活性化
親衛隊を抑えるべく残ったグロリアス。
彼はたった一人で三十人の親衛隊のうち、二十人もの隊員を相手に廊下を駆け回っていた。
今までの活性化によって蓄積された強化の印がレイピアの一突きで突風を引き起こし、親衛隊が主が向かった先に行く道から押し返す。
が、流石は初代魔王直属の部隊と言ったところか、レイピアの一撃を耐え忍んで次の一手を撃つ者が多く、脱落者は未だにいない。
「くっ……キリがないですね」
四天王の一人とはいえ、歴戦の魔族を相手に苦戦を強いられる。
ここには親衛隊の隊長はいない。
最も力を持つ指揮官がいなくとも、鍛え上げられた長年の技術と経験でカバーし合う親衛隊。
時に剣で、時に槍で、時に魔法で。
様々な手段を選んでグロリアスを追い詰め、疲労を蓄積させて動きを鈍くさせる。
「………姫様」
思うは、目に入れても痛くない大事な王の娘。
彼女が産まれた時から自分に居場所を与えてくれた魔王に無理を言って世話をした事もあった。
ロリコンだの影で言われてきたが、疎外されたエルフは使える主君の継承者を守る為に傍に居た。
……ここを乗り越えなければ、愛する姫に、仕えるべき次代の王の生き様を目に映せない。
『グロリアスよ。今日からお前の力は俺の力だ。俺が許可を出した時のみ……その力を振るえ。または……お前にとって大事な者を守る時の為に、な』
かつて魔王シルヴァトスに忠誠を誓ったその時に言われた言葉を思い出し、脳裏に情景を浮かべる。
『グロリアス……っ。父に代わって貴方の力の解放を許可します! 全力で戦いなさい!』
そして、先程言われた姫からの許可。
《契約》を結んだ相手は魔王であったが……自分が忠誠を誓い、守ると決めた姫の命令ならば……
グロリアスは決断し、発動する。
己を孤独へと導き、王との出会いのきっかけとなった忌まわしきも頼れる力を。
「《第一活性化》」
ドックン。
何かが胎動したような音が感じられ、親衛隊は音の発生源……グロリアスを睨み、驚きに目を開く。
まず纏う雰囲気が違った。
彼の体から静電気のように迸る膨大な魔力が身体に収まりきらずに一気に外界に溢れ出す。
その魔力の奔流に窓ガラスが揺れて音を立て、親衛隊の持つ武器が不自然に振動する。
高周波の魔力が彼を中心に発生させながら己の体内エネルギーを必要以上に強化させる。
「くっ……これ、は…」
「……なんだ、この力は……」
グロリアスの見た目は変わらない。
ただ、膨れ上がり放出された魔力が上昇して空気を上に押し上げている事により長い金髪が逆立ち立ち昇っている。
「……続きを始めましょうか」
グロリアスが息を吐くように言葉を紡いだ瞬間、視界から彼の姿が消え去る。
親衛隊が消えた彼を見つけようと目を凝らし辺りを見回すが、目に映ったのは光の線。
光の線は親衛隊の間を縫うように走って……彼らの身体に薄く深い傷が刻まれる。
露出した肌の薄皮が斬られ、血管が絶たれ大量の血を吐き出す。
傷を負った彼等が背後を振り向くと、レイピアを振るって付着した血を払い落とすグロリアスの姿を目に映す。
「……まだまだ《活性化》は残っておりますが……続けますか?」
グロリアスは平然と親衛隊を見つめ、静かに敗北することを、降参することを勧める。
それを聞いた親衛隊の一人が、怒り心頭ながらも心を落ち着かせ、神に仕える者として答える。
「……我らが貴様を侮っていた事を認めよう、エルフの四天王……だが、我ら親衛隊が、陛下に仕える我々が! 貴様の力程度で敗れる者だと思い上がるなよっ!」
親衛隊が魔力を循環させて練り上げる。
それは、強力な魔法を撃つ準備。
彼らの動きを止めようとグロリアスは動くが、魔力を練り上げずに時間稼ぎを買って出た親衛隊員が行く手を阻み彼のレイピアを直に両手で掴む。
その手はレイピアが纏う剣気でズタズタにされて感覚が無くなり始めるが、死を覚悟で離さない。
いくら力強くレイピアを引いても、親衛隊の両手は離さず握り、その姿にグロリアスは吠える。
「仲間を信じ、死ぬ気ですかっ!」
「当たり前だっ……っぅ!」
言葉だけ聞けばどちらが悪か分かったもんではないが………
グロリアスは親衛隊員のその言葉を聞いて目を細め、熱を目に宿す。
「…ならば、私も仲間であり……親愛なる王の駒として、死ぬ気で貴方達を食い止めましょう!」
敵の覚悟を見て、己も再び覚悟を決める。
「《第二活性化》っ!」
「くっ……がアァッ!!!」
目の前で起こる二度目の強化。
グロリアスの身体から軋む音が鳴り、肌から見て分かるほどに血管が浮き上がる。
彼の体から形容し難い不穏な魔力が流れ、覇気と言うべきか謎の湯気が立ち上がる。
魔力を練り上げ、三人に集中させている親衛隊達の目にも、その姿に恐れと焦りが生まれる。
レイピアを握っていた親衛隊員は覇気を全身に浴びて悲鳴を上げ…………レイピアが纏う剣気によって両腕が吹き飛び全身を剣気に切り裂かれながら絶命する。
剣から発せされる気、そのものに切り裂かれて無惨な姿になった親衛隊員を横目に、グロリアスは活性化によって血走る目を見開き、魔力を練り上げて大技を放たんとする親衛隊を睨みつける。
「合義《魔界旋風陣》っ!」
「合義《虚空封熱陣》っ!」
「合義《八千流刃雷陣》っ!」
三人の親衛隊に集められた魔力が三つの合体奥義を引き出してグロリアスに放たれる。
廊下を抉る風と、肉を溶かす炎と、その全てを切り裂く雷が混ざり合い混沌となって襲い掛かる。
「はああああっ!!!」
魔法陣から放たれる技を押さえ込み、神の敵を倒す為に死力を尽くす親衛隊。
その全てを受け止めて身体に傷を負いながらも耐え凌ぎ、グロリアスは前へと足を踏み出す。
「ぐうぅっ……はあぁっ!!」
グロリアスは一気に飛び出して不気味な容易となった細身の体全身に攻撃を受けながら前に出て魔法陣を支える親衛隊に無謀にも突撃する。
魔法陣にレイピアを当てて一撃で破壊する。
壊された魔法陣と共に吹き飛ぶ親衛隊員を切り裂き殺しながら敵を刺し殺すグロリアス。
「うぉぉぉぉ!!」
「はぁぁぁぁ!!」
「ぬぅぅぅん!!」
雌雄を決する親衛隊と四天王の戦い。
飛び散る火花、斬撃、血飛沫の演舞。
五体満足で無くなろうとも、互いに忠誠を誓う主の為に死力を尽くし命の灯火を小さくし合う戦い。
一人、また一人とグロリアスの手で親衛隊の命が散っていく。
そして、血で染まり傷だらけの廊下に最後に立っていたのは……グロリアスただ一人。
「っ………陛下、申し訳……ご……ませ、ん」
地に伏しながらも生きていた最後の一人が息を引き取り、グロリアスの勝利が決する。
しかし、彼も満身創痍であった。
「くっ……姫の居られる場所へ向かわねば…っ!」
未だに血管が浮き上がる身体を押さえつけ、壁に寄りかかり、引き摺りながら廊下を歩く。
一度の《活性化》で身体を強化する代わりに大量の体力と生気を失う、代償の高い能力。
それを二回も使用して全身は苦痛と怠慢感で支配されている。
それでもグロリアスは敵である親衛隊の言葉に感化された自分の愚かさを呪い、同時に倒れた死体に敬意を感じながらも歩く。
息も絶え絶えで、死にはしないが辛い状態を耐えて仕える主の元へと馳せ参じる。
「……今、向かいます……姫様」
親衛隊二十人 VS 《豪》の四天王グロリアス
勝者、グロリアス。
ロリコン紳士と陰口を叩かれる王の忠実な駒が主に勝利を捧げたのであった。