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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第五章 魔に挑むお兄様
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聖と魔の剣の舞


 聖剣の勇者マサキと聖女ソフィア。

 この二人と対峙するは柔剛の神徒エインシア。


 二人は最初に出会った広間で剣を交え、ソフィアは二人の間合いに入らないように動きながらマサキに補助の魔法を掛けていた。

 バイオンとヘイディーズ・エンドの組は空へと飛んで行って魔法戦を始めている。


「はぁっ!」

「ふっ…」


 聖剣を強く握り飛び斬りを食らわす勇者の攻撃を、無を抱いて淡々と対処する神徒。

 切替による感情の起伏を押さえ込み作業の如く敵を斬る殺人兵器と化したエインシアは形状剣アインシュッドを手に神剣の形を自在に変えて戦う。

 幾つもの聖剣を錬成して間を縫う様に攻撃してくる伸縮自在の神剣を穴の空いた球体の盾に詰めて変形を止めるが、盾に触れてない箇所から刃が伸びて七支刀のような見た目になって攻撃してくる。


 手札が多い勇者と、形状が変わる剣士。

 二人の戦いは延々と続いていく。


「絶技《羅殺門・一転》」


 神剣を回転させて特攻防御剣戟で前進するエインシア。回転する刃は枝分かれして剣の間合いを広げて床を削りながら勇者に向かう。

 突風と粉塵を纏って回る刃が襲い掛かる。


「《聖刻の天壁》っ!」


 マサキが床に手をつけて、聖なる盾の壁を高く厚く錬成してエインシアの進撃を食い止める。

 ズガガガガッと音を立てて防御壁を削り進行の妨げを壊そうと止まることなく進み続ける。


「ちっ……止まりませんか…」


 それを聴いて舌打ちをして、マサキは壁から飛んで後ろに離れる。

 ソフィアが背後に回って回復魔法でマサキの疲労や体力を回復する。


「……堅かったわね」


 防御壁に段々と(ひび)が入っていく中、エインシアは壁の頑丈さの感想を述べて……遂に壁を破壊して回り広がる神剣が視界に入る。


「マサキ様っ!」

「大丈夫……っ!」


 聖女の不安を打ち消すように勇者は勇ましく答え一歩、前に出て聖槍を錬成して構える。


「《聖刻の天槍》……これで、止まれぇ!」


 勇者の悲鳴にもとれる咆哮に応えたのか、聖槍は回転神剣の中心に真っ直ぐ刺突し、甲高い金属音を鳴らし続けながら……遂に神剣の枝を折り壊す。

 崩れ散らばる神剣の破片が両者の身体に跳ね飛んで切り裂き、切り傷をつける。


「っ! ……お見事、流石は勇者ね」


 自分の愛剣で顔や腕に傷を負ったエインシアは僅かに驚いて、淡々とお世辞を述べて回転していた刀身の一部……途中で折れて彼方此方に破片を散らべた神剣を天に掲げて再び手にする。

 既に機能しないように見えた神剣だが……辺りに散らばった破片が伸びて折れた切先に集まると再び美しい神剣を形作る。


「……ご覧の通り、形状剣アインシュッドは姿を変えてその身を世界に顕現する神の創造物。貴方の聖剣が如何に規格外であろうとも……私の剣は貴方を斬る。……確実に」

「ご丁寧にどうもっ!」


 淡々と事実を述べるエインシアと違い、軽口を叩くマサキには焦りしか無かった。

 例え剣としての機能が失ったように見えても、直ぐに元に再生してしまう。

 防いでも受け流しても、別の箇所から伸びて刺し殺しに来る防ぎきれない刃の数。


 互いに傷を付けあって血を流してはいるが、それも少なめ。

 決定的な致命打にはならない。

 ソフィアからの回復援助があったとしても。

 相手の回復手段が自己回復以外無いとしても。


「絶技《秘封天・翔駆》」


 瞬きの隙も与えずマサキの目の前に出現して下から上に切り上げ駆け昇るエインシア。

 神剣に触れた勇者の聖槍は、触れた箇所から結界に固められた様に動かなくなり、空中に固定されてしまう。

 咄嗟に槍から手を離したマサキは、浮いたまま動かない聖槍を訝しげに睨みつける。


「この絶技は武具の封印。その聖槍は術が解けぬ限り永遠とそこに封じられる」

「……邪魔でしかないですね」

「問題ない。貴方が死ねば解けばいい話」


 エインシアの絶技。

 一つ一つの技が強力で、手の施しが効いても神剣の形質変化で対処される厄介さ。

 極限にまで極め鍛え上げられた剣の技術。

 三千年の時を超えて再び世界に晒されたルーグセスリ家の神剣流。

 今は亡き剣の一族であり、三千年以上前は抗争を繰り返していた支配者貴族の末裔であるエインシアは忠誠を誓った王の(つるぎ)として(けん)を振るっている。

 それと対峙する勇者マサキは、相手の鍛え抜かれた力に舌を巻く。


「……マサキ様、どう致しますか?」


 ソフィアの静かな疑問……しかし、勇者が致命的な答えを手にする決断の一歩となる言葉。

 マサキは様々な選択肢を思い浮かべ、切り捨て……最後の手段の使用を決意する。


「……例の技を使う。それしかない」

「っ! ………わかり、ました。 身体は任せてください」

「頼むよ、ソフィア」


 何かを決心したマサキは、しばらく目を閉じて何かを願うように押し黙る。

 エインシアも何かを感じ取って勇者を討ち取ろうと前に出て神剣を構える。


 お互いが硬直した無言の時間が積もり重なる。

 身じろぎも許さない無言の圧力が広間を支配して、傍に居るソフィアも動けずに額から汗だけを静かに流す。


 やがて。

 勇者マサキは目をカッと開き、その手を神に祈るように合わせて仁王立ちのように足を広げる。

 

「《()刻の聖煌創刃(せいこうそうじん)》」


 勇者スキル《聖剣錬成》の奥義。

 聖を刻むのでは無く、神を刻む切り札となる技。

 聖なる(かがや)きを宿し創造を司る半透明の刃の聖剣を手にしたマサキは覇気を纏う。

 勇者を象徴するように白く美しい鎧に半透明な刀身の聖剣を手に、金色に染まった眼(・・・・・・・・)で聖剣を見詰めて……エインシアに刃を向ける。


 その聖剣と勇者の変わり様を見てエインシアは目を広げて驚きの声を静かに漏らす。


「神気……!」

「えぇ、その通りです」


 覇気……否、神気を纏った勇者は創造の聖剣を片手に前に足を踏み出し、敵を浄討する剣を向ける。

 すると、マサキの足元に剣の模様が描かれた魔法陣が展開されて煌々と聖なる輝きを放ち、光の粒が風に煽られた様に魔法陣から浮かび上がる。


「……今、僕が出せる全力で最強の奥義です。これで貴女を……確実に仕留める。……勇者として」

「………そう。ならば、私も……」


 聖なる輝きを纏う勇者を前に、感情を押し殺しているエインシアは形状剣アインシュッドを天に掲げて聖句を唱える。

 神造級、つまり神が造りし神器の力を引き出す為の言霊を発する。


「《天命の千流(アインシュッド)》」


 千の形を持つと例えた剣を掲げ、唱えられた聖句によって普段以上の神気を纏った形状剣を倒すべき勇者に切っ先を向ける。


 補助に徹していたソフィアは、彼らの本気に巻き込まれないように距離を取り離れる。

 勇者の盾に守られながら。


 そして……互いに一撃必殺にして最後の大技を繰り出す。


()絶技《斬神録・焉廻(えんかい)》っ!」

「聖煌創刃…っ、道を(ひら)けっ!」


 エインシアの一閃は魔皇城の半分を巻き込みながら斬り、刹那の時も無くその命を終わらせる。

 マサキの聖剣は周囲に煌きを灯す幾つもの聖剣を創造して光すらも斬り裂いて悪を断罪する。


 魔皇城エグメニオンに一筋の線が入り穴が開く。

 破光の聖剣が城の壁に突き刺さり壁を崩し壊す。


 勇者の腕を斬り飛ばす神殺しの絶技。

 神徒の胴体を二つに別つ聖なる奥義。


 聖女は戦慄し……聖盾に守られながらも声にならない悲鳴を上げる。

 しかし、その両手には癒しの力を持つ膨大な魔力が溜まり……決して散らさず灯し続ける。


 瓦礫が落ちきり、砂塵は風と共に散り、二つの必殺技が交えた戦痕を露わにする。


 倒れているのは両者共に。

 勇者は聖剣を握っていた右腕を斬られ、神徒は上半身と下半身が別れを告げていた。

 右手に握られた創造の聖剣は、光の残滓を天へと登らせながら静かに消え去り……半透明な刀身を残さず全て消滅する。


 エインシアは感覚の無い身体を……下半身を見て、自分の状態を察してしまう。

 自分は負けたのだと。

 死ぬのだと。


「わたし、は……負け、たのか……?」


 愛剣を決して離さずに……地べたを這いずるエインシアは、脳裏に過去の情景を思い浮かべる。

 それは魔統神……否、初代魔王ダルクロスに忠誠を誓い、魔族の国を建国する前の一介の剣士に過ぎなかった頃の自分と父の会話。


『エインシア。我らルーグセスリ家の死に方は剣士として死ぬのが相場と決まっている』

『……死に方、ですか?』


 剣士としての終わりを感じ取った父は、エインシアに己の全てを教え託した。

 そして、最後の手解きという名の命を賭けた師弟の戦闘を終えてエインシアが勝利して神剣を手に入れた。


『お前は誰かの下で実力を発揮するタイプだ。きっと……いや、必ず仕えるべき主が見つかるだろう。 が……これだけは守り通せ。守り通さねばならぬ』


 代々、祖先から受け継がれた神剣、形状剣アインシュッドに腹を貫かれた父が血を吐きながら言う。

 剣の神が持つ千剣の一つを授かり、途絶えること無く継承され続けた神剣を腹に受けながら。


『お前が死ぬ時も、剣士と戦い、剣士として死ね。それがルーグセスリ家の末路であり……神から剣を授かった者としての最後の誉れだ』


 そう区切り……一族としての使命を果たした父は、息を引き取る直前に言い切る。


『さらばだ……我が娘よ。お前の剣士としての生き様……冥府で見守り続けよう…』


 最後に愛娘を見る目に変わり、崩れ倒れる父を腕に抱いたあの日の情景。


「……剣士としての、死……」


 朦朧としかけ、何度も覚醒する意識を手にエインシアは勝者……勇者マサキを見る。


「はぁ……はぁ……」


 満身創痍で、切断されて血を流す右腕を押さえながら立ち上がり息も絶え絶えに勝利を掲げる勇者。


「マサキ様っ!」


 ボロボロになってまで守るべき者を守った聖盾が無残に散りながらも、その破片を置き去るように勇者の身体を支える聖女ソフィア。

 ソフィアは手に溜めた回復魔法……それも部位破損すら治す高位の技術。

 短期間で技量を上げたソフィアに治せぬ傷は存在していなかった。


「今、治しますっ……」

「ごめん……頼むよ……」

「んっ……《エクストラヒール》っ!」


 痛みに目を歪めながらも、半分の体となったエインシアに哀れみではなく、賞賛の意を込めた視線を送るマサキ。

 ソフィアがマサキの右腕に魔法を当てると、失った箇所に光が集まって治療していく。


「剣士として……死ぬのは、本望です……か?」

「そう……ね。本望、なのかしら」


 ルーグセスリ家としての剣士としての死。

 だが、エインシアは一族最後の者としての死を惜しむ心の持ち主ではなかった。

 心の中で、剣士としての死よりも魔統神配下としての死に悔やむ自分を思い……尊敬していた父に謝罪しながらも主への別れの言葉を口に紡ぐ。


「……陛下、貴方様の統一する世界を…………陛下の望む未来を……………貴方に仕える、剣として……見た、かった……」


 惜しむように王への忠誠心を最後まで見せたエインシアに、マサキは少し考え……言葉を発する。


「……今まで戦った中で、ここまで苦戦したのは貴女が初めてです。……ありがとうございました」

「っ! ……敵に感謝する、なんて……甘い勇者だとこと……いや、訳が分からないわ…」

「……それが勇者の僕ですから」

 

 突然、礼を告げる勇者に驚き呆れながらも笑って……感情の起伏を抑えることを止めて笑う。

 そして、ふと思い付いた様に神剣を見詰めて…勇者を再びその双眸で見つめる。


「勇者マサキ……と言ったかしら」

「……はい」

「癪、ではあるけど……あなたにこの剣を譲る」

「っ! ……何を言って、るのです?」

「………剣が剣として生きる(・・・)ため。

 私を降した貴方なら……この神剣を…相棒を、私の次の継承者として認めれる」


 神器は持ち主を選ぶ。

 継承で主を転々とした神剣にも選ぶ権利があり……次の持ち主が誰になろうと彼女には関係ない事ではあるが、三千年も共に居た相棒が知らぬ者に使われるのは癪だった。


「……認めれる、というか……あげる。敗者からの……勝者への戦利品」

「………そう、ですか……」


 マサキは、死にゆく彼女の身体を見て……そして譲られた神剣を見つめる。

 そうしている間に、エインシアの意識は薄れ虚無と溶け込んでいく。


「わかりました。この、剣は……今日から僕の物として扱います、ね」


 少し歩いてエインシアの手から神剣を抜き取り、自分の横に置いてからエインシアの前に手を合わせて敬意を示す。


「…貴女の事を、この剣と共に覚えておきます。

 必ず使いこなして……貴女を越す剣士と、歴代最強の勇者となって、見せます!」


 味方にも、敵にも甘い勇者の決意の言葉を聴き、満足気な顔をして目を瞑るエインシア。

 最後に脳裏に浮かんだのは、親愛なる王の尊顔。


「あぁ……陛下………お先に失礼します……」


 エインシア=ルーグセスリ。

 剣士として生き、剣士として死んだ神徒。

 曇り無き忠誠心で最後まで主君の剣として最前線を駆け巡った女剣士の最期であった。



 エインシアが逝った数秒後。

 形状剣アインシュッドを戦利品として手にし、右腕の部位破損はソフィアの手で復活した。

 しかし、傷だらけの身体も癒されたのだが、奥義の代償は防げずにその場に崩れ倒れる。

 ギリギリ勝者の余裕と称した痩せ我慢で立っていた勇者は、聖女が優しく回復魔法を掛けながら見守る中、静かに眼を閉じて暫しのクールタイムを受け入れる。

 神刻の代償は軽いが、戦闘後に響く動かなくなる身体と尽きる魔力は枷となる。

 数時間もすれば癒えて戦線に復帰できるが、それまで勇者マサキは眠りにつくのであった。


 その耳に、封印術が解けて、床に落ちる聖槍の奏でる金属音を聴きながら。



 柔剛の神徒エインシア VS 聖剣の勇者マサキ


 勝者、天童正樹。


 英雄譚の真っ最中である勇者の大きな一歩が踏み出されたのであった。



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[気になる点] 神気を纏ったマサキさんはアレク同様神化し始めて神徒への道を歩んじゃう系なんでしょうか?
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