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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第六章 大迷宮とお兄様

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迷宮のボス戦前に休憩を



 十階層。

 ユメ達のパーティは巨大な門前に到着していた。


 九階から十界への階段を降りて直ぐに、巨大なホールのような空間に出た。


 その奥には巨大な門があり、神秘的かつ古めかしい威厳ある装飾が施されており、進めば強者との戦いが始まる事を予感させる。


「見た感じボス部屋って所ですかね」

「ですね…」


 正樹の言う通り、この門を開ければ中層への道を守る上層のボスが待ち構えている。


 そのボスへと挑む……その前に。


「地上は既に夜ですし……今日はここで終わりにしましょう?」


 懐中時計を取り出して外の時間を確認するメリアの声に全員が賛同の声を上げる。

 丁度いい区切りということで、全員が扉前…大きな広間となっているセーフティールームで夜を過ごす事を決定する。


 扉からある程度の距離を置いて、勇者パーティが中心にテントを張り始める。

 他にもテントを張った経験のあるメリアやフェメロナも手伝いをして、王城生活をしていて旅などの経験が浅いユメとミラノは邪魔にならないように、でも覚えられる様に見学したり物を運んだりしている。


……フェメロナも王族だが、夏休み中にビストニア大陸の魔境で修行したらしく、そこで野営術はある程度身につけたらしい。


 男性と女性に分けて使う為にテントを二つ用意して寝る準備は出来たのだが……


「焚き火使ったら死ぬんじゃないですかねこれ……」

「まぁ可能性は高いね…」


 ダンジョン=完全な屋内である故に天井が如何に高かろうが一酸化炭素中毒で死んでしまう可能性。

 それを懸念するメンバーだったが……


「あ、それなら大丈夫です。私にお任せを」

「メリアさん?」


 そう言うとメリアは空間の穴を造って物を取り出し始める。


 卓上IHクッキングヒーターのような魔導具を取り出してスイッチを次々に押して作動させる。


「メリアさん、それってクッキングヒーター?」

「?? 違う名前ですよ?」

「あ、そうですよね…」


 正樹は前世で見覚えがある調理器具を思い出す。


「クロエラ様が造った調理魔導具『魔熱キッチン』というものです」

「ほう、面白そうだな!」


 誰もネーミングセンスについては問わない。

 ほとんどの人がクロエラの奇行についてはよく理解している故に。


 アレクとはベクトルが違う奇行を行うクロエラの造った魔導具にはだいたい印が刻まれている。


 アレクがよくクロエラ印とか言ってるのはこれ。


 縁取られた黒い丸の真ん中にポーションの瓶がある簡単なマーク。

 そんなのが必ず一つは刻まれているのだ。


 その魔導具を、商品説明するかの如く丁寧な説明を始めるメリア。

 全員が耳を傾ける。


「効果は単純。火を使わずに焼けます。以上」

「……………えっ、それだけ?」

「それだけ、です」


 メリアの簡潔で、半ば諦めた様な答えを、正樹は「あぁやっぱりかぁ……」といった顔で……なんとか手で覆い隠して誤魔化す。


「ま、まぁ……これなら煙の問題も無いですし……性能が問題なければの話ですが」

「? なんでそこまで心配するんですか?」


 ソフィアの何かありげな口調にユメが質問する。


「それは……単にクロエラ様の作品についてよく知ってるから、としか」


 クロエラは魔工学を極めた天才児。

 あらゆる画期的かつ危険的な代物を世に排出することなく造り続ける探求の化け物。

 そして知識と技術を吸収する怪物でもある。


 そんな彼の造る物品を、勇者パーティが使う様になったのは必然とも言うべきか。

 優れたアイテム、危ういアイテム。

 千差万別、玉石混交たる魔の巣窟に散らばる中に僅かに光る使える物を見出し、交渉して利用の許可を得ている。

 交渉と言っても、貸してくれと言ったら即許可が降りるのだが。


 彼のアイテムは上手く使えば安全かつ有用性の高い。……普通に買ったり迷宮の宝箱を期待したりすれば途方もない財産と時間を無駄にする程のものだ。

 現在、勇者パーティが無事にクエスト進行する事が出来ているのは、正樹の万能殲滅力とソフィアの治癒能力、クレハの高純度魔法攻撃に、ミュニクのシーフ能力、シリシカの希少な精霊術。

 そこにクロエラの提供するアイテムの力だ。


 偶にメンテナンスが必要な物もあるが、実は勇者パーティは彼に頭が上がらない、足を向けて寝れないが…………文句だけは凄い言いたかった。


 現に……数週間前。


『クロエラさん、これってなんです?』

『ん?……あぁ、アレクくんと共同開発してるロボットだが?』

『…………………………な、なるほど』


 アレクという劇薬と接触させたせいで混ぜるな危険が混ざってしまい……今まで以上に危険な代物が産まれ、アレクの手に渡っている。

 もう今では見上げる程に大きなガ○ダムを造り始めているのだ。

 しかも高性能・高火力・高出力の三段長所付き。


 なんとか止めたいけど無理。

 命が千個あっても足りない。

 偶に説明不足で被害に合うのは自分達なんだどういうことだゴラァ。


 最近は、同学園の生徒であり古代魔術研究会の会長マールが居座っている為、クロエラの説明不足などを掻い摘んで教えてくれる。

 あまりコミュニケーションを取るのが苦手な様で、最初は挨拶も会釈も無かったが、今では軽い挨拶程度はする仲に。


 でも言いたい。


 君の隣のリア狂どうにかしてくれませんかねぇ!!!

 頭ごと全身凍らせた方が世界の為ではと思う事が無いわけでもない。


 しかし、正樹は勇者であり無益な殺生は好まないし文句を口から出す事はないのだ。

 故に勇者マサキは引き下がるのも早いのだ。


 正樹が現実逃避を……自分に正論を言い聞かせている間に、メリアは冷静に料理を開始する。


 ダンジョン内と言えば不味い携帯食なのだが、メイドである彼女に妥協は許されなかった。


 如何なる状況でも、主が不満を言うことなど許されない。

 本人とその奥方が許しても、自分は自身を許さない。

 あの日、敵の幹部を逃したミスを挽回する為に、二度とヘマを犯さないために、全てに死力を尽す。


 それがメリアが決めた……メイド道とでも言うべき決意か。いやそんな道なんて無いけども。


 メリアが料理している間に、他のメンバーも着々と野営の準備を始め……やがてメリアの料理も終わって全員が暖かい飯に有りつけたのだった。


「ふわぁ、凄い美味しいです!」

「外でまともな料理を食べるのは本当に無い事なんだよ?凄い事なんだよ?」

「お褒めに預かり光栄です」

「メリアさん固い」


 メリアが作った料理はシチュー。

 隠し味などは入っていないが味は整っており、普段食べる携帯食料とは大違いの晩飯。

 普通に家で作った以上の美味しいシチューだ。


 今ここに、種族と階級の堺など無い平等な野営が始まったのだった。


 焚火では無く、煌々と燃える……様に見える炎の形の暖房器具《消えぬ灯火》。

 これは明かりと熱源を両立している。

 それを囲んでシチューを手に持ち、地べたに座りながら談笑する。


「へぇ、クラーケンと…そんな戦いがあったんだ」

「あの時はどっかの夫婦が霊峰を一つ消す喧嘩を始めたから印象は薄いと思うよ」

「あはは……お兄様が世界滅ぼしそうでごめんなさい」

「なんか現実にやりかねないからやめて」


 体験談から日々の研鑽、多岐に渡る引き出しから話題を引っ張り出して会話を重ねていた。


 それは、明日には目の前の扉を潜り、ボスと死を賭ける壮大な死闘を繰り広げる故に、明るい空気を作って身に耐えれぬ不安と重圧に押し潰されぬ様に全員が笑顔を保っていた。


 だが、そんな無理矢理な感じは直ぐに解けて……全員が超自然体になって会話していた。

 こいつら余裕である。勿論、警戒などは怠らずに結界を張ってたり偶に辺りを見回す。

 それでも心に空いた余裕は彼らの口を動かす。


「魔王の修行ってどんな感じなんですか?」

「基本的に座学や戦術とかを普通に学んで、後は民族別に特徴や生活を把握し、己の暗黒魔法の研鑽も含めて近郊の魔境とか迷宮に放り出されます」

「結構スパルタ?」

「んー……まぁ最初は辛かったですけど、一週間で慣れましたね」

「へぇー……アレク君も同じことを?」

「いや、ぜんぜん」

「え、そうなの?」

「元のスペックが違って勉強も最低限で済んでましたし、次の後継者が出る前に魔王になるの辞退してたから……多分、というか私よりも苦労してないんじゃないかな?」


 ユメの言葉の一節一節には愛憎と嫉妬が芽生えていた。


「……ユメさん?」

「いやだって羨ましいじゃないですか。確かに昔の私は大体触れた物を壊してましたけど」

「……お転婆だったんだね〜」


 深く突っ込むのは辞めた。



 こんな感じでダンジョン攻略特攻隊は無事一夜を明かした。

 武器や防具、アイテムの整備を行って……ボスの部屋へ挑む準備を着々と進めるのであった。









 その頃、アレク達は──────


「おい、後ろ!後ろにいるから!早く!」

「わかっとるわ!これ操作が難しいんじゃよ!」

「……ソンビ、三体追加」

「ふむ…興味深いものだね、これは」

「……………ひっ!?……うわぁ…」


 メリア達とは打って変わって完全なる個室。

 白と黒が調和を成したモノクロの壁と床と天井、同じく統一されたモノクロの家具。

 四方を囲む壁の一方はガラス張りになっておりガラスの向こう側に並んだ板ガラスの戸棚に設置された見た目も性能も高いアイテムが飾られる。


 そう、ここはアレクの異空間の一つ、彼の私室(プライベートルーム)なのだ。


 彼を含む調査隊は、攻略隊よりも優雅で気楽な夜を楽しんでいた。

 ベットの上に腰掛け、ゲーム機(・・・・)を片手に指先を動かすアレクとニーファ。

 ソファの上で興味深げにテレビ(・・・)に映るサバイバルホラーを凝視するクロエラとマール。

 テレビから離れた地点で苦手な映像から目を必死に背けるも、チラチラ覗いて見てしまうシリシカ。


 そう、彼等はゲームを楽しんでいた。


「にしてもお主、こんなのどっから!持って……きたん、じゃ!」

「そんなの決まってんだろ……よしっ、あ!そっち逃げたぞっ………アンテラの部屋から拝借した」

「平気なのかっ、それっ!」

「俺は部下の人に頼んで持ってきてもらっただけ!実行犯はっ、俺じゃなくてウルキナさん!」


 アレクはダンジョンを進んでるうちに出没し襲ってくる怪物達を見て……やりたくなったのだ。


『バイオテロハザード』


 世界中で大ヒットしたサバイバルホラーである。

 勿論、地球での話だ。

 突如ゾンビとなった人々と、現れた怪物の群れ、それに立ち向かう主人公と仲間達が共に世界を救うサイコでグロテスクなゲームだ。


「これ、ゲームとか言ってるけど実話だから」

「「「「えっ」」」」

「あれは酷かった……俺が住んでた国は平気だったけど、外国は幾つか滅んでたぞ」


 異世界人には判別のつかない嘘を平気で吐くアレク。その瞳は真面目だった。

 しかし脳内は愉悦でいっぱいだった。

 バレるのも時間の問題だろう。


 夜天神アンテラ……あろうことか最高神がゲームなどという神に似つかわしくない下界の代物に惑わされ、その女神を思い正義(欲望)の執行者アレクは彼女の忠臣を買収(特にしてない普通に頼んだ)してゲーム機ごと回収させ……手に入れたのだ。

 まぁ、神に似つかわしく無いとか身体が神になり始めている現状、ブーメランである。


 ダンジョン攻略後にモンスターハントするゲームを頂戴する予定なのに、大した度胸である。


「うーん、ばらしたい、ダメかな?」

「……女神様のもの。ダメ」

「だよね〜……見様見真似で作ってみるか…?」

「……利益を優先して?無駄な物を増やさないで?お願いだから」


 珍しく長文のツッコミを入れるマールにクロエラは朗らかに微笑み、絶対に言うことを聞かないだろうと察せる笑顔を振り撒いた。


「うわっ……無理っ……む〜」

「ねぇねぇ、なにしてるのー?」

「わっ」


 アンデッド全般が苦手なシリシカは、騒音を聞いてやってきたプニエルに驚く。

 よく見れば、プニエルの瞳には強い好奇心とワクワクが輝いていた。


 そして続々と後続の妹達がやってきて……テレビ画面に映るゾンビの頭が吹っ飛ぶ瞬間を見ちゃう。


「………あっ、えーっと……」

「………ぐすっ」

「………しゅぅ〜」

「………おえっ」

「………(蒼白)」


 あ、これやばい展開だとシリシカが思った瞬間、アレク(・・・)の行動は早かった。

 ゲーム機を放り投げて──投げられたゲーム機はニーファがキャッチし、風も音もなく三匹の幼女スライムを抱き抱え、でっかいスライムの手も引いて部屋を出る。


 長く伸びる廊下に均等に設置されたシャンデリアの炎が静かに煌めいて五人を淡く照らす。


「そっか、まだ寝てなかったのか」


 泣くのを我慢しているプニエルと、あまりのグロさに気絶したデミエル、吐き気を催したウェパル、恐怖に身が竦んだエノムルを見てアレクは溜息を吐く。


「……よしよし、一緒に寝よっか?」

「うんっ。マシタと寝るぅ」

「んん〜ぅ…あるじぃ…?」

「ごしゅ、じんさま……うっぷ」

「〜〜〜♪(添寝希望)」

「いや、エノムルはでかいから……無理かな」

「〜〜〜(泣)」


 そのまま、幼児組の寝室に行く前に、アレクは自分の部屋に顔だけ戻し、


「子供ら寝かしてくるわ……ニーファ、交代。クロエラとマールもやっていいぞ」

「うむ。わかった」

「りょーかい。操作方法はさっきの通りだよね?」

「…楽しむ」

「おう、楽しめ〜」


 そのまま四人を引き連れて廊下を歩くアレク。


「……メリアに任せっきりなのもダメだな」


 改めて従者に任せっきりなのも悪いなと思うアレクだった。


 その後、様子を見に来たニーファが、ベットの上で大の字に寝たアレクと、右脇にエノムル、左脇にデミエル、胸の上にプニエル、左足にウェパルが抱き着いて寝る姿を発見したのだった。


 エノムルはアレクの腕を完全に飲み込んだ状態で寝息……は立ててないが呼吸する様に上下に身体が動いていたらしい。

 結局、一緒に寝てあげたアレクは対して辛そうな顔をせずにスヤスヤ寝息を立てていたのだった。







 その頃、天界では。


「ウルキナ〜?僕のゲーム知らない?」

「知りませんが……何が無いんですか?」

「バイオテロハザード」

「……知らないですね」

「うーん……どうしたんだっけな〜?」


 仕事を終えてゲームをしようするアンテラが、ゲームを持ち出された上にセーブデータが新しく増えている事に気づくのはすぐだった。


「あれ、アレク君の持ってるゲーム、バイオテロじゃん……あれ、盗んだ?」

「私が彼に頼まれて渡しました」

「ふーん…………………………………えっ?はい?」

「あまりにも仕事が進まないアンテラ様の事を思ってお貸ししました」

「僕の許可はっ!?持ち主の許可は必要じゃないのかい!?」

「女神の寛大な心の器を知って行いました」

「………む、むぅー……そこまで言われたら……うんうん。寛大な心の器を持つ僕が仕方なく許してあげようじゃないか……うんうん」


 あっさり丸め込まれたアンテラだが、直ぐに地獄を見ることとなる。


「ところで……ボンゴーレ様が早く神器製造費を払えと鬼の形相で要求され……暴れのを止めた神徒が六人ほど病院送りになりましたが」

「……しっ、知らなーいな〜?」


 親方気質の苦手な男神の要求を耳に、冷や汗を浮かべながら逃避行を考えるアンテラであった。


 そう考えているうちに、慌ただしい足音が聞こえてきて……アンテラの部屋の扉の前で止まる。

 そして、扉を開けはしないが、物凄い力で扉を叩かれる。


「おいこら小娘!早く金を払え!」

「待ってここ僕の寝室です!?てか何で来てんのおっちゃん!?クシナダは!?」

「あやつなら試しに造った神剣を渡して試し斬りに行かせたぞ」

「あの剣マニアめ!こんな時に買収されんなよ!」

「と、り、あ、え、ず、だ。早くしろ!!小娘ばっかに時間をかけられねぇんだよ!」

「はい喜んで〜!?だからその手に持ったハンマーを下ろそ?ね?」

「ん?お前の頭にか?」

「違う違う違う違う違う違う違う違う!!!」


 工房神ボンゴーレに、無理難題をふっかけて色んな神器を造らせたアンテラは涙目になりながらツケにしてた10桁程の金を支払ったのだった。


 それをウルキナが冷めた目で、また同じこと繰り返すんだろな〜と言った思いで騒ぎが収まるのを待つのであった。



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