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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第六章 大迷宮とお兄様

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初代魔王の最後の祈り



 魔王全剣から放たれし必中必殺光線。

 勇者と魔王、その他大勢全てをボス部屋ごと消滅させる威力をもって容赦なく放つ。

 全てを飲み込み、光は眼前を覆い尽くす。

 後に残るは災禍の残り香たる煙のみ。


 これで何も出来ず敗れれば自身の見る目が無く、無駄に終わり生を散らすだけのこと。


 試すにしては異常な数値を誇る攻撃。

 半ば悪戯のような気分で、残りの人生全てを乗せた一撃を喰らわせた初代魔王は、光に飲み込まれた彼等の安否を知ろうと、煙の中意識を集中させる。


「……ふっ」


 笑う。

 観念したかのようにダルクロスは笑った。


 煙が晴れるその直前。

 金属の煌きが見えた途端、二本の鋭利な武器が初代魔王を襲った。

 片方は純粋に投げられ、片方は刀身を伸ばして突き刺し、身体から離れ元に戻る。

 延命装置だった《心臓の天使》の核を貫き、その衝撃で初代魔王は仰向けに倒れてしまった。


 刺さしたのはユメの闇夜ノ破神剣と正樹の形状剣アインシュッドの神剣二本。


 晴れた煙の奥には、魔法陣が何個も組み合わさって造られた大結界とそれを展開していたニーファ。

 その結界は崩壊間際で、神竜の結界すらも破壊しかける威力に舌を巻く。

 両隣には剣を投げたユメと、伸ばした正樹が立っていて。

 背後には衝撃で倒れるか膝を着いていた攻略者の面々と、消え始めた初代魔王の配下たち。


 ニーファの、結界を維持する為の魔法陣を展開していた方の右腕はズタボロに焼け爛れていて……

 倒れながら、ダルクロスは称賛する。


「流石だな神竜ニールファリス」

「お主もな。この威力は流石と言うほか無い」


 結界制御の術式魔法陣を解除したニーファは自己再生の容量で右腕を自ら治療する。

 そして、魔王と勇者が前に出て仰向けに倒れた初代魔王へ近付く。


「……魔統神……いや、初代魔王様」


 ユメがダルクロスの頭の横に立って、破神剣を引き抜いてから話しかける。


「私の、私達の勝ちです」


 しゃがみ、貴方は敗北したと告げる。

 その瞳には侮りや怒りなどなく、ただ静かに確固たる信念を宿していた。


「……うむ。そのようだな」


 観念したダルクロスは、瞼を閉じて感慨に浸る。

 その口から血が少し溢れ出るが、本人は意に返さず、ユメ自身にも血がかかるがユメも気にしない。


「とうの昔に………我が信念は折れていた。

 されど堕神と呼ばれた身。もはや引き下がれぬ。そんな我の取れる行動はただ一つ……まったく損な役回りよ」


 上半身を起き上がらせようとして、ふらつき倒れそうになるのを、正樹が背中を押さえて止める。


「魔王が地べたに倒れる姿は2度も見るつもりないですよ」

「………甘い勇者だな」

「よく言われます」


 勇者に支えられるのは魔王としてどうかと思ったのか、あとは自力で何とか立ち上がる。

 そして、王は告げる。


「此度の戦い、我らの完全敗北だ……魔王ユーメリア。そして勇者マサキよ……汝らに仇なす神全てと敵対しても全てを守りきる自信はあるか?」


 再び試すような言い方をする初代に、二人は言う。


「「もちろん。当たり前です」」


 二人揃って同じことを言った。

 それを見て聞いて、安心したようにダルクロスは頬を緩める。


「そうか……ならばこの世界も捨てたものじゃないだろう……我を倒したのだ。その信念、腐らせるでない」


 そう言って立ち上がり、かつての配下たち……神域が消えたことで自身達も崩壊し始めた家臣全員に告げる。


「陛下」


 氷から開放されたメノウが平伏し、初代魔王の言葉を待つ。

 それに続いて親衛隊も、将軍二人も平伏する。

 ただ一人、ガムサルムだけは腕を組んで目を瞑っていた。

 全員共に、五体満足とは言えず、光の粒子となって天に昇り始めていた。


「……我が家臣たちよ。よく聞け。我が送る最後の言葉だ」

「「「はっ!」」」

「……大儀であった!!お前らのような部下を持ててた事、我は誇りに思う!」

「………」

「長い話は黄泉で語ろうぞ……!!」

「「「はっ!!」」」


 その言葉を受けて、親衛隊と将軍の全身が光に飲まれ粒子と散り消滅、昇天する。

 それに伴い、メノウとガムサルムも消える速度が上がっていく。


「何度生まれ変わろうと、貴方に仕えます。私は貴方に救われた身。この身変わろうと、その意思は貴方にも折らせませぬ」

「……うむ。メノウよ。今度こそよく眠れ。良いな?」

「はっ」


 そして、メノウは最後に敵であったメリアやユメ達に視線を向けてから……光になって昇天した。


「おいダル」

「……不遜だぞガムサルム」

「今更かよ……敢えて言うぞ」


 旧友に背を向けて、破砕の神徒は笑う。


「良かったな」

「……もう一度いう。不遜だぞ筋肉ゴリラ」

「おいそれが別れの言葉かよ、おい」


 辛口を叩き合う二人にも、別れが来る。


「んじゃな」


 軽く別れを済ませ、天に昇る神徒の粒子。


 初代魔王の歴戦の配下たちの最後を見た面々は、ただ無言でそこに立っていた。

 ダルクロスがその静寂を打ち破ろうと口を開きかけると……


 ダルクロスは幻聴を、否、自身に語られる懐かしき声を耳にした


『陛下』


 ────────エインシアか。


『はい』


 声だけが聞こえる。剣のために生きた神徒の声だけが……明確には、勇者が持つ神剣から聞こえる。

 周りには聞こえてないようで……否、勇者だけが神剣に目を向けて、横槍を入れずに静かに立っていた。


『私は剣に生きる道を辞めます』


 ────────ほう。誠か。


『はい。今後は彼の剣の腕を磨く為の生き方をしようかと』


 ────────そ、そうか。


 どっちにしろ剣に生きるんじゃねぇか。

 そう言った雑念と疑問は、勇者と初代の懐に静かにしまわれる。


 ────────エインシアよ。勇者の成長を最後まで見届け……我に伝えよ。良いな?


『御意。今は亡き父の言葉、今なら私にも分かります……陛下。貴方に仕えた事は最大の誇りです』


 ────────うむ。


 それが最後の挨拶で。

 死にかけの魔王と憑依した神徒の会話は終わる。

 託した己の神剣に宿った乙女の魂は静かに主君との別れを済ませたのだ。


(……バイオンめ。貴様は相も変わらず不遜な男だ……貴様らしいと言えばキリがないが)


 唯一別れを済ませていない老人に、悪態を着きながら初代魔王はユメと正樹に話しかける。

 それは、己の祈りを託したようなもの。


「ユーメリアよ。我が名の元にお前を魔王として認める。堕ちた身でなんだが、初代として認める。我のようにならぬよう、精進せよ」

「はい!」

「マサキよ。このご時世では勇者としての役目は大きく変わっているだろう……その信念、最後まで腐らず救うべき者のために生き続けよ」

「えぇ。勿論です!」


 語る事は済ませたと、初代魔王はボス部屋の入り口へとゆっくり歩く。

 瀕死の身であり、歩くのも辛いであろうに、その気を一切見せずに進む。


「そちらにダンジョンの心臓と例の樹がある。用があるのだろう?寄って行け……我はちと用がある」

「用……ですか?」

「なに心配するな。迷惑をかけるのは一人だけだ」


 後腐れない笑顔で言われては何も出来ぬと観念したユメと正樹は、それ以上深追いせず、初代魔王の後ろ姿を見つめる。

 背後から視線を感じながら、ダルクロスは高らかに幕を閉じる。


「さらばだ!英雄たちよ!汝らの戦い、今までとは比にもならぬ素晴らしきものであった!

 それを誇りに思い、地上に凱旋するがよい!汝らの運命を我は祝おう!」


 最後にそう締めて。

 初代魔王ダルクロス=ルノワールはボス部屋から出ていったのであった。

















 扉が閉まる。


 ボス部屋から出たダルクロスは、壁に寄りかかり血反吐を吐く。その顔は部屋の時とは違って苦しそうに歪められ、我慢していたのを見受けられる。

 同時に呻き声を上げながら胸に備わる《心臓の天使》を引き抜き捨てて足で潰す。


「……居るのであろう。アレク=ルノワール」


 虚空に向けて言えば、暗い通路の奥からアレクが静かに歩いてきた。

 その手には一冊の古い本が握られている。


「…どうも。で、ここに来た要件は?」

「なに……貴様に任せようと思ってな」

「…………はぁ」


 嫌そうな顔で睨むアレクに、ダルクロスは申し訳なさそうに謝る。


「すまんな。なにせ彼等にはもう荷が重いだろうと思ってな……

 お誂え向きに貴様はそこに居なかったしな。

 いや。もしや、気づいていたのか?」


 ユメ達には不可能だと判断して、アレクに任せたと言う。

 そしてダルクロスが抱いた質問にアレクは律儀に答える。


「最初の疑問は迷宮でのやる気の無さだ。

 魔物の質、量、構成……ダンジョンボスのアンタなら幾らでも出来たはずなのに、何の変哲もない迷宮と変わらぬ難易度。俺達の進行を妨げる気配が一切なかった。特に上層のボス弱すぎだろ」


 唯一違ったのは、中層の悪魔と下層の天使。

 悪魔はともかく、天使は己の延命装置としての役割を果たさせる為に仕入れたのだろうと仮定して。

 グーにした手から指を一本出して言い、次に二本目の指を出す。


「二つ目。

 戦っているアンタに魔皇城で見たほどの覇気も戦意も感じなかった。魔力と神気でいい感じに誤魔化せてたけど、俺とニーファの目は欺けなかった」


 ダルクロスは無言で聞き入る。

 そして、アレクは三つ目の指をだす。


「三つ目。これが最後。

 アンタ、魂に爆弾しかけられてんじゃん」


 そこ答えに、ダルクロスは心底面白そうに笑う。

 笑いながら血反吐も吐いて痛々しさが増す。


「はっはっはっ……その通りだ。全てお見通しだったか。流石だな魔王の兄よ」

「褒めても何も出ねぇよ……。メノウをマールに任せた後にアンタに意識を集中させた結果だよ。

 …………で、誰の爆弾?」

「心臓の天使を貰う条件に、な」

「対価にしては……まぁ妥当か」


 つまり、禁帝神に同意の上で仕掛けられたと。


「今は神気で押さえ込んでいるが……我が死ぬと同時に起爆する。封じてる身だから分かるが、迷宮であろうと確実に滅ぼせる威力だと断言するぞ」

「すげぇな……」


 だから、あの場では死ななかった。

 自分の跡を継ぐ、未来ある王を死なせぬ為に。


「頼めるか?アレク=ルノワール」

「……大天敵(アークエネミー)って呼ぶんじゃないの?」

「今この場においては、救世主という言葉の方が似合うであろうよ」

「……はぁ。分かった。引き受ける。ユメに全部託して、堕神である事を捨てて王の道を歩んだアンタを尊重してな」


 アレクは祖先に対して心配などかけさせぬと言った心構えで承諾する。


「……すまんな」

「ホントだよ。御先祖様は子孫に与えた被害が尋常じゃねぇよ」

「その通りで何も言えぬ……では……、ごほっ……アレク=ルノ、…ワールよ……頼んだぞ……」

「…あいよ。おやすみ魔王ダルクロス」


 その言葉を最後に、初代魔王は今まで以上に大量の血を吐いて、うつ伏せに倒れかけ……

 安心した顔で、神は絶命する。



 ……人と同じ姿を持つ神には明確な弱点がある。

 それは、相対的に心臓その物が機能しなくなれば神は人と同じように死んでしまう。

 それは劣等種である人の姿を真似た戒め。



 魔統神はこのリスクをはらんでいた。

 ただ、上級神故の生命力で心臓を潰されても長時間延命し……ここまで生き抜いた。


 そんな神としての死を迎え……


 突如、膨大な青い光が身体から漏れ始める。


「……予想以上にヤベェな」


 それは神気を爆発させる神肉爆弾。

 神の死を利用して残った神気を利用して比類無き爆発力を発揮する禁帝神の技術。


 今此処に、臨界点を迎えた爆弾が魔統神の肉体ごと迷宮を滅ぼそうとして……


「《対象転移》!!」


 異空間に、魂にセットされた爆弾だけ(・・)を指定して強制的に転移させる。

 転移させたアレクの目には、蜘蛛のような形状の魂に張り付く奇妙な形の爆弾が写って。


 この芸当は空間魔法を多用し手慣れているからできる代物であり、ダルクロスの肉体をこれ以上傷つけずにアレクは完璧に措置を終える。


 アレクは感知する。

 自分が創った異空間のひとつが大爆発によって崩壊する現実を。

 その余波が、自身の持つ他の異空間に一切の影響を与えずに済んだことを。


 全てが終わった事を確信したアレクは、静かに偉大な初代魔王の亡骸の前に立つ。


 うつ伏せに倒れ、血が床に染みわたるその姿に向かって一礼した後、手を合わせ、冥福を祈る。


「…………最初の敵が貴方で良かったですよ」


 そう言って。

 アレクは初代魔王ダルクロス=ルノワールの遺体を異空間……遺体安置所へと転移させる。


「………ふぅ」

「お兄様!?」

「うおっ!?」


 ボス部屋の扉が開かれ、ユメを筆頭に皆が顔を出してくる。


 神肉爆弾の神気の気配を感じ、アレクの気配も察知するという驚異的な能力を披露したユメがまずアレクに抱き着いて身体を触る。


「だ、大丈夫ですか!?お身体は……」

「俺は平気。お前こそ……あぁ、ソフィアさんありがとう」


 妹の身体の無事を知ったアレクが、ソフィアに礼をして、全員の治療を行った聖女は静かに頭を下げる。


「えっと……初代様は……?というかさっきの神気の高まりは………?」

「あの人は遺体安置所に送った。神気はヤバい神の悪戯だ。もう気にしなくて良いよ」

「……なら良かったです!」


 満面の笑みで見つめ、思考を放棄して兄に抱きつくユメに、アレクは微笑む。

 そして、身体から離れたユメが手を引っ張ってアレクを動かす。


「お兄様!アッチにお兄様達の目的の物がありましたよ!早く行って帰りましょう!!」

「わーったから。引っ張るな。服が伸びる……」


 その風景に皆微笑ましく顔を歪め。

 ニーファは事が済んだ事に安心し、アレクに目を向ける。

 視線に気付いたアレクは、静かに笑い頷いた。


「あ、クロエラ出てきていいぞ」


 思い出したアレクが、ひっぱられながら異空間の穴を開けてクロエラを呼び出す。

 此方から覗ける異空間の中身は、不思議な機械が乱雑する研究室で……そこからクロエラが出てくる。


「やっと出番ってわけだね!!」

「その通りだ! 行くぞ〜!」


 再びユメに先導され、プロジェクトチーム(主にアレクとクロエラ)が走り出す。

 それに続いてニーファとシリシカとマール、そして勇者含める攻略チームは奥へと進むのだった。





 かくして。

 アヴァロン大迷宮の冒険は、おまけを残して終わりに近づき………


 魔統神ダグロスとの戦いは終止符が打たれたのであった。




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