中層の入り口
アヴァロン大迷宮、中層第十一階。
特に被害なく攻略を進めていたダンジョン攻略特攻メンバー達。
そんな彼等に立ち塞がったのは……緑の世界。
第十階から降りた一同の足場は石煉瓦の門、迷宮の入り口を思わせる形になっているが、一歩足を踏み出せば別の世界が広がっていた。
彼等が立つ位置は高台となっており、その全てを一望することが出来た。
眼下に広がるのは陽の光を浴びて鬱蒼とした背丈の高い木が並ぶ大森林。
ところどころに見える綺麗な花畑や静かに流れる川も存在する外界の景色。
静かな空気を壊すように鳴き叫ぶ鳥や獣の声。
中層は、文字通りの自然宝庫であった。
「……行きましょう。森だと言うことは、警戒すべき点が増えますが……進む事には変わりない」
正樹が凛々しい顔で、皆の前を歩こうとする、が…………
「……その前に、休憩しません?」
一転、締まらない顔で提案したのだった。
その言葉に、みな一瞬呆けた顔をして……ちょっと笑いながら腰を下ろし、休憩に入ったのだった。
十分後。
小休憩を終えた彼等は再び攻略に動く。
「迷宮の中に森だなんて……不思議ですね」
ユメの疑問はもっともで、学術的にも証明されていない事柄が多い。
迷宮の存在や原理などは世界七不思議に数えられるぐらいだ。
「でも、迷宮の中に森があるなんて、結構ありますよ」
「? そうなのですか?」
「えぇ。まぁ。この迷宮みたいに階層ごとに仕様が違うのは少ないですから……迷宮その物が森、だなんて物は沢山あります」
「ビストニアには森型のダンジョンが多いぞ」
フェメロナの言う通り、獣人が治めるビストニア大陸の七割が森である通り迷宮の種類も森や地底湖などの自然系が多い。
残り三割は、平原が一割、荒野が二割だ。
なぜ荒野が広がっているかは、昔の大戦で植物も水もない不毛の大地となったからだとか。
「ビストニアの迷宮で一番キツかったのは……《夢幻の花園》ですかね」
「ほぉ!アレに挑んだとは……流石勇者、愚かにも程があるぞ……」
「あはは……一応、最深部近くまでは突破しましたが、依頼内容は達成してたので深入りせずに帰還しました。なんども死にそうになりましたよ」
「うっ……思い出しただけで眠気が」
「あれはやなのです〜…」
「マサキが変な依頼受けるからよ!まったく!」
「ごめんって」
勇者は有名人なので、お偉いさんからの依頼で魔獣の討伐や幻獣の捕獲、迷宮から希少品を手に入れなど、便利屋扱いが激しいらしい。
そのぶん、多くの信頼と金を得ているが。
《夢幻の花園》という迷宮は、高ランク冒険者以外は立ち入りを禁じられている危険な森である。
緑色ではなく、紫やピンクなどの派手な色彩を持つ木々や美しい花々で飾られた森なのだが、全域を舞う状態異常を引き起こす花粉が最も危険視されている。
睡眠、麻痺、猛毒、呼吸困難、幻覚……多種多様、対策不可能な程の状態異常を連れてくる死の花粉と………この迷宮に似合う植物系統の魔獣が我が物顔で闊歩する美しい地獄だ。
「この森は……至って普通に見えるけどね」
ミラノが言う通り、この森にそれといった異変らしいものは無かった。
至って外界の森と同じ代わり映えの無い景色。
「油断は禁物だよミラノさん」
正樹の言葉に首肯して……ただ、少し悲しそうな顔をして言う。
「これ……私が剣を振るったら困るよね?」
「「「「「「………………」」」」」」
高火力の太陽の力。
それを森の中で行使されたら……森が燃えるどころか、自分達も焼け死ぬかもしれない。
全員がそう思って……ミラノが戦う前にケリをつけなければと決心したのだった。
「って、それならクレハも……」
「「「「「あ」」」」」
「え? な、何がよ…………あっ」
炎と他の属性を合わせて使うクレハも戦わせちゃダメだと気づいてしまう。
大丈夫だろうか、このパーティは。
その頃。終始無言だったメリアは……
右目に意識を集中していた。
実はダンジョン攻略前から違和感はあった。仕事疲れとかそんなのかと思っていたが……
なんか覚えのある魔力が右目にあるのに気付いた。仕えていて信頼のある主様の。
「…………………事が済んだ後の夕飯は抜きです」
何か一言くれればいいものを……主の胃袋を管理しているメリアは静かにお仕置を考えるのだった。
「……あれ?メリアさんも……」
「「「「「「あっ」」」」」」
「……? 何の話ですか?」
メリアの爆発する戦棍も封印されたのだった。
「キキィィィィー!!!」
「キィキィキィ〜!」
「キー!キー!キー!」
広大な森の中を暫く歩き続け、森の深部といったところか。
猿の群れが襲ってきた。
歩いている途中で多方向から視線を感じていた。
その視線に気付きながら、メンバーはわざと放置して深く進んでいたが……進行方向に彼等の巣があったらしい。
視界の中に、木々の隙間に蠢く小さな人の影。
デビルモンキー。
顔は邪悪に歪んでおり、赤い瞳は邪気に満ち溢れている………醜悪な小さな猿。
毛皮も黒く、闇に紛れたら探せなくなるだろう。
それが視界の中だけでも百体ぐらい。
この猿の危険度は非常に高い。基本的に群れで攻撃してきて、腕力も強いため簡単に森を開拓して巨大な巣……なんと集落を作るのだ。
更に雑食故に、周辺の食べ物を見境なく喰らう。
近くに食べ物がいなくなれざ遠方に移動して再び生態系を破壊するのだ。
故にこいつらの大移動を発見したら、冒険者ギルドが総力を持って潰しにかかるぐらいだ。
「キキィ!!」
「キッキッー!」
「あぁもう!うっさいわねぇ!」
クレハが怒りの声で常に五月蝿い猿共に怒鳴り散らす。
しかし、肝心の炎が使えないので怒鳴るだけだ。
ミラノは神剣を使わずに、メリアから支給された普通の剣を手に荒ぶっている。
そしてメリアも爆発する戦棍は使わず……影絵を駆使して猿を惑わし、首を狩っていた。
何も出来ない歯痒さを抱きながら、クレハは今使える唯一の技の準備をする。
「くっ!……クレハ!?ほんとにやるのか??」
「有効打でしょ!多分!!」
「えぇ〜?」
聖剣で頭を握り潰そうとする猿を斬り殺して、クレハに問答する正樹。
…………ここで一つ言うと、今、パーティメンバーは全員が顔にある物をつけている。
ガスマスクだ。
目元と口、鼻を覆うガスマスク……その用途は、クレハが使う魔法の為だ。
「行くわよ!《クリム・デススター》!」
クレハは懐から赤い粉が入った瓶。大きさは拳よりも少し大きい程度で、それを放り投げる。
そこに普通の斬撃系の風魔法を放ち、瓶を割り、中身の粉を辺りにばら蒔く。
すると。
「キィ!?!?」
「キッキィ……ゲホッゴホッ!?」
赤い粉を吸ったデビルモンキーが苦しそうに悶え始める。そして、目から涙が溢れ死にかける。
「ふふっ!どうよ!唐辛子よりも数万倍辛い『デススターアイズ』の粉よ!」
こんな魔法があって溜まるか。
ガスマスクをつけた全員が思いを一つにした。
デビルモンキーが苦しむ中、メンバーは影響を受けることなく武器を振るって殲滅する。
……デススターアイズは、紅い眼球の形を持つ恐ろしい見た目の果実だ。
この植物は魔物であり、歩く。
眼球に短足が生えて歩く。しかも夜に。怖い。
殲滅されていくデビルモンキー。
特に討伐しているのはミュニクだろう。小柄な体躯を活かして木の幹や枝に乗っては飛び、猿共の首を搔いて……それも休むテンポなく。
ドスンドスンドスンドスンッ!!
「うぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
苦しむ猿たちの間を這い出て、地面を踏み鳴らしながら出現したのは巨大なゴリラ……のような猿。
その猿は、状態異常に高い耐性があるのか、辺りの空気汚染に少し嫌そうな顔をしただけで戦意増し増しで棍棒を持って来た。
「キングデビル……! 群れのボスです!」
「ソフィア、デバフ掛けられる!?」
「やってますが……!全てレジストされてしまってます!」
「くっ!わかった!」
「マサキさん、ここは私が!」
ユメが前に出て、暗黒魔法を撃つ。
「ぐらぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「《双蛇の鉄槌》!」
キングデビルは魔力を纏った棍棒を勢いよく振り上げてユメに叩きつけんとし、ユメは二匹の蛇が巻かれた紫の巨岩を横殴りにぶつける。
棍棒と巨岩は激突し……巨岩の勢いは弱まることを知らず、棍棒を打ち砕いてキングデビルの顔面にクリティカルヒット。
「ぐぎぃがぁ!?」
そのまま吹っ飛んで、木を薙ぎ倒して、そのまま伸びて動かなくなる……と思ったら。
「うがぁぁぁぁー!!!!!?!!?!」
体力と耐久力は自慢らしい。
流石にこれにはユメもにっこり。もう一回横殴りの隕石を食らわして…完全に沈黙させた。
「ふぅ……手間だけはかかる敵ですね」
……このように、デビルモンキーは握力や統率力が高く、危険度が高い魔物なのだが……こちらが全力で相手の攻撃を読んだ上で潰せば楽勝。
例え王の名を冠するキングデビルでも、所詮は進化系なのだから。知能指数が1増えただけだ。
襲撃してきた猿共の殲滅は終わり、猿共のドロップアイテムを拾いながら再び前進する。
普通の森なら、ここで死体処理が必要なのだが、ここはダンジョン。その必要はない。
ドロップアイテムは毛皮だった。大した価値は無いが……一転してキングデビルの毛皮は高級品に値するらしく、高値で取引されるらしい。
こういった貴重なアイテムを含めたダンジョンで手に入れた物は、攻略後に分け前で話し合い、誰の手に渡るかを決める。
……まぁ、ここにいる全員がお金には困らない奴らばってで換金してもおやつ程度の金にしかならないのではないかと思ってしまう。
いや、そんなこと無いだろうけど。
王族三人、勇者、王族の従者……所持金とか貯金とか凄そうである。
……余談だが、実はメリアはそんなにお金を持っていない。冒険者稼業でそれなりに稼いでいるが、アレクの金庫に八割ほど放り込んでいるからだ。
装備とかの消耗品も主の異空間を漁れば必要ないだろって言うぐらい出てくる。
食料とか洗剤とか年単位で買わなくて済むレベルで保管してある。
というかアレクと二ーファとメリアの三人に至ってはほぼ自給自足生活を送っている。
鉱石が必要なら採れる場所まで行って土魔法で掘り出し、食べたい高級肉は狩りに行って、魚が食べたい時は鮮度命が染み付いているアレクが海を爆破して爆破漁業すれば手に入る。(異世界の魚は耐久性が凄いので爆発程度で味が落ちることは無い)
(あと漁師がいないタイミング、かつ陸からめっちゃ遠い所で爆破してるから迷惑もかからない)
ではお金を使う理由は?
異世界では高い値段の本。希少な魔導具。聖水。あとは必要性皆無な骨董品……それぐらいだ。
こんな具合で所持金貯金は増える傾向で、アレクの金庫……正確には宝物庫は凄い事になっている。
というかアレクは宝物庫の場所は誰にも言っていない為、メリアがそこに金を放り込んでる事など知らないし把握してない。
というか知ってるメリアがおかしい。
恐ろしい子!
その後、偶に遭遇する魔獣を撃破してはドロップ品を回収する。森の中である為か、通路型の迷宮にあるような罠は特に見られなかった。
猿共が慌てて通ったであろう木々が薙ぎ倒されている荒道を通り……辿り着く。
森の空き地に作られた村のような巣。
デビルモンキー達の拠点である、が……先程の猛攻で全戦力を割いたのか、人っ子一人おらず、木と藁の簡素な家やツリーハウスが残っている。
そして、奥にある巨大な屋敷……という見せかけにも程がある木と藁で出来たキングデビルの家の裏に回り込んで……次の階へと続く扉を見つける。
扉の後ろには森が広がっているが、進もうとしても見えない壁にぶつかる。
唐突に、不自然に置かれた扉は、使う用途が無さそうだが、立派な次の階層への入り口である。
罠などが無いことを確認した一行は、十二階層へと足を運ぶのだった。
◆???
「ほぉ〜……とうとう此処に来おったか」
枝の上に乗って、老人はダンジョン攻略特攻メンバーが階層を降りたのを確認する。
「うーむ。何年ぶりだろうなぁ?」
「ほっほっほっ。十年振り……それも覚えとらんじゃろう」
「んまぁ、こちとら隠居人だしなぁ」
「儂はまだ現役じゃぞっ!」
「何に張り合ってんだいあんた」
渋い緑の着流しを着て片目を眼帯で隠した老人。
薄茶色の着物を着て数珠を首に巻く勝気な老婆。
老いを感じさせぬ程に背筋は伸び、枝の上に乗っていながら重心はしっかりしている。
入れ歯などを使わずに済む健康的な歯。
健康的すぎる身体に、魔族特有の少し尖った耳。
オールバックにして腰まで伸びた長い白髪を持つ老人は、同じく長く蓄えた顎髭を触る。
白髪を頭の上に団子にして、蝶の簪で止めた老婆は鋭い眼光を扉に向けていた。
「さて……儂らは先回りでもするかの」
「その前に晩飯の調達だよ」
「わーかっとる!」
「まったく……それにしても、なんでこんな危険な場所に来たんだか……上で何かあったのか?」
「知らんの……それも含めて聞きゃ良かろう」
「そりゃそだね」
そして、二人は鬱蒼な森の中を飛び回りながら今日の晩御飯を求めて狩り始める。
三つの紅い眼が獲物を見つけては、瞬時に血が弾け森を濡らす。
「さぁーて! 十年ぶりの孫との対面じゃ! 張り切るとしようかのぉ!!」
「血が湧きすぎて死ぬんじゃないよボケ老人」
「まだボケとらんわっ!」
言い合いしながら森を駆ける……その手や肩に狩った自身よりも大きな魔物を持って。
そして、老婆が何かを唱えたかと思うと。
老夫婦は影も形も残さずにその場から存在を消したのだった。




