過去の遺物で危機一髪
上層の攻略は、順調に進んでいった。
出てくるモンスターも石系ばっかで、パーティの全員が少し飽きてきたぐらい。
……ここで一つ訂正を入れておくが。
アヴァロン大迷宮は、そこいらのダンジョンよりも危険度が高い。
しかし、彼等がそれを容易に進められてるのは、まだ階が浅い事と、自分自身が強いなどの要因が挙げられるが…………もっと重大なものが一つある。
彼等は、この上層部の真の危険に出くわしていないのだから。
「……っ! 何か来るぞ!」
「ま、マサキ様っ!」
「何でしょうか、これは……」
それに最も早く気付いたのは、五感が優れている獣人族のフェメロナ、ミュニク、メリアの三人。
突き当たりの先に、死角の方向から音も無く歩く脅威をいち早く察した彼女等は誰よりも早く警戒態勢に入る。
そして、彼女等の動きを見て直ぐに他の者も真剣な顔つきしで周囲に注意し……少し遅れてその存在に気付く。
「っ……コイツは…?」
「なんですこの化物っ…!」
のっそりと。
奇っ怪な存在はチームの前に姿を現した。
「あ"ぁ"ぁ"……お"ぉ"あ"あ"ぁ"………!!」
汚い呻き声を挙げる肉塊。
それは六本の足と六本の腕を持ち、頭は無く、胸元に縦に裂けた口と鋭利な歯を持つピンクの異形。
4メートルの大きさの怪物。
正しくクリーチャーの名を体現した存在が地獄の底から呻くように奇声を上げた。
のっそりと進行するクリーチャーに、パーティは少し後退するが……怪物は瞳も鼻も耳も無いのに、如何なる理由か不明だが彼等の存在を察知。
先程までとは比べ物にもならない速度で突進して……ものの数秒で先頭に立つ正樹と肉薄する。
「ぎィっシャぁあ"ぁ"っ!!」
「くっ………なぁっ?!」
4メートルの肉塊の突進はあまりにも重く、正樹が防ぐのに使った聖剣の盾と拮抗する所か……押し飛ばした。
正樹は後ろの人達にぶつからないように、上手く跳躍して最後尾まで飛ばされながら威力を殺す。
「何よコイツっ……《クリム・サンレイム》っ!」
「動きを停めます!《天女の重石》っ!」
「《神突の牙》!」
その隙に。
クレハが紅蓮の劫火で怪物を焼き尽くそうと炎を巻き付かせ、ソフィアが怪物の突進を封じる為に重圧を化す。
更にユメの暗黒魔法による紅く滾る槍がクリーチャーの口内と胴体を貫かんと飛来する。
「ぐるる"ヴぅ"ンっ!!」
怪物は重圧は受け入れた。
しかし全身に重力を受けながら、その持ち前の怪力で無理矢理、上半身を回転させて腕を振り回す。
その勢いで巻き付く炎を振り払い、飛んできた槍を一度だけ掴み……掴んだが、無意味となって容赦なく貫通され……他の手もついでとばかりに貫かれて吹っ飛んでいく。
その槍は当初とは見当違いの方向に飛んで、壁にぶち当たり効力をなくしてしまう。
結果的に言うと、腕が三本使い物になっただけで……ソフィアの状態異常を物ともせずに歩を進め始めた。
「そんなのありっ…?」
「うわぁ……」
「……こんなの聞いてないです!」
あまりの結果にクレハは声を荒らげ、結果は成した者のユメは声を失い、重圧を無視して動くのを見たソフィアは驚きの声を上げる。
そして怪物は突進し……壁にぶつかり、周囲に振動を響かせながらぶつかってくる。
「きゃっ!」
運悪く、壁にぶつかった怪物が跳ね返ってクレハの方に飛んできた。
彼女は咄嗟に避けたが、少し掠って勢いよく飛ばされ……ユメが上手くキャッチする。
仕返しとばかりに他のメンバーが、フラフラする怪物に一斉攻撃を開始する。
「ふんっ!」
「《斜陽》」
「にゃっ!」
「《爆》!」
フェメロナが瞬時に怪物の脇腹に回って連撃。
ミラノが紅陽剣で振り向いた怪物を切り裂き。
ミュニクが足に二刀の短剣を何度も串刺して。
メリアが戦棍の先を口内に突き刺し爆発させ。
同時に繰り出された攻撃に、クリーチャーは為す術もなく、身体をボロボロにされる。
「あ"あ"ぁ"ぁ"………」
曝け出していた口内は爆発で焼け爛れ、血が絶え間なく流れ続けており……二本の足が筋を切られて使えなくなり、バランスを崩し倒れる。
脇腹に食らった打撃で腰の骨は粉砕。
ミラノの炎の剣で肩から股まで切り裂かれ、傷痕は焼かれたことで酷い有様になっている。
重傷を負ったクリーチャーは、歩くのが困難と考えたのかその場で突進を辞め、壁や天井に六本の手を食い込ませて身体を固定し……急速に身体の膨張を始める。
「ヴぉぉぉお"お"ぉぉぉおっ!!!」
呻き声を上げながら膨れ上がる異形。
腕も足も関節ごとに膨張し、口や傷痕から煙が吹き出てくる。
「え、え、え?」
「クレハさん!思考停止しないで!?」
「これはヤバくないかい?」
「にゃー!?」
「私、防御技は持ってないぞ?」
「私の爆撃で吹き飛……無理そうですね!」
「くっ…《聖刻の天盾》! 皆さん、僕の後ろに逃げてください!」
「あわわ……あっ!」
8人が慌てながらも正樹が錬成した聖剣の盾の後ろに全員が隠れ……ユメだけは顔を出して、最後の一撃となりうる攻撃をする。
「ハワードさん!」
「御意」
ユメの背後の影から伸び出てきた混沌、ハワードが紫の槍を持って出現し……腕を振りかぶって、音も無く槍を投擲する。
グサッと音を出して膨れ上がった怪物に突き刺さり……そのまま轟音を立てて怪物が捻れ始める。
「ぐっ、お"お"ぉぉ……?」
槍に吸い込まれる様に、怪物の体が渦巻いて……ミチミチと肉が絶たれる音を出しながら崩壊する。
「ハワードさん、呼んだのは呼んだんですが…」
「うむ」
「「「「「あの槍なに」」」」」
「……今回は緊急事態と考えて、空間ごと対象を捻じ曲げる使い捨ての神槍を使ったまでだ」
「使い捨て」
「使い捨てだ」
「使い捨てかぁ……」
神槍に貫かれた怪物は膨張することも出来ずに空間ごと渦巻いて……消滅する。
戦いの痕のみを残して消滅したのだ。
「……呆気なく終わったけど、何あの生物」
クレハの疑問は最もで、ハワードが居なければ相当な被害が出ていたと推測できる敵。
「臣が知ってるのは極僅かだが……それでも良いか?」
「情報があるから聞いておく事に損は無いです」
「そうか……まぁ、臣が知っているのは千五百年前の人体実験で産まれた副産物が迷宮に封印されているという事だけだが」
「「「「それじゃん」」」」
詳細は省くが、錬金術師や科学者が集って行われた人体実験によりただ暴れるだけの怪物が誕生。
その怪物達の多くは失敗作と称され監禁。
後に暴れ出して研究所を血の海に変えて脱走……当時の魔大陸は大混乱に陥った。
当時の魔王と部下が奮闘して怪物達を迷宮にまで誘導して隔離し……日の目を見ぬようにアヴァロン大迷宮の扉は塞がれた。
アヴァロン大迷宮が普段、立ち入り禁止なのはコイツらが外に出ないようにする為である。
「………あっ! お父様から渡された資料に書いてあった気がします!」
「「「「先に言って?」」」」
「……ごめんなさい」
「まぁ……迷宮の中だったから勝てたけど、屋外だったらもっと激しく動かれてたのかな?」
「可能性はありますね……て、千五百年前の怪物なんですよね?よく現代まで生きてましたね…」
「確かに」
「うーん……ハワードさん」
「いや、臣も知らぬ」
「そうですか……」
結局、怪物が蔓延ってる事はわかっただけ。
ユメの質問に答え終わったハワードは、もう用はないと影に吸い込まれる様に消える。
「でも、こんな上層にいるなんて……資料には九階層辺りまで誘い込んだって書いてありましたけど」
アヴァロン大迷宮は三十階層。
十階、二十階、三十階で層分けが行われており、上層、中層、下層と称されている。
今、ユメ達がいるのは二階層だ。
「……他にもあんなのがいるって事ですか」
「見つけ次第、狩った方が今後の為になりますかね……」
「魔力温存とか考えずに消滅させる事を優先した方が良いかもしれませんね」
「やむを得ないね」
「集団で来ないことを祈るが……」
「フェメロナさん、それフラグだから辞めて」
そのフラグが直ぐに効果を生じたのは言うまでもない。
「ちょ、三体、三体もいるんですけど!?」
「くっ……上層でこんなに手こずるとは思いませんでした!」
「もぉー!昔の人ちゃんと処理してくださいよ〜」
千五百年前と比べて怪物の総数が少なくなっているから彼女等は安心して狩れるわけで、昔は結構な数の暴力で蹂躙されたらしい。
そんな怪物達とパーティの掃討戦が階層を進む度に勃発したのだった。
その頃、アレク達は。
「うぉー……何あのクリーチャー。何処の食人島だろ? 凄い調べたい」
「そんな島があって溜まるか」
クロエラが呑気に知識欲を沸かせ、アレクがツッコミを入れていた。
ユメ達が通った後の道と言っても、別れ道などは普通にあり、彼女等が通らなかった道から怪物が顔を出してくる事なんて有り得るわけで……
別働隊も怪物の死滅に専念していた。
どっかーん。
ヒュん……バキバキもぐもぐ。
ずっどーん。
カキーン……パリッん!!
ニーファが腕だけをドラゴン形態にした龍の手で怪物を一発KOさせ。
アレクが異空間に怪物を飛ばして、同じく化物の黒山羊のコタローの餌にして喰わせて。
クロエラが開発したロケットランチャーを口の中にモロに食らって倒れ伏し……マールの凍結で体内も凍った上に杖の殴打で粉々に砕かれ完全に絶命したり。
ニーファとアレクは単独撃破しているが、クロエラとマールは連携して戦っている。
そんな狭い空間で派手に、仲間の被害を考えない連中を見て、支援職であるシリシカは……
「…………精霊魔法で戦う相手じゃないから私の出番が無いのは分かるけど……はぁ」
溜息をついて現実を受け入れまいとするシリシカの肩にポンと手が置かれ……
「慣れろ」
無表情でサムズアップするアレクが。
一番それを言っちゃいけないアレクが慰めにもならないことを言うのであった。




