魔都の戦い
第三者視点です
アレク達が魔都を出払っていた同時刻。
戦場になる不安と恐怖に煽られる魔族の民が結界で固められた家に籠っているお陰か、人っ子一人路地を歩いていない魔都エーテルハイト。
更に城壁にもアレク特製結界が張られており、様々な予防線を張った上での安全性を確保している魔都の中心地、魔王城の正門前に二人の人物が立っている。
それは、魔都に残った二人の四天王。
《力》のアンデュラー=アームストロング。
《棺》のヘイディーズ・エンド。
筋肉を料理人の衣装に無理矢理詰め込み、顔に一筋の剣傷がある大男と、漆黒の外套と怨念の炎の様に揺らめく火の瞳を持つ骸骨の二人。
綺麗で巨大な肉切り包丁を背負ったアンデュラーは、目の前に広がる生物無き道を見る。
「……静かであるな!」
「そう思うのならば、声を荒げるでない…」
身体に似合う大声で感想を述べるアンデュラーに、ヘイドは呆れたように首を振る。
二人は、万が一敵が魔都に侵入した際に敵の攻撃を食い止め、捕縛するのが使命。
故に、もっとも城と街に近い門に立っている。
そこからは、互いに無言で気配を研ぎ澄ませる。
結界とて、完璧などありえないのだ。
必ず何処かに穴がある。そこを突かれてしまえば、敵は簡単に内部へ侵入してくる。
何時でも対処できるように、静かに佇む。
そして。
アンデュラーが背中の肉切り包丁を手に取り、
「…………ふっ!!!」
背後に向かって一閃。
門の尖った装飾部を切り裂きながら、背後にいた男を襲うが、間一髪避けられる。
「おっとぉ……危なかったぜ、なぁ?」
背後を取っていたのはナックルを嵌め、口元を覆うタイプのガスマスクが特徴的な、風になびく軍服コートを来る頭をツーブロックに刈り上げた男。
「ヒッヒッヒッ……動くのが早すぎるんじゃよ、ガムサルムや」
「はっ!目の前に俺と渡り合える強者が入れば、戦いたくなるのが破壊者ってもんよ!」
更に空から降りてきたのは、以前先行部隊襲撃時に現れた、書物を持った老人の神徒、バイオン。
「……どうやって入ったか、御教授願いたいですなぁ〜…バイオン殿」
「むむ?……あぁ、魔王に仕える死霊術師殿。なぁに高い授業料を払っても教えやせんよ」
互いに向かい合う四人。
方は魔王国の最強料理人と最強死霊術師の精鋭。
方や神徒となった古き魔族の精鋭。
「俺の名は《破砕の神徒》ガムサルム!!《力》のアンデュラー、貴様との勝負を俺は望む!」
「ふっ……良いだろう!受けて立つ!」
ガムサルムの申し出にアンデュラーは乗り、互いに拳と肉切り包丁を構える。
「……此方は魔術、魔法勝負ですかな?」
「そうなるじゃろうなぁ、ヒッヒッヒッ…」
二人の老人は空に浮かび上がり、互いの魔法媒体である、本と杖を構える。
まず最初に動いたのは、敵同様に戦いを求めていたアンデュラーだった。
「いざ尋常に─────」
アンデュラーは肉切り包丁を振り上げて、地面に振り下ろし、石畳に触れた箇所から肉が斬れるように二つに調理される。
「───────勝負ぅぅぅぅっ!!!」
戦いの火蓋が切られたのだった。
◆アンデュラーVSガムサルム
「はっ!流石の威力と切れ味だ!」
ガムサルムは肉切り包丁を空に飛んで避けると、空中で体勢を変えてアンデュラーに鉄拳を穿つ。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
「ふぅぅぅぅん!!!」
魔力を込めた拳が何百にも増えたように錯覚する程の速さで繰り出される拳。
それを華麗に、肉切り包丁の平で防ぐように捌くアンデュラー。
「はぁっ!!」
ついに、鉄拳の一つが街の建物に触れ……
バリン!!
張られていた結界を文字通り破壊する。
「なんとっ!」
「俺の力は《万象の破壊》っ!俺の前では如何なる結界も壁も存在も!全てが破壊される!」
「なるほどなぁ……だが、我が愛刀が破壊されてないのは何故だァ?」
「何を言うかと思えば……敵の主要武器を壊してしまえば、つまらんではないか!!」
破壊の限りを尽くす神徒は、破壊の為に拳を振るうが、戦闘の為に相手の武器を残す。
もし見境なく攻撃するなら、如何なる武器も名刀も神器も全てが砕け散る。
それを敢えてしないのが、ガムサルムなのだ。
「ではご期待通り……力を出し合おうか!!」
アンデュラーが身体全体を使って肉切り包丁を大振りに回転させ、結界の壊れた建物を斜めに斬る。
斬られた上半分の建物は、滑るように地面に落ちて地響きを立てる。
その切断面は綺麗に整えられていた。
……幸い、その建物の中に国民がいなくて良かったと地味に安堵したのはアンデュラーの秘密である。
「アンデュラー様っ!!っ、これは……」
「敵襲だ!城にて防衛の準備をしろ!」
「はっ!」
騒ぎを聴きつけた兵士に伝令を飛ばし、アンデュラーは戦いに集中する。
「はぁっ!!」
「おぉおっ!!」
ガムサルムとアンデュラーの武器を見れば、どう考えても肉切り包丁を持つアンデュラーの方が有利だが、破壊の力を持つ鉄拳のガムサルムが有利と言えなくもない。
だが、アンデュラーの肉切り包丁は普通の武器では無かった。
《鮮断刀クークマッド》と呼ばれるこの魔剣は、肉を断ち魚を捌く様に、生物や大地を切断する事が出来るだけでなく、切断した物体の鉄分や血を吸収し、蓄積して刀身の強化や再生を自動的に発動する一品。
例え、刀身が折れたとしても蓄積した鉄分を利用して折れた箇所から刀身が再生する。
それを利用した戦い方もアンデュラーは持っているのだが、相手には効かないと感じ取って愚直に刃を振るい続ける。
ガムサルムの鉄拳も特殊で、彼の破壊能力に耐えることが出来るように、《不壊》の加護を魔統神に施されているお陰で、鉄拳自体は彼にも、彼以外にも破壊出来ない神器となっている。
《不動神拳》。
何者にも破壊されない不動なる神の拳。
どちらも高い性能を持ち、強者の積み上げられた力によって練られた攻撃は、両者拮抗状態のまま終わりまで延々と続くのだった
◆ヘイディーズ・エンドVSバイオン
魔都上空に浮かぶ二人の魔術師。
どちらも禿頭の頭(骸骨も髪ないしね)を光らせながら、互いの得意魔法で戦いを繰り広げていた。
正確には、バイオンの魔法連撃をヘイドが街に被害が出ないように捌いている。
「《エレクトル・レイ》っ!」
「《死蝶の舞》っ!」
地面と平行に飛ぶ極太の雷の矢と、不規則に飛び回り盾となり消滅する紫色の蝶。
互いの中間の距離地点で消滅し合う魔法に痺れを切らし、バイオンは別の魔法を詠唱する。
「《ブリザード・レイ》……はて、効くかの?」
視界を覆い尽くす暴風雪。
空気すら凍結させて塊となって地面に落とすが、そもそも酸素を必要としないノーライフキングであるヘイドには、腕を凍らせる程度の効果しかない。
「魔法耐性は高いのだが……よく凍らせるものだ」
「ヒッヒッヒッ……これも儂が得た知識の力よ」
自慢げに笑うバイオンを見て、骸骨の王は口元の骨をカタカタ鳴らしながら笑う。
「全く持って関心する。バイオン殿、貴殿は封印されている間も魔法研鑽をしていたな?」
「……よくわかっとるのぉ」
「なぁに……昔手合わせをした時よりも強くなってるからな」
「ん?…今なんと……」
何か疑問を得たバイオンに、考える暇を与えさせまいとヘイドは死霊術を発動する。
「《百鬼夜行》」
ヘイドの周囲の空間が歪み、ひび割れる様に生まれた穴から、続々と死の隷属者が這い出てくる。
腐乱死体、白骨死体、彷徨う怨霊、首無し騎士、食屍鬼……アンデットに分類される様々な不死者が空中を滑るように攻撃してくる。
「ちっ……《イグニート・レイ》っ!」
「ふむ。やはり燃やすか」
アンデットに炎は有効。
取り敢えず死体だから燃やしとけば動きを止めてそのまま灰となるのが普通のアンデットだが、召喚主は至高の死霊術師ヘイドである。
地獄の業火とも言える炎に、怯えることなく突撃するアンデット達は、炎が身体に触れても、焼けて燃える事無く前進する。
「勿論、炎対策はしてある」
自信満々に言うヘイドを見て、バイオンは舌打ちをするが、無視をして魔法を放つ。
「これでどうじゃ!《プルガシオ・レイ》っ!」
「……っ!」
眩い光は魂を浄化し冥府へ送る聖なる攻撃。
僅かながらもヘイドにもダメージを与えながら、召喚されたアンデット達を聖光の導きの元消滅させる。
「……浄化の光で消えんとわ……これには儂もびっくりじゃのぉ」
神器でもある書物のページが独りでに捲られるのを見ながら、バイオンは魔法を撃ち続ける。
《始まりの魔導書》。
全ての始まりと云われる伝承から生まれた禁書であり、レイの名を持つ強大な魔法が記される。
更に、この本を持つ者は時空の力を受けることが無くなる。
バイオンはこの書物を持っていたことで封印されている間も自我を手にし、主そっちのけで魔法研鑽に三千年間を費やしてきたのだ。
「……ヘイディーズ・エンド、貴様、なにものじゃ?」
バイオンは手合わせをした時から感じていた疑問を放つ。
何故か自分を知っているかのように話す口調に。
「……ふむ。手当り次第禁書を読み漁って呪殺された学友と言えばわかるか?」
「…………ほえ?」
あまりにも間抜けで真似したくない死に方をしたと言われても、バイオンの頭に浮かぶのは……
「えっ……もしかするとじゃが、シューイチ?」
「その通りだぞ」
「………シューイチぃ!?」
目をひん剥いて後退りする程の驚きようを見せるバイオンに、ヘイディーズ・エンドは笑う。
「……お主、アンデットになっとったのか…」
「実は興味本位で楽観的に触った禁書の一つに『死亡時に強制的に骸骨として蘇る』なんて呪いがあったみたいでな?」
「随分とピンポイントな呪いじゃな」
久しぶりにあった友人の様に戦闘をやめて会話を始めるバイオンと、ヘイド……旧名シューイチが奇妙な再会を果たしたのだった。
「……確かアレはお主が魔法の可能性とか叫びながら図書館を走り回ってたころじゃった」
「随分と懐かしい話題を持ち出すんだな」
「……お主の馬鹿騒ぎのせいで、同期の儂が何度も呼び出されて怒られたんじゃぞ!あの事はまだ根に持っとるからな!」
「程よく忘れるのが長生きの秘訣だぞ」
「黙れい!」
肩で息をしながら昔の事を怒るバイオンに、ヘイドは朗らかに笑いながら俺は悪くないと手を振る。
「別にアレは私のせいではなく、お互いの失敗だと思うんだが?」
「……そうじゃったか?」
「私が机に置いた爆発性粘液の入ったフラスコを、お前がコケて机にぶつかった結界、倒れて割れてドッカーンだったぞ?」
「……言われてみれば、儂コケてたな」
「骸骨とは言え、記憶力は衰える気配がないのが凄いところなのである」
どっからどう見ても老人の会話である。
別の神徒と料理人は本気で殺しあってるのに、ここだけ空気が違う。なんでだ。
「……ま、まぁ良いわ。相手がお主と知れたからには、心置き無く攻撃できるわい」
「もっと友人愛とか無いのか?」
「お前に対して持っとるわけないじゃろうが!!」
戦闘再開。
だが、それは終わりの幕開けだった。
突然それは始まった。
魔王城の内部に、突如敵勢力である《神軍》が現れたのだ。
「「なにっ!?」」
アンデュラーとヘイドは、驚くように敵を見る。
「ヒッヒッヒッ……始まったようじゃのう?」
「……陽動だったのであるか」
「はっはぁ!魔王国蹂躙劇は始まったばっかだぜい!!」
「くっ!……守りきれるか?」
雪崩込むように時空の扉から出てきて魔王城の制圧に動く《真の魔族》たち。
城を守る近衛兵や一般兵士達が応戦するが、戦争を生き抜いた魔族としての威厳か、悉くを捩じ伏せる《神軍》。
魔王城上層にいる大臣や貴族達、非戦闘員達に被害が及ぶのも時間の問題であった。
「あの門は……?」
ただ唯一、この乱戦の中で違和感に気付いたヘイド。
既にない瞳の代わりに存在する眼炎には、見覚えのある門が映っているのだった。
ヘイドが骸骨化する前の招待は人間でした。
彼の死因から察するに、禁書を読み漁って魔神杖に呪力を吸わせてるアレク君も実は相当危ない橋を渡っていることがわかりますね。
さて……始まる混乱の中、魔王国はどうなる!?