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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第五章 魔に挑むお兄様
192/307

深淵の底の結末

冬休み明けテスト近いんで暫く休みますね。


 勇者マサキと神徒エインシアの激戦が繰り広げられていた同時刻。

 魔皇城エグメニオンの離にある儀式の間にて。

 ここは国を上げて行われるような公の儀式場で、だだっ広い空間が広がっている。

 球体の天井を持ち城の外側に飛び出た離の塔でもあるこの場所に、千年規模で鍛え抜かれた二人の大魔術師による抗争を繰り広げていた。


 四天王《棺》のヘイディーズ・エンド。

 魔皇四将の一人、魔導の神徒バイオン。


 旧友の戦いは熾烈を極め……部外者か立ち入れぬ魔道の世界を構築していた。


「《イグニート・レイ》っ!」

「《水難の訃報》」


 《始まりの魔導書》により強化された地獄の天を焦がす獄炎と、空間の裂け目から溢れ出す死を纏った暗く冷たい水が儀式場の床を覆い隠す。

 炎と水がぶつかり合って鎮火と蒸発が同時に引き起こり視界が埋まる程の蒸気が出て白く染まる。


 一応追記すると、空中に浮いて戦う二人は関係ないが、床はヘイドの冷水で満たされており立てない状況である。

 バイオンの炎は完全に鎮火された。


 眼球を持たないヘイドは白煙の中を魔力視により本来は見えずらい中を容易に観察する。

 バイオンも魔力で視力を強化してヘイドの次の動きを予測して魔法の準備を始める。


 そして、煙が晴れた瞬間。


「《マジンゲン・レイ》」

「《腐乱人形劇》」


 同時に放たれる二つの魔法。

 空中に等間隔に投げ飛ばされた百の手のひら程の岩玉が石と石が擦り合う音を立て空中に滞在する。

 腐った身体を持つ八体の人形がヘイドの周囲を守るように展開されて各々の武器を持つ。


「これで死なんかぁ! シューイチぃっ!!」


 バイオンはかつての親友の前世の名を叫びながら、手で印を結んで魔法を発動する。

 百の岩玉が金切り声を上げて紅く染まり……全てが同時に爆発して、更に不燃性の金属物質を中から弾け飛ばして全域を礫と爆炎が攻撃する。

 それは腐乱人形sとヘイドを襲う。

 爆炎が死骸を焼き尽くそうとし、不燃性の礫が身体を貫き機能不全に追い込もうとする。


「残念だが……私はこの程度では朽ちんぞ?」


 人の皮と筋肉があれば、不敵に笑う姿が見えたであろう骸骨の口で囁きながら、腐乱人形を率いて未だ爆炎が届かぬ所……時期にそこも被害に会うが、空中をサッと移動して壁に手を掛け術を施す。


「《召喚式・耐撃装甲》」


 腐乱人形達の身体に衝撃を吸収して魔力に変換し防御力を強化する装甲を展開させて防御態勢を万全にする。

 結果的に、バイオンの魔法攻撃は死体を守る鎧に阻まれて無駄に……儀式場を壊して視界を広くしただけに終わる。


「ぐぬぬ……」

「諦めろ、バイオン……お前は私には勝てんよ。今も昔も変わらぬ事実だ」

「黙れぇ! この程度、まだまだ序の口に過ぎぬんぁっ!」


 怒り心頭に顔を真っ赤に染めながら声張り上げるバイオン。その瞳は、憎き宿敵(ライバル)を見て呪い殺さんと射抜いていた。


「貴様に儂が負ける? あぁ、負けるであろうとも……三千年前のひよっ子の儂じゃらな!

 じゃが、儂は三千年の間に、遂に、遂に求め続けた魔導の深淵へと辿り着いたんじゃよ!」


 魔導の深淵。

 古代から探求され、模索され、誰も至ることの無かった至高の領域。この世の魔術師、魔法使いの誰もが憧れ、求め、諦めた絶対領域。

 そこに彼は辿り着いたという。


「……深淵、のぉ」

「そう、そうだとも! 魔道の深淵っ!至高の領域!我が研究は飛躍するのだっ!永遠になぁっ!わかるか?貴様が骸骨となって蘇っている間に、儂は深淵へと足を踏みこんだのだ!」


 興奮して叫ぶバイオンに、呆れたように溜息を吐いたヘイドは腐乱人形を向かわせる。

 血糊の着いた剣を持って複雑な軌跡を描きながら敵を刺し殺さんと突撃する。


「ふんっ……傀儡如きで儂を殺せると思うな」

「なになに……深淵に触れたというお前の力を知る為の小手調べに決まっとろう?」

「減らず口をっ《ブリザソード・レイ》っ!」


 組手のように連続で襲い掛かる人形を氷塊の剣で対処し始める。

 剣が触れた死体は芯も凍りついて内側に刻まれた制御術式ごと破壊される。


 凍り壊れた死体の操り人形は無造作に空中から倒れ崩れて冷水で満たされ……儀式場の壁と床の破壊と共に干上がっていく床へと転落する。


「《スモーカル・レイ》」


 半壊儀式場を再び覆い隠す煙幕。

 《始まりの魔導書》から意図的に放出された白煙は魔力視による透視を防ぐ為に煙の中で魔力が乱されるように暴れてヘイドの視界を妨害する。

 もし、ヘイドが普通の眼球を持っていれば、白煙の中でも分かる程に煌々と光る紅い影に気が付いたであろうが……彼は何も知覚できない世界を冷静に分析しながら、次の一手を模索し考え直す。


 やがて、白煙は儀式場の外へと流れ視界が広くなったその時、ヘイドは動揺して眼球代わりの炎を激しく揺らす。


「お前、それは……」


 珍しく動揺したヘイドの眼炎に映るのは、紅い結晶を背に構えたバイオンの姿。手には同じく紅く光る《始まりの魔導書》を持って、開かれたページから魔力の粒子が天へと昇り魔法陣を展開する。

 床にも同じように、二つ目の魔法陣が展開されてバイオンを上下で挟んでいる。

 空と地、二つの平行する魔法陣の中に立つバイオンと紅い結晶に、最終的に魔力が集まり出す。


「ヒッヒッヒッ……お主と再び合間みる前は考えとらんかったのじゃがな? 今の儂ならお主を出し抜ける。 じゃから考えて実行したんじゃよ」


 歪んだ笑みを見せてバイオンは禁術(・・)を発動する。


「交易都市メタンネド。あそこは影で陛下を信仰しとった者が多くいた……じゃから、簡単に成功しとったわ」


 紅い結晶……メタンネドの住人の魂が封じられていた器が綺麗な音を立てて割れ散る。

 溢れ出る魂の怨嗟が魔法陣が重なって生まれた領域に阻まれて暴風雨のように結界内を暴れ回って魔法陣の外側を旋回し続ける。


「これぞ深淵へと辿り着いた儂の……集大成の第一歩なんじゃっ!」


 ヘイドの視界からは見えない程に魂で覆われた魔法陣の中で非人道的な禁術が施行される。


「《外道転生》」


 そう言葉を紡いだ瞬間、上下の魔法陣が魂を跡形もなく吸収し始める。《始まりの魔導書》から立ち昇る紅い魔力はバイオンに集中して身体を蝕む。

 魂が泣き叫びながらバイオンの身体に転換されて命の力として消費される。

 痛みを伴っているのか、耐えるように歯を食いしばるバイオンを見て、ヘイドは何も出来ずにただ呆然と見つめる。


「お"ぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」


 野太い奇声を上げて膨大な魔力を一身に浴びたバイオンの身体が……内側から目を晦ます光を爆発的に広げて儀式場を明るくする。

 その破光の勢いは物質的エネルギーを伴って遂に儀式場の天井をぶち開けて青空教室を作り出す。

 しかし、その空は暗く曇っており、どんな狂人でも喜ぶ異質な曇り空しか広がっていなかった。


「バイオン……ここまで…………」


 哀愁漂う背中を晒しながら、光が立ち昇る……何処か終末を予感させる光景を目にする。

 やがてその光の柱は徐々に細くなっていき……その姿を完全に消滅させる。

 そして、薄れ掠れた魔法陣の上には………


「っ!? ……お前、その姿はっ……!」


 枯れた老人の禿頭で凄い白髭の風貌だったバイオンでは無く……紫の長髪のイケメンがいた。


「ヒッヒッヒッ……見ろ、これが──────」

「誰だお前」

「最後まで聞いてっ!?」


 紫色の髪を腰まで垂らし、魔術師のローブを纏った二十代程の若さを手に入れた男。

 モノクルを掛けた若き神徒……バイオンが恍けるヘイドに文句を言う。


「俺だよっ! バ・イ・オ・ンっ! てめぇ忘れてるわけねぇだろっ! 脳味噌劣化しとるわけじゃえるまいしぃ!」

「はっはっはっ。冗談だ親友」

「親友言うなっ!!」


 見た目と共に言動も若くなったのか、彼は地団駄を踏みながら魔導書を手に構える。

 《外道転生》は多くの純粋な魂を生贄に己を転生させる非道なる禁術。それの効果によって若き姿に転生したのだ。


「ヒッヒッヒッ……てめぇと戦うなら、この全盛期の姿ならば余裕だろうからなぁ……メタンネドの奴らには俺の実験の犠牲になってもらったんだ」


 笑い声は元からのようだ。


「まったく……どんな極悪非道な技を使うと思えば……傲慢不遜な悪ガキに戻っただけか」

「あのなぁ?……魔統神が封印されてる三千年間、俺は普通に研究生活してたんだぞ? そんだけ生きてりゃ見た目も老いるわ」

「ふむ……私が目覚めたのは二千年ぐらい前だからな……長生きだな、本当に」


 改めて考えてみれば、魔導研究に三千年も費やしているとは……凄い気力と努力である。


「いや……ずっとじゃないぞ? 見た目が若かった最初の数百年は女遊びを……なぁ?」

「前言撤回。やっぱ褒めるとこ無いわ」

「るっせぇ!」


 前言撤回。みんなの賞賛を返して欲しい。


「ヒッヒッヒッ……だが、これで準備は整った」


 バイオンは《始まりの魔導書》を手に魔力を込める。独りでに捲られるページからは古代文字がチラ見えしていた。

 そして、ページが捲れる音がピタッと止まり、そこから魔法陣が浮いて出てきて空中に展開される。


「《サーナイト・レイ》」

「えっ、その名前大丈夫か?」

「なにがだ」

「……いや、何でもない(なんか聞き覚えが……)」


 バイオンの背後に銀色の甲冑を装着して少し禍々しい装飾を施した剣を持った騎士が立っている。

 主を守る守護騎士(サーナイト)

 彼の時間稼ぎ要員として召喚された聖属性の動く鎧甲冑が敵対者を倒そうと剣を振るう。


「時間稼ぎはソイツで充分だろう……ヒッヒッヒッ……俺の最強の一撃を受けて沈め。くたばれ。そして二度と……二度と俺の前に化けて出るなっ!」


 不敵に笑って再び魔導書を捲って禁術級の魔法を発動する為に時間をかける。

 ヘイドは少し焦りながら守護騎士の剣に触れないように立ち回る。

 一度触れれば強力な聖属性攻撃……つまり、アンデッド浄化のシステムが働いて大ダメージを負う。


「そちらがその気ならば……っ!

 《天照らす漆黒の騎士》っ! ゆけっ!」


 太陽を宿したという伝承を持つ今は亡き騎士が召喚されてヘイドの命令を受けて守護騎士と相対する。胸に輝く紅い宝珠を輝かせて炎を纏った魔剣を振るう暗黒騎士。

 白と黒の軌跡がなぞられ金属音が鳴り響く。

 決着はつかずに操りの剣劇は続けられる。


「《デス・ジャッジ》っ!」


 バイオンを止める為に放った絶対不可避の死の呪文は不規則に動きながら彼を襲おうと進むが、守護騎士が身代わりとなって呪文に触れて犠牲となる。

 文字通り、死んで(・・・)術式が崩れた騎士はバラバラになって地に転がる。


 だが、その隙に敵の禁術の準備は整っていた。


「死ねぇ!…………いや、違うな。昇天しろっ!シューイチぃ!!!!」


 魔導書を掲げて前に出し、中身をヘイドに見せたかと思うと、そこから巨大な魔法陣が展開される。


「《大災厄(カタストロフ)》」


 全てを消滅させて無を生み出す、虚粒子と滅びの因子を融合させた魔導砲。

 魔力で構成されたソレは、装甲が重なるように描かれて穴の大きな巨砲を顕現させる。

 瞬く間に穴の中に光が凝縮され……燃え上がるとも冷えているとも両方取れる混沌が引き起き空間を振動させて地を揺らす。

 空中が振動することで空気中の自然の魔素が揺らぎ飛行術式が制御不能になって地に落ちる。

 ヘイドは床に手を着いて砲を睨むが……その瞬間、目の前に居た暗黒騎士が光に包まれて消滅し。

 自身も、骸骨で構成された右半身が、虚無の閃光砲撃に襲われて瞬時に消失してしまう。

 発射を悟れずに、突然に。


「な……ん、だと?」


 目に捉えること無く撃たれた虚無の力は左半身を残したヘイドを動揺……いや、恐怖させる。

 骸骨と化して二千年。

 初めて抱く恐怖の感情に戸惑い、自身の本当の死を悟ってしまう。


「恐怖……っ? この私が……死者の王たる俺が恐怖だとっ……そんな筈が……」


 未だ現実を認めず、瞳の炎を激しく揺らし粉々に欠け始めた残りの身体を揺らして立ち上がろうとするが、右足が無いため立ち上がれない。

 彼の心臓があるべき胸骨の内側には、代わりとばかりに紅い宝珠が浮いていた。

 それは心核。

 ヘイディーズ・エンドの魂が閉じ込められた彼の本体とも言える心臓であり脳である部位。


「ヒッヒッヒッ……怖いなぁ……少し的を外したとはいえ、その状態で生きて(・・・)おるんだから……さっさと死んだらどうだ?」


 一度攻撃を放った事で魔力の砲身が掠れていた砲台に、再び魔力を装填して砲台を構築し、無慈悲に虚無の禁術を起動するバイオン。

 その目は三千年ぶりの初めての勝利を確信し、愉悦に歪ませていた。

 あっという間に魔力は溜まり、砲身は元に戻って再発砲が可能になる。なってしまう。


「ありえん……ありえん……」


 恨み言のように呟くだけとなった壊れた宿敵(ライバル)に、バイオンは少し悲しそうな顔を浮かべた後に喜悦を滲ませて別れを告げる。


「さらばだ……この時代にお前に会えて少しは嬉しかったぞ? シューイチ…」


 返事を待たずに放たれる破滅の虚無。

 ヘイドは骸骨の体をカタカタ鳴らして手を伸ばし、抵抗しようとするが慈悲無き光は走馬灯を見せる暇も与えずに消滅させる。

 残った左半身を、魂を宿す心核ごと消し去って存在そのものを消滅させる。

 かくして、世界最高峰の死霊術師は世界から消滅した。

 いとも容易く簡単に。

 《棺》の四天王は舞台から退場する。


「……ヒッヒッヒッ……実に呆気なかった……これが全盛期の俺の力……シューイチが死んだ後の俺の実力っ!」


 手を全開に広げて全身で喜びを実感する。

 何年かけても到達できなかった勝利の領域。

 魔導の深淵に触れ、手に入れた《大災厄》でやっとトドメを刺せる究極の死霊術師。

 未だ年若く成人すらしていなかった頃に、突然禁書庫で死体となりこの時代まで顔を見ることすら無くなった宿敵であり旧友。

 研究者として彼の死体に興味はあったが、手を掛けずに材料にはしなかった情け。

 本気では敬っていないが主であった魔統神が封印され、自身も封印されたが《始まりの魔導書》で九死に一生を得たあの日。

 その全てが、今ここに成果を為した。

 彼の叶わぬと思われていた『自分より遥かに強く才能のあった友を倒す』という悲願が達成された。


「ヒッヒッヒッ……はっはっはっはっはっ!!!」


 天井が崩れ曇天の空が見える壊れた儀式場の中央でバイオンは高らかに笑い叫ぶ。

 その瞳は狂気を孕み、深淵に辿り着いた彼の全てを物語っていた。

 しかし、その喜びは突如塗り替わる。


「《屍刀》」

「はっはっはぁ…っ……ぐっ、はぁっ!?」


 バイオンの背後から尖った七本の骨が突き出て身体を貫通させる。

 訳も分からず目を見開き、血に滲む若い身体を呆然と眺め………背後に居る濃厚な死の気配に気付いてしまう。


「な、ぜっ……?」


 彼の瞳に映っていたのは、一人の遺骸。

 漆黒のローブに身を包み、簡素な王冠を被った濃厚な死の瘴気を纏った白骨の死霊術師。

 ヘイディーズ・エンドが立っていた。


「何故、と問うか…答えるからば、私が死者の王たる由縁だよ。バイオン」

「………死者の王、だとっ……」


 訳が分からない。

 理解できない。

 確かに消滅させた筈だと。

 深淵に辿り着き叡智を手にした頭でさえ上手く働かずに彼の思考は定まらない。


「私は死者の王となった。冥界から死者を呼び寄せ、私の眷属として使役する事を神から認められた唯一の死霊術師。それが私だ」


 自己紹介をするように平然と言い放ち、少し歩いてバイオンの目の前に再び立つ。

 その姿には、先程の恐怖する姿など微塵もない。


「私は一つだけ嘘を吐いているんだ」


 真実を告げる神に選ばれし死の代行者。


「禁書を読んで死んだのでは無いのだ。あの禁書は冥界を支配する破壊神(・・・)と生きた状態で会話する事が出来る唯一の手段だった。私は本を読み、順序に従って死を承知で破壊神と出会った」


 感傷に浸るように手を合わせ、過去を憂いる。


「全く。詐欺も良いところだ。その禁書を使って()は破壊神の元へと行き会話する事が出来たが……肉体は地上に置いてけぼりでな」


 溜息を吐いて頭を掻き毟るような動作をする。


「そのまま神の気分で私は冥界で死霊術の鍛錬をさせられてだな? 地上では千年が経過した所でやっと解放してもらったよ……その時には既に、身体は墓の下で白骨化して……今のこの状態だ」


 自嘲するように、しかし、自慢げに語る。


「お前は私を殺せると思ったな? 残念だが……私は冥界へと魂を送り、冥界から魂を引き寄せる役割を担う者の一人に選ばれているのだよ。故に……」


 骨の刀に突き刺され、頼りの魔導書も地に落としてしまって成す術が無いバイオンの血で汚れた顔を見つめて真実を突きだす。


「例え虚無が身を襲おうとも……魂を浄化する奇跡が起ころうとも……我が身が滅ぶことは無い」


 もっと詳しく言うならば、冥界を統べている混沌の主たる破壊神は面白半分で書いた自分と出会える本を魔大陸に落として、それを解読して実践したよく考えないで行動した馬鹿が破壊神の楽しいが勝利という琴線に触れて熱情を再発。

 死霊術に手を出した事が無かった馬鹿を好奇心で自ら育成した破壊神の暇潰しで生まれた神の弟子たる死霊術師は神の加護で破壊されないのだ。

 それは、どんな万物を破壊する力でも不可能であり、最古の神であり今は亡き創造神の反対の性質を持つ神だからこその芸当。

 その力を宿した心核を持つ桜真(おうま)秀一郎(しゅういちろう)は深淵に辿り着いた力でも滅ぼす事は叶わない。

 とにかく、死なないチートと思ってくれて構わないだろう。


「私が死んだのは……破壊神の修行を魂がしてる間に、肉体が埋葬されたのが原因だ」


 禁書の閲覧で死亡が、魂と肉体が離れてる間に埋葬されて肉体が腐って死亡に変更された。

 先程のヘイドが恐怖して狂ってた姿は、ただの演技に過ぎなかったと言うことだ。

 ……だとしても、死に方が不憫であることに変わりはなかった。


「なんだと……」

「すまんな。バイオン……若返らせてまで、私を殺そうとしてくれて。だが………誰にも叶わんのだ」


 謝罪した上で事実を述べるヘイド。

 バイオンは絶望した表情を浮かべていたが、何かを思ったのか、フッと少し笑って表情を一転させる。


「成程、な……勝てねぇわけだ」


 諦めた様に笑うかつての学友にヘイドは瞳の炎を訝しげに蠢かせる。

 その喋りは、既に言語機能は回復したのか割と流暢な喋り方に回復していたが……


「破壊神の神徒……厳密には違うだろうが、そういうもんだろう?」

「……まぁ、そうなるな」

「ヒッヒッヒッ……完全に俺の上位互換じゃねぇかよ……全く。最初から言えや!」


 文句を垂れ流すが、楽しそうに笑うバイオン。

 その言動に不思議に思うヘイドを見て、バイオンは不敵に笑う。


「はっ! 絶対に殺せないとしても……封印ぐらいの手筈はあったんだろ?」

「!……否定はしない」

「なぁ~ら、最初からそれ狙って動いたわ。知ってたんならな……はぁ~、最後も負けかぁ…」


 本音を吐露し始めるバイオン。


「……既に知ってるかもしれんが……俺は心から魔統神を敬愛してなんかいねぇ」

「だろうな……転生してから呼び名が陛下から神に変わってたぞ」

「ふんっ……俺がアイツに従ってたのは、俺の力を見出した神の慧眼を見越した上に、俺に研究場所を与えてくれるっつうからついてったんだが……この有様じゃあ、アイツの目標も叶わんな……」

「だが、お前はブロッケンを影で操って暗躍してたんだろう? そこんとこはどうなんだ?」

「んっ……痛い所つくなぁ……」


 諦めた様に此方も真実を話すバイオン。


「結論から言うと、俺はネゲザルート家の空間能力が欲しかっただけだ。あの手この手で誘惑して、一応ご主人様に献上する名目で動かしたんだが……こうも上手く行くとわな……とんだ副産物だ。あの小僧も……ブロッケンの坊主とはアイツが若い時から接触してたんだが……良い子だったぞ?」

「知っている。それぐらいはな」

「あぁ、そうだ……どうせ死ぬんだ。勝利者に知ってること全部話してやるよ。……どうだ?」


 《屍刀》は串刺しにした対象の生命エネルギーを操って破滅の道を渡らせる。

 簡単に言えば、一本骨が突き刺されば死ぬ。

 それによって既に身体が蝕まれ死に近いバイオンは、ヘイドの力によって生を干渉され、ギリギリ死の瀬戸際で喋っている猶予を与えられている状態。


「ふむ……ではこれを最後としよう。……ブロッケンの娘に使っていた術式はなんだ?」


 ヒルデガルド=ネゲザルート。

 ブロッケンの愛娘であり、魂隷の呪縛にかかり昏倒していた少女。今も尚、意識は戻っていない。


「あの一族には、俺に従うようにする為の呪いを継承させて掛けてた。……それが《魂隷の呪縛》だ。

 元は人を神に連なる者へと進化させる術式でな。呪われた対象の魂を引き継いで次代の者に……ってのを繰り返しながら、俺の監視下に置いてた」

「ふむ……」


 少し言い淀むバイオンは、溜息を吐いて言う。


「あの娘、意を決してというか、俺達を倒す為とか

吠えて自分から進化の術式を発動させて身体に力を取り込み始めたんだよ」

「つまり……自分から眠ったと?」

「あぁ。……まぁ、娘の企みも、俺の呪いも、魔王の息子に容易く破られたみたいだけどよ」

「……流石は陛下のご子息」

「それと、うちの主には対した事言ってねぇぞ?娘が自分から術式を発動したとか。面倒いし」

「それはそれでどうなんだ……?」


 ヒルデガルドは自ら呪縛を利用して神に連なる者へと進化し、魔統神を倒そうとしたらしい。

 アレクによって未然に防がれたが、少女の意気込みを無駄にした彼が真実を知った時の顔がだいたい想像つくのはおかしい話ではなかった。

 というか、若返ったバイオンがはっちゃけ過ぎて老いてた頃の面影が笑い声しかない件。

 歳をとると、ここまで変わる物なのか。


「……そろそろ時間だ。バイオン」

「ちっ……最後はお前が負ける姿を拝みたかったぜっ……」


 顔を伏して悲しげに笑うバイオンを見て、少しだけ研究者のイケナイ好奇心が擽られたヘイドは、非人道的で駄目な提案をする。

 それは、最後の提案となるものだった。


「死んだ後に、お前を私の下僕として召喚して、こき使っても構わんか?」

「……はぁ? どういうことだ」

「お前の辿り着いた魔導の深淵をまだ全て見させてもらってないからな。それも含めて、旧友との親交を死んだ者同士深めようと思ってな……どうだ?」

「…………」


 少し考えるように目を瞑ったバイオンは、目をカッと見開いて不敵に笑う。


「良いな、それ……その時は若い姿で呼び出せよ? 老いた姿じゃ何もできん」

「言ったな? 後で文句言ったら意思を奪って操るからな? わかってるな?」

「ふんっ……どう考えても駄目だが、研究者としては唆るじゃねぇか……死んだ後も魔導を追求できるなんてなっ! 最高な死後じゃないかっ!」

「……ふっ……変わらんな、お前は」

「お前もな」

「「はっはっはっはっ!!」」


 やがて、バイオンの身体が力を失って手を倒す。

 最後の大笑いを終いに、若返った神徒バイオンは息を引き取る。


 救いようが無い賢者が、宿敵と再び出会い、魔導の深淵を開くのはそう遠くない未来と約束されたのであった。



 魔導の神徒バイオン VS 《棺》の四天王ヘイディーズ・エンド


 勝者、ヘイディーズ・エンド改め、桜真秀一郎。


 永久にこの世界で生きる事を約束された死霊術師は友の亡骸を異空間に隠して二人の未来を想像しながら儀式場を後にするのであった。


 その際に、友の形見である《始まりの魔導書》を骨の手で大事に持って歩きながら。



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