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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第五章 魔に挑むお兄様
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魔都の今


 魔都エーテルハイト。

 魔統神ダグロスの軍に占領された魔王国の首都は今、目を疑う光景が起きている。

 アレクや宮廷魔導師が張った結界は全て、破砕の神徒ガムサルムの手によって全て破壊された。

 魔導の神徒バイオンの原初の名を冠する魔法による結界が新たに魔都を覆い守る。

 柔剛の神徒エインシアに鍛え上げられた1000人の真の魔族の兵士が魔都を巡回し警備する。


 そして、最も目を惹く光景が、今起きようとしていた。

 魔王城の上に空いた巨大な空間の裂け目。

 そこから城が降りてきているのだ。


 《魔皇城エグメニオン》。

 魔統神の《神軍》の重要拠点である古き居城。

 それが魔王城の真上を降りてきて……


 押し潰す。


 容赦無く訪れる城の崩壊。

 破壊された城の上層は瓦礫となって落ちる。倒壊した尖塔や柱が音を立てながら崩れ始める。

 中層も下層も、その全てが破壊され、魔皇城の土台へと朽ち堕ちる。

 やがて、魔王城は見る影もない姿となり、魔皇城に完全に押し潰されてしまった。


 瓦礫は完全に城を支え、見るからに不完全な筈なのに、不動の構えを見せる魔皇城を見れば、万夫不当の戦士すらも恐れを抱く。

 空の亀裂は修復され、そこには虚無を抱く夜の世界が広がっている。

 星々は瞬かず、不穏の夜を迎えるのだった。


 魔皇城エグメニオンの王座の間にいる、魔統神ダグロスと銀水の神徒メノウ、そして親衛隊。

 彼らは再び地上に舞い戻った居城の上に立ち、強き魔族が支配する世界の構築を夢見る。

 ただ一人、魔統神ダグロスだけは別の場所を眼の裏に思い浮かべていた。


(……例え、我ら真の魔族が勝利し世界を手に取ろうとも……他の奴等が黙ってはいまい。)


 その心理には、仲間意識などなく。


(事が済めば、次に相対するのは機甲神か禁帝神の二人か……兵力的には負けようとも、勝てぬ戦では無いな。……運命は我が手中にある)


 魔統神はその手を強く握り、目先の敵だけでなく未来の敵すらも脳裏に描く。


(今を生きる魔族よ……すまんが、全ては種の存続の為であり、強き一族として対抗する為だ)


 全ては軟弱で平和ボケした魔族を正すため。

 世界に、魔族に喧嘩を売った魔統神は、来るべき戦の為に最前を尽くすため、配下に指示を出す。


「魔都に残す兵は300程度で構わん。残り600は戦場に向かわせる。我らの本気と実力を見せてやれ」

「はっ!」


 勅令を受けて走り去る兵を横目に、バイオンと…ブロッケンが王座の間に入ってくる。


「首尾はどうだ? バイオン」

「順調で御座います陛下」


 恭しく礼をするバイオンは、軍の中で最も長く生き、封印をされずに三千年を魔導の研究に費やした結果、老いてしまった身体を擦りながら、未だに知的好奇心が絶えぬ瞳で王を見る。


「陛下、交易都市メタンネドの贄の術式が破壊された件ですが……」

「アレか」


 バイオン主導の儀式によって犠牲となった魔族の魂を集める結晶を守る為に、少し嫌な顔をしながら警備を受け持ったエインシアからの報告では、アレク=ルノワールが侵入していた。

 更に、数日後にはネザゲルート公爵家の屋敷が揺れ、中に監禁していた少女を奪われる形となった。


「娘に継承させた術式も完全に破壊されておりました」

「……そうか」

「今回と過去の成果を振り返りますと、魂隷の呪縛は何度も掛け直さなければ、肉体的にも精神的にも完全なる進化には至らぬと言う結論に至りました」

「そういうものか」

「そうでございます」


 魔統神はバイオンの話を聞き終え、黙ってバイオンの後ろに立って平伏しているブロッケンに視線を向ける。

 視線を受けるだけで身体にのしかかる重圧にブロッケンは少しだけ身をすくめる。


「……ブロッケンよ、其方の娘と住民に関しては、すまなかったと思っている」

「……は、はい」


 魔統神の謝りに、少し驚きながらもブロッケンは言葉を耳に傾ける。


「だが、よく魔王を裏切ってくれた。改めて、良き選択を選んでくれて感謝する」

「……オラの一族は、古くより魔統神様を崇めていたがら……それに、バイオン卿が後押ししてくれたからでございやす」

「そうか」


 事実、ブロッケンの祖先……ネザゲルート一族は魔統神……初代魔王を深く崇拝する遊牧民であり、空間魔法に長けた一族だった。

 その空間魔法の達人である彼らに爵位と土地を与えたのは三代目の魔王だが、それよりも前から一族に目をつけ、その根幹に手を触れていたのはバイオンだった。

 未だ姿も若かった頃、彼は民族を手中に収めるためにあの手この手で自陣に引き入れた。

 時には喜劇を、時には悲劇を迎えさせて一族の心を動かし、自分と主に崇拝の念を持たせた。

 幾年もの年月が流れ、ネザゲルート一族は発展と衰退を繰り返して、遂にブロッケンが当主となった。

 四天王の座を実力で手に入れ、魔王からの信頼を獲得し、妻と子を手にした彼は、順風満帆な人生を歩むはずだった。

 しかし、崇めていた魔統神が封印から復活した。

 今までの当主ならば復活を喜び、自ら進んで寝返ったであろう。

 だが、ブロッケンは違った。

 彼は王に仕えるか、神に仕えるかを悩み続けた。

 彼なりに悩み続けて、公爵家の根幹を握るバイオンとも話をしながら、彼は決断したのだ。

 自分を信じた王を裏切ることを。

 無論、そう行き着いたのには様々な理由があるのだが……

 妻は裏切りを決意した夫を見て、魔都が陥落した事を知って直ぐに自害した。夫の責任を全て自分が背負い死ぬとでも言うように。

 娘であるヒルデガルドは、一族に受け継がれる魂の呪いを、いつか死ぬ事を理解しながら継承して深い眠りについてしまった。

 その事を後目に、ブロッケンは再び瞳を閉じる。


「では、儂らは結界の綻びがないか確認して参ります」

「構わん。下がれ」


 話を終えた二人は王座の間から下がり、親衛隊とメノウのみが控える静寂の空間に一つ溜息を吐いて魔統神は王座から立って外に向かう。


「陛下、お供します」

「構わん。好きにしろ」


 メノウが護衛として魔統神について行き、神となった初代魔王は巡り絡まる運命の輪を頭に描きながらその瞳を眼下の魔都に向ける。


「……全ての決戦は明日の戦で決まる。気を引き締めろよ、我が戦友たちよ」


 神々との戦争は、まだ始まったばかりである。


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