前世の痼と今世の情
痼とは「しこり」と読みます
「今日で夏休みが終わるっ!」
普通に生きている学生諸君なら夏休みの最終日は絶望が迫るのではないだろうか。
「良いではないか。若いお主はしっかり教育されるべきじゃと思うぞ」
「時間が経つのも早いですからね」
寮室のバルコニーに机と椅子を出して、ニーファと対面にして座り、メリアが紅茶を注いでくれている。
ちびっ子達は既に寝ている。
「夏休みかぁ……」
前世の俺は家に居るのが嫌で、夏休み中は殆どバイトか図書館に入り浸っていた。
更に学校の図書室にいた方が気楽だったので夏休みの終わりは逆に嬉しかった。
前世に見た世界は灰色だった。
しかし今世では真逆。
割と何時も自由にしてる気がするが、夏休みの終わりを惜しく感じてしまう。
……これが女神の記憶操作と人格矯正の結果か。
多分、前世の俺が今世の俺を見たらいつも通りの死んだ目で現実逃避してたな。
「色々とあったのぉ〜……あ主と居ると毎日飽きんのぉ…」
「流石、千年単位で暇だった神竜は格が違う」
「褒めてやってるのにその言葉はなんじゃ!?」
好きな人をからかいたくなるなるってのも、昔は意味不明だったが今ではわかる。
わかってしまった。
………前世を過去と切り捨てた記憶にも、大事に思っていたものがあった。
でも結局守りきれず、失ってしまった。
せっかく邪魔者も消えたのに、俺だけを置いて先に逝ってしまった。
それに比べて今の人生は……守りたいと思える人が居すぎて困る。
まだ12歳…断片的な記憶が蘇ったのは6歳からだが、俺は色んな物を得た。
前世とは違って、ちゃんとした父と母がいる恵まれた環境、最強種の嫁さん、役に立つメイド、可愛いスライムたち……その他もろもろの友人達。
「……死ぬに死ねないなぁ」
前世と今世では、考えてることすべてが真逆だ。
生まれ変わったと言うより、作り変わった、一度壊して再構築されたから今の俺がいる。
……夜天神にいい様に利用されてるのは分かりきっている。天父神らを排除したくて俺を見つけ、呼び出し、作り出した。
それが使命だっていうなら、嫌々、ダラダラやってやるさ。生かしてもらってるんだし。
「……なんじゃ、死亡願望でもあったのか?」
「いや、前世の事を思い出してた」
「……そうか」
「………前世、ですか?」
なーぜか悲観してるニーファとメリア。
……優しいなぁ。
「あぁ、メリアに俺が前世の記憶持ちって言ったこと無かったっけ?」
「初耳です」
「マサキとかと出身国はいっしょだよ」
「なるほど……」
素直に飲み込んでくれるメリア。
まぁ、この世界には転生者しかいないみたいだ。
マサキは死んだら《勇者天来》で召喚の形で転生したし、リョーマも死んでから試練を経て異世界に来た。
俺が知らない転生者、もとい異世界人はたくさんいるだろうし、受け入れも早いんだろうな。
「……前世の俺にも妹が居たよ。ユメみたいに可愛くて、よく懐いてくれていた」
振り返る。
嫌な環境に居ただろうに、健気に、元気という仮面を被っていた少女を。
「……そやつはどうなったんじゃ?」
「死んだんじゃないかな」
「え?」
母が自殺した要因だった父だった男が死んでから、まだ成人すらしてない兄妹二人三脚で頑張って生きた。
頼れる親戚もいなかったが、今までよりも生きている実感があった。
その時ばかりは、苦痛から解放されて、世界が色づいて見えていた。
「買い物から帰ってる間に消えてた」
「……消えた?」
「そう。目の前で交通事故が起きてな。妹の事を探したんだが、致死量の血を残して、跡形も無くいなくなってた」
「……にわかには信じられん。お主の世界には魔法など無かったのだろう?」
「さぁ?俺が知らないだけで知ってる人とか、使ってる人も居たかもそれないよ?……まぁ、妹が魔法少女でしたって伝えられても、何言ってんのコイツで終わったんだろうな」
目の前でスリップしたトラックに突っ込まれた妹。虚しく鳴り響くブレーキ音と彼女の後ろ姿を朧気ながら覚えている。
何度思い返してみても、あの状態から血だけ残して消えるなんて有り得ない。
這って移動したんなら血の跡が着くだろうし、飛ばされたなら何処かに肉片でも落ちてただろう。
でも無かった。
初めて身を襲う喪失感が過去の俺に渦巻いて、また灰色の世界へと逆戻りし、虚無を抱えて生きた。
まぁ、元に戻ったと言えるか。
結局、自分も死んでしまったから、家族全員結局死んだ。いなくなった。
前世に悔いがあるかと聞かれるなら、妹の消失の原因を知ることぐらいだな。
「……ま、今の俺は今の世界が好きだ。昔の妹を今の妹に重ねている訳じゃないが……やっぱり触れ合った人が死ぬのはやだなぁって」
「……そうじゃのう」
「ってことで、昔俺を殺す刺客だったニーファさん。奴隷で死にそうだったメリアさん」
「それは辞めてくれ……黒歴史じゃ」
「……やめてください。悲しくなります」
「はいはい」
気分一転。
今の俺に暗い雰囲気は必要ないのだよ。
しっしっ。
「ってことで、二人に渡す物があります」
「どういうわけじゃ」
「会話の前後に繋がりを持たせてください」
「随分と辛辣だなぁ君達!?」
まぁ、この空気が内のメンバーって証拠だな。
「はい、もらって」
アイテムボックスから手のひらサイズの箱を二つ取り出すして渡す。
ニーファには赤い箱、メリアには青い箱を。
早速二人はそれを開けて、目を瞬かせる。
「……勾玉か?」
「……これは?」
ニーファの手には紅い勾玉のピアス。
メリアの手には青い勾玉のピアス。
「近遠距離、空間隔絶中も魔力を使わずに通信が出来るイヤリングだ。もしなんかあったら使え」
ニーファが『盟約の宝珠』という勾玉ピアス。
メリアが『信頼の宝珠』という勾玉ピアス。
「一応、左耳に俺は両方付けてる。ほら」
耳にピアスやイヤリングを片耳だけつける意味は、右が守られる人、左が守る人。
性別的意味を加えるなら、男は左で「勇気と誇りの表徴」。女は右で「優しさと成人女性の証」。
俺は左耳に二つの勾玉をつけている。
前にニーファ、後ろがメリアだ。
ニーファとメリアは俺の言葉に従ってピアスを右耳に付けてくれる。
これで俺に何かあっても二人に通話できるし、意思疎通が可能である。
「大切にします」
「……ありがとうなのじゃ」
どちらもニーファとメリアの事を思ってだ。
こんな俺についてきてくれている二人に何かしらの物を上げないと思ったしな。
「ってことで二人共よろしくねー……メリアは俺たち二人の世話を宜しく」
「……え、それを宜しくされても困るんですけど」
「頼んだぞ、メリア。主に我の為に」
「………なんか凄く気分が落ちたんですけど」
これが俺たちの日常です。