王の追憶
あぁ、すまない。
少しばかり昔の事を語ろう。
何、退屈はさせない。
まぁ語る内容としては自分語りなのだがな……
我が生まれたのは何の変哲もない普通の村。
その村は、当時魔大陸の中でも最も大きく強い統率者が支配する領地にある。
安心と安全が確約されていた村だった。
我の母親は、周囲の魔族から忌避される様な職業に就いていた。
その仕事に対して、母は「適性があったらなっただけ」と言っていたが、充分性に合ったものだと今でも我は思っている。
悪魔召喚士。
悪魔を地獄から召喚し、何かしらの代償を糧に力と知恵を借りる魔術師。
それが、母の職業である生業だった。
別に後ろめたい仕事だけではない。不作の農地に豊穣の悪魔の力を借りて再生させるなどの悪魔を使った慈善事業に取り組むのが主なものだった。
そして、我の父親は魔族ではない。
受肉した「悪魔」である。
とある事件を機に母が召喚し、受肉させた男の悪魔。浅黒い肌と、尖った耳、猛々しい角、は普通の民族的違いのある魔族と大差なく思えたが、目は違う。
本来なら、眼球の白色に当たる箇所が黒く染まり、黒色の箇所は紅く染まっていた。
これは、受肉した人型の悪魔の瞳の共通点らしく地獄に居た時とほぼ同じ姿だと聞いた。
そして、受肉せずに地獄以外にいる悪魔は、霊体としてモヤの身体として浮いているだけらしい。
「アンタは自慢の息子だけど……私よりも真っ当な職に就くんだよ?」
「そう自分を卑下するな……俺が辛い」
「あ、ごめん」
我は魔族と悪魔のハーフである。
浅黒い肌も、強い魔力も、全て親から授かった賜物であり……親の名に恥じぬように努力して強くなった結果の産物。
考えがひとつ足りない母と、苦労性の父の背を追い続けていた。
当時住んでいた村で歳が近かった四本腕の友と互いに武勇を競い合い、何度も物を壊しては怒られた。
平和。そう言うしかない程に平凡で、幸福で、誰もが求める至福の世界。
だが、平和たる暮らしが長く続く事はなかった。
領地を支配する魔族の長が、二人の存在を嗅ぎつけ、士官を命じた。それを拒んだ母は……無防備の状態で殺された。
そして、契約者である術士が死ねば、受肉している悪魔への魔力供給が絶たれて地上で活動出来なくなってしまう。
そう、事実上の別れが来たのだ。
目の前で母を殺された我は、思考が止まっていた。だが、父は我を逃がす為に転移魔法を使って遠くに飛ばした。
最後に見た父の後ろ姿は、刺客に向かって果敢に攻め込む最後の抵抗の瞬間だった……
それから三日後。
三人で暮らしていた家に戻れば……焼けていた。
炎は既に鎮火していたが、中に女性の死体と、返り討ちにあった賊の死体、そして……受肉の器となっていた杯が転がっていた。
そこから先は、激動の時代だった。
我武者羅に戦い、強くなり、出会い、集め、統率して生きてきた。
破壊神を祀る神殿を通して神から魔法の力を授かったのもこの時か。
我の存在を危惧して攻撃を仕掛けてきた妖精共を皆駆逐し、奥にあった宝石がダンジョンの心臓だと知り、掌握してしまった手違いが発生した。
そして、その過程で多くの配下を得た。
「よっし!お前が行くなら俺も行く!もう村も何も無いしな!はっはー!!ほら走れダル!!」
「異端の聖職者ですよ?笑われても仕方がない。それでも貴方は私を尊重してくれた。それだけで私にとっては十分なのです」
「父の教えに従い、上に立つ者の剣として生きる。それが私の生き方です。だから、貴方に従います」
「なんだ坊主。この天才賢者たる俺に何の用……は?仲間?え、ヤダなんだけど……なんで?は?」
「デュフフ、デュフ、デュフフフフ!!!」
「このキモイのは無視でいいぞ……俺は幼女を愛でれたらそれでいいんだが」
「お前も拙者と大概変わらぬでは無いか!!」
個性的すぎる面子が揃い、我が軍は文字通り負け無しの行軍を歩んだ。
自分たちが生きやすい世界を作る為に、魔大陸各地の有力な長達を制圧し続けた。
やがて親の仇を取り、全ての長を倒して我は名実共に魔族を統べる王となった。
国造りというしたことも無い事をするに当たって、我々は人間たちの見様見真似で国を作り、都市を作った。拙い法律も構築した。
生活環境を整え、魔族だけの魔族の為の王国、魔大陸で初めての王国を築き上げた。
魔族たる我らより生活力の優れていた人間の知恵が役に立ち、初めて人間を尊敬した。
無論、魔族が第一である事は確実だが。
数百年、我が治世は魔族の平穏を守るために維持され続けた。
妻子に恵まれ、常識的な息子と破天荒な愛娘、そして孫にも恵まれた文字通りの幸せ。
そして時が経ち。当たり前というか、国は我がいなくとも運営できるようになり…………
来るべき敵が来た。
外界、つまり遠き星の空からやってきた名もなき邪神が魔大陸に現れ、戦争となった。
我が優秀な配下は殆どが死んだ。
最初から最後まで武勇を競い合った友も。
我に絶対の忠誠心を抱きし異端の聖職者も。
剣に命を捧げ剣の為に生きる女剣士も。
無知な我に常識を叩き込んだ魔術師も。
邪神との戦いで身を散らし、血を広げ肉を広げ魂を捨てていった。
我は致命傷を負いながらも、邪神に一矢報い心臓ごと全てを消滅させた。
無産の勝利。
何も利益を産まぬ勝利を得た我々は死んだ。
だが、我の死を拒絶した神がいた。
「君を生かそう。神として。拒否権はないよ。神の言葉は絶対だ」
一方的な神言は我を神としての身体へと生まれ変わらせた。
その後は生かされているという自覚の元、かつての配下を蘇らせた。
神になった我の存在に、みな驚き、納得されてしまった。
そして、魔大陸に降りて、魔族を統率する神として君臨するべきか悩み、試しに降りてみた。
そこには。
既に我の息子が王となり、更なる治世を敷いて魔王国は順調に栄華を極めるルートへと入っていた。
破天荒な娘は郊外に城を建て、何故か知らんが吸血鬼の王を名乗っていた。いやなぜ?
娘は兎も角、息子の働きは正直嬉しかった。
だが、何か胸にしこりのような違和感が残った。何故自分が喜んでいるのかがわからなくなった。
そして、我は再び神と謁見する。
「傾聴せよ。君に大義を与えよう。君の答えが見つかるように」
言われるがままに耳を貸し、何時からか視野が狭まった気がしてならない。
その狭まりが最近になってまで治らなかったのは我が弱いせいか、神の言葉を鵜呑みにしたからか。
どっちにしろ、我の落ち度で世界は危機に瀕した。
神の洗脳とは恐ろしいもので、魔族が世界を平定すべきだと本当に思わされていた。
正直、他種族間で共生共存しているのは長く続かないと鼻で笑ったが、この時代、それ以降も我の杞憂が実現することはないのだろうではないか。
そう今では思う。
三千年の因果。
天の父よ。貴方には感謝している。我を神として生かしたことを。配下と再び再会できたことを。
我が子達の成長と奇行を見れたことを。
感謝する。
だが、もう終わりだ。
我はお前の言葉を聞く前に答えを見出していた。
その答えは昔はわからず共、今ならわかる。
ただそれに気づかなかった愚か者、否、気づけぬほどに当たり前だと思っていたのかもしれない。
その願望であり嬉しさの要因は。
「自分のいない平和な魔族の国」
既に実現していたその国家。
それが我が理想であり……今も尚、我の血を引く子供達が築いた王国がここにある。
己という旧時代の戦乱の世を治めた荒くれ者が治める国など荒れるに決まっている。
ならば、後世に託し運命を委ねるのみ。
もう後戻りは出来ぬせぬ。謝罪などもう遅い。
贖罪の旅に出るには身体が限界だ。
ならば、今ここで。
新たな王の時代の始まりを告げる鐘となろう。
我が懐刀を継いだ男を心身共に鍛えてくれよう。
我が死をもって魔王国の内紛は終わりを告げる。
神域権限《魔王の御前》
我の家臣の魂のみを胸に留めさせ、神域内でのみ活動できる存在として具現化させ戦わせる神域。
不屈の闘志を持つ者も、既に心が折れた者も、皆平等に修復し再生する死を与えぬ世界。
そこには悲嘆も苦痛も混ざる恐ろしき世界。
この場を最後に、我等は身を散らす。
既に全員とは話を通してあるのだ。
我の意志が変わったことも、自身の過ちも、嬉しかった事喜んだ事。その全てを。
みな承知した。
なんと物分りのいい家臣を持ったものか。嬉しさ半分申し訳なさ半分で、我は表情が緩むのを耐えた。配下の表情が和んだのは気の所為なはずだ。
今戦っている家臣の動きなど既に眼中にはない。
どう暴れようとも、彼奴等の戦いに我が介入するわけにも行かぬ。ならば自由に戦い、誇るがいい。
我が配下として最後を戦ったことを。
そして、我の最後の運命にあるのは、目の前に立つ二人の相反する英雄。
……さぁ始めよう。最後を決める戦いを。
「我が名は初代魔王ダルクロス=ルノワール!!
神の名は最早不要!交える言の葉も最早意味を成さぬのならば!!
さぁ来い!!決着をつけようぞ!!」
魔族を統べる為に狂わされた神は最早死んだ。
ここにいるのは、かつての自分の王位を継承する姫と、本来なら敵である光の英雄を阻む、魔族の形をしたひとつの試練。
汝らの全力で、我を下してみせよ。
─────初代魔王ダルクロス=ルノワール が あらわれた!




