饗宴の黒山羊
最初はモニターを見る二ーファ視点です。
◆銀竜姫ニーファ
「ふぅ……良かったぁ」
アレクが一刀両断されたが、それが分身であった事を知って、安堵の溜息をつくユメ。
クロエラが作ったモニターはとても便利じゃな。あの蠅が凄いとも言えるが……
……作戦会議に参加してる者の一部は、アレクが勝つと決めかかって次の作戦を考えておる。
……どうせ、また分身でも使うんじゃろと思っとったが、マジで使いおった。
パターン化しておらんか?
…敵の錯乱には丁度いい事はわかるが。
「……ニーファ殿、《神軍》はやはり……」
魔王が我に投げかける質問は、本人の中では既に固まっていても、引っかかって気になるのじゃろうな。
「三千年前の魔族……つまり、魔統神に従って封印されたお主らの祖先じゃな」
「……神徒はあの女だけ、か」
先行部隊の人員は、《魔皇四将》を名乗ったエインシアという神徒と古き魔族八人で構成されておったが、どうにも楽すぎる。
「三千年前の魔族は今よりも強かったが……連中は相手が悪かったの」
「………というと?」
「アレクは既に、魔族という枠組を壊して、既に超えておる。いくら戦線で生き残ろうが、後方支援で生き残っていた者だったであろうと、お主の息子は普通に相手してお巫山戯を入れて勝つじゃろうよ」
「……過大な評価、父として感謝する」
三千年前の魔族と現代の魔族。
お互いが戦闘に発展すれば、高確率で三千年前の魔族が勝つ。
昔は戦争がすぐ始まって終わってを繰り返しておった故に、戦闘経験が豊富な魔族が多いし、魔統神の部下である奴等は《神魔大戦》の経験者が今も生き残って此度の戦争に来たのじゃろうな。
しかし、現代の魔族は戦争経験が無い。
中級から上級の階級魔族は、魔力量や種族値が非常に高い者が多い為、寿命が数百年単位で長い。
そんな数百年でも、魔族が関する戦争は起きておらんかった時代が長く、魔族は平和な停滞期を迎えていたおかげで、全体的に力が衰えたのが、魔統神達にとって気に食わぬ事なんじゃろうな。
「……ん?」
アレクの奴……普段の無邪気な顔と一転して邪悪と悪戯心に満ちた顔をしている。
同じくモニターを見ていた者達も、アレクの顔の異変に気づき、不穏な空気を抱く。
「……何をする気じゃ、あのバカは」
「お兄様……?」
そして、奴はエインシアから距離をとるように後方に飛ぶと、呪文を詠唱する。
『《我は怨底の闇を知る者・───……』
モニター越しに響く、聞き覚えのある黒魔術の呪文の一節。
「この呪文は………」
……あぁやっぱり。
アレク、お主は……
相手が何であろうと、誰であろうと、自分の思うがままに理不尽を極めるのじゃな。
まったく。目が離せんわい。
帰ってきたら、わざわざ禁術を使って遊んだ事を説教しなければな。
禁術は玩具ではないんじゃからな!
◆大天敵アレク
「《我は怨底の闇を知る者・───……」
エインシアの殺気を横目に、以前使おうとして使えなかった黒魔術を詠唱する。
戦闘目的の禁術なら、アレンジを加えて名称を唱えるだけで魔法行使をしているが、これは錬金術と死霊術の禁じ手なので、精密な作品を造る為には、少し時間をかけなければいけない。
「《我は呪界の夜を知る者・───………」
俺の詠唱に伴い、手の平に現れる七つの魔法陣。
禍々しい紫色の魔法陣は、ゆっくりと回転しながら瘴気を放ち始める。
「っ!────させるか!」
事態が最悪な展開になる事を察したのか、今更動き出したエインシア。
しかし、身体を蝕む瘴気を前に歩を進めるのを躊躇う。
それが正解だ。
術者と俺が認めた奴以外がそれ以上進めば、瘴気に侵蝕されてオワタだったろう。
「はっ!…そこで大人しく見てるんだな!」
長い長い詠唱はまだ二節目。
「《輪廻に還りし魂よ・汝の乖離せし血肉を捧げ給え・我が闇の恩寵に・終焉の夢を手に・───………」
詠唱を重ねる度に、淡く発行して闇を凝縮する魔法陣が、手の平から離れ、自由の空へと浮かぶ。
七つの魔法陣が組み合わさり、魔法文字が球体を作り出す。
そして。
「……っ!?死体が……」
先行部隊の古き魔族八人の死体が、独りでに宙に浮き、魔法陣へと吸い込まれるように消えていく。
既に球体の中は見通せぬ暗黒で、吸い込まれた死体がどんな原理で消えたのかも説明が出来ない。
「《───終わりなき饗宴を創り上げよ》!!!」
七節の呪文詠唱が終わると同時に、暗黒球が大きく膨張し、魔法陣が塵と砕かれ吸収される。
『天界図書館』で試しに使用した時よりも遥かに多い量の魔力を消費して─────されども底は尽きずに、禁術……《ネクロ・オーン》が完成する。
「死体融合禁術……有機物を融合する錬金術と、死者を操る死霊術を組み合わせ、冥府の混沌を産み出す禁呪だ」
巨大な暗黒球──推定六メートル──が空から落ちてきて、俺の横に着陸する。
ズドゥン……と大きな音と地響きを立てながら、災厄の化身が誕生する。
繭を破るように表面の暗黒が割れて、一つの形を作っていく。
「──────グペッ…ギシャァ………ヤァァァァアッ!!!」
誕生したのは、四足歩行の漆黒の異形。
頭と呼べる部分は無く、首があるべき場所に不規則に並ぶ異質な牙と円形の口。
背中から伸びる無数の触手が宙をまさぐり、脇腹にも存在する口が呻き声をあげる。
発達した異形の足と硬く綺麗な二本爪を見せながら地面を軽く叩き、地にいることを実感する。
「紹介しよう──《黒山羊》と俺は呼んでいるが、実際は冥界に住む《混沌》の贋物だ」
《混沌》。
初めて話で聞いたのは、《鉄剣》リョーマの転生物語だったな。
二度目の人生で苦労しないように、最強の力を得る為に挑んだ試練で、数百年を掛けた相手が《混沌》の中でも定められた枠に収まらず、暴走した世界の摂理に必要の無い悪だったらしい。
目的を忘れ、堕ちた神の摂理は消さなければいけないんだってさ。
そしてコイツは、いわゆる《混沌の問題児》を産み出す禁術。
本来なら《破壊神》が産み出すソレを、俺が死体を使って命ある贋作を作り上げたのだ。
「っ……」
今も尚放たれる瘴気に目がくらんできたのか、足元が覚束無いエインシア。
正常な《混沌》なら瘴気を抑えられるし、毒性なんて無いらしいが、神すらも苦しむ瘴気を持つ贋作は、やはり枠組に収まっていなかった。
創造主である俺には見向きもせず、目の前の怖いそうな餌を見てヨダレを垂らす。
「……さて、エインシアさん」
「な、んだ」
「先に一言、お別れが」
「………」
俺は満面の笑みを浮かべながら、本音を吐露す。
「……メノウよりも弱かったですよ!」
剣術に特化したエインシアよりも、水の魔術師であるメノウを相手にする方がよっぽど大変だった。
あんな儀式の中枢を任せられたんだから、メノウは相当の地位と力と信頼を持ってたんじゃないかな?
さぁて、魔力量に問題は無いが、残量は残り七割。八割ぐらいないと心許ないから、早く帰りたいんだよね。
ということで。
「ポチ……アレが君を作った原因だ。呪い恨むなら……あいつを殺せ」
「メェーー!!!」
今頃羊要素だされても困るが、黒山羊は産まれたばかりなのに、山を駆け巡る獣の様な速さでエインシアに突撃する。
エインシアは怯みながらも、その神剣を構えて、技を放つ。
「絶技……《無一天・刹那》っ!!!」
へぇ………凄いのできんじゃん。
頭を喰らい潰そうとする黒山羊の身体を避けて、その悪魔の背に神剣を振るう。
次元を斬り裂く神の大剣が、黒山羊の触手を数本斬り、世界から消滅させながら、その凶刃は俺すらも斬ろうと向かってくる。
だが。
「ぐっ……あぁっ!?」
「メ"ェェー」
身体の脇腹に着いていた口に大剣を持っていなかった方の左腕を噛みちぎられる。
予想外、本来の生物ならありえない場所についた口は想定していなかったのだろう。あっさりと千切られた腕は、ゴリゴリとニチャニチャと骨と肉の咀嚼音を鳴らしながら口の中へと消えていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
瘴気に身体を毒され、絶技も効かず、左腕を持ってかれたエインシアに、最早勝ち目はなかった。
トドメを誘うと黒山羊が振り返り、俺が魔神杖を構えると、
「ちょーっとコレは不味いのぉ……」
「!?」
空間に裂け目ができて、そこから老人が現れる。
魔導師を彷彿とさせるローブと本を片手に持つ禿頭に大きく伸ばした白髭のおじいちゃん。
彼は消耗したエインシアを軽々拾い上げる。
「っ!!ご老体、私はまだ……」
「それは無理じゃて、嬢ちゃん。この撤退は陛下からの命令じゃぞ」
「………陛下、からの命令」
「そうじゃっ」
あれだけされて未だ戦意の消えないエインシアをなんとか説き伏せた老人は、俺と黒山羊を見て、静かに笑う。
「ヒッヒッヒッ……怖いのぉ。お主のその才能、力が。羨ましくも思うが……手にしたくは無いのぉ」
「おじいちゃん、あなた誰ですか」
「自己紹介がまだじゃったのぉ……儂の名はバイオン。《魔皇四将》の一人、《魔導の神徒》を名乗らせてもらっておる。ヒッヒッヒッ…」
幹部クラス三人目か。
しかも魔導ってことは……相手としてはうってつけか?
「悪いがここは逃げさせてもらうんじゃよ……ヒッヒッヒッ…」
「ポチ」
「メェー!!!」
「おっと…怖い怖い」
黒山羊の触手がバイオンを捕らえようとするが、軽く交わされて裂け目に戻り、そのまま裂け目ごと消えてしまった。
標的を失った黒山羊が、困った様に右往左往している。
……老人の神徒か。
厄介そうだな。
でもまずは勝利の雄叫びを。
「…………勝ったぞー…(そこまで達成感無い)」
「メェー!」
…勝利したのは良いが、仕留めきれなかったのがキツいな……まぁ、戦力低下は……回復魔法で腕が再生されてしまうか?
いや、ソフィアさんの件でエクストラヒールのレベルでないと部位修復は不可能……または霊薬を飲ませなければ治癒は無理……持ってる可能性も捨てきれないし、替えに困る部下なら使うか。
取り敢えず、
「……ポチ、あっちに沢山餌があるから、好きに暴れていいよ」
「メェェェーーー!!!」
異形の怪物は奇声を上げながら、俺が指を指した方向……クライル海岸へと走り去る。
「……蠅、集合」
戦場にばら撒いた蠅型の撮影機は皆無事。
視界内転移は有効だったようだ。
更に懐から魔導通信機を取り出してクロエラと回線を繋ぐ。
「………あー、聞こえるか?クロエラ」
『あぁ、聞こえるよ。アレク君……あれ、今君の所大丈夫なの?』
「大丈夫……今、先行部隊潰したところ」
『流石だねぇ』
「お前から貰ったモニターと蠅あんだろ?」
『……あぁ、あげたね。そういえば』
「今後の戦争の会議で役立つかもしれんから、少し性能を良くして沢山作っとくべきかも」
『さり気なく要求してきたね……まぁわかった。手が空いたら進めるよ』
「よろー……」
通信機を切って空を見る。
さっきのは別に報告しなくても良かったんだが、気分転換に利用しただけだ。
「……帰るか」
遠くから聞こえる黒山羊の叫び声をバックに、俺は魔王城へ転移するのだった。
「ただいま帰還しました」
「あぁ。ご苦労」
父さんに挨拶して、モニターを見ていた人達の視線を横目に、画面の片付けを始める。
その際に、ニーファがジト目を向けてきて……
「…禁術使う意味あったのかの?」
「……えっと、実験したかったし、いい死体処理になるかなぁって」
「あのなぁ……限度ってもんのがあるじゃろ?」
「敵のアジトに放り込んだから良くね?」
「処理に困っただけじゃろ?」
「…………イヤ、ソンナコトナイヨ?」
いや、生み出した生物を粗末に扱うわけないじゃないですか。
っていうか、元の素体は彼らの部下なんだから、帰って行っただけじゃないか。
「アレク様」
「ん?」
名を呼ばれて振り返れば、ヘイドさんが至近距離まで近づいて肩を掴んできた。
怖い怖い怖い!?骸骨が近いってば!?
「あの禁術をどこで出に入れたのですかな!?」
こんな感じでめちゃくちゃ質問攻めされました。
流石、死後も魔術に全てを賭した賢者。
知識欲に見境がない。
……勝ったのに損した気分なのは何故?