VS心臓の天使
下る、降る、下る……
正樹の想像は的確に正解を射抜いていた。
下の階に行けば行く程、紫の光は絶え間なく通路を光らせて。
その力も、アレクの神域のお陰である程度弱められているが、寒気から悪寒が走るレベルにまで引き上がっていた。
そして、遂に立ち塞がる、巨大な門扉。
その扉の向こう側から、途切れることなく紫の光が地震波のように広がっている。
「……行きます」
先陣を正樹がきる。
扉に手をかけて、押戸だと確認してから押す。
『想像以上に速い到着で我は驚かされているぞ?』
本当に楽しそうに喋りかける、魔統神ダグロスの声が室内に響き渡る。
そこに、ダグロスらしき人影は見えない。
ただ、中心にある存在に目が惹かれる。
『我と最期の戦いを始めるのは暫し待たれよ。
何故なら、諸君の目の前にいるソレがある限り……我の命も危ないからな』
魔統神すら参戦する手を止める存在。
それは、空に浮かぶ無機質な巨大建造物。
ツギハギ、ネジなどで補強された六枚の天翼を浮かせた巨大なハートの石。
ピンクと紫の忌避感を抱く模様が目を引く。
石なのに脈動し、鼓動するかのように紫の光を空間に放ち、壁を通り越して下層に広がる死の電波。
恐らく、アレが下層全体を襲っていた脅威。
その根本的原因が、空に浮く。
『《心臓の天使》
つい先日、禁帝神から拝借した古代兵器だ。
対国家兵器と小娘は言っていたが、内包する力はその程度のものでは無いだろう』
魔統神の簡単な紹介に呼応するのように、過去の遺物が戦闘体勢に移行する。
本体であるハートに魔法陣が幾つも展開され、攻撃態勢に移る古代兵器。
淡い光を身に纏い、紫の死の光を定期的に放ちながら君臨する。
「……魔統神ダグロス。一つ聞きたいことが」
『なんだ?魔王ユーメリア』
「コレを倒したら、貴方はこの場に出てきてくれますよね?」
『……ああ。約束しよう。諸君らが天使を倒したその時、合間見えよう』
その言葉を皮切りに。
全員が動き出した。
────心臓の天使 が あらわれた!
◆アレク=ルノワール
「……はぁ」
《神域顕現》を常時発動しているお陰で、仲間達はボスである心臓の天使……ゴーレムみたいな物だと思う敵と、熾烈を極める戦いを繰り広げていた。
補足だが、戦闘が始まって直ぐに、先程使用した身体強化系の魔法を全員にバフ盛りして超人仕様にしてある。
俺は、その強化魔法の維持と神域の維持に集中する為に戦闘には参加しずらくなっているが……
既に戦闘フィールドは空中に至る全てを神域の勢力下に置いてあり、即死することはまずない。
そして、俺を守るようにニーファが隣に居る。
「……ニーファ」
「なんじゃ」
「戦いたかったら行っても良いよ?」
「……お主の身を守らんといけんからの。今は良い。遠慮しておく」
「そうか」
心臓の天使は何故か、空間の中央から微動だにせず浮遊しており、そこから固定砲台のように光線をバンバン撃ってきている。
そして、正樹やミラノ、フェメロナ、ミュニク、メリア、そして剣を振るうことにしたユメの近距離戦闘をこなす面々は、空中にいるソイツを狙う為に俺の神域を利用していた。
神域とは神の心象を外界に晒し出すようなもの。
何故か知らんが、俺の神域には白銀の結晶が凄い生えてくる。なに?結晶って。俺の心の姿から映し出された世界は荒廃してるのか?
どうも神域拡張の際にそこに漂っていた空気中の魔素を結晶化したかんじなんだけど……
その空中にも結晶、浮かんでるんだよね。
足場になるサイズの結晶、飛び移るのに最適そうな形の結晶、幼児しか乗れなそうな結晶……色んな大きさの結晶がそこら辺に散らばっているわけで。
それを利用して、正樹達は空中を猿のように飛び回り、ユメは普通に翼を展開し、破神剣を振り回して空中戦を行っているのだ。
ソフィアやクレハ、シリシカ、あと異空間から呼び出したマールの魔法使い及び支援組は俺の真後ろで魔法をドンパチやっている。
心臓の天使は、基本的に防御結界を張って攻撃を防ごうとするのだが、如何せんユメの破神剣で破壊されては正樹達の聖剣に串刺しにされている。
……こいつ、屋内戦闘には向いてないんじゃね?
「なぁ魔統神」
『……なんだ《大天敵》』
「やる気ないだろ」
『……そんなことないが』
どう考えてもあの古代兵器、屋外で使う殲滅用兵器だろ!!
多分だけど、下層にいる強力なアンデッドのエネルギーを吸い取って力に還元してたりするんだろうが………いや、まさか。
「……前座にしては気前良いなぁ、禁帝神って奴」
『いい事を教えてやろう。あの古代兵器は小娘が人間だった頃に造った兵器らしいぞ?』
「アンタ絶対にやる気無くしてるよね?」
もういいや。
魔統神ダグロスに引導を渡すのは魔王であるユメか、勇者である正樹がやるだろうから。
……よくよく考えたら、敵の神どうしが共闘しているようなもんなんだよな。これ。
最悪の予想が当たってて笑える。
さて、思考を戦闘に戻そう。
術式の制御に重点はおいているせいで、思考がすぐに逸れてしまう。なんとかしなきゃな。
ハートの石像の周囲に展開された色とりどりの魔法陣から属性のビームが放たれる。
直進する炎、灼熱の泥、圧縮された水、高密度の雷、邪気を孕む闇、魂を蝕む光、万物を抉る虚無。
その一部は、空中に漂う結晶に当たり結晶を消滅させる。
何発かは俺の方に突っ込んでくるが、ニーファが手を横に振って消し飛ばした。
なんか空間そのものを掴んでぐちゃぐちゃにしたような感じ。
アンテラの部屋にあるアニメとか漫画を許可を貰った上で拝借し、ニーファに読ませてみたら、なんか色々と技を開発して使ってるんだよね。
空間を掴んで引っ張ってそこにある魔法を消滅させるってどーゆーことだよ。
閑話休題。
空中に飛び交う災禍の線を、正樹やユメ達は掻い潜り敵の懐に飛び込み、攻撃を仕掛ける。
俺が作った結晶を飛び移り、固定砲台となっている心臓の天使に向かって刃を下ろす。
「はぁ!!!」
「ふっ!!」
「はっ!!」
ユメの破神剣が防御結界を一瞬だけ破壊し、正樹とミラノの剣がハートに傷をつける。
機械音を発しながら、天使は傷ついたハートを旋回させて近付く敵を追い払う。
「《双衝牙》!」
「にゃ!!」
フェメロナの双拳とミュニクの短剣が回転し終わった天使の隙をついて傷を増やす。
だな、心臓の天使の耐久力は異常と言えた。
小さなかすり傷は増えている。
だが、決定打となる傷は一向に増えることなく、明確に対象を狙わぶに滅多打ちしている。
……いや、ホントに無差別殲滅兵器じゃねぇか。
ダンジョンのボスじゃねぇよ。
……これ、絶対に裏の目的があるな。何を考えている?
俺が思考している間に、背後の味方陣営からの魔法攻撃が炸裂して心臓の天使を狙う。
「《クリム・カッター》!」
「…《フロスト・カルトフォ》」
「《風の精霊よ》!」
「《光の刃》!」
赤い刃と、氷の弾幕、風の精霊の手助けと、聖女の光が天使のある箇所……羽を攻撃する。
4つの魔法が、六枚中四枚の羽を狙って……
天使の魔法攻撃を掠めながら、その全てが命中する。
しかし、謎に補強された白翼は折れず、ほんの数秒だけ本体がガクンと下がって……持ち堪えて直ぐに姿勢を正す。
「……ふむ」
それを見たニーファが。
「《神竜の息吹》」
口から破壊光線を放ち、一直線に羽を狙い……
右翼三枚が消滅した。
「……ナイス」
「うむ」
俺の護衛に専念するって話はどうなったんでしょうか。
右側の羽を失った天使は、バランスを崩して地に落ちる。
何度か結晶に当たり、地面に勢いよく衝突して破損する。
地面との衝突事故を引き起こした天使は、そこそこダメージが入ったのか外殻が割れて外れかける。
「そこぉ!!」
ユメが破神剣を割れ目に食い込ませ、魔法発動。
「《黒紫雷帝》!」
破神剣を通して黒と紫の雷が伝導し、心臓の天使を内部から破壊する。
煙を出して故障する天使に、追い討ちが。
「《斜陽》」
「《聖刻の大天》!」
「《多連獅脚》!」
「《鈴なり》!」
ミラノ、正樹、フェメロナ、ミュニクの懇親の一撃が決まる。
心臓の天使のハートは原型が無くなる程にまで溶解、切断、陥没、貫通、破壊され。
中身が露呈する──────その瞬間に。
高密度の闇の魔力が収束するのを察知した五人は、瞬時に飛び退いて天使から離れる。
そして。
自爆技かと思うほどの大爆発が起こり、心臓の天使がいた所に極太の魔力の柱が出て、飲み込む。
「……暗黒魔法」
暗黒魔法の使い手であるユメは察した。
誰が何をしたのかを。
「っ……なるほど、な」
闇の柱が持つ力が弱まり、細くなっていく。
完全に消滅した後には、たった1人。
魔統神ダグロスが浮かんでいた。
そして、その手には……
「その手に持ってる核が目的だったのか」
「然り。流石は《大天敵》。聡明よな」
「お褒めに預かり光栄の至り……と言いたい所だが……」
ダグロスが手に持っているのは、心臓の天使の外殻が守っていた核。
不自然に蠢く肉塊のような無機物には、膨大なエネルギーが包容されている。
「……そのエネルギーの塊を、どうするつもりで?」
正樹が、嫌な予感を抱きながらも、問う。
「教えてやる前に……少し無駄話だ。
封印から蘇って直ぐに行動した我は愚かだった。目先の利益に囚われすぎたのだ……故に、既に配下は一人もおらぬ」
「……あれ、メノウと破砕の神徒は?」
「……情けない話、生き残った三人には治癒をする手段が無くてだな。そのまま、な」
「……そう、ですか」
メノウは死んだようだ。
それを聞いたメリアは、少し顔を暗くする。
「ガムサルムの方は簡単よ。奴は我の親友であり、戦友であり、宿敵であった男だ。死期を悟った奴は最後ぐらい我に勝とうとしてな」
「で、勝ったんだ?」
「いいや。負けた」
………。
「勝ちを譲った訳でもない。負けるつもりなど無かった。だが、疲弊した我ら二人の決着は一刻もかからずに……今までで一番速い終わりだった」
長々と語るかつての魔王に、全員が聞き入る。
「我は負けた。負けたが……奴は勝利の笑みを浮かべながら死んでいった。まったく。武人として良き死を向けえたと言うべきか……羨ましいと言うべきか……」
「その穴が、それか」
「然り」
魔統神には穴が空いていた。
それは胸部。心臓がある中心に穴が空いていた。
「満身創痍の身では、何も出来ぬが……この核を使えば、こうなる」
そう言って、遠慮なく自分の胸の穴に核を捩じ込む。
「むぐっ……!!」
一瞬呻いて、直ぐ。
膨大な魔力の奔流が魔統神を襲い、周囲に重圧がのしかかる。
「くっ……」
「やべっ……」
あのままにしては不味いと、素直に話を聞いている場合じゃなかったと。
全員が幾度も後悔して、その結果が目の前に顕現する。
「心臓の天使を諸君らに倒させ、核を我に移植。さすれば、三千年前……封印前の我に最も近い状態となると……今此処に、我の推測は実証された!」
膨大な神気が、一気に溢れて空間を埋める。
「我が名は魔統神ダグロス!!
魔を統べし王にして汝らに試練を与える者なり!!!」
黒に近い褐色肌と黒い髪、紅い瞳は相変わらず。
より一層トゲトゲしい黒い鎧に身を包み。
悪魔を現す禍々しい羽を3対展開して。
龍のように鋭い角が6つ、頭に備わる。
これが、魔統神の神体。
以前、アンテラやソレイユが見せた姿のように上位に君臨する神らしく内包する神気は凄まじい。
こうして。
イビラディル大陸、しいては魔族の未来を賭けた最後の戦いが幕を上げるのであった。
─────魔統神ダグロス が あらわれた!




