漿果
木苺、苺、ブルーベリー、ブラックベリー、ラズベリー。
見てるだけで可愛らしい。
洗ってヘタなどを取り、水気をきっておく。
3つの瓶は洗って煮沸消毒。
こちらも水気を切っておく。
各種ベリー、砂糖、レモン果汁を鍋に入れ軽く混ぜて蓋をする。
一晩寝かす。
寝かして汁が出てきたものを弱火にかける。
煮詰まってトロリとしたら瓶に入れる。
冷めないうちに蓋をしっかりとしてひっくり返す。
これをしておくとジャムの温度で密封と煮沸ができるので長期保存がきく。
「完成!」
「わあ、きれいですね」
昨夜の前準備から作業を覗き込んでいた蒼龍が声を弾ませた。
「うん、それにおいしいよ。
パンに塗って食べるの」
「なるほど?」
いまいち分かっていなさそう。
まあ、食べてみればわかるか。
鍋などを洗い終わったあたりで皆さんが下りてきた。
「おや?」
「あら、ヨシカちゃんおはよう」
「「おはようございます」」
一人一人に挨拶する。
トーマス家族とお店の従業員の皆さんだ。
朝ごはんの準備を手伝いながらジャムを説明しながらやんわり勧めてみる。
リアクションは人それぞれだったが、口にした感想はかなり好感度が高かった。
簡単に作れるものでこんなに喜んでもらえたならよかった。
よかった、のだが。
「どうやって作るの!?
作り方!簡単なんでしょ!?作り方を教えなさい!
作り方買うから!売れる、売れるわよコレ!」
「教えるんで落ち着いてください」
このまま知ってる知識を彼女に売っていれば生活に困らないのでは?
そう思わないでもない。
「あんたからはまだまだなんか儲かりそうな話が聞けそうだねぇ?」
「そうですねぇ、それなりにお役に立ちそうな知識の心当たりはありますねぇ?」
「ほほう?」
話す我々はニヤリと含みのある笑みを浮かべあった。
困惑顔の蒼龍以外は「ああいつものか」くらいの調子でジャムをお代わりしている。
気に入っていただけて光栄です。
「いいねいいね。
そんな知識欲にあふれたあんたにいいものがあるよ」
「ふむ、なんでしょう」
「これよ」
恭しく差し出だしたるはスキャナーのような装置だ。
「これは上級レベルの分析魔法照射機よ!」
「むぅ!?それはすごい!」
ステータスみたいな効果のある魔法が想像させる。
凄まじく高性能な図鑑じゃないか?
欲しい!
これは私の発言から有益なものが出てくると判断した結果の先行投資か。
「これはジャムのレシピだけでは割に合わないですね?」
「ふふふ」
笑い方が婆ちゃんと同じだな。
「わかりました。
二つ程アイデアを差し出しますので、またオーバーしたら何か下さい」
「契約成立ね!
因みに次にオーバーしたら魔力ノートを上げるわ」
「性能は?」
「目次機能付き半無限ノートよ」
「五つくらい出します!」
勢い込んで言うと笑われた。
「ふふふ。
2人にはいろいろ仕事が頼めそうねぇ。
魔法陣とアイデア出し、魔石も頼めそうだし」
「俺にも何か出来ますか?」
「「もちろん!」」
私と奥様が即答すると蒼龍はあからさまにホッとしていた。
やっぱり不安なんだろうな。
出来るだけ安心安全を確保してあげたい。
「ヨシカちゃんたちがどこに住むつもりかわからないけれど、うちはあちこちに支店があるからね。
田舎で隠遁生活がしたいとか言いだしても大丈夫よ」
むう、この様子だと少なくとも奥様は私がリストアップした必需品の意味に気づいてそうだな。
「ありがとうございます」
「お礼はいいから商談をしましょうか」
「了解です」
既にテーブルには私と蒼龍と奥様の3人しかいない。
他のメンバーは既に仕事に入っている。
そこから話し込んでいたら、気づくと昼前だった。
ご飯を食べてから婆ちゃんの家に向かう。
瓶詰めジャムを説明と共に差し出すと喜んで受け取ってくれた。
「ジャムかぇ。
いいじゃないの、あたし甘いのかな好きだで」
「良かったです」
「あぁ、そうそう、あたしからもあんたに渡すものがあってねぇ」
そう言うと、テーブルの上にあった革製の肩掛けバッグをゆっくり差し出した。
「コレは中に沢山物が入る魔法の掛かった鞄だよ。
中身は全部うちにあった紙の本さね。
コレをあんたらにあげよう」
「えっ!い、いいんですか?」
やけに部屋がすっかりしていると思ったらそういうことか。
「いいさ。
だってあたしにゃこの本はもう読めないからね。
インクの魔力が抜けちまったのさ」
それにねと続ける。
「本の中身はこっちに写していてねぇ」
テーブル下の引き出しから取り出したのは、今朝奥様に見せてもらった魔法ノートだ。
「こっちは読めるのよ。
だからいいんさ。
あんたらは本が読める。
あたしは空いたとこに孫の写真と絵が飾れる。
いいことづくしだぁ、ねぇ?」
ふふふと笑う。
「あ、そうそう。
本棚ごと入ってるから。
面倒だし邪魔だったんでねぇ」
「ほ、本棚ごと入るんですか!?
凄い!重くもないし」
「あんた、その鞄はあたしの作品作品だよ?
それくらい出来んとね」
口先では当然だと言いつつも顔の方は実に自慢げである。
「他にもあたしにゃいらんがあんたらには役に立ちそうなもんがある。
持って行きなさい」
あれよあれよと言う間に次々と渡されたのは、練習用の布、ペンとインク瓶、少ししけたチョーク、謎の紙束、ティーカップとソーサー、少しかけたティーポット、手製紅茶、ペンケース、トートバッグ、花瓶、ボロのマグカップに植物の植えられたもの、謎の大きな白色布、針と糸、魔力を通さない手袋、ハンカチ、謎のドライフルーツ、謎の白い粉、魔法陣の描かれた効果不明のクッション…。
必要そうな物とそうでなさそうな物が盛大に入り混じったカオスなラインナップだ。
コレ、途中から部屋の片付けに移行してないか?
いや、いいけどね。
使い道がありそうな物ばかりだし。
全部鞄に入ったし。
本当この鞄凄いな!
「おうおう、よぉ部屋が片付いたわ」
あそこの空いたところに孫の為のお菓子を置いておけるとか、あの上にオシャレなランプを置こうとかはしゃいでいる。
実に楽しそうである。
やはり片付けに至ってたか。
全体的に少しスッキリした部屋で紅茶を頂く。
「あとは海岸で白い貝殻拾っときんさい。
アレはチョークとインクの材料だでな」
「「はい」」
「じゃあ今日はもうおしまい。
帰りんさい」
キョトンとする。
「今日は鍛錬しないのですか?」
「いらんよ?
昨日のうちに2人とも基礎は出来とった。
ほんなら後は自分でどんだけやるかよ」
「本当ですか?
本読んで頑張って練習して、色んなの書けるようになります!」
喜び勇んで言うと、蒼龍も同意する。
そんな私達をゆっくりと順に見つめる。
「今まで何人も教えを請いに来た連中はいたけどね。
あんたら2人が一番真面目に必死にやってたよ。
それが、嬉しかったのさ」
ニッコリといかにも嬉しそうに目を眇める。
「あたしゃぁ、この目と魔力の低さだ。
子どもの頃からコレしかなかった。
そりゃもう必死にやったよ。
遊ぶより寝るより食べるよりコレさ。
いつしか師匠よりも上手くなった。
旦那と出会って子どもも生まれて、今じゃぁ孫まで居る。
でもね、ずっと孤独だったよ。
誰も一心不乱に何かをするって事を知らなかったからね」
紅茶を少し飲む。
「魔法陣を必死に書いているとき、人は孤独だよ。
でもね、孤独な人が他にもいると思ったら救われるのさ。
ありがとうね」