休憩中に襲うのはご法度です
下層23階。
地上では滅多に見かけない、それこそ亡霊屋敷や廃坑などでもレアモブ扱いされるアンデッドが多数徘徊する狂気の地下迷宮。
正式名称は不明なので、彼等がつけた名前で紹介させてもらおう。
腐肉騎士。狩人骸骨。怨霊集合体。共喰い雑種。
どっかの誰かが魔石を残して22階層までの生物を消滅させたので、この4体しか視認していない。だが、大きさの違う魔石も発見したため、他にも居ることは容易に判断できた。
……普通なら、一度消滅させても再び湧いて出てくるのだが、それを危惧した全員が猛ダッシュ。
アレクの魔法の補佐によって、三十分ほどで23階層まで到達した。
体力を犠牲にして。
無計画に全力疾走した為に、皆一様に膝を着いて呼吸を整えている。
そもそも走る提案をしたのはどっかの銀髪少年である。
……この中で最も走行速度が遅いクロエラは、アレクが責任を持って魔法を使って運んだ。
具体的には、割れないシャボン玉を造って糸で自分の手と括りつけて、走って運ぶ。
中に入ったクロエラごと宙に浮いて、バウンドしまくった為に彼は持参のエチケット袋に全てを吐き出した。
みんな目を逸らした。
故に、本来なら疲労の少ないと言えたクロエラも……あまりの衝撃のせいで一番ダメージを負っていた。現に、床の上で倒れて泡を吹いている。
優しいマールが心配そうに隣に体育座りして、杖の先端でちょんちょん啄いて生存を確認する。
「はーっ……はーっ……はーっ……」
荒く息を吐くミラノが、ふと通路の奥に目を向けると。
「はー……………ぁぁぁ………」
何かに気づいて喉から変な声が出る。
そして、隣で、なんとか座らずに膝に手を置いて呼吸を整えていた正樹の肩を力強く叩く。
「ちょ、痛いですよ!まったく……貴方らしくない嫌がらせですね……」
「いや、あの………ほら」
ミラノは無理矢理、正樹の頭を掴んで首をその方向に向ける。
「はい?…………………ほえ?」
情けない声が出るのも致し方ない。
なぜなら。
首の無い馬に乗った首の無い騎士が、幽鬼のように佇み……此方に紫の瞳を向けていたのだ。
「「…………………」」
イケメン二人組が、視界に映ったそれを見て冷汗を垂らし、顔を青ざめさせる。
平時ならともかく、休憩中だと対処が遅れる。
だから勢いよく後ろを見れば。
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
事態に気付いた面々が……色々な体勢で、その騎士がいる方向を見ていた。
アレクは床を魔法で綺麗にして、その上にうつ伏せになって。
ニーファは大して疲労していないようで、アレクの隣で立って林檎ジュースを啜っていて。
メリアは、壁に寄りかかった状態で。
ユメはアレクの服を強く掴んでいて。
フェメロナは軽く補強運動をしていた。
ソフィアとシリシカとクレハとミュニクの四人で集まって身体を休めていて。
クロエラは伏していて状況に気付いていない。
マールは凄い力強く、杖ではなく、手をパーにしてクロエラの背中を叩いて起こそうとする。
カシャ、ガシャッ……
パカラッパカラッ……
気付かれたと知るといなや、首なし騎士は馬を歩かせて此方に近付き……剣を抜く。
「デュラハン!?」
「ボスが何でこんな所にいるんですか!?」
本来なら迷宮の最奥やゲームの中ボスのようなポジションで道を阻んでいる様な黒騎士デュラハンがそこに立っていたのだ。
全員が戦闘の前に驚くのも無理はない。
まぁ、ニーファだけは特に驚く様子もなく……というか誰よりも早く気付いていた節があり、冷ややかな視線を向けていた。
気付いているなら伝えればいいものを。強者としての余裕か、みんな気付いてるじゃろうから別に良いじゃろとかいう勘違いが原因なのかは不明。
思考を戦場に戻そう。
剣を抜いたデュラハンは、首なし馬を走らせてそのまま正樹とミラノの首を切ろうとする。
正樹が聖剣錬成で盾を造り、その攻撃を防ごうとした瞬間…………
背後から轟音が鳴り響き、正樹とミラノの頭の横を煙を残して一直線に飛来する物体。
再び轟音が鳴り響く。
その物体は、デュラハンの身体にクリティカルヒットしており……無惨にも粉々になったデュラハンと愛馬の残骸が奥に倒れていた。
「…………」
全員が後ろを勢いよく振り向く。
そこには。
したり顔で、顔だけ上げてうつ伏せの状態のクロエラが、ボタンを押していた。
いつから起きてたかは不明。
隣にいたマールは、何をしてるんだコイツはといった目を大きく開けていた。
そして、クロエラの上には、異空間の穴が空いており……その物体の発射口になっていたようだ。
「お、おい……それって実用段階まで行ってないから秘匿しとくって話だったろ!?」
「でも使えたよ今」
「冷静に答えるなアホ」
「それに普通のロケランだけじゃつまらないだろう!?」
「いやそれを言い出したら………なぁ?」
「だって……」
その物体の存在を知っていたアレクが、戸惑いながらも叫ぶ。
それに対してクロエラは……
「なんか撃った方が良かった気がしてさー?」
「もうお前の扱いを考えるのが疲れるわ」
「いや……何を撃ったんですか……?」
嫌な気がして声を発する正樹。
「「C-Aミサイル」」
C-Aミサイル。
事の発端は銀髪の阿呆が何も考えずにミサイルって言葉をクロエラの前で発したが為に、根掘り葉掘り聞かれて渋々答えたら……短時間で作り上げた。
名前の由来は作成者の二人の名の頭文字を取っただけの安直なものである。
「燃料は魔力水2L!直線にしか飛ばないが威力はお察しの通り!ただの鉄の塊に爆薬詰め込んだだけのお手軽物品ではあるが、実装されればあの機体がグレードアップ間違いなしさ!!」
「オーパーツにも程があるけどな。発案者としては最後まで面倒見ないと……」
「八割方君のせいじゃないですか!?」
「いやそうなんだけどね…?もう引けないよね」
だいたいアレクのせい。わかりきった剣と魔法の世界の真理。
彼が黒幕だと言っても誰も疑問は言わない。
あー、やっぱり?と苦笑いで納得されるのがオチである。
実際にそうなるかは不明だが。
「……八割嘘」
「「マール!?」」
マールによって嘘が看破された。
「……あのC-Aでしたっけ?本当はどんなのなんですか?答えてくださいお兄様。場合によっては議題に上げなきゃいけないかもなので……」
「事案!?そのレベル!?……いや、そりゃそうか」
ユメに諭されるも。
「……でも!ひっみつー!キラン☆」
無論、魔王としてユメが拳骨を食らわしたのは言うまでもない。
……その後、我に返って兄に暴力を振るった事に土下座して謝る姿がなければ完璧だったのだが。
とんだハプニングはあったが、無事に休憩を終えた面々は確かな足取りで迷路を攻略していた。
突然奇行に走ったクロエラは断罪され、結局アレクの手で異空間に放り投げられ監禁された。
マールもそれについて行って異空間にあるクロエラ用の研究室に二人でこもっている。
……お分かりの通り、監禁と言うよりも、攻略に遅れが出る可能性と下手に新兵器を使用されて情報漏洩を恐れたアレクがやった。
まぁ、正しい行いといえばそうであり、肉体的な戦闘力が皆無なクロエラが異空間にナイナイされるのは必然であった。
マールはお目付け役である。既にその地位が板についており、暴走気質の彼を停止できるストッパーとなっているのだ。流石です会長。
人数が二人減り……と言っても戦力的には後衛と支援係がいなくなっただけであるが。
……いやまあ、異空間を通して何でもできるので、ぶっちゃけ何も減ってないけども。
常識的範疇では減ってると語った方が良いだろう。
そんな道中で、再びデュラハンに出会った。
「ふんっ!!」
気合を入れてデュラハンが乗る首なし馬の足を蹴って転ばせるフェメロナ。
そして、瞬時に体勢を変えて倒れるデュラハン本体の胴体にも拳で力強く殴る。
「おらおらおら!!」
連撃連撃連撃。
拳と蹴りの乱発でデュラハンの意識を彼方へと飛ばす。同時に首なし馬の心臓部を膝蹴りで潰す。
そして、ミュニクが音も無くデュラハン本体に近づいて、気絶している間に鎧を剥ぎ取って心臓部を抉りとって魔石を取り出す。
すると、デュラハンは目覚めることなく灰となって消滅する。魔石を取り除かれた事で死に絶えた。
「魔石いるですか?」
「私はいらない。使い道ないしね」
「はーい。いるですか?」
「んー、ミュニクが取ったものだから君達のものでいいよ。ありがとね」
「はーい!」
律儀にもフェメロナとアレクに魔石を渡そうとしたミュニクだったが、両方に断られたので正樹に渡しに行く。
獲得した者に所有権があるのは当然であり、そのパーティのリーダーである正樹が管理を担うのもおかしい話ではない。
……ミュニクがいらないゴミを大好きな男に押し付けたと言えば正樹はどんな顔をするだろうか?
「うーん、中ボスクラスがうじゃうじゃいますね」
「流石魔王の迷宮」
未だにデュラハンとしか直接戦闘はしていないが、此方に気付かずに通路の奥を通るアンデッド達を見逃さなかった。
ゾンビドラゴン、スケルトンタワー、リッチ、リトルスペクター、デッドマン、ヴァンパイアロード等々。
自然界所かそこらの迷宮でも見えないだろう不死者共が闊歩している。
ゾンビドラゴンは一度死んだドラゴンが理性を失って顕現する龍生の敗北者。
スケルトンタワーは魔族の人骨が組み合わさって道を阻む多腕の塔。
リッチは魔術師として死に、死してなお未練を晴らせぬ厄介者達の成れの果て。
リトルスペクターは誰にも救われずに命を散らした幼き子供達の集合怨念。
デッドマンは触れた物を腐敗させる死の使者であり光の当たる場所では生きれない存在。
ヴァンパイアロードは吸血鬼を統べる王で、伝説で語られる真祖の下位互換である王。
全てが特殊で異常な生態を持つアンデッド。
この世に存在しているアンデッド上位種の全てがここにいるのではと錯覚する程に。
だが、その程度でしかなかった。
今この場に魔族を救う為の戦いに身を投じ、魔法により強化された英雄達にとっては。
錯覚程度と断じる程の、蹂躙劇が始まった。




