今謝れー!!」

「……さて」


 無視された!?


『あら、自慢の武器が溶けてしまいましたわね』

「ふん。安心せいアレク。これが溶けたのは昔の我の鱗じゃからだ。今の我は……その上じゃよ」


 うんうん、そうだね。

 流石ニーファだよ!早く殺れ!


「さて─────……これは我も本気を出さねばならぬかの?」

『構いませんわよ?そうでなくてはつまらないですもの……』


 ついに、ニーファも真の姿を晒け出す。

 人の姿が龍へと変わり、白銀の鱗に覆われた一頭の神獣がこの地に2体も顕現する。

 それは神鳥よりも大きく、存在感は倍の存在。


 神竜ニールファリス、顕現。


『さて………お主との語らいも全て、今日で終いにしてくれるわ!!』

『あらあら。それはこちらのセリフでしてよ?フフフフフフフ………』


 神竜と神鳥。

 未だに成長する龍と、成熟しながらも火力の増した焔院凰。

 身体の大きさなど意に介さず、両者はぶつかる。


 両者の存在だけで、膨大な神気が暴れ出して。

 タマモミヅキの異空間を一瞬にして破壊する。


「あっ……(察し)」

『あぁ……日輪の国、終わった……許せ民よ。我は暫く寝込みたい……』


 景色が戻り、稲荷子金神社の上空に現れた二つの災害を前に。


 日輪の国アマツキミの空は燃え、屋根の瓦が割れたり宙を飛んだり。

 動物たちは萎縮し巣に隠れ震え。

 民達は空に浮かぶ獣の戦争を瞳に宿しながら、各々できることをし始める。


 侍たちは立ち向かうのは困難として、将軍に命じられ国を守るために各地に展開され。

 陰陽師は日輪を守るための強固な結界を張る為に術式を組み上げ魔力を練り上げる。


 俺はそれを鳥居前に伸びる大階段から、覗き込む。


「……カグヤの存在は認知されてたのか」


 見るだけでわかる。

 神獣が暴れ出した時のために取れる対処法が、その為の上の者たちの努力と苦悩が。


 今此処に、日輪の国の存亡がかかったのだ。


「……………新婚旅行がなんでこんなことになったんだか……ハハッ」


 だがそれよりも、当初の目的である新婚旅行が蔑ろにされ、横槍入れた鳥に文句を垂れ述べる。


 俺は天を見上げ、二つの影を目で追い………


「………早めに終わらせるに越したことはないか」


 自分が出来る事をする為に、前を進む。











 ──────────神竜vs焔院凰。

 それは日輪の国だけでなく、近隣諸国にも影響を及ぼす前代未聞の破滅の始まり。

 一柱の天なる父の手によって張り巡らされた計略を徐々に壊しながら、誰の意思にも縛られずに。


 二つの災害が。

 成長と頂点の化身が。

 破滅と再生の化身が。


 私怨を晴らし、神の計画の為に己を削る死闘を、本格的に開幕させるのであった………





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