真の魔王の独壇場
「くっ………ぐぅっ!」
魔皇城エグメニオンの一階廊下にて。
瀕死のグロリアスは地を這って必死に王座の間へと身体を引き摺っていた。
すでに動ける様な状態ではなく、気絶から目を覚まして直ぐに動いていることもあってか身体の自由はほぼ効かないとみていい。
「まだ……まだ、動けっ……! 姫様のもとに……いかねば……っ!!」
「いや無理だろ」
必死に足掻いていたグロリアスに投げかけられた無慈悲な宣告。
それを言ったのは、ブロッケンを(父が)始末して歩いて王座の間へと向かっていたアレクだった。
グロリアスの背後に立って頭を掻きながら、中腰になって彼と視線を合わせる。
「……アレ、ク様…」
「はぁ……ほら、転移するから……の前に、治癒しとくか」
「くっ……ぐっ……」
アレクは回復魔法を使って血だらけ傷だらけのグロリアスの身体を癒し始める。
その回復速度は異常なもので常人とはレベルの違うスピードである。
「……よし、行くよ」
「頼みます…」
見た目の側だけは治したが、失いすぎた血や活性化による後遺症は普通の回復魔法では治せない。
その理由で瀕死からある程度歩けるレベルまで回復したグロリアスの肩を担いで………身長差がありすぎるので怪我人の体を引き摺っての状態でグロリアスにとっては苦だが………アレクは転移して王座の間へとひとっ飛びする。
そこに広がっていたのは───────
「ああぁ………!!」
グロリアスは目を潤ませ、流れそうになる涙を堪える。
主の美しき姿に感動して。
王座の間の死闘。
それは精神世界から帰還したユメとハワードの独壇場へと変わっていた。
紅い水で焼け爛れていた肌は覚醒によって癒えて何事も無かったように足も健在しているユメ。
「なぜっ……なぜ混沌が貴様に従うっ!!」
ハワードの種族、混沌について知っているダグロスは怒りと疑問に満ちた目で睨みつける。
覚醒したユメは不動の構えで仁王立ちして話す。
「それは私も知りたいです!」
こっちも疑問に思ってた。
「この子は破壊神様より選ばれた人だからな」
あっさり解決した。
「ぐぬぬ……破壊神より近いしいのはこの我だというのに……その愚行許さんぞ……っ!」
「許すも何も……貴殿は与えられた存在ではあるが、選ばれた存在ではない」
ハワードの言葉に苛立って歯を軋ませるダグロスは暗黒魔法を発動して攻撃を始める。
「ならば死ねぇ!《神突の牙》ぁっ!」
紅蓮の槍は勢いよく突き進むが、前に出たハワードが平気な顔…ないけど、掴んで粉砕する。
魔統神は「うわぁ……」といった表情を浮かべて現実から逃げ出したくなるのを我慢する。
ユメも負けじと魔法の準備に入ると、せっせと移動するハワードが背後にたって両手を広げる。
すると目の前の床に展開された魔法陣が煌々と輝いて暗黒魔法の威力と純度が上がっていく。
「《閻獄門》」
地面の魔法陣から黒い炎が漏れ出て立ち昇る。
同時に黒炎を裂くように、黒い骨や鉱石で構成され女神の半身が飾られた巨大な門が現れる。
そして門が開かれる。
巨大な女性……ユメの見た目をした半透明な銀の存在がゆっくりと顕現する。
門から漏れ出る冷たい死の瘴気が王座の間を締め付ける。
門から出た上半身の女神が魔統神を睨む。
『Aaaaaaa……!!!!』
人の声とは思えない奇声を上げる死の女神がその力を世界に見せつける。
両手を前に出し、紅い魔法陣を展開する。
「くっ……まずい!」
危険を悟ったダグロスは勢いよく、遠回りに門から逃げる。
時たま魔法陣を展開して攻撃するが、全て結界のような透明な壁に防がれて無駄打ちになる。
『Aaaaaaa……!!!!』
紅い魔法陣から巨大な純白の球体が生み出され、不定形となりながら宙を揺蕩う。
そして……視界が潰れる程の閃光を発しながら爆発する。
「きゃっ!」
「むっ」
「ぬぅっ!!」
ユメもハワードも、あまりの威力に驚いて声を上げ、腕で目を隠す。
「っ………?」
目が慣れて、瞼を開ければ……何の変化も起きていない。
王座の間が崩れてるわけでもなく、誰かが死んでるわけでもない。
「……何も起こってませんよ?」
「君は何を見ているのだ?」
「はい?」
「自分の身体を見てみたまえ」
「はぁ………はい?」
冷静に答えるハワードの言う通りに自分の手を見てみれば、白いオーラを纏っていた。
背後に移動していた死の女神はユメとハワードを手で覆うようなポーズで停止している。
「これは……」
「強化系の暗黒魔法だな」
「そんなのあるんですね……戦闘しかないと思ってました」
彼女の姿を見てみれば、白いオーラに包まれて、手にもつ破神剣も同じく純白を纏っている。
背中に展開された黒い翼も美しい白を纏って、不思議で幻想的な姿を作り出していた。
「……へぇ」
試しに手をにぎにぎしてみれば、凄い力が溢れ出ているようで、魔力が拳に溜まるのが直ぐに理解出来る。
「……えい!」
可愛らしい掛け声と共に前に出る右拳。
本来それは何の意味も持たないはずだが……周りの空気が固まって巨大な拳を造り、前方へと突き進んでいった。
魔統神の右横に逸れて壁に大穴を開ける巨大拳。
「「「「…………」」」」
全員が無表情に、声を上げて驚く隙もなく今起きた現象に動きが止まる。
ユメは幼少期から魔王としての素質と言うべきか、力が強かった。流石に飛ぶ拳は無理だが。
しかし、それに上乗せされて強化された拳圧が質量を持ったという所か……暗黒魔法による身体強化は計り知れない。
「……この調子で行きましょう!」
半ば考える事を諦め捨てたユメは、目の前の敵を倒すために意識を切り替える。
手をギュッと握って力を込めて、気合を入れる。
「っ……舐めるなよ。我は魔統神。混沌の力を借りた程度で、我に勝てると思うなっ!」
怒り心頭の魔統神は手を上げて頭上に魔法陣を展開して暗黒魔法を発動する。
そのスピードは普段とは異なり、超高速で回転する魔法陣から見てわかる程に早く術式が完成する。
「《晩天贔風》!」
魔法陣から出現する渦巻く風の塊。
それは王座の間の天井を削り灰塵と化してボロボロと崩していく。
「星を解体する滅びの魔法だ! とくと味わえ!」
これでは自分も巻き込まれて死ぬのではないかと思うが、そう考える冷静さが欠けた魔統神はただ目の前の優先すべき敵を仕留める事だけを考えて、数ある手札の滅びの魔法の一つを発動する。
「まずいっ!」
それを眺めていたアレクはグロリアスを拾い上げて転移魔法で避難する。
外壁の窓から覗いていた二ーファはとっくのとうに離れて安全圏に移動。ナチュレは何処かへ隠れ消えてしまった。
「っ……やばいですね……」
そして、実は柱の陰からこっそり戦闘を覗いていたメリアも危険を感じて兎のように跳ね飛びながら王座の間から距離をとる。
「………」
ユメは観客と化していた味方陣営(1名を除く)には目もくれず、じっと天井の全てを破壊してなお、巨大な風の球体を見つめ続ける。
魔都のあちこちに広がって激戦を繰り広げる連合軍や神軍も空の異変に天変地異に顔を歪ませる。
「どうする気かね?」
「……試してみます」
ハワードに返答したユメは契約してから頭の中の使える暗黒魔法リストに増えたものを発動する。
「《虚空圈》」
魔法陣などは無かった。
否。見えなかった。
どんな特殊な眼でも視界に映らぬ魔法陣が風の球体よりも更に高い位置に現れ、大穴を開ける。
魔都上空を覆い隠した大穴は底の見えない闇を抱えており、見るだけで恐怖を煽る。
「星を解体する風なら……解体できないもので吸い込めばいい」
文字通り、巨大な大穴に吸い込まれる魔統神の暗黒魔法。吸い上げられて徐々に形を無くしていく滅びの風の天変地異。
星を解体する前に、虚無へと還る。
「なん……だと……っ!?」
苦悶の声を上げて空を睨みつけるダグロス。
魔力も少なくなり、大技を撃てる程の量も心許なく……既に戦闘限界まで来ているようなものだった。
空を隠す大穴は、贔風を全て吸い尽くすと徐々に小さくなって消滅し始める。
そして。
「はぁっ!」
空を見上げる魔統神の隙を狙ってユメは破神剣を横薙ぎに振るう。
咄嗟の判断で使い物にならない左腕を盾にするが、大した防御力もない損傷物は呆気なく切断されて身体に接触。つまり腹に切れ目が走る。
「くそがぁっ!!」
優勢だったのに、いきなり劣勢になった魔統神はボロボロになった身体を物ともせずに器用に動いてユメの追撃を交わし続ける。
するとそこに。
「はっはぁっ!!!」
「待てぃ、貴様ァ!!!」
床をぶち破って破砕の神徒ガムサルムとそれを追う力の四天王アンデュラーが乱入してくる。
両者の身体は既に傷だらけで、ガムサルムには肉切り包丁による切り傷が、アンデュラーには破壊により肌の一部が乾いた地面のようにひび割れていた。
「時間は稼ぐぞ、陛下ぁぁぁぁぁっ!!」
魔皇四将最強の男が魔統神を庇うように前に立ち、拳を構える。
アンデュラーは空気を読んでユメの背後に立ち、愛刀を構える。
突然の乱入に戸惑ったユメは、気を取り直して……退散しようとする魔統神を睨みつける。
「逃げるのですかっ!」
「……止むを得ん。認めよう、貴様の強さはな…」
そう言葉を残して魔統神は空間に穴を開けて転移しようとする。
だが。
「させるかっての」
グロリアスを魔法で宙に浮かして、空を飛翔していたアレクが光の矢を撃って妨害する。
しかし。
「っ……うおおおぉぁああ!!」
瀕死寸前のメリアからの情けで生き残ったメノウが這い蹲って手を伸ばし、光の矢を掴み取って妨害する。
「っ……邪魔しやがってっ!」
「舐めるなよ……小僧!」
満身創痍のメノウは更に腕を崩壊させながら主の命をお守りする。
「陛下っ……!」
「よくやった」
そう言うとダグロスはメノウの身体を乱暴に持ち上げて空間の穴に足を運ぶ。
ガムサルムはその後をゆっくりと、牽制しながら続いていく。
「まだだ。まだ終わらんぞ……」
そう言い残して、魔統神は去っていった。
「……ふぅ」
勝ちました。
そう言おうと口を開いたユメは、意識が暗転して地に伏せる。
意識を失ったユメを、ハワードは大事に抱えてお姫様抱っこをする。
「初戦でこれ程とは……力の扱い方に慣れてないのは仕方あるまい。ゆっくり休みたまえ」
労いの言葉を掛けてユメの頭を撫でたのだった。
◆アレク=ルノワール
………ユメとダグロスの戦いは、一応終止符が打たれたっぽいけど……………
なんか想像以上にえげつない技を出し合ってたけどさぁ………
それよりも気になることが一つある。
あの黒いのだぁーれ?