死を配達する黒山羊郵便
◆銀水の神徒メノウ
「くっ……陛下」
「ヒッヒッヒッ……なんとか間に合いましたぞい」
クライル海岸に開いた異界の居城。
《魔皇城エグメニオン》王座の間にて。
翁が片腕を失ったエインシアを連れて帰還した。
彼女の目には部下を悪用された怒りと敗北を喫した後悔が漂っていた。
………剣術バカが異例異質の魔法使いを相手に矛を交えられたのは彼女の生粋の天賦と努力によるものか。
「ご苦労……エインシアよ」
「はっ」
「失態だな」
「……返す言葉もございません」
「翁に腕を治療してもらえ。故に、しばらく安静にしていろ……ここで無理に動かせば、今後の戦に響く。次の機会を待て」
「……寛大な処置、感謝致します」
陛下から許しと時間を頂いたエインシアは、部下である魔族達に運ばれて、翁の医務室に連れてかれる。
先行部隊を敗ったのは、忌まわしき彼の手。
あの夜の闘争は忘れない。忘れるわけがない。
我が儀式を完遂させ、翁の転移魔法で帰還するだけだったというのに、彼奴と従者の襲撃のお陰で任務失敗になる可能性があった。
……翁から、緊急用の転移魔導具を渡されていなかったら、恐らく悲願叶わず。死んでいただろう。
「……バイオン。あの少年を見てどう思った?」
陛下が翁に質問を投げかける。
投げかけられた質問に、翁は頭を下げながら本音を吐露する。
「……はっきり言いまして、レベルが違いまする。卓越した戦闘技術、持て余す魔力量、いとも容易く禁術を行使する行動力。………総合的に考えて、女神の創造物にしては逸脱しすぎているかと」
「……メノウ、貴様も奴と相見えた事があったな?」
「はっ」
陛下の質問に答えなければ……だが、言いたい事がありすぎて不敬にならないだろうか?
「……好きに話して構わん」
「では………すぅぅぅぅ〜〜〜〜…………」
空気を勢い良く吸い込んで、我は叫ぶ。
「ぜぇったいアイツおかしいって!?頭の中絶対狂ってる!!笑顔で奇襲してきて血文字のサインくださいとか!?自分を起点に禁術自爆して水を消し飛ばしたりとか!?平然とよく分からん黒いの造って放つとか!?そもそもポチって見た目に合わないだろう!?そもそも12歳とか絶対嘘だ!何かしらの情報操作が行われてるに決まってる!!」
「……わかった。お前の奴への評価はよくわかった。もういいぞ」
「……はっ!……取り乱してしまい大変失礼しました」
「ヒッ……お主が感情に任せて叫ぶ程の小僧か…」
「アレの相手をするには正攻法は無理かと」
「……じゃあどうしろと?」
「…………そこは《魔皇四将》全員で考えるべきだろう」
「それって押しつけじゃな!?」
ふぅ……陛下の前だと言うのに、息継ぎ無しで叫んでしまった……失態失態。以後反省しなければ。
《銀水の神徒》の名を頂いているのだ……名に恥じぬ様にしなければ。
……恐らく近い内に面を合わせるはず。
その時必ず奴を………
「伝令っ!!伝令っ!!」
王座の間に無遠慮に走り込み、倒れ込む陛下に忠誠を誓った兵士。
その顔には焦燥と絶望が浮かんでいる。
「……何があった?」
陛下は極めて冷静に問う。
「はぁ、はぁ……報告します!クライル海岸の駐屯地にて謎の魔獣が襲撃!現在、親衛隊が食い止めっておりますが……」
「……それは黒い異形か?」
「っ!……その通りでございます」
つまり。
……流石《大天敵》だな。我々の拠点に黒山羊とやらを送り込んできたか。
「……行くぞ」
「「はっ」」
陛下自ら戦場となった海へ転移する。
我と翁はその後ろに付き従い、最大限の警戒態勢を轢く。
周囲に銀の水を浮かせて、常に戦闘態勢を崩さない。
「……アレか」
早速着いたクライル海岸駐屯地は、酷い有様だった。
「メェェェーー!!!」
異形の塊である混沌、黒山羊と我が軍の親衛隊が絶賛交戦中の状態。
駐屯地の壁の一部は破壊され、散らばる建物の残骸と兵士達の死屍累々が目立つ。
更に撒き散らされた唾液と瘴気が海岸を悪しき世界へと生まれ変えさせていた。
「三千年前でも、こんなのは無かったのぉ…」
「戦争と言うよりは虐殺だな」
客観的に答える陛下は、アレク=ルノワールが産み出した魔族の成れの果て…黒山羊と応戦している親衛隊を見て、号令をかける。
「親衛隊!ここは我に任せて下がれ!」
「っ!……はっ!」
《真の魔族》の中でも選りすぐりにして忠誠心の高い彼等は、多少のかすり傷はあるもののなんの事無く黒山羊から距離をとる。
「メェー……?」
黒山羊は獲物を探すように辺りを見回し……眼球や鼻らしき物は無いが……何故か陛下の方を向いて牙を剥く。
「メェェェ!!!」
黒山羊は唾液と瘴気を撒き散らしながら突進。
先程エインシアに斬られた触手なんて、初めからそんな事無かったかのように綺麗に再生している。
「ふん……これが黒山羊か」
陛下は手元を振るい、魔法陣を展開せずに生み出した十三の魔力球を一斉掃射。
闇の魔力に神気で強化された神の魔弾を、黒山羊は避ける暇もなく全て被弾する。
「メ"ェェエエ〜!?」
野太い奇声を上げながら、数歩下がる。
更に魔力球。陛下は魔力球で生じた煙で見えなくなるまで異形に魔弾を着弾させる。
「メェェェ………」
黒山羊は肉体の四割が損傷した。
左前脚と、胴体の三分の一が魔力球によって消失していた。
しかし、未だ倒れぬ異形に陛下は息を吐きながら再び魔力球を展開するが……
「……イタイヨウ」
「っ!」
黒山羊の円形の口から人語が聞こえる。
それを境に、黒山羊の肉断面から六つの口が這い出てきて一斉に叫び出す。
「タスケテ……ヘイ、カ」
「イヤダ………キエル…イヤダ…ッ!」
「クルジ…イタイッ!」
「ニクゥ……ニク、ヨコセェ……」
「アヒャヒャヒャヒャ!!!」
「ミエナイ……キコエナイ……ワカラナイ!!」
「ママァ……オウチニ、カエリタイヨォ……」
悲痛な声を上げる六つの口と、正面の口、まだ無事だった口の、八つの口が叫び出す。
……元を考えれば、コイツは先行部隊の死体から創り出された物だったか……
陛下は命乞いをするかのように叫びながら、八つ当たりの様に触手を飛ばして暴れる黒山羊を見て嘆息を吐く。
「……許せ、我が同胞よ」
一閃。
陛下の手から放たれた小さな黒の閃光が黒山羊に触れる直前に巨大化。
黒山羊の全身を打ち砕きながら部下の悲運を終わらせる。
「メェェェーー……」
光線で頭部(?)以外の全てが消えた黒山羊。
化物は静かに叫び、その短き命を終える。
全員がその光景を見つめていると……
『あれ〜……神自ら出て討伐ですかそうですか』
「っ!?」
何処からか聞こえる忌まわしい子供の声。
「どこだ!どこにいる、アレク=ルノワール!!」
『あ、メノウ……お前らの目の前にいるぞ』
アレク=ルノワールの声は黒山羊の口から聞こえていた。
『直接対面じゃなくて申し訳ないけど、はじめまして、魔統神ダグロス』
「……こちらこそ、会えて光栄だ。《大天敵》」
『では、本題に黒山羊郵便の配達はどうだった?』
「……なんだと?」
コイツは何を言っている?
『えー……ほら、その黒山羊って貴方達の兵士が素体ですし……一応、返却しておくべきかな、と』
「貴様……っ!」
『そう怒んなって……なぁ、これどっちが悪者かわからなくね?』
『どう見てもお主が極悪人じゃが』
『……自粛します』
どうやらアッチでも全会一致で思われたであろう事を言われたようだ。
今の魔族を脅かしている我々は確かに悪かもしれんが、この仕様を見ると貴様らが悪に見える。
『……進軍辞めてくれたりしません?魔統神様』
「残念だが……その言葉は受け入れられんな。今の弱き魔族を変える為には、必要な事なのだよ《大天敵》」
『……際ですか』
言葉だけだと悲しそうに伝わる少年は、少し逡巡してから言葉を放つ。
『……じゃあ、此方も全力で貴方達を潰す。特にメノウ。お前は妹を利用した罪で許さん』
なんかイチャモン付けられたんだが。
『それでは《神軍》の古代魔族の皆様、さよーならー』
グチャっ、ブチッ。
言葉と共に黒山羊の残骸が潰れて血肉を撒き散らす。
「……城で緊急会議を開くぞ」
「「「はっ」」」
陛下は召集をかけ、《魔皇城エグメニオン》の異界に入り戻る。
我々もそれに付き従い、今後の作戦を考える。
あの他人を舐め腐った餓鬼は、徹底的にシバいて我が倒す。
陛下にこれ以上心労をかける訳にはいかぬ故に。
どっちが悪かわかったもんじゃない