選ばれし者の懇親会:中半
「はい、じゃあ全員集まったわけじゃないけど、懇親会を始めま〜す。最低でも自己紹介ぐらいはしてね〜?」
夜天神アンテラが主催する懇親会は、なんの問題もなく始まった。
全員が手に何かしらの料理や飲み物を持って話の輪を広げていく。
ところで、お気づきだろうか?
開催場所の持ち主が、いつになっても顔を出さないことに。
◆鉄剣リョーマ
いつの間にかやって来ていた夜天神が緩い開催宣言をして、懇親会が始まる。
夜天神はどこかへ行くのか、庭園の奥にある扉の方に慌てて消えてしまった。
「すまないな!貴殿が《鉄剣》であるか!?」
「ん?……あぁ、そうだが」
いきなり誰だ?と見れてみれば、獣王国グランヒッツの王女フェメロナが俺にガン飛ばしてくる。
「私はフェメロナ!いきなりだが、私と勝負してくれ!」
うわ。生粋の戦闘狂来たよ。
獣人族の王族って血の気の多い奴しかいなくね?
俺が返答に困っていると、冬馬が救いの手を伸ばす。
「フェメロナ様……馬鹿なこと言ってないでください。………はっきり言って迷惑極まりないです」
「……私、一応王族なんだが?」
「自分は外務大臣ですが何か?学園生活を送っている歩き立ての子供が威張らないでください」
「……はい」
論破されたフェメロナは俺に勢い良く頭を下げると、別の場所に行ってしまった。
しかし、また戦闘を望むような声が聞こえ───冬馬に沈められた。
学習能力が低いようだ。
「にしても……アイツは来ないのか?」
「アイツ、ですか?」
「誰っすか?」
俺の疑問の声に首を傾げる茜と蓮夜。
そういや、コイツらはアレクの事を何も知らねぇんじゃねぇか?
「魔王国の王子様だ」
「王子?」
「そそ。んで、前回のヘルアーク武闘大会で優勝してる」
「……あっ!誰かわかったけど……名前しか知りません」
「アレクだったっけ?」
冒険者界隈でも有名だけど、身体的特徴はあまり知られてないんだよな。
大会優勝者だけど、見た目が幼すぎて巷に出回る噂と違いすぎてわからないってやつ。
「どうゆうお方なのですか?」
「そうだな……」
「お兄様は一言で言うと『気にしたら負け』です」
「…それ言って大丈夫なのですか?」
会話に割り込んできたのは、黒いドレスと角のカチューシャをしたお姫様……ユーメリア=ルノワールがジュース片手に現れる。
更に、彼女の後ろには《紅焔の魔女》ミカエラも付き添うように一緒にいる。
「初めまして。ユーメリア=ルノワールです」
「ミカエラ=リル=ヘイドゥンですわ」
「リョーマだ」
「アカネです」
「レンヤって言います」
確か、今は魔王代行だったな……アレクの妹か。
それに魔王国の公爵令嬢も呼ばれてんのか…
「もしかして……魔王国のお姫様たち?」
「違うだろ、魔王様とその補佐だろ」
「どっちでも構わないけど……取り敢えず、私のことはユメと呼んでくださって結構です」
「ユメ様」
「ユメ様」
「…ノリがいい人達ですね。夫婦かしら?」
「「断じて否!違います!!」」
ミカエラの言葉に二人は揃って否定する。
仲良さそうで何よりだが……
「アレクは今日どうしてるか知ってるか?」
「さぁ……私も呼ばれて来ただけなので。お兄様の行動を考えようとしても無駄足な気がします」
「……そこまで言うのか」
実の妹にここまで言わせるとか、大丈夫なのか?
その後も、まだ話したことの無い奴等と会話を重ねて、それなりに親交を深めた所で事件が起きる。
庭園奥の扉が独りでに静かに開き、奥の暗い通路を眼に見せる。
そこから見える通路は、三本の蝋燭が刺さった燭台が等間隔に壁に掛けられ、仄かに奥の見えない暗い通路を照らしている。
扉が開いて全員がそこに視線を向ける。
中には、武器に手を添えて何時でも戦闘態勢に入れるように準備している者もいる。
そして現れた人影は………
「あれ……あ、今日って懇親会じゃん」
肩で切り揃えた銀髪と眠そうに細められた紅瞳。
何故か首から肩まで露出した肩出し白シャツと、パーカーを腰巻きしている魔族の少年。
その右手には何故か血がこびり付いてる。
アレク=ルノワールだ。
「アレク……だよな?」
「それ以外の何に見える」
「上半身が女装してて手元がサイコパス」
「……否定できないのが辛い」
アレクは欠伸をかきながら、右手で涙を拭こうとし、血を見て止める。
……あの血が何なのか凄い気になる。
「あー……自己紹介させて頂きますと、この異空間の管理者である一般魔族のアレク=ルノワールと言うものです。どうぞ宜しく」
割と有名人なアレクの名と、現地民の人達の「うん、知ってる」って感じの反応を見て警戒度を下げる異世界人達。
飲み込みが早くておじさんは嬉しいよ。
……異世界に順応してるとも言うけど。
「ぬぅ〜お〜……アレクぅ〜」
「おい、ひっつくな!」
突然、アレクを後ろから抱き締めて現れたのは彼の嫁さんで最古の神竜ニーファ。
片手に酒瓶を持ってるし、完全に顔が紅くなって呂律が回ってないことから酔っ払いだとわかる。
アレクは、ニーファに血がつかないように右手を上げながら、彼女をどかそうとするが徒労に終わる。
「あぁ〜、俺達、昨夜風呂に入ってなくてさ。懇親会参加する前に入ってきても良いかな?」
「お兄様、私も……」
「何言ってるんですか。ダメに決まってます」
「兄妹で風呂に入るのは今度なー」
「うぅ〜…楽しみに取っておきます」
仲の良い兄妹愛を見せられる。
アレクはニーファを引き摺りながら庭園の外周を歩き、魔法で空間の門を作りだす。
そこから湯気が立ち昇ってくるのを見れば、その先がお風呂であることが想像できる。
「じゃあ、そういう事で暫しお待ちを」
「プニエルもはいる〜!!」
閉じていた扉が勢いよく開き、そこから金髪の幼女とスライム達がアレクに突進する。
「へぶっ」
「まー!!」
アレクはニーファを肉壁にして衝突を和らげるが、そのまま風呂行き空間穴に落ちる。
幼女……プニエルは元気に笑ってその門に入り、スライム達は暴れることなく静かに入っていく。
「………元気だな、アイツら」
「あれがアレクか……」
「みんな小さくて可愛いね」
「ふむ……スライムか」
「やばめ〜、なにあの可愛い生物。デコったい」
異世界人連中の反応は様々だが、彼らのターンに困惑を浮かべている様子。
まぁ、どうせ慣れるんだよな。
和やかな静寂が訪れると、一人の人物が動き出して空間の門に近付く。
「クックックッ……開けっ放しは良くないぞアレクくん……」
孤高の魔工学師と呼ばれる問題児クロエラがその門に向かって何かよく分からない機械を取り出す。
「今日こそ異空間の解析を─────」
意気揚々と機械を作動させようとした瞬間、クロエラの頭を誰かの杖が叩く。
ゴツン。
「いっ、たぁーーいぃ!?」
「……迷惑。ダメ」
クロエラを叩いたのは青い髪の小柄で無表情な少女……マールで、咎めるように睨んでいる。
「だって気になるだろう!?君もそうは思わんかね!マール君!」
「……全然」
「………いや、ごめん。少しハイになりすぎ──」
謝罪を言い終わる前に更にクロエラの頭に追撃が来る。
空間の穴からタライが横回転しながら飛んできて彼の頭にクリーンヒット。
「がっ……無念」
地面に倒れるクロエラの頭に出来たタンコブを興味深げに啄くマールを横目に、正樹がタライを拾い上げて、側面に書かれている文字を読む。
「えっと……『耐水性の高い爆弾を作って』……作ったとしても何に使う気ですか?これ」
ハッキリ言ってわからん。
てか、爆弾も作れるのか、この坊主は。
「ははっ……爆弾か……注文が多いなぁ」
譫言の様に唸るクロエラを放置して、懇親会は順調に進み、アレク達が来てから賑やかなものになるのだった。
……あ、アレクの右手の血について聞くの忘れてたわ。