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幸せという名の牢獄

 「本当に、君自身を捨ててしまうのかい?」


 「ええ。でないと、あの人の笑顔は見れませんから」


 「…そうか。では、仕方ないね」


 「はい」


 「君は、自身のすべてを手放すことを了承するんだね」


 「すべてを手放すことを了承…?」


 「違うのかい?」


 「私は、命は捨てても手放すものなんて何もありませんよ」


 「それはどういうことなんだ?」


 「私は、あの人の笑顔さえあればもういいのです」


 「それは、君のすべてを手放すとは言わないのかい?」


 「はい」


 「…君は本当に、訳のわからない子だね。君の手元には何も残らないだろう?」


 「私の手元に残るも何も…初めから何もないですから」


 「…君は頭の堅い子だね。そんな考え方ではさぞ疲れただろう」

 

 「何とも言えませんよ」


 「君は初めから空っぽだった。何も手放すものはない。では、これからその人の笑顔を手に入れに行くのかい?」


 「厳密に言えば少し語弊がありますがね。私が取り戻す原因になってもそれは私の手には入らない」


 「…君さぁ、そろそろ鳥かごから出てみてはどうだい?もうじょうは外されてる。出口は目の前に開けてる」


 「あそこには、あの人の笑顔はないのです…」


 「君の居場所だろう?」


 「今となってはもう判りません。きっと兄も私に愛想を尽かせて見放していることでしょう」


 「では、君の言うあの人は?」


 「…あの人は、私のことなんてきっともう憶えていませんよ。余り人前に姿を出さなかった私ですから物珍しさで遊ばれたのでしょう。所詮、雲の上の手の届かぬ存在の方だったってことですね」


 「…君は嘘つきな子だね。そんなに好きなら傲慢を押し通してはみないのかい?」


 「私はそこまで我が強くはないんですよ、こう見えても」


 「けれど、君がしようとしてることは本当に君の言うあの人のためになることなのかい?」


 「なくてもならなくても。もうここまで来てしまいましたから引き返すことなんて、できないですよ。…ね?」


 「つくづく悲しい子だね、君は。自分には何もないと言い、あの人の笑顔だけがあればもういいんですだとか言って。それは君に手には入らない。…君は自分が消えることによってあの人に笑顔が戻ると思ってここに来てるのだろう?笑顔って、そんなに大切なものなのかい?一生傍にいられることよりもずっと?」


 「…多分、そうだったんでしょうねぇ…」


 「じゃあ、残念だったね。君が命を投げうってるのに笑ってたら、その人はきっと、」


 「狂ってるんでしょうねぇ…」









 鍵をかけて心を閉ざしてしまいなさい。


 きっと私は楽に生きられるでしょうから。


 嫌なことからは目を背けてしまいなさい。


 犯した罪なんて忘れてしまいなさい。


 そして、誰よりも何よりも愛しいと思った人のことも忘れてしまいなさい。


 その感情も捨ててしまいなさい。


 その人の笑顔のために。


 私が私として生きていくために。


 






 苦しくてたまらなかった。


 息もままならないくらいに。


 決して貴方しか見えていなかったわけじゃなかったのに。


 いつの間にか気付けば貴方の腕の中、閉じ込められて外の世界を見ていた。


 好きだと囁いて。


 囁き返されるたびに、囁き返すたびに罪の深さを思い知る。


 優越感に浸れるから私はこの腕の中に居るのだろうか。


 罪を犯した。


 貴方となら犯してもいいと思った。


 たとえ周りに軽蔑されて呆れられようとも。


 鍵をかけて、このまま日の光を見ることができなくなればいい。


 騙していて。


 すべてが幻であったのだと。


 ただの戯れだったのだと。


 嘘をついてこのまま死ねたらいい。


 嘘をつかれてこのまま殺されたらいい。


 愛を紡ぐ唇を塞いで。


 息もできなくなるくらい。


 言葉を失くして声を失くして。


 愛しいとさえ告げさせずに、ベッドに寝かしつけてくれればいい。


 嘘をついて。


 二人だけの嘘を。


 耐えられなくなったなら心を閉ざしてしまいなさい。


 貴方さえものぞくことのできない扉を作ってしまいましょう。


 貴方さえも開けることのできない鍵をかけて。


 眠ってしまいなさい。


 深く深く。


 息も凍るくらいに。


 このまま目が覚めなければ。


 貴方はきっと解放されるでしょう。


 そしたら、私は楽に生きられる。


 貴方の温もりに苦しまなくてすむ。


 苛まれる牢獄に貴方だけを取り残して私は死んでしまいそう。


 愛して。


 愛して。


 愛してます。


 愛してました。


 貴方の笑顔、眩しかった。


 嘘をついて。


 騙されないで。


 嘘つきって嘆いていいのは私だけです。


 貴方は素知らぬ顔で軽蔑の目をむけてればいい。


 このまま会えないなら。


 貴方の笑顔を求めて旅にでてしまおうか。







 ふいに、意識が現実へと引き戻されて。


 私は再び目を覚ましてしまった。

 

 「…なにを、泣いているのですか?貴方は」


 みっともない。


 みっともない。


 みっともないですよ、ばか。


 「私を呼び戻したひどい御方は、貴方ですか?ねぇ…」


 あのまま死んでしまえたら、私はきっと自由になれたのに。


 雑音が耳に届いてしまって。


 「貴方の声が聞こえた気がして、」


 私の名前が呼ばれた気がして。


 「連れ戻されちゃいましたね、貴方に」


 どうやら、貴方を牢獄にひとりぼっちにして去ろうとした私を、貴方は見逃してくれなかったようだ。


 「なんてヒドイ人」


 なんてひどいお顔。


 まるで。


 「私がいじめたみたいじゃないですか」


 そう、少し意地悪をした。


 「もぉ…なんてダメな人」


 私が居ないと生きられないなんて。


 「ほら、笑ってくださいな。ね?」


 貴方の笑顔を求めて私は旅にでようとしたというのに。


 貴方は簡単に笑うものだから。


 私はすぐに見つけてしまって。


 旅立つ理由がなくなっちゃいましたよ。


 「私、貴方の笑顔が大好きですよ」


 たとえ牢獄であろうともそこに貴方の笑顔があるのなら。


 貴方が笑いかけてくれるのなら。


 私はそこで生きましょう。


 目が覚めた瞬間、視界に映った貴方の姿に。


 生き地獄を味わえと言われたようでしたけれども。


 「貴方が愛してくれるのならもう地獄だって構いませんよ」


 私の愛しい愛しい共犯者さん。


 一緒に罪を償いましょうか。


 






 そして、堅く錠を落とした扉は開けた。   

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