彼女の愛は彼を泣かす
君に会えなくて。
君に会いたくて。
けれど、会っても君はちっとも僕のことを見てくれないよ。
だから、もう会えなくていいよ。
さよなら、ばいばい。
また明日だなんて嘯いて手を振り笑う僕。
君も同じようにそうすることが僕にとってどれほど残酷なことなのか、君は一生知る由もないのだろうね。
だから、僕もウソツキでいいんだ。
君が僕にとって残酷なら、僕は君にとってウソツキでいよう。
君といる時間。
君と過ごした時間。
そのどれもがどこか虚しさしか煽らなかった。
可笑しいね。
君のこと、嫌いじゃないのにね。
楽しいはずなのにね。
君がいつも誰かのことばかり考えているから。
僕の入り込む隙なんて全然なかったんだ。
悲しい話さ。
けれど、だからこそ僕は君に普通に接していられたんだ。
怒りや嫉妬に駆られることのない、普通にいられた。
普通に笑っていられた。
嫉妬とか、全然しなかったんだ。
可笑しいね。
君のこと、嫌いじゃないのにね。
君が他の誰かの事ばかり考えていてくれてるから、きっと僕は笑っていられたんだ。
初めから諦めて笑ってられたんだよ。
始まりも終わりもきっとなかったんだよ。
恋とすら呼べたかどうかも怪しいところさ。
けれど、それは確かに僕の中で芽生えていたんだ。
ほんの少しの、本当に短い間だったんだけどね。
完全なる僕の片想いさ。
けれど、それでも一応期待はしたんだ。
いくら初めから諦めてたと言っても、僕だって人間なんだ。
期待くらいするよ。
けれど、それが叶うだなんていう馬鹿な期待はしなかったんだ。
独占欲とかそんなものもなかった。
僕は特殊な恋をしていたんだろうね。
きっと、君を初めから諦めた状態でその上での恋をしていたんだ。
勝ち負けのない。
意味のない、悔しさのない逃げ腰だけの恋と呼んでいいものかと悩むような。
そんな馬鹿なごっこを一人やっていたんだ。
僕はきっと本気にならなかったんだ。
君が全然僕のことなんか頭になかったから、それが判っていたから。
だから、勝負をしなかったんだ。
僕は弱虫だったんだ。
ちゃんと現実に向き合おうとしなかった馬鹿。
君に断られるのが怖かった。
だから、だから。
僕は間違った方へとなけなしの勇気を使ってしまったんだ。
君に会えないよ。
君に会いたいよ。
けれど、君は僕を見ていないんだ。
それでも幸せそうに笑ってるんだ。
だから、ばいばいをしたい。
君に。
さよならを。
君が知らない間に、君とお別れをしたかった。
これで一応の決着がついたと思ったんだ。
馬鹿だな…僕。
声に出して言わなきゃ、君が他の誰かを想ってるなら、尚のこと。
声に出して言葉にしなきゃ、君には伝わらないのにね。
僕はそれさえも判らないほど馬鹿だったんだ。
そして、さよならをする。
けれど。
君はそれに気づいてしまって。
それを許してくれなかった。
「ねぇ、ねぇ…貴方、いつまで私に嘘つくつもりなの?」
「貴方はこのさよならを最後に私に二度と会わないつもりなんでしょ?」
「それは少し身勝手すぎると思わないの?」
「貴方、最低ね」
「私のこと、馬鹿にしてるでしょ」
「いつまで悲劇の主人公気取るつもり?」
「かっこいい貴方のことずっと想ってて、考えてて、何が悪いの?」
「いいじゃない?」
「嬉しくないの?」
「どこまでヤキモチ焼きなの?」
「貴方、本当に馬鹿ね」
「テレビに映ってる貴方観ていて恍惚とすることの何が悪いのよ?」
「ごめん。けれど、現実の僕はそんなにかっこよくないし、それに君が惚れ惚れとしてるのはそのドラマで演じた役のことだろ…?」
「私の彼氏なら、もっと自意識過剰になんないさいよ!!このお馬鹿!」
彼女は最近いつも僕と会っていても、ドラマばかりを観ている。
主役として僕が出ているドラマばかりを観ている。
ドラマの中での僕を見ている。
僕が演じた役の奴のことばかり考えてる。
それが少し…かなり気にくわなかったりする。
これは嫉妬じゃない。
独占欲でもない。
ただの子供じみた我侭だ。
けれど、それを彼女に言うと。
「それは貴方が演じているからこそ私を虜にさせているのよ!」
「貴方じゃなかったら気にも留めてないわ」
「彼氏ならそれくらい気付きなさいよ」
「そんなこと思えるくらいに自信持ちなさいよ」
「芸能人の貴方が一般人の私より不安になってどうするのよ!」
「そんなに不安ならもっと私を愛しなさいよ!」
「なんで作り物に貴方が負けるとか思うのよ」
「馬鹿じゃないの?」
「やっぱり貴方だからこそ観る価値があるってもんでしょーが!」
らしい。
嬉しいとは思うけれど。
やっぱりちょっと納得いかないよ。
ここに本物が居るんだから、それに少しくらい構ってくれたっていいじゃないか。
そんなドラマの作り物の僕ばかり見ないで。
ここにいる本物の僕も見てよ。
本当の僕だけを見ていてほしいんだよ。
「てゆーかね、貴方。どれだけ乙女チックなのよ?」
ちょっとドラマに集中してたくらいで、変な物語作らないでよ。
このお馬鹿。