最後の壁となる前に
アレク達がダンジョン攻略を計画していた日。
その日、アヴァロン大迷宮に逃亡した魔統神ダグロスと神徒の二人が最後の時を過ごしていた。
ダンジョン深奥の大広間。
壁や床、天井に張り巡らさた古い紋章が時代を感じさせている。
そして中央に鎮座する丸い水晶体。
ダンジョンの心臓部……ダンジョンコアである。
「……懐かしいな」
封印から目覚めて、三千年ぶりに足を運んだ自分が支配する難攻不落の地下迷宮。
その根幹を成すダンジョンコアを片手で撫でる。
もう片方の腕はユメとの交戦で損傷したままだ。
ろくに治療もせずにいる主神を前に、銀水の神徒は痛みに耐えながら平伏する。
破砕の神徒は何も言わずに腕を組み、魔統神を静かに睨み付けていた。
「陛下……私、は…」
「もう喋るな。身体に響くぞ」
既にボロボロで、血もダラダラと垂らしたメノウは心身共に疲弊し……瀕死だった。
己の死を覚悟しているメノウはただ一言告げる。
「陛下……我が命、陛下の糧としてください……」
「……そうか」
その言葉が意味するのは、ダンジョンコアに自分を吸収しろということ。
ダンジョンに取り込まれる事で、神の魔力をダンジョンに流動させ強化させる。
己の身体も神気も魔力も全てダンジョンに還元させるつもりなのだ。
ダグロスは部下の思いを無駄にはせんと、静かに彼を抱えて、ダンジョンコアに身体を触れさせる。
すると、メノウの身体は音も無くひび割れ、粒子となって砕け散り……コアに還元され始める。
「おさらばです……陛下、ご武運を」
最後まで着いてきた忠臣に、王は少し顔を緩ませて別れを告げる。
普段とは違う、悲哀を滲ませた優しい顔で。
「うむ……大儀であった」
王の言葉を目を閉じて、魂に刻むように何度も脳裏に思い浮かべながらメノウは笑みを漏らす。
そして……メノウは消滅した。
血も肉も何も残さずに、光の粒子と化した。
そこに残ったのは、魔統神と最後の部下、ガムサルムだけである。
「おいおい……良かったのか?」
「……彼奴が望んだ事だ。忠臣の最後の希望を叶えるのも、上に立つ王としての義務だ」
「そうかよ……そういう所は変わってねぇよなぁ……ダル」
初代魔王ダルクロスを愛称で呼んだガムサルムは床に座り込んで胡座をかいて笑う。
「その名で呼ぶなと言ったはずだが?」
「はっ。もう二人しかいねぇんだ。別に構わねぇだろう、なぁダチ公?」
「……好きにしろ」
はるか昔、初代魔王となり魔大陸を平定するよりも昔から続く二人。
共に戦った中であり、共に挑みあった中である。
そう、戦い続けた。
百を越える魔族の統率者達と争い、覇権の奪い合いを生き残った最後の戦友。
終わらない紛争を終わらせた英雄同士。
そして……お互い決着のつかない闘争を行ってきた自他共に認めるライバル。
「今のお前は……現代の魔族に対してどう思ってるんだ?」
「なぜ、そんなことを聞くのだ?」
「次の魔王にボロ負けしたからだな」
「負けてなどいない、この程度の怪我……」
「意地っ張りなのも変わんねぇな」
ガムサルムの心の奥底を啄く質問に、ダグロスは静かに空を……天井を仰いで答える。
「我が軍勢は歴戦の猛者であった。平和ボケした連中には過剰とも思っていたが……まぁやりよる」
「それはつまり?」
「……悲しい事に、我はもう不要らしいな」
「やっとわかったか」
自分は今の時代に……かつての魔族の姿を今の魔族に課すことは不可能だと悟った。
軟弱だのと蔑んだが……そう思うほどでもないらしい。ただ己こそ導くのに相応しいと考えていたが……それもどうやら違ったようだ。
そして、それを戦友は知っていた。
自分よりも前に、理解していた……していたからこそ、主となった友に全て委ねた。
「お前が魔王だった時はまだよかった。でもな。邪神をぶちのめして、お前が神になってから……狂っちまったな、お前も、俺も」
「……神という瞞し、か」
神になった自分なら、自分たちなら何でも出来ると勘違いしてしまった。
それが初代魔王の辿った……運命の狂い。
神として魔大陸に君臨し、全種族を魔族による平定を目指し……彼に付き従う道を選んだ多くの魔族の軍勢の生き残りは、王と共に封印され、蘇り……目覚めたばかりで不完全な状態で今回の戦争を引き起こして、負けた。
不完全と言っても、三千年の封印で魔力が尽きていたり、環境が変化していたりと原因が積み重なった結果とも言えるのだが。
……少し、戦争を始める時期を早め過ぎたのが間違いだったようだ。
今更嘆いても無駄な事なのだが。
「で? どうすんだ?」
「今更引き下がってはメノウに悪いだろう」
「だろうな」
そして、魔統神は笑って答える。
「ならば……魔王が魔王となる最後の試練、その壁となろうではないか」
「心変わり凄いな」
「それが我だろう?」
一心一転。
魔統神としてでなく、アヴァロンの迷宮主として現代を生きる魔族の最後の壁となろうと。
以前までは強固な魔族に生まれ変わった軍勢を創り出して他種族すらも平定するという考えだった。
だが、魔王ユメと……まだ正式な王位継承はしていないが……彼女と戦っているうちに考えが変わってしまった。
己の意志の弱さには相変わらず困る。
「我が意志は脆いな」
「それを俺達が支えてきたんだろうが」
そして2人は向かい合う。
互いに距離を取って、剣と拳を構える。
本来なら協力して敵を倒すのが当たり前だろう。
しかし、二人はそんな常識を捨て去って……ただ己らが果たすべき長年の決着をつけるために
「だが、後世に託す前にやるべきことがある」
「あぁ……8064勝8064敗。我が王になってからは立場上無理だったが……今なら決着がつける」
「そうこなくっちゃなぁ!」
互いに技量を高め合い、様々な方法で死合をしてきたライバルが牙を剥く。
目先の利益を求めて対立する。
昔の様に……昔の頃に戻って、ただただ欲のままに暴れたいと。
「「8065勝を取るのは………俺だ!!」」
立場も歳も忘れて、昔の頃に戻った彼等は迷宮の心臓部にて激突する。
互いに長くない身体が朽ちる前に。
身体が先の戦闘で傷ついたまま、二人は迷宮最奥で最後の命を懸けた競争を始めたのだった。
……そう、彼等はダンジョンコアのすぐ近くで暴れ始めたのだ。
ダンジョン崩壊の危機が早くも迫っていた。
その結果は既にわかりきっていたことだったが。




