王座の間の激闘
魔王。
魔族を統べし至高の王にして絶対的な覇者。
知力と武力を問わず、何かしらの力に突出した彼等は世界を支配しゆる力を保持していた。
血で血を洗う戦争。
異世界から喚ばれた救いの手……勇者と相反する存在であり、流れる時の中で何度も何度も殺しあってきた人間からすれば恐怖の象徴。
だが、それは昔の話。
今や世界平和を唄い、勇者と魔王が手を組み大規模な種族感戦争はなくなった。
互いにいざこざはあったが、概ね平和な時代を歩んできた今の世の中。
それを塗りつぶす勢力が現れる。
魔統神ダグロスの率いる《真の魔族》の軍勢。
かつて世界を震わせた初代の遺物が再び地上に顕現し、手始めに魔族の掌握を始めた。
そして、現在の世界を統治する魔王と衝突し……思わぬ寝返りによって勝利し、一時は魔大陸を再び手にして王座に座った神。
だが、彼には誤算が3つあった。
1つ。
《大天敵》と呼称される一人の少年の異常性によって計画の大部分が修正されたという事実。
2つ。
今の政権の武人たちが、予想以上に粘って自身の部下と渡り合い、勝利を喫していること。
同時に、自身を信じ従った者たちが消えていっていること。
3つ。
彼の妹たる王もまた、兄と同じように……………
その異常性を受け継いでいたということを。
魔皇城、王座の間。
初代と次期の魔王が命を賭けた戦いを続ける。
ユーメリアが黒い剣を振るえば、大地が震撼し魔皇城を揺らせる。
ダグロスが放つ暗黒魔法が彼女の技を塗り潰して相殺し戦場を走る。
ユメとダグロスの戦闘は熾烈を極めていた。
「はぁぁぁぁ!!」
地面を抉り削り、神の首を取ろうとするユメ。
手に持つ愛剣である闇夜ノ破神剣が光に反射してほんの少しだけ煌めく。
「ふっ!」
対抗して《神魔の剣》を召喚してユメの剣にぶつけて押し合いへと発展させるダグロス。
一瞬だけ拮抗するが、体格の差でユメが押し負け、弾き飛ばされる。
「きゃっ!」
悲鳴をあげて宙を飛ぶユメに向かって、暗黒魔法の魔法陣を展開するダグロス。
「《黒紫雷帝》」
紫と黒の雷が手のひらの魔法陣から射出され、枝が分かれるように広がって前方向に攻撃する。
地に着陸したユメは、迫る黒雷を直視してしまい、目を手で隠して痛みに耐えながら、魔法陣を展開して防御魔法を発動する。
「くぅぅぅっ!」
障壁が甲高い音を立てながら軋み、ヒビが入って崩壊に近づいてしまう。
いつになっても鳴り止まない、未だに直撃する黒雷に苛々したユメは、負けじと暗黒魔法を放つ。
「《死を誘う闇》っ!」
十三の魔法陣がユメを中心に展開されて、障壁の外側にも広がって暗黒球を次々に発射。
ゆっくりと移動して瘴気を放つ暗黒球。
黒雷が球体に当たり、相殺され砕け散る。
無限の弾幕シューティングが鳴り止まない神の雷を迎え撃ち障壁に当たる数を減らし……
雷で黒く塗り潰され、見えなかった視界が広がって魔法陣を一度消して別の魔法を発動するダグロスが目に映る。
「《無縁柱》っ!」
瞬きの隙も与えずに飛び出て障壁にぶち当たる漆黒の巨柱。
障壁を押して壁にぶつけ、ユメを潰そうとする。
「くっ……」
障壁が壁にめり込み、粉々に砕けて柱が目の前に迫る瞬間にユメは転移魔法を使って脱出する。
未だ、視界に映る範囲までしか転移出来ない技量の浅さではあるが、おかげで死を脱する。
「ほう……なかなかやるではないか」
壁をぶち破って城の外まで顔を覗かせる巨柱を横目に、ダグロスは賞賛の声を上げる。
荒い呼吸を繰り返すユメは、汗が目に入る前に拭って息を整える。
「はぁ……はぁ……、やはり一筋縄では行きませんね……。困ったわ……」
口では困ったと言ってるが、彼女の表情は恐れを感じさせず……堂々と立ち振る舞い敵を睨みつけている。
その瞳には、負けられないという強い意志と、魔王としての矜恃を映し出し、どこか惹き込まれるような美しいもので。
……まぁ、表情には出てないが凄い困ってることを隠しているのは紛れもない事実である。
「良い眼だが……その眼が曇らんといいな?」
「既に曇ってる人に言われたくないですね」
「ははっ。よく言う小娘だ」
軽口を叩いている間も、戦闘は続いている。
互いに魔法陣を展開して同じ暗黒魔法が発動。
「《神突の牙》」
「《神突の牙》っ!」
異形の怪物を幻視させる紅蓮の槍が投擲され、互いに穂先がぶつかって拮抗する。
二人は自身の魔力を送って強度と勢いを増して魔法ごと敵を貫かんとする。
だが、そう上手くは行かないもので……
力を持った槍の穂先が左右にズレてすれ違いを発生させる。
……わかりやすく例えるなら、赤い配管工が主人公のゲームに出てくる、黒い砲弾の敵。
シリーズとかで仕様が変わるが、砲弾同士がぶつかったら上下に避けて何事も無かったようにステージを進行してくるアレ。
マンマミーア!
それが目の前で起こったのである。
無論、二人はそんな現象を想定しておらず……
「えっ?」
「なに?」
避ける暇もなく熱を持つ槍が目の前に迫る。
すかさず防御魔法を使うが、互いに魔力を込めて強化していたので、意図も容易く貫通して身体に突き刺さる。
「ぐっ、なんっだと!?」
「くっ……きゃぁ!?」
ダグロスは防御魔法を張って向けていた左手に槍が突き刺さり、腕を貫通しながら溶かされる。
左腕は完全に使えなくなり、痛みに耐えながら槍を引き抜き右手で粉々に握りつぶす。
ユメは障壁が砕けた拍子にコケてしまい、その反動で上に行ってしまった右足に槍が貫通する。
右足が途中から消えて、断面は溶解してドロドロと血肉が溶岩のように落ちている。
槍は壁に突き刺さり、ユメの黒薔薇ノ姫鎧の布の部分を巻き込んで磔の状態にする。
地面に突き刺さった破神剣が虚しく輝いている。
「くっ……足が…」
槍を壁から引き抜いて服から外そうにも、熱を持っている上に抜けば手が終わると察して手が引っ込んでしまう。
布の部分を引き千切ろうにも、姫鎧は布の部分の強度も凄まじいものでユメの手では破り捨てることも出来ない。
……ダグロスが槍を握り潰せたのは、単純に神様補正の力である。
ただの魔王……例え、歴代でも最高峰に近い域にいるユメでも、神自ら作った槍を抜く難易度は計り知れない程に高い。
「……やってくれる」
左腕がダランと下がり、怒りと驚きに満ちた瞳を向けるダグロスは無事な右手……少し火傷の痕があるが……を使って魔法陣を展開する。
「終わりだ。ユーメリア=ルノワール」
そう言葉を締めくくり、トドメの暗黒魔法を発動する。
右手の魔法陣が大きく畝って巨大化し、大中小の円形が中に描かれた平らな魔法陣が展開される。
「《緋岸の終路》」
発動の瞬間。
円形の排水口から紅い水が放水されて床に広がっていく。
「これは……急がないとっ……つぅ!」
紅い水の奔流を見たユメは、見ている暇は無いと腹を括り、紅い槍に手をかけて握るが、あまりの熱量と纏う覇気にやられて痛みに悶える。
迫り来る紅い水がユメの場所まで来て、ついに右足が浸かってしまう。
王座の間は、さながら紅い海。
「さらばだ、魔王の娘」
宙に浮いて成り行きを見守るダグロスが、そう宣言した瞬間に……
紅い水が盛り上がってユメを中心に渦を巻く。
壁に張り付くように構成された紅い球体は流動しており、紅い水が高速に流れて脱出不可能の空間を作り出す。
「これは……」
紅い玉に取り込まれたユメは、疑問符を浮かべ、警戒心を顕にしながら、槍ではなく壁を破壊する。
壁が壊れたことで磔の状態が解ける。
すかさずユメは破神剣を拾い上げ、未だに布に突き刺さった槍に当てる。
破壊の神の加護を持つ神剣の前には、魔統神と言えども無力。
意図も容易く、砂のように崩れる槍。
自由になったユメ……と言っても、片足がないので破神剣を支えにしているが……は渦巻く紅い水で覆われた視界の中で打開策を考えるが……
「んっ?……なっ!?」
いきなり球体の中心へと引っ張られ、身体が動かなくなる。
(身体が……!?)
困惑しているユメを他所に《緋岸の終路》は最後の仕上げへに入る。
今までは外側だけを覆っていたのに、徐々に内側にも侵入して、水が満ちていく。
そして、紅い水滴が肌にかかると。
「っ!?」
ジュウッと音を立てて焼け爛れるユメの頬。
そして、呆気なくユメは紅い水に飲み込まれる。
「ごぽ…っ!?(身体が……痛いっ!)」
水が胃の中に入る前に口を閉じて、なんを凌ぐが、口の中に入り……閉じてしまった為に、口の中は紅い水により凄い勢いで侵食される。
為す術もなく終わってしまう。
身体は既にボロボロで、苦痛に耐えるのも辛くなって……ユメの意識が遠のき始める。
(あれ……、私、死ぬの?)
朧気な意識の中で悲嘆する。
(………だ、駄目……。私は、まだ…)
痛む手を酸性の水の中に伸ばすが、何も掴めずにダランと腕が下がる。
目前に迫る死。
『………もう終わりか? 王の器よ』
何処からか聞こえる幻聴が脳内に鳴り響き──────
(……えっ、だれ?)
ユメは声に驚いて目を見開き……やばい目も焼けると思って慌てて目を閉じるが、痛みどころか水中にいるはずの感覚が無くなっていた。
薄れかけていた意識も戻り、鮮明であり。
恐る恐る目を見開けば、紅い海が広がっているのではなく………
水平線の先まで何も無い綺麗で美しい湖の中心にユメは立っていた。
……湖と言っても、その岸は見えないのだが。
空は漆黒の夜空に浮かぶ星々が煌めき、その黒色が湖に反射して、黒い水のように見えてしまう。
打って変わって漆黒の空間へと移動している。
「……ここは、いったい……っ!?」
ユメは、自分の状態に気がつく。
水面に反射する自分を見てみれば、溶けて消えた右足が存在しているのだ。
それだけでなく、紅い水で爛れた肌が綺麗に治っていたのだ。
「治ってる……!?」
「いいや、治ってなどいないぞ」
「っ!?」
背後からの声に驚き振り向いて……その存在を見た瞬間、ユメは背に悪寒が走る。
全身が黒い長身の人型。
瞳や口は無く、背中に紫の結晶を生やした異形。
背もたれの部分が抉れた玉座に座る黒い人がユメの方に見えない目で視線を送っている。
「初めまして王の器。君がここに来るのをずっと昔から待っていた」
突如連れ去られ、目の前にいる黒い人を前に、ユメはたじろぐしかなかったのであった。