アンデッド・デスルート
下層。大悪魔ローグライムを下した一行は、肉体的にも精神的にも立ち入りたくない領域へと足を踏み出した。
引っ込ませたい足を、我慢して踏み込める。
『ズズッ……ズルズル……』
『ギャッ、ギャヅ!!』
『カランコロン……』
『ヴォォオ"ォオ"ォ"』
『フォ〜…………』
絶え間なく聞こえる肉を引き摺る音。殺してくれと吠える意思なき懇願。骨が奏でる不穏な音楽。生者の血肉を求めて彷徨う死者の唸り声。生命力を求めて漂い寒気を纏う怨霊の口笛。
聴くだけで身の毛がよだつ全てが暗い階層。
死者の楽園。否、訂正。死者の牢獄。
成仏する事も許されず。
朽ち果てる事も許されず。
腐りきる事も許されず。
救われる事すらも許されず。
何もかも自由を奪われた者達が……新たな犠牲者を求めて徘徊する、光の灯らぬ暗き世界。
ここが下層21階層。神へと挑む為の最後の難所。
魔王国を守る為の最後の試練。
その全てが攻略者に立ち塞がるのだった。
ただの死体共ならどれだけ良かったであろうか。
錆びた鎧と兜を嵌めた騎士風のゾンビ。狩人服を纏い弓を携えるスケルトン。他の霊を食べて極限までに膨張し強化されたゴースト。共喰いを繰り返しつつ移動する犬のゾンビ軍団。
どう見ても雑魚敵には含まれない固有種的なアンデッド達が徘徊していたのを俺は確認する。
「………おえっ」
「アレク、ひーひーふー」
「ひーひーふー」
「お二人共、それ違います主様は孕みません!!」
「微妙な下ネタやめて」
漂う死臭から現実逃避する様に、皆一様に元気にアホらしい会話を繰り返していた。歩きながら。
……まぁ、傍から見たらの話で、俺たちに至って真面目なのだが。
てかメリアが壊れた。俺は孕みません。
え、孕まないよね……?
自分でも知らない内に身体が変化してってるから、何が起きても不思議じゃない気がする。
はぁ………気が気じゃない。
そう会話してる間に、通路の突き当たりから巡回していた騎士風ゾンビが顔を出す。
此方を視認したゾンビは、錆びた鉄剣と割れた鉄盾を構えて向かってくる。
そんな装備で大丈夫か?
「来ました!」
「……この階層の基準を知っておきましょうか!」
正樹が聖剣を両手持ちして走る。
そして激突。
「ほぉ……」
大丈夫で問題なかった。
驚くことに、腐肉騎士の錆びた剣が正樹の聖剣とぶつかり合って尚、折れずに拮抗したのだ。
見た目に反して、なかなか侮れない敵だ。
「これは、なかなか!!」
正樹は笑う。だって、この迷宮でまともな剣技で戦えたのはこいつが初めてだから。
魔王国の恥晒しである肉塊や、ジャングルに住む獣たち。どれも剣を使わぬ敵の為、彼は興奮していた。うん、わかるわかる。がんばえー。
……まぁ、純粋な剣士ではなく、槍も斧も使える万能勇者の心情的には、人型でマトモな敵と戦いたかったのである。鬱憤晴らしの意味も込めて。
「んー、凄いな」
時間にして十秒。
正統派とも言える正樹の剣撃を、割れた盾で防ぎ、錆びた剣でいなし、反撃をする腐肉騎士。
だが、正樹が全身を乗せた聖剣の突きを盾で防いだせいで体勢を崩すゾンビ。その隙を突かれて首を切り落とされ、身体を縦に裂かれる。
この際、アンデッドとして活動する為の魔石も破壊されて活動停止に陥る。
「おーい、正樹。あまり魔石壊すなよ。抜くだけでも良いんだし」
「え……ゾンビの体に手を突っ込めと……?」
「ごめん訂正。骨と幽霊ので頼む。流石に腐肉つきは嫌だ。触りたくない近づくな」
「自分でやってくださいよ……」
他力本願寺。うむうむ。
アンデッドを倒す手段は、身体を維持する為に心臓部に構築された魔石をどうにかするだけだ。
壊すのもよし、抜き取るのもよし。
魔石そのものが身体から出ていってしまえば、アンデッドは活動を停止して自壊する。
だって肉の繊維が千切れてる腐肉の塊に、魔法で骨を結合させている標本だし。後は怨念の塊。
心臓である核を抜かれたら自壊するわな。
魔石はどの魔物にも存在する。
宝石のような見た目で、魔物魔獣の強さによって大きさと輝きは違う。
腐肉騎士は、斬られた魔石を見てみれば拳大の大きさで、かなり質の良い魔石と言える。
普通のゾンビの魔石は、親指の第一関節程の大きさだったはずだ。
そして、この魔石が結構役に立つ。
魔導具の燃料、魔力貯蓄の為のアイテムとして……人や物によって使い道が多様な物なのだ。
現に、クロエラの兵器群や魔導具にも使われる。
……彼の作品は色々とオーパーツ級なので、魔石のコストも凄いんだろなぁと当初は思っていた。
学園の寮の部屋を空間拡張した魔導具に燃料として魔石を嵌め直そうとしたら……
小さくてびっくり。
雑魚魔物の魔石でも稼働するように作っているらしい。俺や正樹と出会う前まで魔石を入手するにも高値で取引される大型魔石を買う訳にもいかず……
改良魔改造を繰り返した産物らしい。
素直に称賛する。そして俺と正樹は利用された。
まぁ、クロエラシリーズを使ってる身分なので、互いに良い感じの依存関係程度なら別に良いかと割り切ったが。アレ便利だし。
閑話休題。
クロエラの事はいい。ネタが尽きないからな。
脱線した話を戻して、迷宮攻略に目を向ける。
腐肉騎士を皮切りに通路を進めば進むほどアンデッドとの遭遇率がグンと上がった。
この下層の通路の幅と高さは広く、高さ8m、幅15mという間隔で、パフォーマンスありきの大振り戦法が綺麗にできるスペースがある。
それを利用して、色々と多彩な攻撃がされる。
狩人骸骨が弓を器用に使って射撃。綺麗な弧を描いた弓矢に向かって、ピンポイントに第2射撃。
弓矢と弓矢がぶつかって、片方の弓矢が垂直に叩き落とされて攻略者に突き刺さらんと落ちる。
ちょうど、ユメの真上から落とされた。
「ほっ!」
軽々とそれを避けたユメが、器用なスケルトンに向かって走り出す。
走りながら、最近出番のなかった闇夜ノ破神剣を影から取り出して一刀両断。弓を持つ手と胴体を一撃で切り伏せる。
「はぁぁぁ!!」
ユメの追撃は為す術なく頭骨を貫き、砕く。
上半身と下半身に別れながらも、魔石がある限り動き続ける。それを見たユメは、下半身を踏みつけ、上半身は掴んで狩人服で隠された胸骨の中にある魔石を鷲掴みにして荒く抜き出す。
すると、糸の切れた人形のように沈黙する。
死んだのだ。
「お兄様ー!!魔石です!どうぞ!!」
「う、うん。ありがとう」
満面の笑みで渡してくるユメに、俺は少しばかり戦慄する。
今回の戦、魔法ばっか使ってたけど……やっぱり魔法剣士の方が向いてるよね。ユメって。
そう、本来ならユメは純粋な魔法使いではなく、魔法を主軸に戦う剣士の方が向いてるのだ。
まぁ、魔王が前線に出て剣を振るなど、負け戦も同然と言われてしまうし、兵士の仕事を奪っているようなものなので、ユメは基本的に魔法使いとして君臨している。
面倒臭い王様・女性事情だ。察してくれ。
だが、根っこは幼い時から力の強い可愛い暴れん坊だったので……
日頃の鬱憤が溜まってたのだろう。
魔法ばっか使って、肉体的攻撃なんて魔統神を撤退に追い込んだ拳だけである。なんならあそこで剣を振るうべきだった。そしたら決着ついてたのに。
「お兄様!私、もう剣持って戦いますね!!魔法主体面倒いです!疲れました!!」
「好きにしなさい…」
魔法剣士の方が肉体的疲労は大きいと思う。
それに、普通の魔法使いは魔力消費が激しくて精神的疲労もあるから……
いや、あれ?
その2つの疲労がダブルで襲ってくるから魔法剣士って不利なんじゃね?
だが、そうでも無いと気づく。
だって俺自身も魔法剣士だし。
兄妹揃って似た者である事が証明された。
『フォォ……』
次に現れたのは巨大レイス。それが五体。
壁をすり抜けて生者の魂を食べようと襲ってきたのだ。
「アナタ達には魂の救済を!!《セイクリッド・オール》!!」
そこに、聖女ソフィアが浄化魔法を発動。
浄化の光で構成された壁が展開され、それに触れた巨大幽霊達が感電したかのように痺れ始める。
そして、押し出されるように光の壁が動いて……幽霊を貫通。
光の壁が通った後には、通常レイスの魔石が融合した頭ぐらいの大きさを持つ魔石が5個、落ちていたのだった。
「……ソフィアにレイスは一任しますね」
「はい!任せてください!」
「わ、私の炎もゾンビ程度焼けるし、スケルトンやゾンビなんて火葬し放題よ!?」
「ミュ、ミュニクは……お化け怖いので無理ですぅ……」
「私の精霊魔法も出来る範囲なら頑張るわ」
「うん。みんな宜しくね?ミュニク、大丈夫。必ず出番は来るさ」
「はぃ……」
正樹と張り切る少女達を横目に、何を思ったのかユメがニコニコ笑顔で無言で近づいて来た。
無言で、笑顔で、何かを求めるように。
ヒールを履いてるせいで俺よりもほんの数cm身長が高くなっている為か、頭を下げて何かを求めてくる。
本来なら俺より数ミリ低い……てかそれしか差がないユメとの身長差。
兄として男としての威厳がないでごわす。
……ダンジョンで不釣り合いなヒールを履いてるのは、魔王としてのトップ的な面倒い理由だ。
魔王として普通の靴は履けない的な、貴族とか習慣とかの面倒臭い理由。
なんならヒールでも戦場を闊歩出来るようにするための訓練とかあったらしいし、ユメは合格している。
あぁ、ホントに意味わかんない所に王様事情があるな。いっそ滅ぼした方が王様も楽なんじゃない?
まぁともかく。
「………うん、よしよし」
「えへへ〜」
頭を撫でろってことだろ。可愛いなぁ〜……
ニーファがムッとした顔で睨んでるのは無視しよう。
可愛いなぁ〜……二つの意味で。
二秒後。
和やかな雰囲気をぶち壊す不埒者が現れた!
「ギャヅ!!ギャッ!!」
四肢五体が欠損しまくり、なんなら自分と同じ姿の同種を共食いしつつ此方に近づくクソ犬ども。
声帯が壊れているのか、辛そうに吠える醜悪な怪物を見て、皆一様に顔を歪めるが……
「おい……」
俺は怒る。
俺の怒気と殺気で、何を勘違いしたのか味方である面々が驚き冷汗をかいて武器に手を当てていた。
大丈夫だよ〜。敵味方区別がついてないとかそーゆーバーサーカーにはなってないからね。
あ。片手はニーファの頭を撫でてる。んでユメが羨ましそうに噛み付いてる。服の裾に。
ヨダレで濡れちゃったんだけど。
ユメにはさっきしてあげたでしょ。
なんなら要求されたけどニーファ、お前は下層で活躍してないだろ。
終わりだと言わんばかりに手を離し、振り解き、前進する。
ゆっくりと歩を進める俺に怖気付く馬鹿な犬共。
「人のイチャつき邪魔すんじゃねぇよ……死ね」
禁術指定級対軍消滅魔法。
「《ルールブレイカー》」
天界図書館。
そこに置かれた禁書《禁攻土神》から得た、現代では廃れて伝えられていない禁断の魔法。
《ネクロ・オーン》はご存知の通り、この本から知り得た禁術である。
そしてこの魔法は。
有機物と魂を消滅させる、つまり生物全般に効いちゃう歴史に遺したら駄目な禁術である。
「あっつ……」
凄まじい熱量が魔法陣に込められ、暗く冷たい迷宮を温める。その熱量を感じた面々は、素早く俺の後ろに走り逃げて防御の構えをとる。
……随分と慣れが入ってんな?
まぁいい。
展開された魔法陣から迸る死の光。
浄化、解脱、死去、鎮魂、消失……そんな生温いものでは無い滅びが間近に展開される。
「来世は期待するなよ。魂消えちゃうから」
あぁ、こんな技を食らうなんて経験はしたくないな。敵ながら悪い事をした。
そんな淡い言葉を霧散させて、《ルールブレイカー》、発動。
迸る白光が収束し、一束の破壊光線となった迷路を開拓し始める。
道行先の雑種犬を魔石を残して消し飛ばし、そのまま道を侵攻する。
曲がり角にぶつかればそちらに折れ曲がり、別れ道があればその数枝分かれして有機物と魂を消滅させていく。
これだけで、21階層のアンデッドは一掃され、魔石だけがボトボト落ちる音が鳴り響く。
……この余波で、22階層のアンデッドも死滅したと事後報告を加えておこうと思う。
光が終息した後には……文字通り、熱で赤く染り温度が上昇した21階層が現れるのであった。
「んー、封印☆だな」
「「「「「一生使わないでください!!」」」」」
その願い、聞き入れよう!
楽だけど仕方ないよね!僕の魔力の三割は軽く頂いていく禁術の中でも結構消費量パナイ魔法だからね!!
理由はそれだけだ。
別に因果応報という概念で俺にもこんな悲劇的展開を迎えないようにする為とかじゃーない。
そのまま、落ちた魔石を拾いながら迷宮を散策。
魔石が消滅しなかったのは、こいつが有機物でも魂でもないからである。
ついでに言うと無機物でもない。
魔力の塊ゆえに、そういった枠組には当てはまらないので、あの魔法で消えなかったのだ。
「アレクくんは暫く補欠だね」
「え、なんで?」
「「「「出番が……」」」」
「す、すまん」
切実な理由すぎて凄い申し訳ない気持ちになった。
みんな戦闘大好きっ子だもんね……
日本人の感性もつ正樹ですらそれに染まってるわけだから……異世界ってスゲーなんだな。
こうして。
無事に下層の攻略は始まりの鐘を鳴らし、余裕で21、22階層を踏破して23階層へと足を踏み込んだのであった。




