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書記

作者: 悠太郎

…今夜も眠れそうにない。


私は自らのおこないの結果、このまま

ひとりで死ぬことになるでしょう。




あれはまだ私が30代の頃でした。

会社へ退職届をだした帰りに

自宅へ戻ると、家が燃えていました。


私の家の前で、多くの野次馬達が目を

輝かせながら私の家をみているんです。


…火事だ、と誰かが叫ぶ。

その声に群がるように、どんどん人が

集まってきました。


目の前には鮮やかな火が集まり炎と

なり、それらはとてつもない勢いで

舞い上がり、広がりました。


家はバチバチと大きな音と火花を周囲

に撒き散らしていきました。

熱を持ったそれらは私の全てを奪い去り

ました。


…また、火事だと誰かが叫ぶ声が

聞こえます。それは今でも鮮明に。



…人々はとても嬉しそうでした。




その後、私は全てを失いました。

自らの行いが全て返ってきた瞬間でした。

その頃から私は生への執着もなくむしろ

その時を望む事が多くなりました。

そして、世の中の全てが他人事に思え、

呑気に生きている人間達を恨みさえ

していました。



それから

私はホームレスになりました。


気がつくと私は雨の凌げる橋の下、

河川敷に住むようになりました。

こんな時でも身体は、本能は、

生きようとしたのでしょうか。

雨が凌げる場所を選ぶなんて。



橋の上ではありふれた日常が

あるのでしょう。たまに通る人間達の

笑い声が聞こえてきました。


コンビニでおにぎりを盗んで見つかり

、勇敢な青年に追われたこともあります。

彼の目は澄んでいて、正義感と使命感で

輝いていました。

私は逃げきりましたが、彼はさぞ悔しん

だことでしょう。



…私は人間達への恨みをこのノートに

記すことにしました。



確かに私のした件で、退職届を書くことに

なり、家が燃え、何もかもなくなりました。

因果応報です。しかし、今の私からすれば、

何も考えずのうのうと人生を謳歌し、私の

ような存在達をなかった事にして幸せそう

に生きている人間達は、彼らもやはり私と

同じ「悪」なのではないでしょうか。

人間の幸せがあるのと同時に、必ず不幸な

人間も存在していると主張したい。


私は、この世の悪と憎をこのノートに

できる限り記して死にます。自殺する勇気

のない言い訳のように。これから私はおそ

らく、多弁になるでしょう…






…少年は、がっかりした。


今日は此処を探検しよう、とワクワクしな

がら歩いた河川敷の橋の下で、少年は秘密

基地のようなものを見つけた。

そして基地の中から数十冊のノートを

見つけたのだ。その時の少年はワクワクと

どきどきで身体が熱くなった。興奮していた。



…しかし、開いたそのノートはすぐに閉じた。

その内容は宝の地図でも秘密の暗号でも、

魔法使いの予言書でもなかったからだ。


少年は脱力した。よく意味がわからない。

少年には、この世に全く無意味なものの

ように思えた。


少年はがっかりし、ぼーっと水面を

見つめた。


水面には夕日が乱反射し、赤や黄色、

オレンジ色に鮮やかに輝く光の粒達が

眩しかった。


…少年はふっと、我に返る。


もうそろそろ帰らなくちゃ。


今夜はお母さんが作ってくれると話した

少年の大好きなシチューが待ってるからだ。


…今日はお父さんも

夕食までには間に合うかな。



少年は手に持っていたノートを放り投げ、

河川敷の坂を駆け上がり、その場を去った。








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