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魔王の兄は転生者  作者: 民折功利
第五章 魔に挑むお兄様
171/307

親と子の交わる心情


 『偽りの魔都』

 数年前の魔都エーテルハイトの外見(・・)を完全再現した箱庭の異空間。

 内部構造を完全に把握してある魔王城は中身も完璧に仕上げてあるし、仕掛けも再現済み。

 しかし、一般家屋の再現は流石にプライバシーの問題もあって不可能。

 地下に広がる《アヴァロン大迷宮》も足を踏みれたことも無いし、魔力探知で内部構造を探ろうとしてもジャミングされて解析不可能。

 実質、城が本体で周りは抜け殻なのだ。


 そんな魔都エーテルハイトの模造世界に転移してきた魔族や観光してた他種族は驚くだろう。

 空は星の煌めく夜空が広がっており、外に出ても、暑くもなく寒くもないという親切設計。

 異空間だから出来る事をめいっぱいやった。

 暫くは此処で生活してもらうことになるが、色々と厄介事が起きるだろうな……その対応が面倒い。

 民への説明は他人にやらせるか。


 完全に自己満足で造って、普段はプニエル達の鬼ごっこや隠れんぼの遊び場として使われている。

 故に、メリアからは子供の遊び場と名付けられて保護者同伴として遊んでもらっている。


 さて、此処の説明は終えて、早急に向かわねば。


「……医務室か!急ぐぞ!」

「うむ!」


 俺とニーファは、民の視線を背に大空を羽ばたき、魔王城に入っていくのだった。




 魔王城。

 大広間の殆どは、怪我人が手当をする為に仕切りを用意されていたり、シートの上に寝かせて順番を待っている人がほとんどだ。

 ……メリアを此処に行かせといて良かったな。

 あの娘の事だから、突然転移してきた人達を見て、事態を察して準備してくれたのだろう。


 中には遺体が安置されている部屋もあり、その総数は多くはないが、被害としては少なくない数だった。

 ……見た事ある兵士や侍女のご遺体も見つけてしまった。

 少し心苦しいが、今は早く医務室に向かう。


 目的の医務室の前は、慌ただしく医療関係者が扉の前に置かれた医療薬品や包帯などを運んでいる。


 トントン。


「失礼します」

「するのじゃ」


 外の喧騒とは掛け離れた静寂の医務室。

 そこには、メリアとユメ、母さん、グロリアス、ムジカ、そして宮廷医師のおじさんがベットを囲んでいた。

 ……エインシアに付けられたユメの顔の傷は既に治療され、跡を残していなかった。良かった…


「主様……」

「メリア、ご苦労。大丈夫だった?」

「驚きはしましたが…謎の緊急マニュアルを読まされた成果です」


 そう言えば渡したな。

 俺が暇潰しと時間潰しの為に書いた本。


「母さん」

「っ!……アレクちゃん、無事だったのね」


 頬に涙の跡……というかまだ涙が瞳に溜まっている母さんに、抱き締められる。

 まぁ、みんな転移してきたのに俺とニーファだけいないもんな。心配かけてしまったか。


「……父さんは?」


 聞くと、そこには未だ抜けぬ呪剣のせいか横向きに寝かせられている父さん。


「……やっぱり抜けない?」

「……触ると身体に呪詛が入ってくる。グロリアスが試して……」


 ユメの言葉を聴いて、グロリアスを見ると、彼は右手を一瞬隠すが、渋々爛れた腕を見せる。


「流石の私でも、呪詛の解呪はできません……この剣さえ抜ければ、命の安全は保証できるよう死力を灯して施術をしますが…」


 宮廷医師が本気で悔やむ。

 その額の汗には、宮廷に仕える見ながら何も出来ない事への憤りと悔しさが感じられる。


「……よし」


 俺は魔神杖カドケウスを取り出して左手に持つ。

 魔神杖は俺に害ある全てを吸う。

 これがあるから、俺は呪詛付き禁書を触っても呪われること無く読めるし、何の代償もなく禁術を行使できている。


 俺は意を決して右手で背中から刺さった呪剣を掴もうとするが……


「アレクちゃん!…ダメ。触ったら、ダメ」


 母さんが懇願するように俺の右手を抑える。

 ……ここで俺が呪いに侵されたら、発狂では済まないな……子煩悩な親だから。


「……大丈夫。大丈夫だよ母さん。俺を信じて」


 力強く母の瞳を見つめる。

 俺に託すのが嫌なのか、心配なのか、暫く葛藤した母さんは、静かに手を離し、俺の瞳を見る。


「…無理だと思ったら、直ぐに離して良いのよ?」

「わかった」


 母さんの思いを汲み取って……でも、確実に成功させる意気込みで右手を呪剣の柄に触れる。


「っ!!」


 右手を強力な呪詛が襲う。

 痛み、怒り、恨み、妬み、苦しみ、哀しみ……血みどろの悪意が俺を侵蝕せんと迫るが、全て魔神杖に吸収されていく。

 徐々に徐々に、右手を引き上げて呪剣を抜き始める。


「ぐっ……うっ」


 唸る父の背中を横目に、呪剣を睨みながら……遂に引き抜く。


 抜かれた呪剣は、父の血で濡れた禍々しい黒い刀身をもっており、《衰弱》と《激痛》と《壊死》の呪いが掛けられていた。

 この剣を抜いたことで、父さんの顔色が幾分か良くなる。


「おじさん!」

「後は私に陛下をお任せください!」


 宮廷医師は父を仰向けにして、脇腹の部分に両手を添えて回復魔法をかけ始める。

 その技量は宮廷に仕える身として恥じぬものであり、徐々に裂かれた肉が塞がっていく。

 数分後、医師は少し安堵した表情で頭を上げる。


「陛下の一命は取り留めました」

「……良かったぁ」


 医師の言葉に感涙し、体を崩す母さん。

 その背中を、ムジカが摩る。

 普段の無表情とは違う、優しさの感情が彼女に見られた。


「…しかし、身体の回復は終えましたが、今後も治癒が必要かと」


 まあ、そういうものだろう。


「……そして、もう陛下が戦いの場に出るのはもう無理かと思われます」

「…?…どうして?」


 衝撃の発言に一同が医師に振り向く。


「……呪剣が刺さっている間に侵蝕され、内臓の魔力集積地が壊れております。再生までは難しく……普通に生活する事は出来ますが、魔法行使や剣を振るう事は難しいかと」


 ……《壊死》の呪詛か。

 つまり、父は魔王として戦うことは不可能と。

 その後、医師は腰を叩きながら医務室を出る。


 ……取り敢えず俺はグロリアスの呪詛に侵された腕を《神意治癒》で治す。

 その間、部屋を埋める静寂。


「じゃあ俺が─────」


 俺は意を決して、静寂を破るように動く。

 だが、俺が言霊魔法で色々と手を尽くそうとした矢先に、誰かの腕に遮られる。

 それは、今まで意識の無かった父さんだった。


「っ!あなた!」

「お父様!」

「陛下!!」

「……心配をかけてすまんな」


 目を覚ました魔王シルヴァトス。

 未だ脂汗を額に乗せ、辛そうな顔をしている父さんは、妻とユメと配下に言葉をかけて、俺に向く。


「アレク……俺の事を気にかけなくとも良い」

「……何故ですか?」

「お前は、俺の身体を治そうとしたのだろう?」

「……うん」


 父さんは、普段の王の一人称ではなく、一人の父としての一人称で会話をする。

 魔力集積地は、もっとも魔力が集まる内臓の器官で、場所は心臓なのだが、父に刺さった呪剣はその魔力集積地を破壊したのだ。

 もう少し侵蝕が進んでいたら、心臓を破壊されていたところだった。


「…これは、俺が配下の姿を見抜けなかった事で出来た失態の傷。魔王としての最後の傷だ……このままで構わん」

「……ホントに?ホントにそれで良いの?」

「構わん。……それにアレク。俺はお前にそんな顔をされたくないのだ」


 俺に?表情って──────……


「……俺は、俺とエリザはお前の事を知っている」

「何を、いって…」

「夜天神様から直接聞いた事だ」

「っ!?」


 なんだそれは。

 あの馬鹿、余計な事を吹き込んだのか……?


「…アレはお前が熱を出した日……六歳のあの日の前日の話だ」


 六歳……俺が、前世の(捏造された)記憶を思い出して本格的に動き出した年。

 それも、記憶を手に入れる前日に……?


「お前が熱で倒れた後、夜天神様から話を聞かされた。お前の前世とやらの話だ」

「………」


 ほんの少ししか話していないがニーファ以外の、話が初耳のユメ達は目を開いて俺を見る。


「……全て聞いた。聞いた上でお前と接した。お前が別世界の人間で、生まれ変わって記憶を書き換えられて、新しい人生を生きている事を知りながら、お前を見てきた。今も昔も見続けてきた」


 父は言葉を選ぶように一呼吸置く。

 今この時、俺は声を出せなかった。


「お前が魔王を目指さず、城を出ると聴いた時は、神の話を少し思い出したも………そして、お前の意思と願いを尊重して許可を出した」


 …………。


「……いきなり神竜を連れてきた時は驚いたがな、話を聞いた限り、お前は楽しくやって行けてるようじゃないか」


 少し笑いながら、母エリザベートと一度目を合わせ、再度俺の瞳を見つめる。

 ……父の瞳に映っている俺の姿は、何か怯えているように見えてしまう。


「…俺達は、お前とユメを過保護と言われても良いぐらいに扱った。エリザとの子宝だ。辛い思いは、させたくなかったからな」

「えぇ……息子の為に、当たり前の話よ」

「俺が知らない間に女装させるのはどうかと思うけどな……」

「……そこを改善する気は無いわ」

「おい」


 夫婦漫才を軽くしながら、仲睦まじく笑い合い、手を握り合う二人。


「アレク…お前は、今が幸せか?」

「……アンタを助ける助けないの話じゃ無いの?」

「アレク」

「……」


 ……無理矢理、話の方向性を変えようと試みたがダメだった。

 正直言うと、今この場から逃げたい。

 親からの愛が怖くて逃げ隠れたい。

 でも、横からニーファがこっそり俺の手を握って道を遮るかのように横に居る。

 ……今が幸せか否か、か。


「………幸福とか不幸とかは、今まで俺にはわからなかった。最初から何も無かったから……与えられない生活が当たり前だった。友人とか仲間とか家族とか……その重要性を知ったのはこの世界」


 言葉を絞り出す。

 顔を見られたくないから、俯いて、長い前髪を垂らして視界を隠す。

 父と母は無言で俺を見つめる。


「……父と母と触れ合い、なんて初めてだった」


 前世の家族は、なんだったのだろうか。

 思い出すのは前世の親。

 自分には甘く、他者には厳しい……妻である俺の母にも当たり散らしていた父だった男。

 できちゃった婚で仕方なく結婚した上に、父の暴言暴力から怯えながら、俺と妹を守ろうとして……最後は耐え切れず身投げした母。


 性格も至って普通だった母親は、俺に愛情を与えられなかった。

 愛情を与えるよりも、俺達を見て父親の事を忘れて目を瞑り、現実から逃げることに専念していた。

 ……離婚すれば良かったのにと思うが、既に母親は壊れていたのだろう。

 人間不信、社会不信、この世の全てへの不信感に押し潰されて死んだ。


 精根がねじ曲がっていた父親は、俺に苦痛と無心を与え続けた。

 ギャンブルに手を出さなかったのが幸いだが、酒浸りの毎日を生きて、俺と妹は空気だった。下手に手を出して怒られるのを恐れていた。

 ……母親が自殺した時も、「結局何も残しやしなかった」と言って欠伸をかいていたのは幼い記憶にも鮮明に残っている。

 挙句の果てにコイツは冬に徒歩で居酒屋まで通って、寒い夜に酔っ払って電柱に衝突して凍死した。


「……前世の環境は、一般的に見て悪かったんだと思う。あの景色が俺にとっての常識で、変えようのない世界で……地獄だった」


「それがいつの間にか変わっていて」


「今じゃ…親が居ることに安心感を覚えている」


「今度は……大切なものとしていなくなっちゃうんじゃって思ってる」


「ただただ……それが怖い」


「でも……」


 矢継ぎ早に語った俺は、人生で初めて愛を持って接してくれた親を見る。

 ……ちょっと辛くて涙が出てるけど。


「今は、それとなく……幸せ、なの、かな?」


 母さんが俺を抱き寄せて、父さんも重い腕を動かして俺と母さんを囲う。

 今一番辛いのは、父さんだろうに……


「大丈夫、大丈夫よ」

「今は俺達が居る。ユメも、ニーファ殿も。メリア嬢もいる。みんな、お前といるさ」

「くっ……」


 涙が溢れる。

 止めたいのに、止まらない。

 嫌なのに。嫌なのに────────


「俺の事は気にするな。アレク。お前は……お前の務めを果たせ。お前の生きる意味を追求しろ」

「……うん」

「俺は……魔王の座をおりて、エリザと二人で隠居生活でもするさ」

「あらあら……隠居だなんて歳じゃないわよ〜?」


 あぁ……まったく。

 自分の事を知られてないと思ってたのは、俺だけだったか……全部、知られてたとは、な。

 暫くは寝たきり生活とはいえ、父さんもお茶目な事を言い出しめる始末。


「ふふ……夫が倒れてる所で言うのもなんだけど、今まで以上に甘えてくれていいのよ?」

「……考慮しておきます」

「考えなくともいいだろう……ユメ、来なさい」

「は、はい!」


 状況を何とか飲み込んでいるユメに、父さんは言葉を掛ける。

 そして、ユメの頭に手を置いて撫でる。


 グロリアスとムジカは、空気を読んでか宮廷医師が部屋に入ってこないように見張っている。

 というか、追い出してた。


「お前が16になったら戴冠式を行うと言ったな」

「はい」

「だが、少し予定を早めることにする」

「……はい」


 父さんは、娘の頭を撫でながら、考えるように発表する。


「お前を今この場で魔王代行とし……《四堕神》の全てを倒した時、お前を正式に王とする」

「は、はい!」

「全てが片付いた時は……何年経つかは知らんが、アレクが早く終わらせるだろう?」

「勿論。徹底的に潰しますから」

「それに……16まで待っていたら、俺の荷が重い」

「……精進します」

「ふっ……そう固くなるな。史上最年少の魔王として気楽にやっていけ」

「うっ…気楽には無理です」


 軽く笑い声が上がりながら、ユメの魔王代行の座が決まる。

 ……既に、ユメは魔王としての器は出来ている。後は気持ち次第と言ったところか。


「……お兄様」

「ん?」


 ユメにも前世の事を知られてしまって少しこそばゆいのだが、そんな事おくびにも出さずに耳を傾ける。


「…私は魔王代行ってことは、《魔界執行官》のお兄様は私の部下って事で良いですよね?」

「えっ……あ、そう言えばそうだね」

「ですから……いっっっっぱい私のお手伝いして頂きますね!」

「うへー……」


 未来が不安になってきたよ。

 俺が苦笑いを浮かべていると、ニーファが俺の肩をチョンチョンと叩いてくる。


「…良かったの」

「……悪いな」

「気にするでない」


 どうやら、今世の俺は恵まれているようだ。

 ニーファが掴んで無かったら、転移魔法で大脱走をしてたかもしれない。


 ……さて、妹の戴冠式を16から早めたんだから、15の時には王冠を被らせて上げないと。

 えっと、ユメとは一歳差だから……最低でも四年は掛けてもいいのか。


「ま、みんなで寄り道しながら頑張るさ。なぁ?」


 声を求めて皆を見れば、微笑んで肯定する。


「……父さん、早く敵を殴れるぐらいには回復してね?」

「ははっ。そうだな」


 家族の見えていなかった問題は片付いた。

 残るは……暴露の原因を作った四柱の神の討伐……いや、目先の魔統神の討伐。

 そして、裏切ったブロッケン。


 まずはま王国に平和をもたらさなきゃな。


アレクの今世が幸せなら本望です

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