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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第七章 新婚旅行とお兄様

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稲荷子金神社


 ◆???


 日輪の国アマツキミを治める将軍の城、徳堂城。

 城下町を一望できる高台にあり、連結式と呼ばれる城の形を持つ和風の集大成。

 そして今。

 天守閣の最上階には、二人の男女が密談を交わしていた。


「フフフ……とうとう来たわね………(わらわ)の雪辱を晴らす時が………っ!!」


 薄く、そしてあちら側は視認できない不思議な植物の帳によって隔たれた空間で、乙女はイラつきを抑えながら笑っていた。

 それを帳の外から正座で居る男は、険しい顔つきで無言を貫いていた。


 この男こそ、当代将軍、徳堂創士である。


 三十路手前の年齢でありながら、深く刻まれた皺と厳つい風貌は極道を思わせるが、その人望と民からの信頼、そして武力は将軍として恥じぬものを見に宿す日輪の国の傑物である。

 この地の魔術師である陰陽師と、刀と槍を手に武勇を示す侍たちを束ねる将軍。

 その彼に降りかかる一つの問題。


「どう思う?創士……貴方は妾とあやつ、どちらが勝つと思うのかしら……?」

「……身どもにはわかりませぬな」

「そうよねぇ……フフフ。なら、見せてあげるわ……妾達の戦いというのをね……フフフ」


 妖艶に笑う女の姿は見えぬが、徳堂創士はただ一つ抱く予感があった。


 目の前にいる災厄とやってきた災厄がぶつかれば、この国は終わってしまうと。

 そして、それを防ぐ手立てが一つも無いことを。


「フフフ……楽しみやわぁ……」


 事の発端は、入国管理局からの伝達で、遠方の大王国の王子とそれに連なる者達が旅行に来た。

 外交でも何でもない事と、当人達が接待を望まぬが故に接触はしていなかったのだが、この女は気配で気付いたのだ。気づいてしまったのだ。


 懐かしき忌まわしき自分を倒せてしまう存在を。


「…………」


 徳堂創士は溜息はつかずに、されど憂鬱に感じならが天守閣の空を見あげ虚空を睨む。


 二つの災禍が混ざり合い、この国の崩壊へと繋がる戦争が始まらぬ事を願い、尽力を尽くす。

 最悪の事態を避け続け……しかし、全てを邪魔されると確信しておきながら。

 陰陽師を総出にしても叶わぬ存在に恐れる日々を払拭できぬ自身の未熟さと愚かさを自覚しながら。


 しなければならない。

 ただその一心で、プライドに賭けて将軍は采配を下し続ける。


 全ては、この女が起こす滅びを回避させ、民の安全と未来を保証し救うが為に。


「フフフ……覚悟なさいや、神竜(・・)ぅ……!!」


 帳の奥に見える女の影が、一瞬だけ人ならざるものに変わって…………影が消える。


 こうして密談は一方的に終わり。

 徳堂創士のみが天守閣に残されたのだった。














 ◆アレク=ルノワール



 新婚旅行2日目!

 今日は花見に行くよ!


「確か、『桜廻道』じゃったか?」

「そうそうそう」


 神酒桜っていう年中咲いてる桜がある場所だな。

 神の影響って言われてるけど、真実だから困る。


「じゃあ、行こうか!」


 はい、着きました。


「「「おー」」」


 城下町から少し離れた街道にて。

 円形の街道で、花見と参拝の為に存在する道と言って過言ではない場所だと判断する。

 円の外側には濃い桃色の神酒桜が咲き並び、円の中央には他よりも大きくて太い神酒桜が咲き誇っていた。


 そして、その奥に元凶たる神社へと繋がる階段が伸びていた。

 隠蔽のしようがないレベルで、ただ漏れの神気が街道全体に満ち溢れていて、この地にいる神が高位に位置する者だと認識させる。


「すげぇ神気……おかげで此処が神秘的に見える」

「可視化しとるからのぉ……」


 キラキラと空中に浮かぶ水滴のように、可視化した神気が舞っていて、幻想的な桜世界を作り出している。

 これは日輪の国トップレベルの名所だな……


 アレだな……和服に桜、あと神気の舞が組み合わさっていいスポットだな。写メろう。

 記念撮影は大事だからね多分。


「はい、チーズ!」


 パシャリ。

 おっきい中央の神酒桜の前で集合写真。

 撮影機は遠隔操作で行う為、撮影者が焦って列に並ぶこと無く綺麗に撮れた。


「……ん?」


 ふと気付く。

 プニエルが神酒桜に見入って……いや、違うな。その奥にある神社の方に熱い視線を向けてるな。

 何かに気付いたのかな?


「マシタ、マシタ」

「どうしたー?」

「よんでるー?」

「んー?」


 よんでる?

 誰が?


 ……最悪なパティーンを思い浮かべてしまった。


「マシタ、いこ!いこ!」

「……そうだな、行こうか」


 うちの愛娘にこうまで言われたら為す術もなし。

 保護者であり主である者として要望は効いてやらねばならない。


「んじゃ、行こっか」

「うむ。一応武装しとくか?」

「目立つから辞めとけ。最初っから戦う意思満々で向かえば相手を刺激してそっち方面に話が進んじゃう……フレンドリーに行こう。フレンドリーに」

「……んまぁ、妥当じゃな」


 妥当というか普通なんですけど。


「マシタ、マシタ!はやくはやく!」

「ほいほーい」


 そのままプニエルに引っ張られ……面白がって真似するデミエルとエノムルも手を引き、ウェパルが俺の背を押すという構図になって。

 それをニーファとメリアが駆け足で追う。


 ちょ、早い早い。

 腕が千切れる。千切れないけど!


 階段を登る登る登る止まって呼吸整えて登る。

 長い長い階段、数えるのも億劫になる難所を駆け抜けて俺達七人は神社の鳥居の前に立つ。


 稲荷子金神社(いなりこがねじんじゃ)


 この神社の名前だ。

 名前の通り、狐の石像が境内にいくつも設置されており、そこからも微量ながら神気が出ている。


 だが、今言うべきなのはこれだろう。


 人がいない。


 参拝客も、巫女も、僧侶も誰もいない。

 その事を不思議がりながらも、一応手水舎で手を清めて……プニエルが進む進行路について行く。


「ん〜?」

「待ってー」

「はーい」


 待ってとは言ってるが、進んでる進路はどう見ても本殿ですありがとうございました。

 なんでプニエルが誘われてんだ神隠しとかしたら神社ごと消し飛ばすからなニーファが。


「人任せか清々しいの」

「流石です主様」

「テレパシーかな?」


 本殿の前にある賽銭箱に辿りつ……あ、ふーん。


「…………」


 賽銭箱の上に乗って足をブラブラさせる幼女。

 目元だけを覆うタイプの白い狐面を被っており、鼻の下にある小さな口は一文字に閉ざされて。

 オレンジに近い色の髪は肩まで伸び、頭に備わる狐耳がちょこちょこ動く。

 髪の毛に結ばれた大きな鈴が動く度に小さく鳴って、存在感を示す狐幼女がそこにいた。


 その子とプニエルが、睨み合い……ではなく、見つめ合う。


「………?」

「…………」

「……こんちゃ!」

「…………」


 プニエルが挨拶するが、無言を貫く狐ちゃん。

 だったが……


「…………」


 狐ちゃんは無言で賽銭箱から下りて、プニエルに駆け寄り……プニエルの頬に自分の頬を擦り付け始めた。

 え、なにそのスキンシップ。


「んぅ〜?」

「…………」

「……んぎゅー!」


 今度はプニエルが嬉しそうにギュッと抱き締めて親交を深め始める。

 ……いやどゆことよ。


 よし、俺も輪に入ろう。


「ねぇねぇ、君はだあれ?」

「…………タマノ」

「タマノちゃんって言うんだね。宜しく」

「…………」


 喋ってくれた。

 というか宜しくって言った瞬間握手を求める的な意味で差し出した手に頬擦りされた……

 この子の挨拶は頬擦りから始まるのかな?


 さて。十中八九、神の子供を前にどうするか。


「んー……あ、これあげる」

「…………?」


 狐と言ったらこれだよね、ってことで。

 お近付きの印に。


「はい、油揚げ」

「……露骨すぎぬか?」

「いや好みとかわかんないし……」


 取り敢えず、異空間から油揚げを一枚出してタマノちゃんに手渡す。

 餌付じゃないよ。

 素直に受け取ったタマノちゃんは、数秒それを眺めていたかと思うと、先端部を齧った。


「!!」


 食べたこと無かったのか、一心不乱に油揚げを齧って頬張り続けるタマノちゃん。

 気に入ったようだ。


「………ん」

「ん?……あぁ。おかわりね」


 手を俺に向けて油揚げのおかわりを催促される。

 そんなに気に入ったのか。


「はい、どーぞ……って、うお?」


 二つ目の油揚げを受け取ったタマノちゃんは、俺の頭によじ登ってそこで食べ始める。


「「「……………」」」

「そこはデミのばしょ〜!!」

「タマノちゃんだめーー!!」

「……うまうま」

「油揚げはそんなに美味しいもの?」

「〜〜〜?(しらなーい)」


 ウェパルとデミエルが俺の頭を賭けて、双肩に跨ってタマノちゃんを抗議する。

 重い。流石に重いから魔法で補助。

 落ちたら困るし。


「きゃっきゃっ!」

「むいー!」

「……うまうま」


 あれ。仲良くなるの早くない?

 なんで一緒に一つの油揚げを齧りあってるの?


 メリア。早くカメラ回せ。


「……随分と懐かれたの」

「んぅ……不用意な油揚げはダメだったか」

「賑やかですね……あ」


 どうしたメリア……あ。

 ちょっと?ウェパルとエノムルも輪に入ろうと俺の背をよじ登るのやめて?


「ウェパルです」

「〜〜〜!(エノムル〜!)」

「……タマノ」


 一つの油揚げに対して五人の幼女が群がってて不思議な世界が出来上がってるんですが。

 可愛いね〜、誰か助けてー?


「……あ、そだ」


 何かを思い出したタマノちゃんが、俺の頭から顔を下に出して俺の眼前に迫る。

 重力とは逆向きになった狐面の顔が俺を覗き込む。


母様(かかさま)が呼んでた」

「母様?」

「ん」


 そう言って、神社本殿の室内を指さす。

 …………えー、行かなきゃダメ?


「…………」

「…………oh」


 そんなに見つめられましても……あ、その仮面って目元が空いてないんだね!どうやって視界を確保してるのかな?やっぱり魔法?神パワー?


「……仕方ない。会えばいいの?」

「ん」

「……そっかぁ〜」


 こんな可愛い子に言われたら行くしかないよね。

 仕方ないね場合によっては逃げよう。


 タマノちゃんの先導のもと、賽銭箱の後ろにある本殿の襖を開ける。

 やはり此処にも人影はいない。


 至る所に狐の形が彫られた柱や柵、床一面に畳が敷き詰められている。祭典具や陰陽師の道具が並べられている。

 最奥には、段の上に御座す巨大な九尾の木造。

 荘厳なり静寂の空間に足を踏み入れる。


「……こっちこっち」


 タマノちゃんが俺の頭の上で、九尾の木像を指さしながら俺を誘う。

 嫌な予感は的中してるし、今誘われている方向が敵対する神のものでない事は気配でわかる。

 だがそれでも嫌なものは嫌なのだ。


「アンテラみたいに気さくだと良いなぁ……」


 女神に対して結構酷いことしてるから、神によっては天罰を喰らわすとか言うんだろうけど……

 そこに関しては寛容だよなアイツ。


 そして……木像に近付くにつれて、視界が歪み始める。

 ……異空間か。


 その場に居た全員が同じ感覚に陥り──────




 俺達は境内から消えたのだった。



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