霊峰から始まる魔界戦争
「ようこそ諸君、ここが前線基地だ」
戦争開始予定日にて。
俺は大規模な転移魔法で魔王軍と義勇軍を、イビラディル大陸の西の辺境に連れてくる。
そこに広がっていたのは、荒野のような平らな世界で、遠方には溶岩地帯や雪原地帯、更に地面が少しくり抜かれている白い森が目に入る。
開けっ放しの空間の裂け目の背後には、遥か昔まで天を貫いていた山が見る影もなく崩れている。
「お、お主……ここはまさか」
「そのまさかだ……よし」
俺は脳裏に焼き付いているあの景色を思い浮かべながら魔法を発動する。
転移された兵士達は、皆一様に辺りを見回していたが、いきなり起きた地響きに騒然とし始める。
ふと背後を見れば、崩壊していた山の瓦礫が宙に浮き上がり、空を旋回して銀の魔力を帯び始める。
かつて存在した霊峰の跡地を中心として回る瓦礫群は荒野の上を覆い尽くし、無明の空を作り上げる。
「《霊峰再臨》」
一閃。
幼い声が響いたかと思うと、空が眩い銀色に光り、反射的に目を閉じれば空にの姿は綺麗な青空が広がっており……………彼らの視界には、今まで跡形もなかった天を貫く大霊峰が。
「ようこそ、新・龍泉霊峰へ!」
未だに口を開けて驚くニーファとその他大勢を置いてけぼりにしながら俺は説明する。
「昔、とある魔族と神獣が痴話喧嘩しましてね…その際に天然記念物であるこの山を消しちゃったんですよ。んで、俺にとって重要な場所である此処をもう一回見たいってことで、再構築してみた」
「……平然と言っとるが、お主ヤバいの」
「なんだよ、お前の住処を直してやったんだぞ?」
「いや、まぁ……うん、ありがとう」
事実、ニーファと初めて出会った場所であり、痴話喧嘩もとい殺し合いをした場所であり、愛を誓うという展開を迎えた記念すべき場所。
ここまで壊したのはニーファの世界を焼く竜言語魔法と、俺の土壇場複合禁術によるもので、ずーっとこのままにしとくのは嫌な気持ちになったので、色々と細工を施して再構築してみた。
「お兄様、ここから魔都に?」
黙りこくった軍の中から、驚きから立ち上がったユメが俺に問う。
総大将としては聞かなきゃいけない内容だな。
「そうだ。完全改造されたこの霊峰から魔都エーテルハイト周辺に広がるラポーム平原に行く」
「……龍泉霊峰は、西の辺境ですよ? ここから進軍するのに、お兄様の転移魔法を使うのですか?」
「いいや」
俺は空中で足を組んで一対二翼の黒翼を広げ、右手を上げて指パッチン。
すると、軍隊の前に広がる荒野に一直線に空間にヒビがはいり、縦に裂ける。
生まれた空間の裂け目の奥には、見慣れた故郷である魔都エーテルハイトが見えている。
「この空間を常時開けておく。ここから好きな時に進軍してくれ」
「……魔力は足りるの?」
「龍泉霊峰の力だから大丈夫」
「何その力、我知らない」
新・龍泉霊峰の豆知識その1。
永遠に魔力を供給する永久機関を地下に内臓。
これは龍泉霊峰名物の龍泉酒を生み出す《龍泉の湧き岩》を解析して、魔法で大量複製に成功したので、ついでとばかりに永遠に魔力も湧き出す岩にしてみたのだ。
龍泉の湧き岩の内部構造は、魔鋼石に酒が混じった他では見られない石の外装と、中心に人の頭程の大きさを持つ魔石で構成されていた。
この特殊な魔鋼石を《龍泉岩》と名付け、魔石の複製に成功したのが大きな第一歩だった。
千個ぐらい埋めたから、その量は凄まじいものだろう。一個で広大な異空間を酒で満たすのだ。酒と共に流れる魔力が岩千個分。
一応言っておくが、龍泉霊峰は、龍泉酒が湧き出る全ての範囲の総称だ。
宇宙空間にまで飛び出ているという……軽く大気圏にまで細長い山頂が貫いてたけど、そのメインとなる山がニールファリスの山と呼ばれていたよ。
辛うじて残っていた白森や溶岩地帯、雪原地帯、酒気漂う湿地帯なども魔法で直して八割方細工も込みで完成に近づいたので、今日、最後の仕上げとして霊峰を復活させたのだ。
俺が龍泉霊峰の完成度に頷いていると、魔王軍総大将であるベイル=ノーストール卿が台座に登って軍に宣言する。
「諸君、遂にこの時が来た! 我々の母国を取り返す為に全ての力を敵にお見舞しようではないか!」
ノーストール卿の言葉に士気を上げる魔王軍。
「そして義勇軍の皆様方! この度は我ら魔族の為に集まってくれたことを感謝する!」
各国からの義勇軍も鼓舞するかの如く声を荒らげる。
「諸君らの身体に貼ってある紙札は、重傷と判断される傷を受けた際にこの荒野に転移し、野戦病院にて治療を受けてもらい、再び戦場へと舞い戻って貰うためのものだ!」
身体の邪魔にならない所に直接貼ってある紙札は、説明通りの効果を持つ。
これの製作者は、同じくクロエラ。
紙札を数千単位で用意した彼を讃えるべきだと思う。
野戦病院は、この軍全てが収まる荒野そのものが野戦病院となる。
地面に雑魚寝状態で身体に悪いかもしれないが、結界で防風対策もしてあるから大丈夫だろ。
そして、ノーストール卿の次に台座に登ったユメが全軍を見回して宣言する。
「最前線を戦うのは魔王軍の正規兵です。つまり、死ぬ確率が上がります……例え転移の札があっても。ですが、敵の軍よりも多く死ぬことは許しません! 見なさい、アレを!」
そうユメが指した先には、魔都が見える空間の裂け目があり、そこには《神軍》の軍が陣形を整えようと動いてきる様子が見える。
しかし、敵の数は六百程度しかない。
対して、こちらの総数は千を超えている。
「あちらは、数より質。私達は、数も質も両方上を取らなければならない! 他者の援助があろうがなかろうが………これが今の魔族の実力であると、魔統神に知らしめる!」
意気揚々と声を張り上げるユメに続く魔王軍の正規兵と志願兵。
正規といっても、戦争は初。
その手には冷や汗が握られている。
「志願兵の皆さん、あなた達を死なせるつもりはありません! ですが、戦いたいと意思表示して下さった皆さんに、負けという烙印は押させません!」
志願兵は戦場に出ると言っても、正面衝突する訳ではなく、大砲の弾の補填や物資運搬をこなしてもらう予定らしい。
更にユメは義勇軍に向けて叫ぶ。
「義勇軍の皆様。今回は我々の種族の問題に関わらせて申し訳ないと思っています……しかし、来たからには我々の勝利を約束しましょう! 勝利の暁には、ラポーム平原産ののアポーを兵士一人一人にお配りしましょう!」
魔王国……特に、ラポーム平原で採れる良質な林檎であるアポーを無料配布か。
出回る数は多いが、ラポーム産は一番上手いことで有名だからな。
義勇軍の士気がみるみる上がった。
やはり勝つのは食欲か。
「それでは全軍、前進開始!」
「はっ!」
やがて全ての準備が整い、ユメの号令のもと連合軍が出陣する。
最前線中央に魔王軍が、左右に義勇軍が、後方に志願兵の一団で構成されて進軍している。
《神軍》は六百ほどの人数。
俺たちの軍を迎え撃つ為に魔都エーテルハイトから一直線にラポーム平原に展開している。
恐らく、残りの魔族は魔都の中で警備中であろうが……
「くっ……あれは……」
「し、城が……」
一番目を引くのは、魔王軍が変わっていることだろう。
なんか実家が踏み潰されて、古風なThe魔王城が突っ立ってるんだけど。
まったく、人の家を潰しやがって……まぁ、王族住居は城の離れにあるから……残ってたわ。
俺の部屋が残ってるなら許す。
「さて……ニーファ、俺達はこっちだ」
「む?……こっちは山じゃぞ?」
「お兄様、どこに?」
「俺はまだ出ないつもりだ……ユメ、頑張れ」
「……はい!」
俺とニーファは連合軍が進軍するのに逆方向、霊峰の方へと足を進める。
ユメは、グロリアスとアンデュラー、ノーストール卿とミカエラを引き連れて戦場へと向かう。
ミカエラは、ユメの友人として補佐として傍についていてくれている。将来の彼女の職だな。
そして、トテトテと可愛くついてきたちびっこ達に命令をする。
「ウェパル、デミエル、エノムルはユメについていって……好きな時に暴れなさい」
「はーい」
「わかりました」
「〜~〜♪(了承)」
「プニエルは〜?」
「プニエルは野戦病院でみんなの傷を治してあげてくれるかい?」
「わかった!なおしゅー!」
「メリア、プニエルの監視よろしく」
「お任せ下さい」
幼女組達は各々走っていき、互いの戦地へと向かっていく。
俺は、ニーファを引き連れて空高く聳える霊峰へと足を運ぶ。
崖になっている所に着くと、俺は手を翳して見た目は岩の扉を開かせる。
「……ここは?」
「蟻の巣」
新・龍泉霊峰豆知識その2。
ニールファリスの山内部は蟻の巣のような迷路となっており、様々な隠し部屋が用意されている。
そのひとつには、今回の為の部屋がある。
「おぉ、来たか」
「お先に失礼してま〜す」
入り組んだ岩の道を登ったり降りたり曲がったりを繰り返して、目的の部屋に入る。
そこには、父さんと母さん、ヘイドさんにクロエラやマールが待っていた。
「……ここは?」
「戦場観覧室」
「…ほへー」
壁一面を覆うモニター、床や壁、天井に設置され張り巡らされた魔導具や魔工学の機械。
機械音と戦場からライブで聴こえる音が支配した空間。
上空に配置された蝿型の偵察機……先行部隊の時にも出したアレらがレンズに映した光景を壁一面に貼られた二十六のモニターで見ることが出来る。
また、クロエラ印の転移紙札が発動したら表示される、紙札とリンクしたモニターも設置され、常時戦争状況を把握できるようにしてある。
この空間を含めた蟻の巣通路は、霊峰を再構築する前から用意していた物であり、霊峰再構築の際にここに召喚して合体したり埋めたりした。
車椅子に乗った父さんと付き添いの母さん、護衛のヘイドさんは戦場を一望する為にここに来てもらった。
今の体では前線には出向けないが、見ることはできる。
父さんが見ていることは、魔王軍周知の話だ。
全員が気合を入れている。
クロエラとマールは、魔導具の調整や修理の為に来ている……という理由の元、蝿型カメラと転移札札の大規模実験をしている。
彼にとっては、戦場も実験場なのだ。
「アレク、城が潰れてるな」
「見た感じだと、僕らの私室は潰れてないっぽいですよ」
「それなら良いが」
日常的会話をしながら、俺は父さんの隣に椅子を置いて座る。
ニーファも椅子を持って俺の隣に腰掛ける。
「さて……我が娘を信じようか」
「そうね〜」
戦争はまだ始まったばかりである。
始まったばかりなのに、既に転移紙札のカウントが出ているのは、敵の強さがどれぐらいかを知らしめる。
……もう10枚か。
あの札が壊れる可能性は少ないが、壊れたら申し出て別のを渡してもらってから戦地へ向かってもらう仕組みだ。
「うーん……やっぱり良いデータが手に入る」
「……そんなに?」
「あぁ。空から見てるだけで軍隊の動きを俺は知れて、新しいアイデアが浮かんでくる。転移紙札が発動する度にこの札の有能性が確かめられる」
クロエラの独論とマールの話を右から左に流して、戦場動画を見る。
一部分は拡大されていて、ユメやミカエラ、マサキ、蒼穹の戦線のメンバー達の勇姿が映る。
「……勝つのは確実だよ」
確固たる自信を持って、俺は宣言するのだった。




