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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第六章 大迷宮とお兄様

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夫婦共同戦線

投稿が遅れてすいませんでした。


 今までを振り返って、俺がニーファと一緒に敵と戦ったのは何があるだろうか。


・王都フリードゥンの路地裏でコックローチ

・王都フリードゥン郊外のコボルト変異種


 ………ふむ。

 あっれー?意外と記憶に残ってるのこれだっけなんですけど。

 しかもどっちもミラノの母国(ヘルアーク)での話であって。


 ……もしかしてだけど、マトモな敵と一緒に戦うのって、今日この瞬間が初めてだったりする?


 …………よ、よーし。うんと楽しもう。うん。





 黒甲冑との決着がつく数分前。


 大悪魔ローグライム。

 地獄の公爵を名乗った彼との戦いは終わりが見えないと言われても仕方がない程の戦いとなった。


 ローグライムと、ニーファは素手で。

 アレクは刀と杖の二刀流という、なんとも不釣り合いな光景であるが……


 悪魔の特性なのか、彼の実態の掴めない腕や脚は形状を素早く変える。

 剣のように鋭い手刀、槍のように尖る足槍。

 腹に殴りを入れようとも、自ら穴を空けて攻撃そのものをやり過ごす肉体。


「めんどくせぇ!やっぱりお前受肉してないだろ!?」

『そいつはどうであろうなぁ!我輩、受肉してなくても十分強いのである!!……あっ』

「自分でネタばらししとるではないかぁ!!」


 馬鹿なのか、阿呆なのか、わざとなのか。

 彼がとる行動の一つ一つに入り交じる殺意が微量で、どちらかと言うと現状をとても楽しんでいるようにしか見えない。

 やる気ないだろうとしか思えない。


 悪魔の受肉とは、住処である地獄以外、地上で活動する為に器を得ること。

 人の肉でも良いし、道具でもいい。実態を得られたのならばそれは受肉と言える。

 だが、このローグライムは受肉していない。

 モヤのような身体がその証拠だった。


「受肉してないなら……やりようがある!」

「我、受肉しとらん悪魔と殺りあった事ないからお主に主軸を任せた方が良いか?!」

「ごめん!知ってると思うけど俺もない!てか悪魔とか初めて見ましたサイン下さい!」

「そうじゃよな!我もお主が戦っとるの見たことな───なぜ敵にサインとやらを求めるのだ!?」

『む?欲しいならくれてやるが?』

「そーゆーのは滅してからやれ!!」

「『それもう終わってるじゃん!!』」


 仲が良いのか悪いのか。敵同士なのに殴り合いながら意気投合している戦闘風景は、傍から見ればシュールなものだと思う。


 獄紋刀と手刀が火花を散らし、龍の蹴りと足槍が激突し拮抗状態に持ち込む悪魔の手際。

 拮抗状態を崩す為に魔神杖を使い魔法弾を放つが、モヤ状の身体で上手く躱される。だから石突で貫こうとするが、手刀ではない手で掴まれる。


「うわっ!」


 杖を掴まれた勢いで、悪魔の方に引っ張られる。

 そして、刀が離れて自由になった手刀が、アレクに突き刺さる位置に移動させ、待ち構える。

 魔神杖を手離そうにも、あまりの近さに無駄だと悟り……故に、アレクは無謀にも突っ込む。


『ぬっ!?』


 まさか、引き込まれるのではなく、自ら突撃してくるという行動に驚いた悪魔。

 一瞬にして距離を詰め……手刀の尖端がアレクの腹に少し切れ込む。


 そしてアレクは……やる。


「杖なんて掴んじゃダメよ!《崩魂遺杯》!」


 魔神杖が白く光る。

 何重にも重ねられた魔法陣が杖に突き刺さり、熱を伴って回転する。

 純白の、浄化……否、消滅を促す死の魔法。


 ()に致命傷を与える為の魔法。


「アレク!?」

「だいじょー……ばないっ!」


 すんでのところで魔神杖から手を離し、離脱。

 この魔法は、生身のアレクにも効果を及ぼすから逃げなければ普通に死ぬ。

 ローグライムも、魔法が完全に発動する前に手を離そうとするが………


『なぁっ……!!!坊主、貴様ァ……!!』


 離脱する起点として、アレクは魔神杖を蹴り……ローグライムに突き刺して後ろに飛ぶ。

 そのままニーファがアレクを空中でキャッチし、事なきを得るが……


『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?!?』


 断末魔にも聴こえる悪魔の慟哭。

 ローグライムの全身を白い光が覆い、侵食し、肉体を持たぬ故に魂を直接攻撃する。

 ズタズタに、ボロボロに。

 如何なる防御も、結界も、術式も。その光の前には、意味を成さず。


 大悪魔ローグライムに致命的(・・・)なダメージを与える。


「おいおい……凄い生命力」

「大悪魔は伊達ではない、か」


 受肉していない悪魔。

 低級、中級なら消滅。上級の悪魔なら地上での活動限界を迎えて地獄に還っている。

 だというのに。この悪魔は。


『クハ、ハハハ……クハハハハハハハハ!!!』


 高らかに笑う。嗤う。哂う。


『戦神ですら我輩を滅ぼす事は叶わぬというのに……ここまで追い詰められるとは。クハハハハハハハハハハ!!!実に愉快!実に楽しい!』


 ローグライムの霊体が致命的なダメージを負っているのは事実。だが、この悪魔は消滅を認めず、哄笑と共に滅びが始まった身体に力を入れる。

 たったそれだけで身体の崩壊が緩やかになる。


 如何に元からある底力で踏ん張ろうにも、彼の敗北は確定している事実。

 だが、ただ消えるという終わりを彼は良しとしなかった。


『安心せよ!簡単には終わらぬ!!退屈などさせぬ!!さぁ────刮目せよ!喝采せよ!絶望せよ!今宵、我輩が彩る公爵主催の宴会を!!』


 消滅が始まり、徐々に光の粒子となって地上での死闘を終えるはずだったのに。

 大悪魔ローグライムは最後の抵抗を。地獄に還ってしまう前に戦場を狂わせる。

 一瞬で壊れずに。気合いで身体の崩壊を緩やかにする事で戦闘を維持する。

 モヤの肉体に腕を埋め込み、一本の槍を手に取る。


 血とは掛け離れた真紅の槍。鎖が巻かれた柄に龍の骨をも貫く尖端部。漆黒の悪魔の手に握られた紅い槍が二人に向けられる。


『名は《陰吊り》。地獄に落ちた救い無き魂共を煮詰めて凝縮し練り上げた至高にして唯一の槍よ』


 マトモな武器を初めて手に取り。初めてこの戦闘で殺意を向ける大悪魔。

 本気なのは見てわかる。


 構えを解いて紅き双眸で弧を描く。

 その瞳に映る二つの影。

 互いに銀。紅い瞳。類似する色を持ちながら、敢えて違う点を語るならば……服の色と武器種だろうか。


 アレクは魔神杖を収納し、刀一本両手に握る。


「《獄紋刀・第三紋》」


 解放。

 刃から立ち昇る黒炎は鎮火し。代わりとばかりに吐き気を催す程の量の鮮血が溢れ出す。

 紅血は燃え、蒸発することなく発火し続ける。地に垂れる事無く。宙を舞う鮮血は一種の芸術。

 空間に漂う噎せ返る程の血の匂いが出てくるというのが欠点。


「……趣味悪いの」

「いや……こんな機能作った覚えが無い」


 そもそも獄紋刀を造る際の記憶が曖昧なので。


「不思議な与太話じゃの……」


 ニーファの手には、紫色の大剣。

 夫が拵えた世界で一振の裁きの一刀。神竜である己の鱗と世界最高峰の鉱物を用いた一級品。


 龍の身でありながら、本来不必要な刃を振るうのは愛ゆえか。本心など明らかにせず、彼の隣を歩いて障害をしばき倒す為に。

 夫から貰った《天罪紫刀》を振るう。


「この数千年で、我は初めて剣を武器としたのでな……もしかしたらお主に当たるかも」

「え………なんで気合いを霧散させて不安にさせること言うの?」

「ふふ。安心せい……なにせ」


 一定距離を保ち、決戦を前に大剣を前に掲げる。


「我が勝つ。奴は負ける。それで事足りる」


 自信満々に答えるニーファが、先手を打つ!


 大剣と紅槍が鳴らす金属音。恐怖を逆撫でする様に鳴り止まぬ音が、空中に反響する。


 紅い槍が宙を切れば、空気が押し出されて遠くの壁や天井、床に深い穴が刻まれる。

 紅い槍が大剣と拮抗するや否や、無念の嘆きが呪詛として唄われ神竜を襲う。


「ちっ───!!」


 神竜にとって、呪詛など蚊に刺された痒み以下の効力であるが、無限に身を襲うなら話は変わる。

 如何に頑丈な身体でも、重複して掛けられた呪詛は古代龍の身すらも滅ぼしにかかる。


 それを見たアレクが、獄紋刀を一度旋回させ、鮮血を撒き散らしてから突撃。

 悪魔の背後に回って背中に切り掛るが、身体の一部を霧のようにして避けられる。



 そのタイミングは、祖母ルミニスの手で黒甲冑が即死した瞬間で。ついでに祖父ジークフリードが参戦しようとして諦めたのも同時刻。



 そして召喚した蟹の死を受け、大悪魔は────────


『(む。粗大ゴミが死んだか。あれ不味いんじゃよなぁ〜、市販のズワイガニの方が上手いし。そもそも地獄に紛れ込んできた蟹の魂を面白半分に弄ったら知能指数ガクンと下がったゴミじゃったし。下手に弄らん方が良い時もあるのだと学んだわい)』


 …………。


『まぁよいかっ!!

 汝ら!我輩を中心に激動する叙事詩に加わる至高の伝説を今此処に作り上げるぞ!!クハハハ──』

「「そんなものない」」

『──ハハっ、ハッ──即答かぁ……』


 無駄話を余所に、死闘が始まる。

 宙を切る愛刀。追随する紅き鮮血が弧を描く。流動する液体たる鮮血はアレクを守るように前に出てローグライムに振りかかろうとする。


 触れたらヤバいと感じ取ったローグライムは、燃える鮮血から身を捻り避ける。そこ合間にも槍を突いたり叩き付けるのを忘れない。

 アレクの攻撃の合間を縫ってニーファも剣撃。紫の軌道を描いて大剣が悪魔の首を狙う。


 斬る、避ける、当てる、防ぐ、切り裂く、貫く、穿つ、停める………絶え間ない空中戦闘。


「っ!っ!」


 呼吸のタイミングが難しい。というか血の匂いのせいで呼吸したくない。諸刃の剣にも程がある。

 そして槍の乱舞が絶え間なく獄紋刀を迎え撃ち、劣勢に追い込まれる。

 しかも、この悪魔。ニーファの剣撃も軽くいなしているので、槍の尻で弾き啄く。偶に龍の尻尾を使った意識外の攻撃も与えるのだが、ことごとくが無駄に終わる。


『クハハハハハハハハハハ!!』


 狂喜乱舞。狂ったように笑い続ける悪魔は、燃える鮮血を華麗に避けながら闇の紅槍を振るう。


「《鮮血棘羅》ぁっ!!!」


 埒が明かないと怒りを通り越して冷静になったアレクが顰めっ面をしながら魔法発動。


「ぬわっ!?」


 獄紋刀から溢れ出る鮮血が魔法制御によって蛇のように畝り、蠢きアレクの意思の元操られる。

 それはニーファの脇や横のスレスレを通り、ローグライムを完全に包囲する。

 血の檻が生まれ抵抗虚しく拘束する。


『ぐぬぅ……』


 燃える鮮血が全身に喰いこみ、気合いで霊体崩壊を緩やかにしていた悪魔だったが……


『っ!熱っ!このっ!?』


 ローグライムを全身拘束した鮮血は、何時ものように部位を霧のようにして脱出する事を叶わさせない。更に熱量で霊体が焼け、崩壊が進む。


『ぐっ……!』

「その槍使われたらヤバい気がするから早く散れ」


 それは危機感。

 悪魔の説明通りの製法で造られたのなら、尚更危険である事は理解できるし、そもそも紅槍から放たれる悪意が身を寒気立たせる。


 だがそれでも。

 そんな願いは虚しく散る。


『ぬぅううううんんんん!!!!!』


 気合いと呪詛で引きちぎる。

 燃える鮮血の檻が完膚なきまでに破壊され、その際に自身の霊体も終わりに1歩……否、10歩進めてしまいながらも、悪魔は復活する。


「なっ」

「っ!アレクっ!!」


 そして、光の粒子になる速さが上がるなか、悪魔ローグライムは片手で紅槍を投げる。

 アレクは動けない。

 ローグライムが、魔法を突破した際に飛ばした呪詛で全身が硬直し会話するための筋肉すら動かない。

 ヤバいと感じたニーファが飛び寄るが……時既に遅し。


『《閻魔殺し》ぃぃぃぃぃぃぃ!!!』

「かはっ──────」


 咆哮と呪詛と共に投げつけられた悪魔の紅槍。

 陰吊りの名を冠する魂の集合呪詛がアレクの腹に突き刺さり、壁に激突させ縫い合わせる。

 アレクの体内を貫通した紅槍は、内臓に呪詛を吐いて体内器官を機能停止に追い込む。

 更に血を凝固させ、血流の流れを強制的に停める。


 血を吐く。背中が打ち付けられる衝撃。腹に感じる熱さ。しかし意識はそこにあって。


 まず身体を動かす為に呪詛を吹き飛ばす。魔力操作は感覚で出来るのでそれを応用し魔神杖を召喚。 

 魔神杖が持つ呪いの排除効果によって呪詛の結合を破壊。アレクの身は無事。

 手を握ったり首を動かしたりして身体の自由を取り戻したのを確認する。

 魔神杖を再びしまって。


「あっ、あー。あーー……死ねっ!!!!」


 回復して直ぐに自殺要求。良い子はやめましょう。


 と言っても、ローグライムは先程の魔法で霊体維持が難しくなっており……あと数分で終わるのが見てわかる程に部位欠損していた。

 槍を投擲した右腕と、左腕、両足が既に消滅。

 簡単に言えば四肢が無くなり達磨状態。


 それは、ニーファが怒涛の剣撃ラッシュ、偶に至近距離ドラゴンブレスのコンボを超スピードで実行したことも、消滅が近づいた要因の一つ。


「アレク!!」

「だいじょーぶ。っ!」


 紅槍を引き抜く。腹からドパッと血が吹き出るが、止血せずに飛行。黒翼を展開し、足を壁に叩き付けた反動で飛ぶ。


「ふんっ!」

『ぬわぁっ!?』


 まず紅槍をローグライムの目の前で叩き折る。足を下から上に叩き上げて大腿で折ったのだ。

 魂を煮詰めた紅槍は、呆気なく折れたのでアレクは二本になった悪魔の槍を悪魔に突き刺す。


「返す!」

『!?我輩の!!キャリーちゃんから貰った槍がぁ〜………!!!』

「貰いもん?」

『…………』

「じゃあ三分割にするね」

『鬼か坊主!!!』


 ただし分割するのは槍では無い。


 獄紋刀を力強く握り締め。未だ止まらぬ原理不明の燃える鮮血の液体塊をローグライムの胴体に巻き付け……


「お前に基本的な恨みはない。腹を貫かれたのも戦場故に致し方なし。特に気にしてないよ」

『……え、じゃあ瞳に光がないのはなぜ?』

「元からだが?」

「たわけ。お主普段キラッキラしとるわ」

「まじ?」


 現に、アレクの瞳には輝きがなく……病んでいるかのように空虚でグルグルしていた。


「はっはっはっはっ。もう地上くんな!!」


 アレク渾身のグーパンが、既に攻撃手段を失ったと言えるローグライムの顔面にめり込む。

 その拳には、先程ローグライムに致命的ダメージを与えた《崩魂遺杯》の縮小版が展開されていて。


『ぐはぁぁぁ!?!?!?』


 消滅☆


 顔面に穴が開き、ローグライムの身体が死散する。


 拘束していた鮮血が宙を彷徨い、アレクが獄紋刀を鞘に閉まったことで効果が切れ、蒸発するように消滅する。残るのは血の匂いだけであった。


「……悪魔と関わるのは厄介だな」

「よくわかったの」

『まぁとにかく!!』

「「!?」」


 消滅したはずのローグライムが頭と右手だけの状態で空間から生えてきた。


『クハハハハハハ!!おめでとう!我輩は倒された!クハハハハハハハハ!!』

「……もう一発いっとく?」

「アレク、我にも付与してくれ」

『まぁまぁ待て待て』


 慌てるようにローグライムが右手から何かを出して、それをアレクに優しく渡す。

 素直にそれを受け取ったアレクと、横から物を見たニーファは……顔を顰めた。


『此度の戦い、我輩受肉してないので弱体化していたが、よくぞ奮闘した!褒めてやろう!ということでプレゼント』

「アレク、捨てろ」

「うん。いらない」

『なんでじゃ!!地獄に落ちた際に我輩が身の安全を保証してやろうというのに!?』

「落ちる予定ないんで」


 そう、ローグライムが手渡したのは、ローグライム公爵の権力が働く領域内での身の安全を保証するとかいうカード。ついでにサイン入り。

 それを使うということは死んでいるということなので……


「ぽいっ」


 手離して燃やす。


「は?」


 炎を華麗に避けて再びアレクの手に乗るカード。


「………」

「………」

『……じゃ、お主ら、頑張れよ〜』

「「ふん!」」

『ふべらっ!?』


 二人で揃って顔面に蹴りを食らわし、ローグライムを退場させる。


「二度と来んな。二度と会わん」

「てかサイン入れとる……冗談を実行しおったぞ」

「ネタ的な意味では気の合うやつだと思う」

「混ぜちゃダメな奴だもうそれ」


 かくして、中層ボス、大悪魔ローグライムとの激闘は幕を下ろしたのだった。







 地上に戻って。


「お兄様!?お腹!!お腹が!?」

「ん、大丈夫。もう穴は塞いである」

「いや……向こう側の景色見えるんですけど!?」


 アレクの嘘はユメの手で軽く看破され。

 ソフィアの手で回復魔法をかけてもらい、一瞬で腹部貫通、内臓丸見え状態が解決する。

 本来なら簡単に治るはずがないのに、ソフィアの聖女パワーは致命傷になりうる攻撃すらも容易く癒し修復する。


 ……その前に、土手っ腹穴あきで戦ってたアレクの生命力がおかしいのだが。


「いやー、ありがとう」

「いえいえ。借りを返してるだけですので」

「その借りって生涯有効みたいな扱いされてんな」


 借りとは腕を治したことである。


「うむ!流石我が孫!よくやった!」

「大丈夫だったかい?この馬鹿は手助け出来なくて下唇を噛んでたのは内緒だよ」

「おい」


 老夫婦の漫才という名の口喧嘩も見慣れたもの。


「さて……下層行っちゃう?まだ昼にもなってないし」

「んー、二人は休憩なくて大丈夫なんですか?僕達は休憩できたので大丈夫ですが……」

「は?休憩したの?」

「あぁ、はい……」


 正樹が指さした先には、クロエラがマールと二人でお茶を飲んでいて。


「彼が防御結界張ってくれたので……」


 正樹の説明に、アレクは目を点にして。

「……あいつ、今まで何処にいた?」

「それが分かれば苦労しないんですよ…」

「ふーん、サボりか」


 どうやら、戦闘に一切参加しなかったクロエラは、魔工学で造った装置で隠れて戦闘風景のカメラマンをしていたらしい。

 そう言って説明したクロエラの手には、外套が。


「それは?」

「光学迷彩、防臭、発生音吸収などの隠密行動に適した優れ物!『隠れー君』だよ」

「ネーミングセンスを鍛えてください」

「えー?」



 その後、小休憩する前にボス部屋を出て、下層に続く階段前で身体を休めようとしたのだが……


「「「「「「「………………」」」」」」」


 下から上に漂ってくる冷気。鼻に来る死臭。


 その全てが下層に行く行為を全身で拒絶させる程のパワーがあった。


「ボク、オウチカエル」

「ま、まぁ……アンデッドの階層なんてよくある事ですし……ここまで濃厚な気配は初めてですが」

「ほれ!ホントに帰ろうとするな!」


 結局、アレクの異空間に全員退避して二時間程休憩を挟んで……戦わなかったクロエラを宙ずりにしたりして……助けてくれたジークフリードとルミニスに感謝し、二人を中層に置いて下層へと重い足を運ぶのであった。


「さて……儂らは地上に出る準備でもするかの」

「だな。久しぶりに息子達の顔を拝むとするかね」


 そう言って、二人は転移魔法で自宅に帰り……




 魔統神ダグロスまでの道のりは、残りわずかとなったのだった。


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